深層の門番と、解放される『鍵』
第20階層、第25階層、そして第30階層の最奥――。
『黒淵の顎』の下層地帯における二人の快進撃は、もはや狩りというよりも「蹂躙」と呼ぶに相応しいものだった。
湊の演算能力と、二人の絶対的な連携。
道中のモンスターを沈め、ついに二人は深層への入り口である白銀の巨大門へと辿り着いていた。ここに至るまでに稼いだ保留ポイントは、285,000まで膨れ上がっていた。
白銀に輝く荘厳な巨大門。
その重い扉を二人がかりで押し開いた先は、第31階層の広大なフィールド……ではなかった。
「……闘技場?」
湊が警戒に目を細める。
すり鉢状になった巨大なコロッセオのような空間。その中央に、古びた玉座が一つだけポツンと置かれていた。
「ボス部屋の存在をすっかり失念していました……。やるしかありません!」
雪乃の鋭い声と同時。玉座に深く腰掛けていた『影』が、ゆっくりと立ち上がった。
身長は二メートル半ほど。全身を漆黒の甲冑で包み、その手には身の丈ほどもある巨大な大剣を握っている。
これまで遭遇してきた獣じみたモンスターたちとは明らかに違う。その立ち姿には一切の隙がなく、熟練の武芸者のような静かで冷たいプレッシャーが漂っていた。
「深層の入り口を守るフロアボス……『深淵の騎士』。人間と同じサイズで武器を扱う、極めて知能の高い人型モンスターです」
雪乃が双剣を構え、極限の緊張を走らせる。
「……上等です。俺のステータスがこいつに通用するか試してみましょう」
湊は床を蹴った。
俊敏12万の爆発的な速度で距離を詰め、筋力15万の破壊力を込めた右ストレートを騎士の胸ぐらへ叩き込む。当たれば、いかに深層のモンスターといえど塵一つ残さず消し飛ぶはずの一撃。
だが――。
『……浅薄な』
騎士の兜の奥で、赤い眼光が揺れた気がした。
騎士は大剣を盾にするのではなく、大剣の『腹』を湊の拳の側面に滑らせるように当てたのだ。
「なっ……!?」
直後、湊のデタラメな運動エネルギーは、騎士の絶妙な剣捌きによって完全に軌道を逸らされた。
空を切った湊の身体はバランスを崩し、自身の莫大な推進力に振り回されて闘技場の壁面へと激突する。
「湊! ――くっ!」
雪乃がカバーに入るべく、神速で騎士の死角へ回り込む。
紫電の連撃。だが、騎士は背後を見せたまま、大剣の柄と刃を巧みに操り、雪乃の双剣をまるですべて見えているかのように弾き落としていく。
(速いだけじゃない……こいつ、完全に私の剣の『軌道』を予測している!)
ただの獣ではない。過去に数え切れないほどの絶対的な『武の経験値』。
ステータスという数字の暴力だけでは決して超えられない、圧倒的な技量がそこにあった。
騎士の大剣が、流れるような無駄のない軌道で雪乃へと振り下ろされる。
体勢を崩されていた雪乃は、咄嗟に双剣を交差させて防御姿勢をとった。しかし、圧倒的な筋力差。
「ああっ……!」
激しい金属音と共に、雪乃の身体は木の葉のように吹き飛ばされ、石の床を何度かバウンドして力なく転がった。
「雪乃さん!!」
壁から這い出した湊が叫ぶが、騎士はすでに倒れ伏した雪乃の眼前に立っていた。
無慈悲に振り上げられる漆黒の大剣。
あの大剣の直撃を受ければ、間違いなく即死する。
(間に合わない……!)
思考をフル稼働させるが、その絶望的な結末をスローモーションのように脳裏に焼き付けていく。
自分が駆け出しても、剣が振り下ろされるコンマ数秒には絶対に届かない。
(俺のステータスを変えるんだ。俊敏にすべてのポイントを突っ込めば――!)
湊は歯を食いしばりながら、空中に自身のステータスウインドウを乱暴に展開した。
その時だった。
「……えっ?」
湊の瞳が、驚愕に見開かれた。
空中に展開された自身のステータス画面の『すぐ隣』に、今まで存在しなかったもう一つの半透明なウインドウが浮かび上がっていたのだ。
そこには、見慣れた名前が記されていた。
====================
【Party Member】
【名前】柊 雪乃
【年齢】22
【HP】2,400 / 28,000
【MP】16,000 / 35,000
【筋力】2,500
【俊敏】150,000
【体力】28,000
【知力】33,000
【魔力】45,000
(ロック中)
(雪乃さんの、ステータス画面……!?)
なぜ、他人の画面が自分に見えるのか。
いや、それよりも右下に表示されている『(鍵マーク)』の意味は。
剣が振り下ろされるまでの、永遠にも似た一瞬の静寂の中。
湊は無意識に、その『鍵マーク』へ向けて指を伸ばし、タップした。
『カチャッ』という、システム音が脳内に響く。
【パーティメンバーのステータスロックを解除しました】
【保留ポイントの割り当てが可能です】
「――ッ!!」
湊の全身に、電流のような衝撃が走った。
いじれる。自分の数値だけでなく、パーティを組んだ仲間のステータスまでも、この『手動割当』のチートで操作できるのだ。
(なら……ッ!!)
