夢の世界の小柄な教師
白い世界
私の名前は、シィラ。
シィラ・ストレージ。
魔法学校のペイン魔法の教師。
それだけは、覚えている。
でも、それだけでいいの。
この場所では、それだけで十分。
だって……。
「どうしたんだい? シィラ」
横に居る彼に、私は抱きつく様に体を寄せる。
すると、彼は優しい声でそんな言葉を返してくれる。
「なんでもないの。ただ、こうしたかっただけ」
そんな彼の言葉に、私は軽い口調でそう返す。
その言葉に嘘はない。
なにより、この場所で彼に嘘を吐く理由も、必要性も無い。
もちろん、それを彼も理解している様で、短く返事をする。
そんな彼の姿を、私は横目で見つめる。
この場合は姿と言っていいのだろうか、とも思ったけれど、そんな事もこの場所では関係ない。
彼の体は、一応人型ではあるけれど、その身体に素肌や肉体と言った物はない。
黒い靄の様な物で形成されており、ある意味姿が無いとも言えるだろう。
だが、そんなことですら、この場所ではどうでも良かった。
「……ヴァル」
「何だい? シィラ」
「……呼んだだけ」
私の横に居るその黒い影に、私はある名前を呼びかける。
その名前は、正しく私の横に居る影の名前であった。
名前を呼ばれ、そう反応するヴァルに、私は面倒臭い女特有の言葉を返す。
そんな言葉しか返せない私自身に、少しだけ嫌な感情が起こるけど、それでも私の横のヴァルは黙って私に寄り添ってくれている。
彼の顔は、体と同じように黒い靄になっており、表情や感情は見えないけれど、それでも彼からの愛は、強く感じられた。
その事実に、理由や御託は一切必要ない。
何故ならば、ここは私とヴァルだけの世界。
夢の中の世界なのだから。
魔法学校 地下部屋
「へぇ……こんな所に地下への階段が……」
魔法学校の校舎一階の中のほんの一角。
目立たない様に設置された扉を潜り、隠し通路の様に薄暗い石壁の廊下を抜けた先にあった、地下への階段を覗き込みながら俺はそう呟いていた。
地下部屋、と聞いて地下に造るのだから、何処かに隠されている様なイメージはあったが、まさかここまでとは思っていなかった。
「一応、地下部屋の奥には、避難用の出口や宝物庫の様な部屋もある事にはあるらしい。隠すようにしてあるのはその為だろう。と言っても、避難用の出口は他にもあるし、宝物庫はほぼ空だと聞いたがな。それに、僕が知るのは地下部屋までだ」
「なるほど、まぁそれなら納得いくが……」
つまり言えば、一種の建築様式の様な物だ。
よく似たもので考えれば、教会に多くの隠し通路を作る様な感じだろう。
教会に隠し通路を作るのは、防空壕の様な働きをすることを意味しており、魔法学校ほどの大きな建物なら同じような意味を持っていても納得いく。
それに、目立つ様に作って、生徒が迷い込んでも困るだろう。
「まぁ、なんにせよ、早く終わらせようぜ。時間かけたくはないだろう?」
そう言って、俺は目の前の階段を一歩降りる。
だが、その瞬間に何か足元に違和感を感じ、足を止める。
ん? と小さく疑問の声を上げながら、足元を見るが何の変化も無い。
何か、足元が少し沈んだように感じたが……思い過ごしだったか?
