魔法学校の睡眠教師
マレスの屋敷 リーンの部屋
「……なぁ」
「なんだ」
部屋の中に響く、不機嫌な声。
その声の主であるリーンは、俺を見下ろす様にして部屋の中央に仁王立ちしている。
そして、俺はそんなリーンの正面で正座させられ、床に置かれた一枚の書類を見せられていた。
「……俺って、確か部屋に戻ったはずだよな」
「貴様があのままタダで部屋に戻れると? 常識的に甘すぎるだろう」
「いや、マレスから説教なら受けたんだが……」
「それは知っている。だからこそ、僕から説教はしない。ただ、その書類を書けと言っている」
結構な不機嫌度を含んだ言葉を受けて、俺は床に置かれた書類に目をやる。
その書類の上部には、シマツショと大きく書かれ、下にはいくつかの項目が書かれていた。
なるほど、始末書って事か……まぁ、勿論何もないとは思ってなかったけどな。
一応、説明をしておくと、俺は部屋に戻る直前に、何処からか現れたリーンに連行され、今に至る訳だ。
もっと具体的に説明したいのだが、本当に、この一言以外に説明のしようがないのだからしょうがない。
当然、マレスの言っていた通り烈火のごとく怒りに燃えていたリーンから逃げる事など、俺には出来なかった。
「始末書だ。今回の事の発端から成り行き、そ、そ、そして……貴様の隠し子の件まで筒に隠さず書け」
「待て、お前はまた同じような勘違いをしてるぞ」
「何が勘違いだ! 今回ばかりは正彦から裏が取れている!」
「アイツ喋ったのか!?」
「ああ、僕が聞いたら一言で説明してくれた。ミライと言う私達の子供だと」
確信を知って犯人に言い寄る探偵の様な顔でそう言うリーンに、俺は頭を抱えたい思いでいっぱいだった。
ああ、やっぱりこういう勘違いは広まるんだなぁ……。
昨晩の出来事のおかげだろうが、正彦が急に饒舌になった事に対して、ちょっとだけ後悔をしているくらいだ。
いや、だからと言って堅苦しいのに戻られるのはもっと嫌だが……。
「いや、あのなリーン……お前、ちゃんと具体的に全容を聞いたか?」
「説明が下手だから貴様に聞く方が早いと言っていた。だから貴様に聞いている」
なんなんだ……どいつもこいつも……。
ただ、昨晩の事は言って無いようで安心する。
まぁ、正彦には他言無用だと言っておいたし大丈夫だとは思っていたが。
「ならなんだ? ここで全容を説明すればいいのか?」
「言い訳など聞きたくない! だから、その紙に要所要所を纏めて書けと言っているんだ!」
うわぁ……すっげえめんどくせえ女のテンプレ……。
まぁ、こう言う時は何言っても無駄なことは分かってるから、素直に書くか……。
“そう諦めて決心し、俺は用意された羽ペンで用紙を書き終えた。”
「ふぅ……疲れたなぁ」
「……おい、貴様、何に疲れたのか言ってみろ」
「え? いや、そんなのこの用紙を記入するのに疲れたに決まってるだろ?」
「一文字も書いてないじゃないか!」
「どぅわっ!? 分かったごめん! ジョークジョーク!」
そう怒鳴って、剣を抜くリーン。
全く、ジョークの通じない奴め。
「いい加減にしてくれよ……僕は、怒っているんだからな。というか貴様、皇女の前でそんな態度は取っていないだろうな」
「ん? ああ、皇女の事は知ってるのか?」
「当たり前だ。一応の届け出があった事は知っている」
「いや、だったらそれが全容だと納得してくれよ……」
「余計できるか! 貴様の様な男が皇女の御前に参られるなど、何かやらかした時以外に考えられない!」
「いや、信頼されてなさ過ぎだろ……俺」
「僕の中で、貴様の信頼度は、窓から飛んだ程度だったが、今では下に叩きつけられて死んだ」
「元々落下しかしなくね!?」
「で、どうなんだ。貴様、皇女の前で何か失礼な事をしたのか」
そう言って、俺に剣を突き付けるリーン。
はぁ……全く、疲れる……。
「いいや、してないしてない。そもそも、こんな態度はお前の前以外だと滅多にしないし、お前の前でしか自然にこんな態度にはなれないからな」