湊は一切の躊躇なく、自身の保留ポイント【285,000】からポイントを引き出し、雪乃のウインドウへと叩き込んだ。
回避はもう間に合わない。ならば、受け止めて弾き返すだけの『圧倒的な力』を。
【保留ポイント】285,000 → 0
【Party Member】
【名前】柊 雪乃
【年齢】22
【HP】2,400 / 28,000 → 87,400 / 113,000 (+85,000)
【MP】16,000 / 35,000
【筋力】2,500→202,500(+200,000)
【俊敏】150,000
【体力】28,000
【知力】33,000
【魔力】45,000
「雪乃さんッッ!!」
湊の絶叫と同時。
死を覚悟し、目を閉じていた雪乃の身体の奥底から――次元の違う、爆発的なマナの奔流が吹き上がった。
『……!?』
振り下ろされた騎士の漆黒の大剣。
それが雪乃を両断する直前。
ガギィィィィィィィィィィィンッ!!!!
火花が散り、激しい衝撃波が闘技場の空気を切り裂いた。
雪乃は、片膝をついたまま、交差させた華奢な双剣で、騎士の渾身の『大剣の振り下ろし』を完全に受け止めていた。
「……え?」
雪乃自身が一番驚いていた。
自分の筋力では絶対に防げないはずの重撃。腕の骨ごと粉砕されるはずの圧力が、まるで羽毛のように軽く感じたのだ。
いや、それどころか。細胞の一つ一つから、内臓が沸騰するような未知の「力」がとめどなく溢れ出してくる。
『……!?』
騎士の赤い眼光が、驚愕に揺れた。
「……よく分かりませんが」
雪乃の氷のような瞳に、圧倒的な強者の光が宿る。
「力が、湧き上がってきます……!!」
雪乃が双剣を弾き返す。
ただそれだけの動作で、筋力26万という常識外れの暴力が騎士の腕を伝い、巨大な漆黒の大剣を「粉々」に粉砕した。
『ガァァァァッ!?』
武器を失い、大きく体勢を崩した騎士の懐へ、雪乃が踏み込む。
速度に破壊力が乗った完全無欠の紫電の斬撃。
「『氷華・八重咲き』!!」
瞬きする間に放たれた八連撃が、騎士の強固な漆黒の甲冑を紙切れのように斬り裂き、その肉体を八つ裂きにして吹き飛ばした。
ズドォォォォンッ!! と闘技場の壁が崩落し、深層のフロアボスはそのまま光の粒子となって消滅する。
『対象の生命活動停止を確認』
『深層フロアボスの討伐ボーナスを獲得しました』
『保留ポイントに【500,000】が追加されました』
静寂が戻った闘技場。
雪乃は双剣を構えたまま、自分の手を見つめて呆然と立ち尽くしていた。
「今のは、一体……。私の筋力が、突然……」
「ははっ……どうやら、俺のスキル、想像以上にデタラメだったみたいです」
全身の痛みに顔をしかめながら、湊がゆっくりと歩み寄ってくる。
彼は空中に浮かんだままの『二つのウインドウ』を指差した。
「雪乃さん。俺、自分のポイントを使って、雪乃さんのステータスもいじれるみたいです」
「……はい?」
雪乃は目を丸くし、湊の指差すウインドウを覗き込んだ。
そこには、自身の【筋力】の項目にあり得ない桁の数字が輝いている。
「他人のステータスにまで干渉できる……? そんなこと、聞いたこともありません……!」
「俺もさっき気づいて、心臓が止まるかと思いましたよ。ただ、少し制約もあるみたいで」
湊はウインドウを操作しながら説明を続ける。
「一度雪乃さんに渡したポイントは、もう俺のステータスには戻せないみたいです」
「一方通行、ということですか。……こんな規格外なポイントをただ同然でいただいてしまうなんで....」
「でもこれでより深い階層へ挑めますね!」
「あなたって人はどこまでお人好しな・・・」
半ば呆れている?雪乃の隣で無邪気に笑う湊。
「俺一人だけじゃない。雪乃さんの弱点も、状況に合わせて俺がいつでもカバーできる。これでさらに奥の階層も怖くない」
まだ、信じられないというようにため息をつきながら、やがてその口元に柔らかな、しかし自信に満ちた笑みを浮かべた。
絶体絶命の危機で解放された、最強の『鍵』。
【ステータス】
【名前】天谷 湊
【年齢】20
【HP】30,000 / 30,000
【MP】6,000 / 6,000
【筋力】150,000
【俊敏】120,000
【体力】30,000
【知力】53,035
【魔力】6,000
【保留ポイント】500,000
【名前】柊 雪乃
【年齢】22
【HP】 87,400 / 113,000
【MP】16,000 / 35,000
【筋力】202,500
【俊敏】150,000
【体力】28,000
【知力】33,000
【魔力】45,000




