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双剣の剣士の過去と、頂に立つ「七星」



ガーゴイルの群れを強引に殲滅した後、雪乃は氷のような冷徹な声で湊の動きを分析し始めた。


「天谷さん、現状のあなたの課題は明確です。桁外れのステータスを『数値の暴力』として振り回すだけで、全く制御できていません。今のあなたは、F1カーのエンジンを積んだ軽トラックのようなものです。このまま未踏破領域の先へ進むのは自殺行為に等しい。……一旦、地上へ戻りましょう」


雪乃は静かに双剣を鞘に収め、地上へ続く階段へと振り返った。


「あなたの体がその規格外のステータスに慣れるまで、ダンジョンの外で徹底的に『戦闘訓練』を行います。俊敏12万、筋力15万のあなたを正面から受け流し、動きを矯正できるのは、俊敏15万の私しかいませんから。……覚悟はいいですね?」


その日から、ダンジョン管理庁の地下に設けられたSランク専用の巨大な訓練施設を舞台にした、特訓の日々が始まった。


初日。広大な訓練ルームの中央で、木剣を構えた雪乃と対峙しながら、湊は内心で密かな自信を抱いていた。


(雪乃さんの俊敏は15万で、俺は12万。速度では少し劣るけど、こっちには筋力15万の圧倒的なパワーと、知力による演算能力がある。案外、力押しで一発掠らせれば、あわよくば勝てるんじゃないか……?)


「いつでもどうぞ」


雪乃の静かな声を引き金に、湊は床を蹴った。


俊敏12万の爆発的な推進力。一瞬で雪乃の眼前に肉薄し、その華奢な胴体をへし折るつもりで右拳を振り抜く。


だが――。


「……直線的すぎます。ただ速いだけの『石ころ』ですね」


「えっ――」


雪乃は最小限の半歩だけでその絶撃を躱すと、湊の突き出した右腕を支点にして、合気道のようにクルリと背後へ回った。


湊が体勢を立て直すよりも早く、膝の裏を軽く蹴られてバランスを崩され、気づけば首筋にヒンヤリとした木剣の切っ先が突きつけられていた。


「はい、死にました」

「なっ……! も、もう一回!」


湊は慌てて距離を取り、今度はフェイントを交えて左右から連撃を放つ。だが、結果は同じだった。


雪乃は湊の攻撃の『起点』を完全に読み切り、力で受け止めることなく、流水のようにすべてを受け流していく。そして、姿勢が崩れた瞬間に的確に急所を打ち抜かれる。


「死にました」

「あぐっ!?」

「また死にましたよ。……ほら、足が止まっています」

「ぐあぁっ!」


それから数時間。湊は文字通り、完膚なきまでに叩きのめされた。


床に大の字に倒れ込み、荒い息を吐く湊を見下ろしながら、雪乃は淡々と告げる。


「ステータスはただの数字です。それを『どう動かすか』という武術の経験値において、昨日まで素人だったあなたが私に敵うはずがありません。……さて、自分の現在地が理解できたのなら、ここからが本番です。血反吐を吐くまで扱き使いますよ」


その雪乃の冷酷な微笑みを見て、湊は自分がとんでもない思い上がりをしていたことを骨の髄まで理解したのだった。


   * * *


――それから、一ヶ月後。


「シッ!」

鋭い呼気と共に、湊の右脚が鞭のようにしなり、空気を切り裂く。


俊敏12万の脚力から放たれた回し蹴りは、音速を遥かに超えた衝撃波を伴って、訓練用の超硬度ダミーの頭部を根元から正確に粉砕した。

バランスを崩すことなく、湊は瞬時に次のダミーの死角へ滑り込む。


一ヶ月前のように、勢い余って無様な姿を晒すことは少なくなったと思う。雪乃との地獄のスパーリングを経て、湊は知力1万3千の演算能力と身体の全神経を完全にリンクさせ、12万の速度をミリ単位で制御する術を身につけたのだ。


