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絶望と、絶対的な力


ダンジョン管理庁の地下深くに設けられた、Sランク探索者専用の巨大訓練場。


壁や床には何重もの強力な結界魔法が施されており、深層のモンスターが暴れてもビクともしないほどの強度を誇るこの空間の中央で、湊と獅子神は数十メートルの距離を空けて対峙していた。


観覧席の強化ガラスの向こう側では、雪乃が血の気を引いた顔で祈るようにこちらを見つめている。


「……さて」


獅子神は真紅の毛皮を無造作に脱ぎ捨てると、極限まで鍛え上げられた鋼のような肉体を露わにした。


構えはない。ただ両腕をだらりと下げて立っているだけだというのに、その巨体から立ち昇る尋常ではないマナの密度が、空間そのものを歪ませているように錯覚する。


(小細工はなしだ。最初から、今出せる俺の『最高到達点』をぶつける!)


湊は額に冷たい汗を滲ませながら、空中にウインドウを展開した。


手元にある保留ポイントは【500,000】


出し惜しみをしている余裕など微塵もない。七星というバケモノを前にして、自分の身体がぶっ壊れる懸念など二の次だ。


湊はすべてのポイントを、己の戦闘力へと注ぎ込んだ。


【HP】30,000 → 100,000 (+70,000)

【体力】30,000 → 100,000 (+70,000)

【筋力】150,000 → 315,000 (+165,000)

【俊敏】120,000 → 315,000 (+195,000)

【保留ポイント】535,000 → 0


ステータスの総数値は約90万。


七星の領域には届かずとも、通常のSランク探索者など赤子扱いできるほどの暴力的なステータス。それが今の湊の肉体に宿っていた。


心臓が警鐘を鳴らし、全身の毛細血管が限界を超えたマナの奔流に悲鳴を上げる。


「――行くぞ!」

湊が床を蹴った。


音速すら置き去りにする速度。強固なはずの訓練場の床がクレーターのように吹き飛び、湊の姿は完全に空間から消失した。


『速い……!』


観覧席の雪乃ですら、その動きを視刃で追うのがやっとだった。


一瞬にして獅子神の懐へと潜り込んだ湊は、獅子神の急所である「心臓」を正確にロックオンし、『崩星の籠手』を握り込んだ右拳を極限まで引き絞る。


『浸透破!!!』


下層の巨大モンスターすらも一撃で粉砕する、湊の持つ最強の絶撃が、無防備な獅子神の胸元へと叩き込まれた。


――ドゴォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!


大気が爆発した。


訓練場全体を凄まじい衝撃波が舐め回し、何重にも張られていた防護結界が「パリンッ!」と音を立てて数枚割れ砕ける。


「……よしっ!」


湊は確かな手応えを感じていた。


いかに七星といえど、生身の肉体にこれだけの威力を、しかも防御もせずにまともに受ければ無事では済まない。


しかし。


粉塵が晴れた直後、湊の目に飛び込んできたのは――己の右拳を胸で受け止めたまま、微動だにせず、退屈そうに首を傾げる獅子神の姿だった。


「…………えっ?」

湊は息を呑んだ。


筋力約30万の浸透破。内部組織を破壊するはずの一撃は、獅子神の異常すぎる密度の筋肉のガードによって『完全に』阻まれていたのだ。


「なるほど。たしかに良いモンは持ってる」

獅子神が、ニヤリと凶悪な牙を剥いた。


「無所属のガキが、どうやって総ステータス100万近い数値を持っていたかは知らねえ。

だが……ただステータスを振り回してるだけの猿だ。知能のねえモンスターどもと変わらねえ」


「なっ……!?」


湊が咄嗟に距離を取ろうとバックステップを踏んだ、その瞬間。


獅子神の右腕が、ブレた。


ただのストレート。しかし、それは今の湊の速度すらも、まるで止まっているかのように錯覚させるほどの『理不尽なまでの超速』だった。


脳内に【回避不可能・即死】という絶望的なアラートを鳴らし続ける。

逃げられない。


(腕を交差させてガードすれば、なんとか――!)


湊は両腕の絶対破壊不可能なアーティファクト『崩星の籠手』を盾にするように身体の前にクロスさせ、衝撃に備えた。


「――消し飛べ」


獅子神の右拳が、湊の防御の上から叩き込まれる。


その瞬間。


獅子神の拳の先端から、空間そのものをすり潰すような『極大の衝撃波』が炸裂した。


触れた対象の内部へ強制的に破壊エネルギーを増幅させて打ち込む、獅子神の持つユニークスキル『剛衝ごうしょう』。


彼が『剛衝』の獅子神と呼ばれる所以となった、純粋にして最強の破壊技だった。


「ガ、アァァァァァァァッ!!?」

『崩星の籠手』自体は破壊されなかった。


しかし、スキル『剛衝』によって生み出された破壊の衝撃波は、籠手を容易く透過し、湊の肉体を蹂躙した。


両腕の骨が砕ける音。肋骨が折れ、内臓が破裂する感覚。


湊の身体は、まるで弾き飛ばされたピンボールのように訓練場の壁面へと激突し、強化結界を三枚ブチ破って、壁に深々とめり込んだ。


「ごふっ……!」


口から大量の鮮血が吐き出される。


HPゲージが、一瞬にしてレッドゾーンへと急降下していく。体力のステータスへ10万ポイント振ってなかったら間違いなく上半身が消し飛んでいたかもしれない。


「湊ッッ!!!」


強化ガラスの向こうで、雪乃が悲痛な叫び声を上げてガラスを叩いている。

壁から崩れ落ちた湊は、朦朧とする意識の中で、ゆっくりとこちらへ歩いてくる獅子神の姿を見ていた。


「……ハッ。一撃で死なねえとは、少しは見どころがあるじゃねえか。だが、これが現実だ。いくら小手先のステータスを磨こうが、本物の死線を越えてきた俺には、永遠に届かねえ」


真正面から湊の最高打点を受け止め、そして、ただ真正面から純粋な力の差で叩き潰したのだ。


それは、ギミックや相性などといった小手先の戦術をすべて無に帰す、絶対的な『総量の絶望』だった。


(これが……七星……。バケモノか……)


「雪乃にちょっかいを出した命知らずのガキ。その命で、この絶対的な差を……」


獅子神がトドメを刺そうと拳を振り上げる。

だが、湊の耳にその言葉が最後まで届くことはなかった。


激痛とマナの枯渇により、湊の意識は深い泥の底へと沈むように、完全に途切れた。


【ステータス】

【名前】天谷 湊

【年齢】20

【HP】852 / 100,000

【MP】6,000 / 6,000

【筋力】315,000

【俊敏】315,000

【体力】100,000

【知力】53,035

【魔力】6,000

【保留ポイント】0


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