表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/28

未踏の第十八階層と、完璧な相互補完





ダンジョン管理庁の厳重なゲートを抜け、政府専用の長距離転送陣を経由すれば、そこはもう人類の生存圏外だった。


ほんの数日前まで、ダンジョンで荷物持ちをして日給を稼いでいた日常から一転。湊は今、日本のトップランカーである雪乃と共に、『黒淵のあぎと』の未踏破領域――第十八階層へと続く長く暗い階段を下りていた。


「空気が、これまでとは全く違いますね」


湊が慎重な足取りで進みながら呟くと、前を歩く雪乃が双剣の柄に手を当てたまま静かに頷いた。


「ええ。第十七階層までの冷たく澄んだマナとは異なり、この瘴気はひどく重く、澱んでいます。おそらく、この階層から出現する魔獣の質が根本的に変わるはずです。油断しないでくださいね、天谷さん」


「はい、分かっています。雪乃さんも気をつけて」


湊の口調は、不思議なほど自然と丁寧になっていた。


昨日までの横柄なAランク探索者たちに対する苛立ちは消え失せ、対等な相棒として、そして一流の探索者として背中を預けられる彼女への純粋な敬意が生まれていたからだ。


階段を抜け、二人の視界が開ける。


第十八階層は、これまでの洞窟や水晶地帯とは全く異なる異様な空間だった。


天井が見えないほどの巨大な地下空間に、黒い石で造られた古代都市の遺跡が広がっている。


ひび割れた石畳の隙間からはマグマのように赤黒い光が漏れ出し、空間全体を不気味に照らし出していた。


「地下に廃墟……。誰がこんなものを造ったんでしょうね」


「ダンジョンの発生メカニズムは、現在でも完全には解明されていませんから。……来ますよ、天谷さん。前方の広場です」


雪乃の鋭い警告と同時。


遺跡の陰から、ズシン、ズシンと地響きを立てながら「それ」が姿を現した。


体長は十メートル近い。四足歩行の猛獣のような骨格に、漆黒の鱗と異常なまでに発達した筋肉の鎧を纏っている。頭部には太く捻じ曲がった二本の角が生え、その口からは高熱の息が漏れ出していた。


「深層の大型種……『アビス・ベヒーモス』ですね。通常のSランクパーティでも、出会えば撤退を推奨されるほどの厄介な装甲と生命力を持った魔獣です」


「なるほど。あの硬そうな鱗、俺の新しい装備の試し撃ちにはぴったりの相手ですね」


湊は全く怯むことなく、両腕に装備した数十トンのアーティファクト『崩星の籠手』を軽く打ち合わせた。ガギィンッ! と甲高い金属音が遺跡に鳴り響き、アビス・ベヒーモスのヘイト(敵意)が完全に二人へと向く。


『グルルルォォォォォォォッ!!』


空気を震わせる咆哮と共に、巨獣が猛然と突進してくる。


戦車のような質量が迫り来る中、雪乃がスッと腰を落とした。


「私がまず、あいつの視界と意識を奪います。天谷さんは、一番重い一撃をお願いします」


「分かりました。俺も少し、速度を上げさせてもらいますね」


湊は思考のみでウインドウを展開し、自身のステータスを素早く書き換えた。


【筋力】は30,000→150,000へ上げ、雪乃の超高速戦闘に合わせるため、【俊敏】へさらにポイントを注ぎ込む。


【俊敏】6,000 → 30,000 (+24,000)


【保留ポイント】189,035 → 165,035


「――行きます!」


雪乃の姿が、紫電の瞬きと共に消失した。


俊敏15万という圧倒的な速度。アビス・ベヒーモスが湊へ辿り着くよりも遥かに速く、雪乃は巨獣の側面へと回り込み、雷属性を限界まで纏わせた双剣でその両目を正確に斬り裂いた。


『ギャアァァァァァッ!?』


視界を奪われた巨獣が苦悶の声を上げ、デタラメに巨大な前腕を振り回す。


だが、雪乃はすでにその攻撃範囲から離脱していた。彼女の役割は、敵の装甲を貫くことではなく、湊が最も攻撃しやすい「完璧な隙」を作ることなのだ。


「お見事です。……あとは俺の仕事ですね」


俊敏30,000に引き上げられた湊の脚力が、ひび割れた石畳を粉砕して弾け飛んだ。


巨獣の懐へと一瞬で潜り込む。視力を失い、パニックに陥って暴れ狂うアビス・ベヒーモスの巨大な顎が、迎撃とばかりに湊を頭から噛み砕こうと迫る。


湊は回避しなかった。


漆黒のインナースーツ『幻影の黒布』が、湊の膨張する筋肉に合わせて滑らかに伸縮する。


「ふっ……!」

湊はジムで限界までバーベルを上げ続けた中で培った、完璧な下半身の踏み込みと体重移動のフォームを再現した。


その完璧な運動連鎖に、筋力150,000という桁違いな暴力と、数十トンの重量を持つ絶対破壊不可能な『崩星の籠手』の質量が乗る。


下から上へとカチ上げられた湊の右アッパーが、アビス・ベヒーモスの下顎に激突した。

――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!