そして、俺は自然に出た否定の言葉を、適当にリーンに投げかける。
「だいたい、お前くらい話しやすい奴に会ったのは初めてなんだよ。最初に言っただろ? だから、お前以外の前でこんな態度になるなんてなかなか……どうした、リーン」
そのまま、スラスラと言葉を続けていた俺だったが、何故か目の前で顔を伏せて震えはじめたリーンを見て、言葉を止める。
どうやら、顔を伏せている様だが、何故だか赤くなっている。
体調でも悪いのか? と声を掛けようとしたが、俺は同時に、今さっき自分が言ったことを脳内で再生し、その意味を理解した。
同時に、何故か俺まで恥ずかしさが込み上げてくる。
だが、そんな恥ずかしさを誤魔化そうと、俺は口を開いた。
もちろん、無駄な抵抗なのは分かっているのだが……。
「いや、えっと……つまり、そう言う訳でな? 昨晩とかには、やましい事やらサチコと何かあったとかそう言うのは」
「も、もういい……わかった」
達者にも俺の口から流れ出た照れ隠しの言い訳としか取れない言葉だったが、そんな言葉はリーンの一言で停止させられる。
そして、リーンは剣を下げながら、俺の方に歩み寄り、真っ赤になった顔を逸らしながら口を開いた。
「……心配……したんだぞ」
「……」
小さく響いた言葉に、俺は返す言葉が見つからなかった。
今は執事服の格好とはいえ、そんな姿にすごく可愛らしさを感じていた。
思わず、抱きしめたくなってしまいそうな……そんな感覚。
「失礼するわよ」
「ぅおっ!?」
「っ!?」
「あら、誠も居たの……というか、何で二人して身構えてるのよ」
突然のドアを開ける音と共に入って来たマレスに、何故か二人して身構えてしまった。
別に、やましい現場を見られたわけではないのだが、マレスは少し疑うような目でこちらをじろりと眺める。
そして、俺とリーンを一通り眺めた後、少し笑みを深めてからマレスは口を開いた。
「……この調子じゃ、二人目は早そうね」
「待て! 変な解釈しないでくれ!」
「そ、そうですお嬢様! 誤解です!」
「いいのよ? 二人だろうが三人だろうが六人だろうが、責任を取るなら変わらないわ」
「変わるわ! と言うか、それ以上言わないでくれ……」
「まぁ、別に今はアンタ達をいじめに来た訳じゃないし……二人に頼みたい事があるの」
いじめてる自覚はあったのか……と言いたくなったが、これ以上話を脱線させても俺に得は無いと考え、マレスの本題を聞くことにした。
「頼みたい事?」
「そう、ある教師を呼んできてほしいの。普段なら私が呼びに行くのだけど、今回は少し立て込んでいてね。リーンは行った事あるだろうし、分かるでしょう?」
マレスはそう言うと、少し古びた鍵を取り出す。
そのカギを見て、リーンの顔が少しだけ思い出した様な顔になった所から、恒例の様な物のらしい。
「ああ、なるほど。確かに、彼女を起こす時期ですか」
「彼女を……起こす?」
リーンの呟いた言葉に、俺は思わず言葉を返す。
「そう。この鍵は魔法学校の地下部屋の鍵よ。そこに、一人教師が眠ってるの。少し特殊な教師で、休暇中は常時眠ってるのよ」
休暇中はずっと眠ってるって……すげえ変な奴だな。
まぁ、既にマレスが学校長って時点で、個性的な奴が多そうなのは理解できていたが。
「という訳でよろしく。リーン、連れてくる時に彼女を甘やかさないでね」
「分かりました、お嬢様」
そして、マレスはそのままリーンに鍵を手渡して部屋から出て行った。
同時に、部屋の中で二人になった俺達は、また少しだけ恥ずかしい気持ちになる。
「とりあえず、ちゃっちゃと終わらせようぜ」
「ああ、それは同感だな」
浮かび上がってきた恥ずかしさを掻き消す様に、俺がそう口にするとリーンも同意を口にしてから服装を整え始めた。
正彦に一言言って行きたかったが、ただ連れてくるだけだろうし、問題ないだろう。
さらに蒸し返されても困るしな。
そして、俺達は、頼まれごとをする為に魔法学校へ出発した。




