11.真夜中の恋愛相談
しゃべるオオカミが人間に恋をする。それは、珍しいことではありました。そもそも多種多様な人間の暮らすこの世界ですが、同じ人間同士であったとしても、ヒト族はヒト族とオオカミ族はオオカミ族と恋をして結ばれることが普通だったからです。
しかし、ブルーの相談を受けたポップは非常に落ち着いていました。というのも、ポップはその立場上、さまざまな昔話を記憶していたからです。だから、ポップは知っていました。しゃべるオオカミが人間に恋をする。そんな事だって世の中にはあるだろうということを。けれど、同時に、深刻に悩むブルーの様子を重く受け止めていました。ポップは知っていたのです。人間として暮らす者たちの世界と、人間であることを拒む者たちの世界がどれだけ交わらないものなのかを。
「なるほど。それで君は安全オオカミになろうって心に決めたのだね。どうしても、ラズ君との出会いを終わりにしたくなかったから」
「耐えられないって思い知ったんだ。一晩一緒に過ごして、別れて、もう一度、一人ぼっちになってみたらすぐに分かった。一度でもラズと一緒に過ごす楽しさを知ってしまったら、もう一人には戻れないんだって」
「そうか。その思いの強さが伝わるよ。安全オオカミの仕組みが誕生してから歴史は長い。しかし、事例はそんなに多いわけじゃない。みんなプライドがあるからね。それに、慣れというものもある。生まれ育った環境を捨て去るのは、なかなか難しいものなのだよ」
ポップの言葉にブルーは深くうなずきました。
ラズと別れる事。それは彼にとってあり得ないことでした。では、追いかけて、旅に同行できるようになった今はどうでしょう。四六時中、幸せな気持ちで満たされているのでしょうか。いいえ、そうではないから、今、ブルーはここにいたのです。
「ボク、おかしいのかな。家族のもとを飛び出した時だって、しばらくは寂しい瞬間とかあったよ。でも、それは一人ぼっちだったから。今は違う。ラズが一緒にいる。なのに、どうしてだろう」
「ふむ、吾輩は物知りだが、ブルー君の心を覗けるような摩訶不思議な力は持っていない。ゆえに、こうであるという答えは示せないのだが……しかし、ブルー君。これだけは言える。君はおかしくなんてない。よくあることさ」
「よくある?」
「うん。何も、安全オオカミだけじゃない。何なら、ヒト族同士の両想いの恋愛だって、四六時中上手くいくわけじゃないんだ。ましてや、君たちは違い過ぎる。君がラズ君を思う気持ちと、ラズ君が君を思う気持ちにも若干のずれがある。悩まないはずがない」
「……ボク、どうしたらいいの?」
俯きがちにブルーが訊ねると、ポップは一生懸命考えてから答えました。
「それは吾輩には決められないよ。しかし、一緒に考えることはできるかもね。たとえば、ブルー君。君はすでに安全オオカミとしてベリーロードを堂々と歩く権利を得ている。ラズ君の隣で歩くことができる。その権利を手放したいと思うかい?」
ポップの問いに、ブルーは静かに首を振りました。
「ラズと離れたくない。それだけは確かだよ」
ブルーがそう答えると、ポップは翼を広げました。
「カア! では、道は一つだ。これからも歩みなさい。どうなりたいか、どうしたいかは、ゆっくり考えていけばいい。ラズ君の隣を歩くこと。その席を誰にも譲りたくないと君が思うならば、それでいいさ。一緒に旅をして、一緒に色々なものを見て、その中で、君の中にあるその気持ちをラズ君に打ち明けるかどうか、じっくり考えてから決めるといい」
「それで……答えがいつまで経っても出なかったら?」
「焦らなくたっていいさ。答えなんて見つからなくてもいいんだ。君が一緒にいたいと思うならば、一緒にいればいい。一緒にいるうちに、つらい気持ちも薄れていくかもしれない。つらさよりも楽しさが勝るかもしれないだろう」
ポップは力強くそう言うと、やや声を抑えて続けました。
「実のところ、吾輩には君の気持ちが少し分かる気がする」
「ポップにも?」
「カア。吾輩も小さな頃からずっと悩んでいたからね。何故、吾輩はカラスなのだろうと。初めのうちは漠然とした疑問だったが、夢の扉の番人のパートナーに選ばれてからは特にそうだ。若くして重荷を背負うパートナーが悩むたびに、それを慰めようとするたびに、カラスであるがゆえの限界を感じ、恥じることがあるんだ。何故、吾輩は彼女と同じ人間に生まれてこなかったのだろうとね」
遠い目をしながらそう語るポップを見上げ、ブルーは少しだけ気持ちが落ち着くのを感じました。同じように悩んでいる者が目の前にいる。それだけで、ほんのちょっとだけ心強さを感じたのです。
「そっか。ポップもずっと悩んでいたんだ。……今のボクと似ているね」
「そうとも。だから、吾輩もちょっと心強いよ。わが友よ、この先もたびたび相談し合おうじゃないか。誰かに話せば、少しは心が軽くなるだろう?」
笑うようにくちばしを広げるポップを見上げ、ブルーもまた笑うように舌を出しました。彼の言う通り、確かにここへ来た時よりもずっと心が軽くなったことをブルーは実感したのです。垂れていた耳も尻尾も、今ではぴんと立っています。
「うん。ポップの言う通りだ」
と、その時、時計の鐘の音が鳴り響きました。消灯を告げる最後の鐘の音です。ブルーは我に返り、立ち上がりました。
「長居しちゃってごめん。もう戻らないと」
「カア、そうだね。そろそろ寝なくては」
「お休み、ポップ」
「お休み、ブルー君」
挨拶を交わすと、ブルーはそのままラズと泊る客室へと向かいました。そして、階段をリズミカルに上る中、ブルーはふと気持ちだけではなく自分の足取りもまた軽くなっていることに気づいたのでした。




