別れと、不遇スキルの少女との出会い
「……痛えな、クソッ……」
湊はフラフラと立ち上がり、再びアビス・サイクロプスへと向かっていく。
死の恐怖はない。むしろ、このままモンスターに殺されてしまえば、あの獅子神の絶望的な背中を追うプレッシャーから解放されるのではないか。
そんな破滅的な思考が、湊の心を黒く塗り潰していく。
その時だった。
「――湊ッ!!」
薄暗い遺跡の空気を切り裂くように、聞き慣れた凛とした声が響いた。
直後、紫電の閃光が遺跡を駆け抜け、湊にトドメを刺そうと棍棒を振り上げていたサイクロプスの巨体を一瞬にして細切れに斬り刻んだ。
光の粒子となって消えゆくモンスターの向こう側に、息を切らした雪乃が立っていた。
彼女は悲痛な顔で湊の血まみれの姿を見ると、双剣を放り出して駆け寄ろうとする。
「なんで……なんでこんな無茶を! 連絡も返してくれないなら探してみれば、一人でこんな……!」
「……来ないでくれ」
湊の低く、冷たい声が雪乃の足を止めた。
「湊……?」
「今の俺は、ただステータスを振り回してるだけの石ころだ。雪乃さんの隣に立つ資格なんてない。……もう、話すことは何もないよ」
湊は雪乃の顔を見ようともせず、すれ違うようにしてダンジョンの出口へ向かって歩き出した。
雪乃が何かを言いかける気配がしたが、湊はそれに耳を貸さず、『幻影の黒布』のフードを深く被った。
これ以上彼女と一緒にいれば、自分の惨めさと弱さが浮き彫りになるだけだ。最強の相棒の背中を預かる覚悟も、技術もない自分には、一人で泥臭くモンスターを殺し続けることしかできないのだから。
* * *
数日後。
雪乃が追ってきたことで、なんとなく『黒淵の顎』へは行きづらくなってしまった湊は、都心部にある別のダンジョン――『立川ダンジョン』へと足を運んでいた。
ここは新宿の『バビロンの塔』ほどではないが、中堅の探索者たちが多く集まる巨大ダンジョンだ。
湊はただ無心になるためだけに、一人で第12階層(中層)の深い森のフィールドを歩いていた。
(……この階層のモンスターじゃ、ポイントも大して稼げないな)
だが、今の湊にとってポイント効率などどうでもよかった。ただ身体を動かし、何も考えずに暴れられる場所が必要だったのだ。
そんな時だった。
前方から、ガサガサと草木をかき分ける騒々しい足音と、数人の男女の怒鳴り声が聞こえてきた。
「走れ! 振り返るな!」
「クソッ、なんでこんな浅い階層にオークの群れが湧くんだよ!」
現れたのは、Cランク前後の装備を身につけた4人組の探索者パーティだった。
彼らは血相を変えて逃げ惑っており、湊の姿を見ると「おい、お前も早く逃げろ! 後ろからオークの群れが来てるぞ!」と叫びながら、一目散にすれ違っていく。
そのすれ違いざま。
逃げていく男の一人が、忌々しそうに吐き捨てるのが湊の耳に届いた。
「あの『役立たずの付与術師』を囮にして正解だったな!」
「ああ! あの足手まといを見捨てなかったら、俺たちが食われてたんだからな!」
――見捨てた?
その言葉を聞いた瞬間。
湊の脳裏に、かつてAランクパーティ『紅蓮の牙』に荷物持ちとして酷使され、モンスターの前に囮として見捨てられた自分自身の姿がフラッシュバックした。
「……ッ!!」
鬱屈としていた湊の感情が、怒りという強烈な熱に変わって爆発した。
湊は逃げ惑う探索者たちを一瞥すらせず、彼らが逃げてきた方向――森の奥へと向かって、俊敏31万の絶速で地面を蹴り飛ばした。
「おい、そこのお前! そっちは――!」
背後で探索者が何か叫んでいたが、湊はすでに音速を超えて森の中を駆け抜けていた。
数秒後。
森の開けた広場に、豚の頭と筋骨隆々の肉体を持つモンスター『オーク』の群れが十数体、密集しているのを発見する。
その中心には、ボロボロのローブを着た小柄な少女が、絶望に震えながら蹲っていた。
オークが下卑た笑い声を上げながら、少女を殴り殺そうと巨大な棍棒を振り上げた、その瞬間。
――ドゴォォォォォンッ!!
