9.ワタリガラスの関係者たち
「──とまあ、これが七色ベリーにまつわる言い伝えだよ」
ポップが話し終えると、カウンター越しでウサギ族のマスターが耳をぴょこぴょこさせながら真っ先に口を開きました。
「こりゃ随分と滑稽な話だ。しかし意外だね。あのワタリガラスの一族さんたちにも、そんな一面があったとは……」
「意外でも何でもないさ」
喉を潤してからポップは言いました。
「見栄っ張りが多いのは今もそうだよ。吾輩のパートナーもそうだ。九羽鴉の一人のくせしてつまらない見栄を張るところが玉に瑕だね」
「ポップのパートナー? 九羽鴉なの?」
ふと気になってブルーがたずねると、ポップは翼を広げました。
「カア、そういえば言ってなかったか。そうなのだよ。吾輩のパートナーはね、巫女なのだ。扉の番人と呼ばれている」
「扉の番人?」
その言葉に驚いたのはラズでした。
「それって、あの扉の番人?」
「あの……というのが具体的にどれを指すかは分からないが、おそらくご想像の通りに間違いはないだろう。〈ゆりかごの都〉の地下迷宮へと続く扉と、迷宮の果て──地底の夢の扉を開閉する権限を持つ番人だ。といってもまだ若く、今は修行の身ではあるけれどね」
ポップの返答に、ラズはポカンとしてしまいました。というのも、扉の番人とそのパートナーのカラスというものをよく知っていたからです。
ワタリガラスの一族が身内にいようと、彼らと知り合うのは困難です。この国にとってそれだけ重要な人物だったからです。
それに、ラズは常々、この手の話に関心を持っていました。扉の番人が護る夢の扉というものの先には、この大地を地底から支える竜の女神が眠っていると言われています。全てのベリーの根源でもある彼女。ベリーに興味があり、その全てを知りたくてたまらないラズが興味を持たないはずがありません。
「もしよろしければ、その御方の事をもっと聞かせてくださる?」
目を輝かせながらたずねる彼女に、ポップもまたどこか上機嫌で翼を広げました。
「構わないよ。吾輩としても、自慢のパートナーだからね。彼女の名はマル。年の頃は恐らく君と同じくらいだろう。それゆえに巫女に専念させるには若すぎる。今のうちに世間のことをよく知っておくようにと、たびたび遠方で修行をしているのだ」
「遠方かい?」
ウサギ族のマスターの問いに、ポップはうなずきました。
「ああ、といっても、ラズ君たちのように自分の力だけで〈ベリーロード〉の隅から隅まで歩むような過酷なものではないけれどね。〈ゆりかごの都〉からベリー機関車に乗って、北部の〈まよなかの村〉か、南部の〈まっぴるまの村〉を訪れて、占い師のふりをしながら人々の営みをその目で目撃するのさ。これがとっても大事なんだ」
「〈まよなかの村〉に〈まっぴるまの村〉……」
ラズはその名を繰り返し、以前、そこに立ち寄った時の事を思い出しました。いずれも〈ベリーロード〉を歩んで一周するような旅人ならば、絶対に訪れるような村です。周辺の町々にとっては、〈ゆりかごの都〉へ安全に向かうために欠かせない大都会への入り口でもありました。
「そう……では、そのいずれかの村で会えるかもしれないってことね」
ラズがそう言うと、ポップは大きく頷きました。
「ああ、そういう日も来るかもしれないね。何しろ、君はワタリガラスの一族ではないとはいえ、あのブラック君の妹君なのだから」
「あの?」
ブルーが気になって訊ねると、ポップはふと周囲を見渡してから、うんと声を落として答えました。
「実を言えば、ブラック君もまた我が一族にとって非常に重要なお役目を担っていてね。立場上は吾輩のパートナーであるマルと同列ともいえるようなお役目だ」
「番人と同等? そんな大事なお役目を?」
思わぬ話にラズが目を丸くすると、ポップもまた心配そうな眼差しで頷きました。
