1.夕日丘からの眺め
〈図書の町〉を去ってしばらく、ラズとブルーは緩やかな丘をゆっくりと時間をかけて登っていきました。ブルーはもともと森暮らしですし、ラズは旅慣れしているので、どちらも体力には自信がありましたが、そうは言ってもしばらくの間、〈図書の町〉での便利な暮らしの方に体が馴染んでいましたので、坂道はそれなりにきつかったのです。
とはいえ、これまでの旅に比べて、ラズの方は幾分か楽をできるようになりました。というのも、これまでの旅の荷物はどうしたって一人で抱えなくてはなりませんでしたが、この度はブルーが張り切って荷物の半分を持つと主張してくれたからです。
さすがに半分は、ブルーの体にはちょっと重すぎたので少し減らすことになりましたが、それでも楽になる事には変わりません。〈図書の町〉で安全オオカミ用のリュックを買っておいてよかったとラズは心から思いました。
さて、しばらく経つと、ふたりの歩みはだいぶ進みました。何しろ、無理なく談笑しながらの歩みでしたので、一人でさっさと進むよりもそれなりに時間はかかりました。ですが、それでもいつかは歩み終わるものです。
たどり着いたのは〈夕日丘〉の頂点ともよぶべき場所で、周囲には平原が広がっています。視力の良い人ならば、東の荒野も、西の海原も、その目で確かめることが出来るでしょう。視力が悪くとも、望遠鏡さえあれば確認できます。
ラズは質の良い望遠鏡を持っていたので、しばし足を止めて、ブルーにもそれを貸しながら、せっかくの眺めを楽しむことにしました。
「わあ、あれが海かぁ」
望遠鏡をのぞくなり、ブルーは尻尾をふりふりしながら言いました。
「おっきな水たまりみたいなものって友達は言っていたんだけど、想像していたよりもずっと大きいんだね」
「そうだね。ものすごく大きいと思う」
ラズはそう言うと、マントのポケットから地図を取り出して言いました。
「海をもっと楽しむなら、あっちじゃなくて東部にある〈正門の町〉の方が有名なんだ。西の海原も静かで素敵なんだけど、あのあたりは〈ベリーロード〉が繋がってなくて、向かうのはちょっと危険なんだって。だけど、ちょっぴり珍しい海岸のベリーがあるっていう伝説もあるから、危険を承知で向かう人もいるんだよ」
すると、ブルーは望遠鏡から目をそらし、ラズを見上げながらたずねました。
「もしかして、ラズも行ったことあるの?」
鋭いその質問に、ラズは苦笑しながらうなずきました。
「あ……はは……実は一年前にね……あの……クランには絶対内緒だからね!」
「わ、分かった」
ブルーはどきどきしつつ、さらにたずねました。
「珍しいベリーはあったの?」
「それがね、見つかったのは浜辺ならよくあるベリーばかりだった。確かにこの辺りの地域じゃ珍しいんだけど、〈正門の町〉なら有り触れているものばかりで、わざわざ危険を冒してまで行くようなところじゃなかったみたい」
「そっか。だから、〈ハニーレンガの道〉も造られなかったのかな」
「ブルーは賢いなぁ。たぶん、その通りだよ」
大好きなラズに褒められて、ブルーが嬉しさのあまり尻尾をぶんぶんと振ったところで、二人はまた少しだけ先へと進みました。
のんびりとしたゆとりのある旅路だったため、ようやく〈日の入村〉の建物がよく見えてくる頃には、辺りはすっかりオレンジ色に染まっていました。二人は再び足を止め、西の海原に沈みゆく夕日を眺めました。
「綺麗」
ぼんやりと呟くブルーに共感を示しつつ、ラズは思いました。
これまでに〈ハニーレンガの道〉で見てきたどんな夕日よりも心が落ち着く、と。
ブルーと一緒になるまで、ラズの旅路は基本的に一人きりでした。誰にも邪魔されずに一人きりで眺める景色もそれはそれで美しく、まるで世界を独占したような優越感に浸る瞬間もありました。けれど、こうして誰かと楽しくきれいな景色を眺めていると、ふと、これまでにない幸福感に気づいたのです。
──私、やっぱり寂しかったんだ。
しばらく二人で夕日を眺めると、ラズとブルーはそのまま先へと進みました。〈ハニーレンガの道〉は蛇行するように北へと続いていますが、その手前に枝分かれするように小さな小道がありました。階段状になっているそこをそのまま下っていけば、〈日の入村〉の南側に出ます。
階段を下りる前に、二人はじっと下に広がる眺めを見つめました。夕日を受けてオレンジ色に染まるその村は、〈図書の町〉に比べると非常に長閑でこぢんまりとしています。けれど、中央にそびえる大きな建物は非常に立派で、〈図書の町〉にはないシンボルにもなっていました。
「あの建物は?」
ブルーの問いに、ラズはすぐに答えました。
「あれは〈日の入旅館〉っていうの。今日、私たちの泊るお宿だよ。宿泊所だけじゃなくて、村の人達の集会場とかも複合しているんだって。そのほかにはバーやレストラン、それに温泉だってあるんだよ」
「へえ、温泉とかあるんだ。色々と賑やかなんだね」
温泉はともかく、ラズの説明のいくつかは、ブルーにとってまだ分からない部分もありました。バーとレストランがどう違うのか、集会場が何のためにあるのか。けれど、いずれにしたってラズと一緒ならばきっと楽しい場所なのでしょう。それにブルーは、バーとレストランのそれぞれで美味しいものが待っている事も、〈図書の町〉での一か月の暮らしでよく知っていました。
「楽しみだなぁ」
わくわくしながら尻尾をパタパタさせる彼に微笑みながら、ラズは静かに歩みだしました。それを追いかけるように、ブルーもまた古い階段を、よいしょ、よいしょ、と降りていったのでした。