そのまま『崩星の籠手』による無駄のない最短距離のジャブが、ダミーの胸部を的確に貫き、粉々に打ち砕いた。


「……ふぅ。よし、トップスピードでも景色が流れないし、身体がピタリと止まる」


湊は軽く汗を拭い、息を整えながら確かな手応えを感じていた。


ポイントを稼ぐ実戦こそ控えていたため保留ポイントに変動はないが、今の湊は一ヶ月前とは次元の違い「己のステータス」をに振り回されない技術を身につけた。


「素晴らしい適応力です。もう、私が動きを矯正する必要はありませんね」


訓練施設の壁際で腕を組んでいた雪乃が、珍しく満足げな笑みを浮かべた。


「雪乃さんのおかげです。でも、特訓とはいえ一ヶ月も足止めを食らってしまって、良かったんですか? 早くダンジョンの先に行きたかったんじゃ……」


「問題ありません。急いては事を仕損じますから」


雪乃はタオルを湊に手渡しながら、静かに首を振った。


「ここで改めてになりますが、ダンジョンについておさらいしましょうか。まずダンジョンは階層毎に強さによって明確に区分されているのはご存知ですよね?」


「はい。といってもほとんど9階までの上層がメインでしたけど」


「湊さんのおっしゃる通り、1〜9階が『上層』、それを超えた10〜17階が『中層』。そして、第18階層から第30階層までは『下層』と呼ばれ、魔物の強さや厄介さが根本的に跳ね上がります。現在確認されている限りでは全てのダンジョンの階層毎の難易度は共通だそうで、私たちが攻略を目指す『黒淵の顎』も今時点で到達した階層までは例に漏れず他のダンジョンと変わらない様子です。」


「なるほど……。じゃあ、他のダンジョンではもっと深く潜っている探索者もいるんですか?」


「ええ」


雪乃は携帯端末を開き、ダンジョン管理庁のデータベースを湊に見せた。


「現在、日本国内で最も深く攻略されているダンジョンは、東京・新宿に出現した巨大ダンジョン『バビロンの塔』です。現在の最高到達階層は……『第52層』。下層を遥かに通り越した、第31階層以降の真の魔境――『深層』です。攻略のトップに立っているのは、七大ギルドの『七星』の一人です」


「ご、52層!? 18階層の下層の壁すら遥かに越えてるじゃないですか!」


驚く湊に、雪乃は厳しい顔つきで説明を続けた。


「深層ともなるとそこにいる魔物の『質』は格段にレベルが違います。天谷さんは、一般的なダンジョンの魔物のランクと、そこで求められる探索者の人数の目安を知っていますか?」


「いや、俺は荷物持ちだったので、お恥ずかしながらモンスターの詳しい情報までは……」


「わかりました。では一から説明をすると、例えば一般的な『C級魔物』が出現する中層。これを安定して倒すには、Dランク探索者なら最低でも20人の集団戦術が必要です。同じCランクの探索者であっても、4〜5人でパーティを組んでようやく互角というバランスに設定されています」


「同じランクでも、1対1じゃ勝てないんですか?」


「ええ。魔物は単体でも圧倒的な生命力と暴力を持っていますから。魔物のランクが上がるほど、人間との戦力差は指数関数的に開いていきますし、先日私が窮地に陥ったように、相性次第でランクが下のモンスターにも遅れをとることがあります。だからこそ、人間側は多人数での『数の暴力』と『役割分担』で対抗するしかないんです」


雪乃は端末を閉じ、真っ直ぐに湊を見た。


「……では、なぜ数年もの間、日本であなた以外の『Sランク探索者(総ポイント30万以上)』が誕生しなかったのか分かりますか?」


湊は少し考え込み、そしてハッとした。


「……安全マージンを取りすぎているから、ですか?」


「その通りです」


雪乃は深く頷いた。


「探索者は命がけの職業です。大手ギルドになればなるほど、絶対に死人が出ないように、数十人、数百人規模の大部隊で浅い階層の魔物をリンチにする『安全な狩り』を好みます。しかし、多人数で倒せば、一人当たりに分配される経験値ポイントは微々たるものになる。そうして安全な狩りばかりを続けているうちに、ステータスがSランクに届く前に肉体の全盛期を終えて引退してしまう。大抵の探索者はその末路を辿ります」


「だからこそ、たった一人でポイントを100%獲得できる俺の『手動割当』は、常識を壊すバグなんですね。……でも、ちょっと待ってください」


湊はそこで、一つの明確な疑問に気がついた。


「それなら、どうして雪乃さんはSランクに至ることができたんですか? 安全な狩りじゃ届かない。かといって、俺みたいなチート能力があるわけでもない。かといって、パーティを組んで安全に稼ぐのは途方もない時間がかかる……」


「ええ、通常はそうです」

雪乃は静かに首を振った。


「前途のとおり、パーティを組んで互いの弱点を補い合ってダンジョンへ挑むのが定石です。……ですが、私はそれができなかった」


雪乃の顔からスッと表情が消え、彼女は自分の華奢な両手を見つめた。


「数年前、私はまだAランクになったばかりの頃でした。ある日、所属していたパーティで下層への入り口――第18階層の壁に挑み……イレギュラーな魔物の群れ「モンスターパレード」に遭遇してしまったんです。前衛の盾役は一瞬で挽肉にされ、魔法使いは詠唱の途中で頭を噛み砕かれた」


雪乃の声は静かだったが、その奥には凍てつくような後悔が滲んでいた。


「私は死にたくなくて、無我夢中で戦い、運命の悪戯か、私のステータスはレベルアップのたびに『俊敏』へ極端に偏って成長していく性質だったんです。仲間を助けるための筋力でも体力でもなく、ただ自分が『逃げ延びる』ための速度ばかりが上がり続けた。……結果、私だけが生き残ってしまった」


