13.竜の目覚め
「兄は──薄明の旅人の代理は、どんなことをしているの?」
ラズはふとポップに訊ねました。もしかしたら、ワタリガラスの一族でない者には話せないことかもしれない。そう思ったのですが、どうしても気になったのです。しかし、幸いなことにポップはすぐに答えてくれました。
「ベリーロードを渡り歩き、竜の女神の眠りの影響下にあるこの国の各地の大結晶を見て回るのが役目だ。西のスピリットベア、北のサンダーバード、東のマザーフロッグ、南のクイーンサーモン……これらの様子を視察してまわるんだ」
「なるほど、それで、兄は一か所に留まっていないんですね」
「カア、その通り」
ポップは頷きつつ、首を傾げました。
「だが、手紙を書く時間くらいはあるのにね。それに、西のスピリットベアを見る際は、スピリットベアの番をするワタリガラスと必ず会う事になっている。彼は〈夕焼け村〉に滞在しているので、その気があれば生家に顔を出すことだってできるのに」
不思議そうなその言葉に、ラズは少し暗い気持ちになりました。きっと、ラズの兄ブラックが顔を出さないのにも理由があるのでしょう。それでも、お母さんやお祖母ちゃんが元気なうちに、どうかその顔を見せて欲しい。そう強く思いました。
「どうしたら兄に直接会えるのかな。今、どこに向かっているのか知っている?」
「そうだねぇ。夏の星まつりと冬の星まつりの時期に、〈白昼夢の都〉で九羽鴉の定例会があるのだが、それに必ず出席することになっているよ」
「夏の星まつり……」
ラズはつぶやきながら、頭の中でカレンダーを確認しました。春分はとっくに過ぎ去り立夏の近い今。夏の星まつりは夏至を過ぎた後の一週間ほど先にあります。その頃までに〈白昼夢の都〉まで行けるかしら、と、考えていると、ポップは続けて言いました。
「しかし、いるにはいるのだが、直接会う機会があるかどうかは保証できないね」
「どうして?」
ブルーが問いかけると、ポップは声を潜めながら言いました。
「定例会の時のブラック君はあまり表に出ないんだ。長旅の疲れもあるのかもしれないね。滞在しているのは地下迷宮にあるワタリガラスの一族の宿舎なので、一般的な立ち入りもできない」
「でも……ラズは家族なのに?」
心底不思議そうなブルーの様子に、ラズはため息交じりに言いました。
「ワタリガラスの一族の施設の多くはね、ワタリガラスの一族しか入っちゃいけないことになっているの。私は確かに家族だし、その血を引いてはいるけれど、ワタリガラスの一族に認められるには目の色も髪の色も明るすぎるから……」
「そうなんだ。厳しいんだね」
ブルーは耳をぺたりと倒しながら言いました。大好きなラズが仲間外れにされているようで悲しい気持ちになったのです。
そんなブルーを横目に、ラズは空気を換えようとポップに言いました。
「定例会ではどんなことを話すの? ……あ、私に話せる範囲だったらでいいんだけど」
「ここ数年はもっぱら竜の目覚めに関することだね」
「竜の目覚め……」
その言葉に、ラズは息を飲みました。ブルーもまたそわそわしながらラズとポップの顔を見比べました。
竜の目覚めとは、百年に一度起きるという大きな出来事です。地底でずっと眠り続けているドラゴンの女神が目を覚まし、欠伸をする。そうすると、彼女の見ていた夢があふれ出し、各地で大量のベリーが生まれるのです。
ベリーこそが宝であるこの国にとってそれは非常に大切な現象でしたが、同時に警戒し、備えなければならない事でもありました。というのも、竜の目覚めに際して何もしなければ、地底から火があふれ、人々の世界が滅んでしまうという言い伝えがあったからです。
それが、ただの迷信ではないことを、ラズは学んでいました。そのため、竜の目覚めの際にはワタリガラスの一族が立ち会うことになっていることも。
「もうすぐその百年に一度の目覚めが……」
ラズが呟くと、ポップは大きく頷きました。
「カア、四年後の年末というところだったかな。我が相棒の予言通りならばね。それまでの間に、悪さをしない特別なチリンも現れるだろう。ブラック君が旅をしているのは、今この瞬間にどこかで生まれているかもしれないそのチリンを探すためでもある。チリンもまた従うべき相手を探して旅をしているかもしれないからね」
ポップの話を聞いて、ラズはスープを飲む手を止めました。知らない間に、自分の兄がとても大変な役目を背負っていることを知って、たまらなく心配になったのです。
──この事はお姉ちゃんたちには伝えられないな。
お祖母ちゃんはもしかしたら知っているのかもしれないけれど、と、思っていると、その横でブルーがふとポップに質問をしました。
「女神さまのお目覚めに立ち会う時ってみんなで何をするの?」
すると、ポップは翼を広げて答えました。
「ごめんよ、ブルー君。それはお話できない決まりなんだ」
きっと本当は話したくてたまらないのでしょう。心底つまらなさそうなその様子に、ラズもブルーも可哀想に思い、素直に引き下がりました。