「ああ、小さな頃から学校の成績も非常に優秀だったそうだからね。それに勇気も同じ年頃のワタリガラスの少年たちに比べて抜きん出ていた。きっとお祖母さんに似たのだろうと皆が言っているほどだ。だが、吾輩は心配なのだ。あまりにも気負い過ぎているように見えてね。もしかしたら、故郷に帰りたがらないのも、いっぱいいっぱいになってしまっているのではないかと思えてね……ちょっと失礼」
そこでポップはいったん、「カラス様の言う通り」で喉を潤してから、話を続けました。
「──だが、せめて顔くらいは出しているとばかり。聞いた話じゃ、お母上はお身体があまりよろしくなかったかと」
窺うように訊ねるポップに、ラズは深く頷きました。
「ええ、そうなの。若い頃からもともと体は弱かったそうなのですが、ずっと昔に、父が亡くなって以来、心労がたたったようで……」
「ああ、お父上の話もよく存じておるよ」
ポップは苦々しい表情で言いました。
「悲しい話だ。それに、しゃべるヒグマの仕業とあって、ワタリガラスの一族会議でもかなり揉めたらしい。君たちのお父上はワタリガラスの一族ではなかったが、親族には違いなかったからね。ただでさえ、しゃべるヒグマたちは我が国の近代化に眉をひそめる。勿論、我々としてもその立場を咎めるつもりはない。向こう側の正式な立場は、棲み分けだ。無茶な開発をやめてもらう代わりに、向こうも攻撃はしないという取り決めがある。しかしね、この取り決めも個人の心の自由までを縛る事なんて出来ないのだ」
「そりゃ、ずいぶんと怖い話だね」
ウサギ族のマスターが長い耳を倒しながら言いました。
「しゃべるヒグマといえば、今でもたまにウサギ族の旅人が襲われるんだ。彼らの居住区の近くでは、ウサギの行方不明者が必ず出る。だから、よほどのことがない限り、〈夕やみの森〉は勿論、〈夕焼け林道〉もなるべく通らない方がいいって聞かされる」
「これでも多くのヒグマたちはつつましいものなんだよ」
ポップは言いました。
「まあ、人間になることを選んだクマ族たちと違って今でもベリーの積極利用はしないし、川に暮らす魚たちを取って食べたりしているようだけれどね。大半はちゃんと分かっている。大昔のように、ウサギ族を狩ろうものならば自分たちの立場が危うくなるってさ。……けれど、皆がみんな、そう賢いわけじゃないのも確かだ」
溜息交じりに彼はラズとブルーに視線を向けました。
「たったひとり。問題を起こす者がいるだけで、それと共通の何かがあるものはみんな括られて危険視されてしまう。性別にしろ、お国柄にしろ、種族にしろ……。しゃべるヒグマなんて特にそうだ。だって我々からしてみれば、目の前にいるしゃべるヒグマがどんな心を持っているかなんて分からないからね」
ラズは何も言わず、飲みかけの「ドラゴン・テイル」を見つめました。思い出すのは〈図書の町〉で別れたウルシーのことでした。今でこそ心優しく、信頼のおける知人であると力強く言えますが、初対面の時にラズが感じたのはまぎれもない恐怖でした。
無理もありません。だって、ラズのお父さんの命を奪ったのはしゃべるヒグマだったのですから。どんなに信頼できるヒグマの知り合いが増えても、その事実は変わりません。
ウルシーだってたまたま優しい心をもって生まれたからよかっただけで、ラズやブルーの命をあっさりと奪ってしまうだけの力はあるのです。
──どんな心を持っているかなんて分からない。
ラズは心の中で呟きました。それは悪意だけではありません。この場で楽しくおしゃべりをしている気さくな仲間たちだって同じです。
そう、ラズは考えもしませんでした。この空間で一緒に会話をして、一緒に楽しんでいるブルーが、今この瞬間、何を考えているのかなんて。




