12.朝ご飯をご一緒に
翌朝、ラズとブルーが宿の案内に従って朝食を食べにレストランへやってくると、ポップと一緒になりました。
せっかくだから一緒に朝ご飯を、と、三名でテーブルにつくと、ブルーは少しそわそわした気持ちになりました。ポップが昨晩の相談を話題に出さないか少しだけ心配になったのです。けれど、幸いなことに、おしゃべりカラスながらもポップは自分からしゃべっていいことと、よくないことをよく理解しておりましたので、彼の口から飛び出す話題はもっぱらラズのお兄さんについてのことでした。
家を飛び出してから、ワタリガラスの一族の仲間として働くブラックの姿について、印象深いことからとるに足らないことまで、ポップはあれこれ話してくれました。そして、その一つ一つにラズが新鮮な反応を示すことを受けて、ポップは深く納得したように言いました。
「……なるほど、その様子からするに、本当の本当に彼は故郷に帰っていないのだな」
「ええ……きっと忙しいのだろうって祖母は言っていました。そういう役回りのようだからって。ワタリガラスに生まれなかった私にはよく分からないのだけど……」
少しだけ卑屈になりながらラズがそう言うと、ポップは翼を広げて答えました。
「ああ、その話も曖昧だったね。ブラック君が話していないのなら、吾輩が教えてあげよう」
「良いの? で、でも、兄はきっと嫌がるんじゃないかと」
戸惑うラズに対し、ポップはくちばしを開けて笑いました。
「大丈夫さ。これについてはどうせ隠し通せるものじゃない。公のことだからね。ブラック君だってヒミツにしているってわけじゃないだろう。むしろ、説明する手間がはぶけてありがたいかもしれない」
そう言いつつも、あまり大声で話せる内容じゃないのでしょう。ポップは周囲をちらりと確認してから、同じテーブルで朝食をとるラズとブルーにしか聞こえない程度の声でこう言いました。
「ブラック君はね、現時点で空席となっている九羽鴉の一人──薄明の旅人の代理なんだ。そして今は、いずれ来る竜の目覚めに備え、各地にちらばるベリーの大結晶の様子を定期的に確認して貰っている」
「薄明の……旅人……」
その言葉を聞いて、ラズは惚けてしまいました。何故なら、薄明の旅人とは、古いおとぎ話にも登場するほど有名だったからです。
ワタリガラスの一族を取り仕切る九羽鴉の中でも、重要な立場の者。その事をラズはこの国に生まれ、学校に通った者としてすでに知っていたのです。けれど、ブルーは違いました。
「何なの、その薄明の旅人って?」
「百年に一度、この地に現れるとされる風来坊だよ」
ポップが答えました。
「ワタリガラスの一族の青年の姿で伝えられ、かたわらにはナイトメアのチリンが一緒にいる。ともに各地を旅してまわり、竜の目覚めの際にはふたりで地底に向かうんだ。そして、ふたりで重ねた思い出と未来への願いが母なる竜に託された時、この世界には新たな時代が始まる……。つまりね、百年に一度現れる勇者のような存在なんだ」
「──でも、本当は空席なんですね?」
ラズが透かさず突っ込むと、ポップはこくりと頷きました。
「ああ、そうなんだ。というのも、該当するチリンがどこにもいなくてね。いや、チリン自体は有り触れているのだが、薄明の旅人についてくるチリンというのは特別なんだ。自分から従う相手を探し、特定の人についてくる。そして何より、そのチリンは悪さをしないんだ。むしろ、各地で人々を困らせるナイトメアたちを鎮めることができる」
「そうなんだ。じゃあ、その悪さをしないチリンがいないと正式な薄明の旅人も決まらないってことだね」
ブルーが首を傾げながらそう言うと、ポップは深く頷きました。
「そういうことだ。しかしね、きっと現れたらすぐに懐く相手も決まるだろうって言われているんだ。悪さをしないチリンが好む人のイメージはいつも一緒だからね。特にブラック君の姿はちょうど百年前の薄明の旅人に瓜二つだ。まあ、その血を引いているのだから当然なのだが」
「もしかして、私たちの祖母の……?」
「ああ、そうだよ。君たちのお祖母さまの御父上だった。ちなみに御母上の方は夢の扉の番人だったことはさすがに知っているかな。君たちのお祖母さまも若い頃は後を継いでいた時期があってね、吾輩のご先祖さまとパートナーを組んでいたそうな。まあ、それも、ベリー売りとして旅をしていたコヨーテの客人の美青年と恋に落ちて、お役目を妹君に託し、二人で都を出てしまうまでの間だったけれどね」
「そうだったんだ……お祖母ちゃんにそんな過去が……」
驚くラズを見つめ、ポップは深々と頷きながら言いました。
「そうかそうか。知らなかったか。全ては竜の思し召しだ。夢の扉の番人だって、誰が適任なのか人間やカラスには分からない。資格はあっても、どうしても無理だというものに押し付けるようなものではないのさ。それを君のお祖母さまに教えてくれたのが一目惚れだったのだろうね。ちなみにこの金髪碧眼の美青年ベリー売りとワタリガラスの巫女のロマンスは、今もおとぎ話のように残っていてね、ワタリガラスの一族の若い娘たちのお気に入りの話になっているよ」
にこやかに語るポップの話に、ラズはどこか気恥ずかしさを感じてしまいました。何故なら、その恋の果てに自分たちがいることをちょっと意識してしまったからです。
けれど、すぐにラズは冷静になって、ポップの言葉を繰り返しました。
「そっか、全ては竜の思し召し……か」
気恥ずかしさの代わりに彼女の頭の中に浮かんだのは、もう長いこと顔を見ていない兄のブラックでした。ラズの祖母が故郷を離れて恋の道を選んだように、彼の行動もまた竜の示す道なのかもしれない。ふと、そう思ったのでした。




