3.かつてこの地にいた領主さま
「この建物は、かつてここに暮らした領主さまのお屋敷だったのです」
そう言いながら、受付のお姉さんは、ピョンピョンとびながらラズたちを案内しました。
「ここが村になる前は、その方の所有地だったそうで、あまり切り開かれてもいなかったのだとか。そして、これは少し恐ろしい話なのですが──」
と、ウサギ族のお姉さんは最初の展示品の前で立ち止まりました。
背をうんと伸ばしながらふわふわの手で示すのは、ガラスケースの向こうに飾られたかなり古い毛皮です。その毛皮はどうやらウサギもののようです。
ラズはぎょっとしました。というのも、ラズたちの国でウサギというと、人間の一種であり今まさに目の前で案内してくれているお姉さんのようなウサギ族しかいないためです。
ラズの表情を見て、お姉さんもまたウサギながら深刻な顔をしながら言いました。
「──はい、そうです。こちらはウサギ族の毛皮なんです」
「毛皮……」
ブルーも驚いていました。なんでそんなものが展示されているのか分からなかったからです。
ラズはちらりと展示品の名前を見ました。そこにはシンプルに「ウサギ族の毛皮。推定年齢十歳の男性」と書かれていました。
時代は今から二百年以上も前のもののようです。ウサギ族は他の種族よりも成長が早い分、短命です。それに、二百年も前となると、今とはだいぶ人々の年の取り方も違ったでしょう。それでも、二百年前のウサギ族だって、十歳はまだまだ若いことはラズにも分かりました。
「どうして、毛皮が……」
ラズの呟きに対して、ウサギ族のお姉さんは説明を始めました。
「それが、このお屋敷に暮らす領主さまご一家の仕事だったからです。彼らはコヨーテの客人だったのですが、どうやらここで暮らす前のお国では当たり前の事だったようですね」
苦々しい表情でウサギ族のお姉さんは語りました。
──コヨーテの客人。
何となく気まずさを感じるラズでしたが、今に始まったことではありません。この国は、出来上がるまでにたくさんの衝突があったのです。近代的で便利な国に築き上げたのはコヨーテの客人と彼らに協力したワタリガラスの一族でしたが、その裏では、この国に誇りや愛を持っていればいるほど、誰もが目を逸らしたくなってしまうような複雑な歴史の痕跡もたくさん転がっているのです。
「狩られてしまったウサギ族たちは、このように毛皮にされて、お肉は食べられてしまったみたいですね。そんな恐ろしい時代がしばらく続いたのですが……ある日を境にここは大きく生まれ変わることになったんです」
そう言いながら、ウサギ族のお姉さんは次なる展示へと向かいました。そこにあったのは、開かれた日記帳らしきものと、その内容が書かれたパネル。そして、たくさんのウサギ族に囲まれながら楽しそうに手を叩いているコヨーテの客人の青年の姿が描かれた絵画でした。
「きっかけは、領主さまの代替わりだったようです」
ウサギ族のお姉さんは言いました。
どうやら、この絵の青年こそが新しい領主さまのようです。
「新しい領主さまは先代の領主さまの甥っ子だったようです。はじめは伯父さまのように、ウサギ族を仕留める生活を始めようとしたのですが、そこへ、あえて彼の前に現れ、話しかけるとても勇敢なウサギ族の女性がいたのです。それが、踊り子ウサギでした」
お姉さんの話を聞きながら、ラズは新しい領主さまの楽しそうな姿が描かれた絵画をまじまじと見つめました。
たくさんのウサギたちが円になって踊っている中、綺麗な赤いベールをかぶった女性と思しきウサギ族が、新しい領主さまに何やら語り掛けているのが分かりました。
「踊り子ウサギは歌いながら語り掛けました。『どうか、どうか。その鉄砲でわたしたちの兄弟姉妹を撃つ前に、わたしたちの歌と踊りをお楽しみあれ。つまらなければ、好きなだけ撃てばいい』……これは、この新しい領主さまが実際に日記に書き留めていた歌の内容だそうです。そしてこの歌と踊りこそが、この地の未来を大きく変えたのです」
目をキラキラ輝かせながら、ウサギ族のお姉さんは語りました。
「これがきっかけで、この地の領主さまはウサギ族と良好な関係を結び、やがて彼の指導もあって、コヨーテの客人たちを中心とした開拓民たちが、ウサギ族の暮らす集落をより便利な環境にするために協力するようになりました。
ウサギ族たちの中にも当然、コヨーテの客人たちを恐れる者たちはいました。それに、昔ながらの暮らしが変わる事を嫌がる者も……。ですが、大半は協力的だったそうです。というのも、ウサギ族はこれまでずっと怯えて暮らしていたんです。肉と毛皮の為に命を狙ってくるのは、何もコヨーテの客人たちばかりじゃなかったからです。
オオカミ族にしろ、クマ族にしろ、キツネ族にしろ、他の肉食部族たちにとってウサギは、獲物でしかないって時代もありました。血のベリーが普通に手に入る今では考えられない時代ですが、ベリーの乱用を疎む伝統的な暮らしの影にはそうした現実もあったんですよ」
熱弁する彼女の姿に、ラズとブルーは圧倒されてしまいました。言葉すら忘れて見つめている二人の顔に気づいたのでしょう。お姉さんはハッと我に返りました。
「おっといけません。ちょっと熱が入り過ぎちゃいました。ささ、時間も惜しいことですし、次に行きましょう!」
気恥ずかしそうにそう言うと、お姉さんはぴょんぴょん跳ねて先へと進んだのでした。




