4.しゃべるカラスの講話
ウサギ族のお姉さんのガイドが全て終わる頃には、ラズもブルーも、すっかり〈日の入村〉の歴史に詳しくなっていました。それに加え、ちょうどしゃべるカラスの講話へ足を運ぶのに程よい時刻となっていました。
ラズとブルーは何度もお姉さんにお礼を言いながら集会場へと向かいました。集会場では、もうすでにたくさんのお客さんが来ていました。その人の輪の中心には止まり木があり、何者かが止まりながら喉の調子を整えていました。カラスです。
「カア、カア、うん、良い感じだね」
翼の先を喉元に当てながら呟くその声は、やや高めの男性のものでした。人混みの中からラズとブルーはどうにかその姿を確認します。そして、ブルーの綺麗な目がそのカラスの姿を捉えた時、思わず声が漏れてしまいました。
「あぁっ、ポップ!」
そうです。そこにいたのは、ブルーの知っている森のお友達のしゃべるカラスだったのです。しかし、あまりの驚きに、その声が良く響いてしまったからでしょう。ざわついていた群衆がぴたりとお話をやめ、一斉にブルーを振り返りました。そして、オオカミ族ではなく、しゃべるオオカミであるブルーの姿にぎょっとしたようでした。
ブルーもまた突然向けられた大勢の視線に一瞬だけ怯みかけました。ですが、ハッと我に返ると、首に下がる安全オオカミの印を見せつけるように胸を張ったのでした。
ポップ……古の伝説にも登場するその名前で呼ばれたカラスが「カア!」と声をあげたのはその時でした。
「これは、これは、吾輩の大親友ブルー君じゃないか!」
やや大袈裟に声を張ると、ポップは群衆に向かって言いました。
「お集りの皆さん、そう恐れないで。彼はブルー。吾輩のお友達です。ご覧の通りの安全オオカミ。なぁんも心配いりませんとも」
と、彼がそう言った時、ロビーの時計が鐘を鳴らしました。
「カアカア、お時間となりました。さっそく開始いたしましょう!」
良く響くポップの声に、集まった者たちが拍手をしました。どうやらもう誰も、ブルーの事には気を留めていないようです。ラズもブルーもその事にホッとしながら、しゃべるカラス──ポップのお話に耳を傾けました。
「カアカア、皆さん。皆さんはきっと〈ベリーロード〉を歩んでここまでやって来たことでしょう。その間に誰にお会いしましたか? 旅人? 盗賊たち? しゃべるヒグマ? しゃべるカラス? それともナイトメアたちでしょうか? ……本日お話するのは、ナイトメアたちにまつわるお話であります」
ナイトメア。その言葉を聞いて、ブルーが思い出したのは、ラズと読んだあの絵本『夕焼け村のベリー売り』でした。
絵本に描かれていたウルシーの挿絵が、ポップの語りにあわせてブルーの脳内で動き出します。
「皆様の中にはひょっとしたら海外からお越しになった方もいるかもしれない。なので、今一度、ナイトメアについておさらいしましょうか。
彼らは五兄弟もしくは五姉妹からなる小さな精霊。曇りなき眼で全てを目撃せんとする子猫のアイ、好奇心のままに全てに触れようとする子猿のタッチ、些細な噂も聞き逃さない敏感な耳を持つ子兎のヒアリング、どんな匂いも全て嗅ぎ取ってしまう子豚のスメル、そして、知っている事を何も考えずにすべて話してしまう子熊のチャット……。
彼ら、彼女らこそが、ナイトメアであります。そして、その親玉たる存在が、チリンと呼ばれる子馬の姿の精霊なのです」
ポップはそう言うと、翼を広げ、まん丸の目で周囲を見渡しながら語り掛けました。
「さて、ナイトメアをよくご存じの皆さん。皆さんは、ナイトメアについてどのような印象を持っているでしょうか。厄介者、不気味な存在、悪霊、悪い小鬼……。建国以来、この大地の開拓を主導してきたコヨーテの客人方は、さまざまな異名でナイトメアたちのことを語り継ぎました。何故ならば、皆、すでに教わっていたからです。ナイトメアたちの活動こそが、地底で眠る竜の女神の夢を汚し、この地に災いをもたらしかねないのだと」
ポップの語りに対し、周囲で聞いていた聴衆のうちの何人かがうんうんと頷きました。どうやら、彼らも同じように思っているようです。
ですが、そんな彼らに対して、ポップは「しかし!」と、翼を扇のように広げながら語り掛けました。
「あの時代、我らの先祖はもっともっと強調すべきだった。その反省が今も代々語り継がれておるのです。えー、皆さんは、精霊殺しのナイフというものを聞いたことがあるでしょうか。海外からお越しの皆さんもひょっとしたら聞いたことがあるかもしれませんな。海を渡った先では、ヴァンパイア殺し、あるいはオオカミ人間殺しのお守りであるそうです。大開拓時代、その精霊殺しのナイフは開拓者たちの心身を守護してくれる大事なお守りでもありました。
だが、ただの気休めでなかったのが、かえってまずかった。精霊殺しのナイフは、ナイトメア殺しでもあったのです。そのためにナイトメアは急速に数を減らし、一時は姿を殆ど見かけなくなったほどだった」
悲劇的にその歴史を語るポップを前に、聴衆の一人が不意に声を上げました。コヨーテの客人の中年男性でした。
「だがよ、カラスさん。それの何が問題だったんだ? ナイトメアは女神さまの夢を汚す。夢を汚された女神さまは心が乱され、寝言や欠伸を漏らす。それが、地上を揺らす地震や嵐を呼び起こすのだというのがアンタたちの伝承じゃなかったのかね?」
疑うような問いかけでしたが、ポップは冷静に応じました。
「カア、良い質問だね、旦那さん。その通り。ナイトメアたちの存在は、竜の女神の夢を台無しにしてしまう。女神が穏やかに眠っていれば、地上もまた穏やかな時代が続く。しかし、その夢が激しいものになれば、地上もまた人々を試すような出来事が起こる」
「……じゃあ、やっぱりナイトメアなんていなくたって」
男性がそう言いかけるも、ポップはきっぱりと言いました。
「いやいや、それではいけないのです。何故なら、ナイトメアたちのもたらす刺激は、竜の女神の鼓動にも影響すると言われているからだ。
彼らが一切いなくなれば、女神の鼓動もやがては止まってしまう。そうなれば、この地はどうなると思う。死だ。死が訪れる。大地が死ねば、この国は輝きを失ってしまうだろう。
輝きとはベリーの事。偉大なる我らの国の誇り……根源でもある。かつて、その根っこを失いかねない大事件が起こったことがあったのです。その時の反省から、ナイトメアには決して手を出さないようにと、今のこの私のやっているような講話が続いておるのです」
ポップは一息つくと、周囲に向かって声を張りました。
「だから、皆さん。今宵はよく覚えておいてくださいませ。
ナイトメアを殺すことなかれ。ナイトメアを殺すことなかれ。おまけにもう一度言いましょう。ナイトメアを殺すことなかれ。
精霊殺しのナイフは、今も海外では普通に売られております。しかし、そのナイフをこの大地で、ナイトメア相手に使ってはなりません。さすれば、あなた方は、永遠に償えぬ罪を背負う事になるでしょう」
そう言って広げた片翼で嘴を覆うポップを前に、聴衆はしんと静まりかえってしまいました。その内容があまりに深刻だったからでしょう。質問をした男性もまた、すっかり黙り込んでしまいました。




