5.お友達のポップ
ポップのお話が終わると、聴衆は雑談を交えながら立ち去っていきました。中には居残って、ポップを相手に二、三ほど質問をするお客さんもいました。貴重な機会だったからでしょう。ポップの方もそういった事には良く慣れていたので、質問に快く応じ、一つ一つ丁寧に答えました。そうしたやり取りを何度か続けていくうちに、一人、また一人と帰っていき、小一時間ほどした頃にはようやくポップの周りにはラズとブルーだけが残っていました。
「カア、やれやれ。これで吾輩の今日の仕事も片付いたようだね」
彼はそう言ってから、ブルーたちへと視線を向けました。
「お待たせしたね、ブルー君。そっちの赤いずきんの似合うお嬢さんの名前はまだ伺っていなかったね。はじめまして、吾輩はポップ。見ての通りの語り部カラスだよ」
そう言ってポップが丁寧にお辞儀をしたので、ラズも慌ててお辞儀を返しました。
「はじめまして、ラズといいます。ベリー売りをしています」
「ほほう、ベリー売り!」
ポップは感心したように翼を広げました。
「見たところ、お若そうだというのに、たいしたものだ」
そう言ってひとしきり笑うと、ポップはふと我に返ったようにラズとブルーを見比べました。
「で、君たちはどういう関係なのかな? 見たところ、海外のおとぎ話みたいな組み合わせだという以外に共通点が見当たらないのだが」
ポップの正直な感想に、ラズはそっと赤ずきんを深くかぶりました。この赤ずきんはフランボワーズにあやかったものなのに、という不満をそっと飲み込んでいるうちに、ブルーの方が尻尾をふりながら答えました。
「あのね。ボク、ラズの旅に同行しているの。ラズのお仕事を間近で見て、二本足……あ、いや、人間の世界の事をもっとよく知りたいって思って」
そう言いながら、ブルーは首元に下がる安全オオカミの印を軽く振ってみせました。
「これもね、ラズのおかげで貰えたんだ。一か月くらい、〈図書の町〉にもいたんだよ」
「カア、それはすごい!」
ポップはやや大袈裟に驚くと、ふわりと飛んでブルーの背中に降り立ちました。
「なんとまあ、〈夕やみの森〉の暗さをこよなく愛していた君がね。ずいぶんと変わったものだ。だが、これもまたいずれ起こるべきことだったのだろう。何しろ、君は吾輩が話す人間たちの世界の話に対して目を輝かせて聞いていたからね。あの目を見た時から、吾輩は察していたのだ。ああ、きっとブルー君はいつの日か、安全オオカミになる日がくるのだろうってね」
感慨深そうにそう言うと、ポップは改めてラズを見つめました。
「それで、そんなブルー君を導いてくれたのが君か。ラズ君、だったね。コヨーテの客人のようであるが、出身はどこかな?」
「〈夕焼け村〉です」
「ほう、〈夕焼け村〉とな。〈夕焼け村〉出身のベリー売りと言えば、よく知っている一族の者がいるな。もしかしたらご存じだろうか」
ポップがそう言った時、ラズの頭を過ぎった人物が一人だけいました。ポップの言う一族の者。〈夕焼け村〉のベリー売り。ラズにとって思い当たるのは一人しかいません。
「もしかして、ブラックという人では?」
ラズがそうたずねるとポップはカアと声を上げて翼を広げました。
「そうだ。その通り。やはり知り合いであったか」
「知り合いというか……その……」
気まずそうに口ごもるラズの隣で、ブルーはひょいと後ろ足で立ち上がり、助け舟を出すようにポップへ言いました。
「実のお兄さんなんだよ。ラズのお兄さん」
「お兄さん?」
驚いたようにポップは再び翼を広げました。
「ああ、そうかそうか。そういえば、ブラック君自身も言っていたっけか。弟妹が数名いるが、その中でワタリガラスの一族として生まれたのは自分だけだったと。カア、それはすまない。ラズ君。いや、あまりにも毛色が違っていたものでね。しかし、妹君であるとなれば納得だ。さぞかしベリーを愛しておるのだろうね」
そう言って今度は期待の眼差しを向けてくるポップに、ラズはやや恥ずかしがりながら答えました。
「ええ、おかげさまでお仕事が出来ています」
「それは良きことだ。にしても、ブラック君も水臭いね。弟妹もベリー売りならばそうであると言えばいいのに、思えばいつ故郷に帰っているのだろう。あまり故郷の事も聞いたことがない」
「それが……帰っていないみたいなんです」
ラズは言いました。
「祖母も、母も、そして私たちも、兄と長らく会っていないんです」
「カア!」
ラズの告白に驚いたのでしょう。ポップは一言鳴くと、しばらく言葉を探し始めました。どうやら、初耳だったようです。
「なんと、そうであったか。うーむ、それはあまり良くないね。ならばきっと、心配していたことだろう」
「はい、とても……。あの、もしよかったら、兄の事を詳しく聞いても?」
「勿論だよ。と言っても、吾輩が知っている事もあまり多くはないけれどね。それでも良ければ、語らおうじゃないか。この旅館のバーでね」
「バー?」
不思議そうに首をかしげるブルーに対し、ポップは優しく教えてあげました。
「バーっていうのはね、お酒が飲める場所だよ。夜にだけ開くんだ。おいしいベリーの飲み物がいっぱいある」
「『キツネの隠れ家』みたいなところ?」
ブルーが問うと、ポップは翼を広げました。
「カア! 『キツネの隠れ家』を知っているのか。ああ、ちょうどあんな感じだね。マスターはキツネじゃないし、一見さんも断られたりはしないけれどね。ともかく、吾輩と一緒に行こう。今夜は楽しい夜になりそうだ」
上機嫌で笑うポップと共に、ラズとブルーはさっそくバーへと向かいました。