だが、直後真横から聞こえた何かが射出される音を聞き、それが思い過ごしでない事を俺は悟った。
「っ……」
咄嗟に身構えるも、その射出された物体は、俺から僅かな距離を置いて停止し、墜落する。
どうやら、何時かもお世話になった透明な壁が、飛んできた物体を防いでくれたらしい。
正直、防御魔法も唱えていないのに発動するこの壁に違和感を感じながらも、俺は足元に落ちた物体を見る。
それは、小さな針に羽の様な物が付いた、まさにダーツの様な物であった。
同時に、それが何らかのトラップの仕掛けで射出された事を悟るのに、時間は掛からなかった。
「あ、言い忘れたが、無闇に進めばトラップが発動する。気を付けろ」
「いやいやいやいや! 凄まじく遅ぇとかそう言う域じゃなく手遅れ過ぎるだろ!」
リーンからの言葉に突っ込みながら、俺は足元の針を拾い上げる。
結構な鋭さを持ったそれは、命中すれば間違いなく人体に突き刺さるであろう事を意味している。
普通に危ねぇ……。
「すまないな、僕も今思い出したんだ。だが、流石だな。あの短時間で防御魔法を発動できる人間はなかなか居ない」
「いや、忘れる様なトラップ仕掛けとくなよ! 全滅とか洒落にならんから!」
「別に死ぬわけじゃない。数日眠る程度だ」
「十分アウト判定だよ! あぁ……こんな事ならマレスを意地でも連れてくるんだった……」
「結果論で言えば何事も無かったんだ。今回の事を踏まえて、貴様の始末書については大目に見てやる」
「……」
リーンの上から目線は少しだけ癪に障ったが、それでもここで言い合いをするのは無駄な時間だろう。
なるべく余計な時間は食いたくない。
それに、どう書いていいかわからない始末書が大目に見られるのなら儲けものだ。
「僕の後に続いて歩け。そうすれば、トラップは発動しない」
「……わかった」
そう言って、階段を一歩ずつ降りていくリーンの後ろに続く様に、俺は歩を進める。
地下への階段は、そこまでの廊下と同じでとても薄暗く、少し歩き辛かったが、昨晩の路地裏に比べれば、まだマシであった。
そして、階段の終わりが見え始めたのと同時に、前方から見えた明るさに、俺は目を凝らす。
すると、階段の終着点から少しだけ前方に続いた廊下の先に、火を蓄えた大きなトーチが二つ並んでいるのが見えた。
地面からまっすぐに伸びた一本の黒い何かの金属であろう棒の上に、花弁の様に広がる檻状になった部分があるトーチと聞くと最初にイメージされる形の物と言えば分るだろうか。
ただ、俺のイメージと大きく異なるのは、その檻状の部分に薪や燃料となる物は全くなく、ただ火の玉の様な炎が揺れているだけという所だろうか。
それが何かの魔法であることは容易に想像できたし、今更驚くべき部分でもなかったが。
そして、そのトーチの中間に位置する場所に、明かりに照らされた大きな木製の扉が姿を現す。
そこが、地下部屋の入り口であろう事は、一目瞭然だった。
「さあ、入るぞ」
そう言って、扉の前まで歩いてきたリーンは、服から鍵を取り出し木製の扉の鍵穴に挿し、回す。
重いガチャリと言う錠の開く音を聞いてから、リーンがその扉を片腕で押すと、重々しい扉はギギギと言う音を立てて開いていく。
開いた扉の向こうに見えたのは、廊下や階段よりもさらに深い闇であったが、目を凝らすとそこには何かがある事は分かった。
そして、内部に一歩踏み出したリーンが、パチンと指を鳴らすと、一気にその闇が晴れた。
突然の眩しさに少し驚くが、その明るさが、部屋の壁に設置された松明に火が付いた事による物だと理解して、少しだけ納得する。
同時に、明かりに照らされたことにより、部屋の内部にあった何かの正体が俺の目に飛び込んできた。
「……毛布の……山?」
そこに有ったのは、色とりどりの毛布の様な何かが俺の腰程度の高さまで山盛りに積み重なった物だった。
大の字でそこに飛び込んで寝てしまいたいと感じる程に積み重なったその毛布の山は、別にそれと言って普通であったが、地下部屋の石壁の中に有ると言う所だけは、少しだけ異質と言えた。
同時に、その頂点に当たる部分はわずかに膨らんでおり、何かがその布の内部に居る事は明らかだった。
「起きてください。シィラ先生」
俺が、毛布の山を見入っていると、布の山のすぐ横まで歩いて行ったリーンが、そんな事を言いながら、毛布の山をめくる。
すると、毛布の中から薄いダークブルーの髪をした一人の小柄な女性が、今なお寝息を立てていた。
その小柄さを除いた外見年齢は、20代前半と言うくらいのイメージだろうか。
掛かっていた毛布をめくって、何度も声を掛けるリーンに俺も近づき、眠ったままの女性を見下ろしながら、口を開いた。
「……この人が、言ってた教師なのか?」
「ああ、彼女はペイン魔法の教師。シィラ・ストレージだ」
「ほ~……」
リーンからの返答に、小さく言葉を返しながら、俺は再びその女性、もといシィラに目線を戻す。
小さく寝息を立てたままの彼女の寝顔は、こちらまで眠くなってくる程に、穏やかで幸せそうだった。




