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オオカミと赤いずきんのベリー売り  作者: ねこじゃ・じぇねこ
踊り子ウサギと銀幕の町

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10.ブルーのお悩み

 楽しい夜はあっという間に過ぎ去り、ラズとブルーにもお休みの時間がやってきました。〈日の入旅館〉の客室の夜はとても静かで、お隣の声も聞こえてきません。おかげで、ラズはぐっすり眠って旅の疲れを癒すことが出来ました。


 さて、これはそんなラズがいつものように大好きなベリーにまつわる何らかの夢を見ている最中のお話です。ラズが眠るのとほぼ同時に、しゃべるオオカミにとって快適なベッドに寝そべっていたブルーですが、時計の針が真夜中をさしても、なかなか眠ることが出来ずにいました。漏れ出すのは欠伸ではなく溜息ばかり。そして無意識に見つめてしまうのは、ベッドの上ですっかり眠ってしまっているラズの姿でした。


 どんなに横たわっても眠気の精霊はどうやらやってこないらしい。そう判断したブルーは、音をたてないようにそっと立ち上がると、まずは窓辺に向かいました。カーテンの向こうには、遠い昔に旅立った故郷──〈氷橋〉が薄っすらと光って見えます。一層、輝いているのは、きっとサンダーバードでしょう。美しいその景色を眺めていると、少しだけ家族のことが懐かしくなりました。けれど、眠気は全く起こりません。それに、気持ちも落ち着きません。その後、ブルーはこっそり客室を出ていきました。気分転換もかねてお手洗いに行こうと決めたからです。


 これを読んでいる皆さんもお察しかもしれませんが、ブルーのお手洗いはラズや私たちが使うようなものではありません。ちゃんとしゃべるオオカミが使いやすいお手洗いが用意されていました。〈日の入旅館〉をしゃべるオオカミが訪れることは滅多にありませんが、ワタリガラスの一族が議会で定めた法律によって、しゃべるオオカミのお客さんが来た時に困らないように設備を整えておく決まりとなっていたのです。


 しゃべるオオカミのお手洗いは旅館の一階の奥──ラズとブルーがポップと共に楽しい夕飯の時間を過ごした「ウサギの逃げ足」の裏手にありました。ラズと一緒に泊まる客室から少し遠いですが、おかげで良い気分転換にはなりました。用を足したその後、ブルーは静かに客室へと戻ろうとしました。その道中、何度もため息をついている自分に気づき、ふと足を止めました。


 頭に浮かぶのは様々な思い出です。住み慣れた第二の故郷に別れを告げ、ラズと再会して人間たちの暮らしを知り、そしてこの〈日の入旅館〉にいる今この瞬間までの記憶が蘇る中、ブルーは何となく憂鬱な気持ちになっている自分に気づきました。


 ──変だな。ボク、どうしちゃったんだろう。


 その疑問に首を傾げていたその時ふと、親しみのあるニオイに気づきました。ポップです。夕方に講演していたあの場所の止まり木で羽を休めているところでした。ブルーは彼にそっと近づいて行きました。


「や、やあ、ポップ」

「ん……おや、ブルー君じゃないか。どうしたんだい。眠れないのかい?」

「そんなところかな」


 ブルーはそう言ってぺたりとその場に座りました。どことなく落ち込んでいることが伝わったのでしょう。何度も首を傾げてから、ポップは訊ねました。


「どうしたんだい、落ち込んで。あのあとラズ君と喧嘩でもしたのかい?」

「まさか!」


 大きく口を開けて即答したものの、すぐにブルーは耳をぺたりと倒してしまいました。


「ラズはいつも通り。ボクの事を気にかけてくれるよ。色々と迷惑をかけちゃっていると思うんだけど、不満なんて言われたことないんだ」

「ふうん、そうかい。ずいぶんと愛されているんだねぇ」


 にこやかな口調でポップはそう言いました。しかし、ブルーは三角耳を倒したまま、小さな声で「愛されている……」と繰り返しました。そして、顔を上げると、ポップをじっと見つめながら言ったのでした。


「ねえ、ポップ。ポップから見て、ボクってラズに愛されているように見える?」

「ん? そりゃそうだね。何しろ彼女は君の保証人なのだろう。しゃべるオオカミの保証人っていうのはそのオオカミに愛がなければしないものだよ」

「……うん」


 ポップの言葉にブルーも納得しました。しかし、納得したもの、それはブルーの求めている答えではありませんでした。反応が芳しくないことに気づいてか、ポップは再び首を傾げながらブルーに問いかけました。


「カア、どうやら求めていた回答じゃなかったようだね。どれ、ブルー君。もう少し君の気持ちを聞かせておくれ。もしかしたら、この吾輩の頭脳が、眠れぬ君のお悩みを解決する手助けになるかもしれない」


 心強いポップの言葉に、ブルーは少しだけ耳を立てました。


「聞いてくれる?」


 そして、さっそくつらつらと思いのたけを語り始めたのでした。


「なんだかね、つらいんだ」

「つらい?」

「うん。悪い事なんて何も起きてないのに、誰もボクを責めたりしていないのに、落ち込んじゃうんだ」

「なるほど。それはつらいね。では、ブルー君。具体的にはどういう時につらいんだい?」

「ふとした瞬間、かな。今日はみんなでご飯を食べている時からだった」

「ふむふむ。つらい時、君はどんなことを考えている?」

「そうだね……えっと……なんでボクはしゃべるオオカミなんだろうって考えているかも。どうして人間のオオカミ族じゃなかったんだろうって」

「ふむ。しゃべるオオカミは嫌なのかい? オオカミ族になりたい?」

「ううん。そんな事、思った事もなかった」

「他には何か考えたりするかい?」

「えっと、ええっと……なんでラズはしゃべるオオカミじゃないんだろうって」

「ふうん。オオカミ族ではなくて、しゃべるオオカミかい?」

「……うん」


 そこまで答えると、ブルーは少しだけ俯きました。床をじっと見つめていると、体がだんだん震えだしてきました。

 そして気づけばポロポロと大粒の涙を流していました。ポップは何も言わずにじっと待っていました。ブルーは絞り出すような声で言いました。


「ボク……ラズの事が好きみたいなんだ」


 それは、ブルーがはじめて誰かに話した本当の気持ちでした。

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