落雷のような轟音。


アビス・ベヒーモスの巨体が、まるで無重力空間に放り出されたかのように完全に宙へと浮き上がった。


次の瞬間、強固な漆黒の鱗が内部からの衝撃に耐えきれず、粉々に弾け飛ぶ。破壊のエネルギーはそのまま巨獣の体内を駆け抜け、背中側から爆発するように突き抜けた。


体長十メートルの巨獣が、文字通り一撃で原型を留めない肉片へと変わり果て、遺跡の広場に血の雨となって降り注ぐ。


『対象の生命活動停止を確認』

『経験値の還元を実行します』

『保留ポイントに【100,000】が追加されました』


「よし……! 籠手も防具も、全く軋みません。最高の装備ですね、これ」


湊は降り注ぐ血の雨を『幻影の黒布』で弾きながら、無傷の籠手を見つめて歓喜の声を上げた。

どれだけ筋力を上げても、服が破れる心配も、武器が壊れる心配もない。自身の『最適解』のスキルを、文字通り100%の出力で叩きつけることができる。


「お疲れ様です、天谷さん。素晴らしい一撃でした」


少し離れた場所に着地した雪乃が、双剣を収めながら歩み寄ってきた。


その顔には、隠しきれないほどの充実感と、驚きが入り混じっていた。


「私の速度に完全に追従し、敵のヘイトを瞬時に奪って一撃で粉砕する。……これほど綺麗に連携が決まるとは、私自身も驚いています」


「雪乃さんの作ってくれた隙が完璧だったおかげですよ。俺一人だったら、あんなに上手く急所を狙えなかったと思います」


湊が素直に称賛すると、雪乃は少しだけ照れ隠しのように視線を逸らした。


「私たちは、互いの足りない部分を補い合うと契約したのですから、当然の働きです。……ですが、本当に規格外ですね。ただの一撃で十万ポイントもの経験値を引き出すなんて、他のSランク探索者が見たら卒倒しますよ」


「変換ロスがないって、本当にズルいスキルですよね」


湊は自身のステータスボードを確認しながら、獰猛な笑みをこぼした。


「さあ、ウォーミングアップはこれくらいにしておきましょうか。この第十八階層、まだまだ奥が深そうです」


「ええ。油断せず、確実に進みましょう。私たちの戦いは始まったばかりですから」


互いの背中を預け合い、最速の剣撃と最重量の破壊力で未踏の遺跡を蹂躙していく二人。





国内の頂点に君臨する七大ギルドは、他の巨大ダンジョンであれば30階層、あるいは50階層まで到達している猛者たちだ。彼らがこの『黒淵の顎』の深層に到達していないのは、決して攻略が不可能だったからではない。単に、都心部から離れたこのダンジョンは、彼らトップ層にとって『優先度が低かった』だけなのだ。


ダンジョンという代物は、定期的に魔物を間引かなければ、やがて許容量を超えた魔物が地上へと溢れ出す『モンスターパレード』を引き起こし、甚大な被害をもたらす。


加えて、各ダンジョンとも階層ごとに出現する魔物の種類はほぼ固定されている(稀にイレギュラーな魔物がポップすることもあるが)。そのため、大手ギルドからすれば、わざわざ辺境のダンジョンの深層を苦労して開拓するよりも、都心部よ浅い階層で定期的な間引き作業だけをこなして被害を防ぐ方が、ずっと効率が良いうえに市街地の被害を抑える意味でも優先された。


だからこそ、この第十八階層から先の深層は、誰の手も入っていない真の『未踏破領域』として残されていた。


そんな前人未到の奈落の底へ向けて、規格外のパーティーは確かな足跡を刻み始めた。


【ステータス】

【名前】天谷 湊

【年齢】20

【HP】6,000 / 6,000

【MP】6,000 / 6,000

【筋力】150,000

【俊敏】30,000

【体力】6,000

【知力】6,000

【魔力】6,000

【保留ポイント】145,035


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