少女とオークの間に、漆黒の流星が叩きつけられた。
着地の衝撃だけで広場の地面がクレーター状に陥没し、周囲にいた数体のオークが爆風で木っ端微塵に吹き飛ぶ。
「……え?」
死を覚悟して目を閉じていた少女が、恐る恐る目を開ける。
そこには、漆黒のインナースーツを纏った湊が、圧倒的な威圧感を放って立っていた。
「立てるか?」
湊が振り返らずに声をかけると、少女はへたり込んだままコクコクと何度も頷いた。
「よし。少し耳を塞いでろ。……八つ当たりで悪いが、今の俺は最高に機嫌が悪いんだ」
湊は一切技術を使わない、ただ湧き上がる怒りのままに、ステータスの暴力を解放する。
右腕を一閃。ただ空間を殴りつけただけで発生した局地的な『台風』のような衝撃波が、残っていたオークの群れを根こそぎ粉砕し、後方の森の木々ごと一直線に消し飛ばしてしまった。
『対象の生命活動停止を確認』
『保留ポイントに【1,200】が追加されました』
「……っ」
圧倒的な破壊を前に、少女は言葉を失い、ただガタガタと震えていた。
無理もない。自分を助けた人間が、群れを一瞬で消し飛ばすような規格外のバケモノだったのだから。
湊は深呼吸をしてステータスによる威圧感を抑え、少女に振り返った。
歳の頃は十代後半といったところか。探索者というよりも村娘のような頼りない格好をしている。
「怪我はないか? アンタ、さっき逃げていった奴らのパーティメンバーか?」
「あ、はい……。助けていただいて、本当にありがとうございます……。私、結衣と言います……」
結衣と名乗った少女は、申し訳なさそうに視線を落とした。
「あの、助けていただいたのに、ごめんなさい。私、お礼に渡せるようなものを何も持っていなくて……。その、私……『不遇スキル』持ちの、役立たずなので……」
「不遇スキル?」
「はい……。私、後方支援系の魔法スキルを持っているんですが、発動条件が厳しすぎて、一度も成功したことがないんです」
結衣は自嘲するように、自分の胸をギュッと握りしめた。
「私の固有スキル『完全均衡の祝福』は、対象のステータスを一時的に『5倍』に跳ね上げる強力な付与魔法なんですが……魔法をかける相手の対象となるステータスの一の位がキリよく0じゃないと発動しないんです」
結衣の言葉に、湊は眉をひそめた。
「探索者のステータスは、レベルアップのたびにランダムに自動で割り振られます。だから全てのステータスの一の位がピッタリ0になる人なんて、この世に一人もいないんです。私はただ魔力ばかりを消費するだけで、バフすらまともにかけられない足手まとい……。Dランクの経験値(総ポイント1万2千ほど)まではなんとか吸わせてもらいましたが、もう誰も雇ってくれませんし、囮にされても仕方ないんです……」
「…………は?」
湊の動きが、完全に停止した。
今、この少女は何と言った?
対象のステータスを5倍にする。
ただし、対象のステータスの一の位がキリよく0でないと効果を発揮しない。
一般の探索者からすれば、狙ってステータスを調整することなど不可能であり、結衣のスキルは「理論上は最強だが、ほぼ発動しない産廃スキル」だろう。
だが、ステータス画面にす 干渉し、自由に数値を『手動割当』できるチートスキルを持つ湊にとって、それは全く別の意味を持っていた。
(数値を揃える……? そんなこと、俺ならウインドウを開いて一秒で終わるぞ……!?)
湊の心臓が、早鐘のように鳴り始めた。
仮に、湊が今のステータス値結衣のバフを受けたとしたら。
現在でも35万ある筋力が、5倍の『175万』に跳ね上がるということだ。
それは間違いなく、あの獅子神咆牙が立つ『七星』の領域――数百万という絶望的なステータスに手が届くどころか凌駕することを意味していた。
「……結衣」
湊は、震える声で結衣の両肩をガシッと掴んだ。
「ひゃっ、はい!?」
「お前のそのスキル、俺になら絶対にかかる。……いや、俺にしかかけられない魔法だ」
自暴自棄の果てに迷い込んだ森の奥で、
湊は、とんでもなく相性のいいスキルを持った少女と出会ったのであった。
【ステータス(天谷 湊)】
【HP】100,000 / 100,000
【MP】6,000 / 6,000
【筋力】350,000
【俊敏】315,000
【体力】100,000
【知力】53,035
【魔力】6,000
【保留ポイント】51,200