湊は息を呑んだ。彼女の俊敏15万という極端すぎるステータスは、自由に割り振った結果ではなく、生き残る過程でシステムに強いられた「呪い」のようなものだったのだ。


「それから、私は二度と他人とパーティを組めなくなりました。異常に上がり続ける私の速度についてこれる人間はいなかったし、何より……自分が盾になれないせいで誰かが死ぬのが怖かったから。だから、私は一人で下層へ潜り続けた」


「一人で……その低い筋力と体力で?」


「ええ。かすり傷一つが致命傷になる絶望的な戦力差の中で、何千、何万回と剣を振るい、魔物を削り殺す『千日手』の死闘。眠る時間も惜しみ、精神をすり減らしながら限界を超えて戦い続けた。そうして文字通り『命を削って』経験値を独占し続けた結果……気がつけば、総ポイント30万を超え、Sランクと呼ばれていました」


雪乃は顔を上げ、氷のような瞳で湊を見据えた。


「だから、私は中層の最後、あの第17階層のオリハルコン・ゴーレムで限界を迎えたんです。速度だけでは絶対に倒せない、私の『狂気の狩り』の終着点。……そこで私を救い、不可能を可能にしてくれたのが、あなただった」


「雪乃さん……」

雪乃の壮絶な過去を知り、湊は両拳を強く握りしめた。彼女もまた、この理不尽な世界で一人、血の滲むような努力と狂気スレスレの戦いを経て高みに至ったのだ。


「……私の話はここまでです。これで、Sランクに至るのがどれほど異常なことか理解できたでしょう?」


雪乃はふっと表情を切り替え、本来の冷静な表情に戻った。


「私が言いたいのは、ここからです。命を削って狂ったように戦い続けた私でさえ、到達できたのは総ポイント『30万強』に過ぎない。……では、七大ギルドのトップ、その『七星』と呼ばれる者たちは、一体どうやって【数百万】ものポイントを稼いだのか」


その言葉に、湊は背筋が凍るような悪寒を感じた。


雪乃のあの異常な戦いを数年続けても、百万には届かない。それなのに、彼らはその数倍のステータスポイントを保有しているというのか。


「……彼らは、理外の力を持つ『超人』であり、同時に『狂人』なのです」


雪乃は畏怖すら滲む声で呟いた。


「ある者は、探索者になった時点でシステムの常識を覆すような『規格外のスキル』に目覚めていた。ある者は、天賦の才とも言える圧倒的な戦闘センスで群れを蹂躙した。そして新宿ダンジョンの52層を攻略しているトップをはじめとする者たちは……自らの命を省みることなく、ダンジョンへ単独で挑み続けたのです」


「単独で……!」


「ええ。安全マージンなど一切無視し、死と隣り合わせの極限の死闘を延々と繰り返した。通常なら確実に死んでいる無謀な探索ですが、彼らはその死線すらも越え続け、莫大な経験値を独占し続けた。人間の限界をとうに捨て去り、純粋な『力』のみを追求し続けた狂人たち……そうして、数百万という絶望的なステータスを手に入れたのです」


雪乃の言葉は重く、訓練施設に冷たい余韻を残した。


「私たちは、やがてそのバケモノたちが挑む領域に足を踏み入れることになる。だからこそ、今のうちに完全にステータスを制御できるようになってもらう必要があったんです」


日本の頂点に君臨する、七人の狂気。


下層、そして深層の攻略は、ただダンジョンの底を目指すだけではなく、その絶望的なステータスを持つ「七星」たちと否応なく対立することを意味していた。


「……上等ですね」


だが、湊の瞳に恐怖はなかった。


むしろ、数百万という途方もない数値を誇る存在がいるという事実が、彼の闘争心に火をつけていた。


「才能と狂気だけで上り詰めた連中に、引けを取るつもりはありません。俺たちだって、お互いの弱点を完璧に補い合える最高のパーティだ。それに、俺の手動割当マニュアルがあれば、ステータス総量で負けていても、絶対に覆せる」


湊は両腕の『崩星の籠手』を固く握りしめ、獰猛な笑みを浮かべた。


「行きましょう、雪乃さん。もう制御の不安はありません。まずはあの『黒淵の顎』を完全踏破して、俺たちもそのバケモノたちの領域に殴り込みをかけましょう」


「ええ。あなたとなら、あるいは」


一ヶ月の地獄の特訓を経て、規格外の力を完全に己の支配下に置いた青年と、過去の呪縛を乗り越えた氷の剣士。


再びあの未踏の第18階層の先――絶望が潜む下層へ挑むべく、力強い足取りで訓練施設を後にした。


【ステータス】

【名前】天谷 湊

【年齢】20

【HP】30,000 / 30,000

【MP】6,000 / 6,000

【筋力】150,000

【俊敏】120,000

【体力】30,000

【知力】13,035

【魔力】6,000

【保留ポイント】50,000


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