2.日の入旅館
〈日の入村〉の住民の半数は、ラズのようなコヨーテの客人たちのようでした。そのなかにちらほらとワタリガラスの一族がいて、ウサギ族をはじめとした他の種族の人々がちらほらまじっているという具合です。
ラズの故郷である〈夕焼け村〉も似たような顔ぶれでしたが、木々に囲まれひっそりとした〈夕焼け村〉に比べて、〈日の入村〉は見晴らしもよく、雰囲気も明るくハキハキとしています。そしてそれに拍車をかけるのが、〈日の入旅館〉を中心とした賑わいでした。
ラズとブルーの客室は、〈日の入旅館〉の三階にある少し大きな部屋でした。北側に面しているため、ベランダからは北へ伸びていくベリーロードとその先にある大きな町の明かり、そしてその果てには雄大な雪山──〈氷橋〉の姿まで見えました。
「あれは……ボクの故郷だ……!」
そうです。ブルーが茫然としながら言うように、しゃべるオオカミたちの故郷としても有名な銀世界でした。
「暗くなってくるとね、〈氷橋〉のサンダーバードの輝きがここからでもよく見えるんだって。天気の良い夜ってことだけど、今宵はまさにいい天気だし見られるかもしれないね」
ラズの言葉に、ブルーが軽く尻尾を振りました。
「町から眺めるサンダーバードかぁ。どんな感じなんだろう。ちょっとワクワクしちゃう」
そんな彼に微笑みかけながら、ラズは言いました。
「じゃあ、夜が更けるまでに、〈日の入旅館〉を色々と楽しんでみようか。それに、もうすぐ集会場で講話もあるみたいだし」
その手には〈日の入旅館〉の受付で貰ったパンフレットがありました。その中には〈日の入旅館〉をとことん楽しむための紹介がたくさん書いていて、一日ではきっと回り切れないほどでした。
それに加え、これをラズに渡した受付のコヨーテの客人のお姉さんによれば、旅館の鐘の音が鳴り響くころに、一階の集会場でしゃべるカラスによる講話があるのだという案内もありました。参加費は無料で、内容はナイトメアに関するものだとか。
こうしたしゃべるカラスの講話は、時折、各地域であるものですが、いずれも興味深い話が聞ける貴重な機会でもありました。彼らの言葉はワタリガラスの一族と深い結びつきがあるので、お兄さんであるブラックのことを知りたいと願うラズにはなおさら無視できないイベントでした。
それに、ブルーに対しても、人間の町のことを紹介するのにちょうどいいかもしれません。そして、ブルーの方もまた、しゃべるカラスの説法には興味がありました。というのも、ブルーはブルーで同じ「しゃべる○○」という立場でありながら、人間の町で暮らし、尊敬されているしゃべるカラスたちのことをもっとよく知りたいと思い始めていたのです。ですので、今からでも参加する気満々でした。
「お話は何時からなの?」
「旅館の鐘がなる時間って言っていたから、あと一時間ってところかな」
「そっか。一時間でどこか行ってみる?」
そう言いながら、ブルーはラズの広げたパンフレットを覗き込みました。人間向けに描かれているので文字だらけで、ブルーにはその全てが読み取れません。それでも、分かりやすいイラストがついていたので、何となくは理解できました。
集会場の他、レストラン、バー、温泉、遊び場、展示会場、展望台などなど。色々な場所が紹介されているようです。ラズもまた考えながらその絵をちらちらと見ていましたが、やがて、溜息交じりにパンフレットを閉じ、ブルーに言いました。
「何しろ一時間だもんね。温泉に入るにはちょっと慌ただしいし、バーやレストランも同じく……だし……。展示会場にでも行ってみる?」
「展示会場ってどんなところなの?」
「〈日の入村〉の歴史が紹介されているみたい」
「歴史かぁ。ちょっと気になるかも」
ブルーが興味を示した事もあり、ラズたちはさっそく展示会場へと向かいました。
展示会場は〈日の入旅館〉の一階にあり、集会場のすぐ近くでした。中に入ると、暇すぎて放心していたらしい立ち耳ウサギ族のお姉さんが受付に座っていましたが、ラズたちに気づくとハッと目を輝かせて笑顔で接客してくれました。
「いらっしゃいませ。ご見学ですか?」
「はい、しゃべるカラスの講話まで時間があるようだったので……」
「なるほど!」
ラズの答えに対し、受付のお姉さんはぴょんと椅子から飛び下りました。そして、ラズとブルーに近づくと、うんと顔を上げて、キラキラした目をラズとブルーにそれぞれ向けたのでした。
ウサギ族はみんな小柄なのですが、このお姉さんもそうでした。四本足で歩くブルーの肩高と同じくらいの背丈──だいたい八十センチ──でした。私たちが普段考えるウサギとしてみればなかなか大きいのですが、人間の一種として考えるとかなり小柄です。それでも、彼女は長く立派な足で精一杯背伸びをしながらラズたちに言いました。
「では、せっかくですのでガイドはいかがです? お値段は無料で、お時間は四十五分ほど。どうでしょう。こちらの展示品を細かく知る良い機会になると思いますよ?」
ウサギ族らしい愛嬌の良さに、ラズとブルーはすっかりその気になってしまいました。そして、成り行きながらも、可愛いウサギのガイドによる〈日の入村〉の歴史ツアーは始まったのでした。




