説教からの始まり
マレスの屋敷
椅子に深々と腰かけたマレスを前に、俺は姿勢を正して立っていた。
重々しい空気のせいか、俺は変な汗をかいてすらいた。
マレスの表情自体は割と普通だが、かなり手加減抜きでご立腹なのは伝わってくる。
その証拠に、その視線は人を殺しそうな勢いだ。
まぁ、そりゃしょうがないとは思うけどな。
ちなみに、正彦とミライは部屋に、サチコは学校にマレスが帰らせた。
ガレスの奴は、僕よりも彼から話を聞いた方が早いだろうと言う一言を残して帰りやがった。
フォローしてくれるなんて言う気概は本当になかった様だ。
ただ、この空間で一人なのは本当にきつい……。
「本当は外で言った事も含めて根掘り葉掘り聞きたいけど。以前アンタの目的行動に文句を付けない約束をしたことと皇女から一応の事前通達はあった事、何より面倒だからという事を考慮して省略、最低限の事だけ聞くわ。アンタの連れてきたあの子は何?産んだの?」
「産むか!」
「なら、サチコ辺りに孕ませたとか?」
「違うわ! というかさっきの産んだの? は俺が産んだって意味かよ」
「なら、誘拐?」
「いや、ないない……」
「まさか、その辺歩いてた妊婦の腹を」
「待て、犯罪的な事から離れてくれ……だんだん猟奇的になってるし」
「なら、早く話しなさい。」
「あ、ああ……えっと、だな」
冗談を交えているように見えるかもしれないが、今のマレスに正しく冗談は通じないだろう。
まぁ、最早処刑台に立たされたようなものだ、どうせ吐き出しても結局目の前の大魔神から何かは降ってくるんだから、正直に話しても問題はないだろう。
という訳で、俺は昨日の朝から今日の朝まであった事を嘘偽りなく、ただ少しだけぼやかして話した。
もちろん、ぼやかした部分は、昨晩あった事だ。
「……という訳なんだ」
「ふぅ~ん……つまり、アンタが連れてきた女の子は、トースタで行き倒れてたのをアンタが助けた女の子で、偶然それが皇女の目に留まって、その優しさに感化された皇女が、アンタの子供にしたって訳ね?」
「あ、ああ……その通りだ」
俺の話をそのまま纏めた様に繰り返し言うマレスの言葉に、俺はそのまま首を縦に振る。
そんな俺の反応に、マレスは小さくため息を吐いてから再び口を開いた。
「アンタそれ、押し付けられたって自覚ある?」
「ぅ……」
まさに的を射た言葉に、俺は少しだけ呻きを漏らす。
そんな反応の俺に、何かを思ったのか椅子から立ち上がり、そのまま俺の方に歩み寄ってくるマレス。
何をされるのか、少しだけビビりながら俺は近寄ってくるマレスを見続けた。
そして、マレスは俺の目の前で足を止める。
「まぁ、アンタらしいっていえばアンタらしいわね……」
「らしいって……」
諦めた様なマレスの言葉に、言葉を返すが揺るがないレベルの事実だから何とも言えない。
第三者から見れば、どう考えても不憫なくらいお人よしなんだよなぁ……。
「ならそれを考慮して、甘粕誠、アンタを魔法学校の第一階生の担当に任命するわ」
「……は?」
続けざまの唐突な任命の言葉に、思わずそんな言葉を返してしまう。
一体、何を考慮したらそうなるのか分からないのは、きっと俺だけではないはずだと信じたい。
だが、そんな事は知らないと言わんばかりに言葉を続ける。
「ほら、早く行きなさい。学校の始まりはもうすぐよ? その前にやって貰わないといけない事もたくさんあるし」
「いや、えっと……」
「学校の内部はネーガルが一人で泣きながら準備してるからいいとして、アンタの仕事は追って伝えるわ」
マジかよ、ネーガル不憫すぎるだろう……。
まぁ、そんな所はどうだっていい。
「おい、待て。確かにお前の決定に異議はないが、何を考慮してそうなったのか聞かせてくれ」
「そんなの決まってるじゃない。一階生は一番楽だからよ。アンタ、あの子の親なんでしょ?」
「あっ……」
マレスからの言葉にちょっとだけ感動し、少しだけ言葉を詰まらせる。
まさか、そんな事まで考えてくれているなんて……。
「はい、これで私からの説教はお終いよ。早く行きなさい」
「……ああ、分かった」
マレスからのお叱りの終了を告げる言葉を聞いて、俺は部屋の出口へと足を進める。
以外に、他人想いの奴なのかもしれない……。
「あ、ただ気を付けなさい?」
「?」
そして、ドアノブを握った所で再びマレスに呼び止められる。
俺は、その言葉に顔だけで振り返り、マレスを見る。
「リーンだけど、私よりご立腹だから。子供が出来たなんて聞いたら、アンタ本当に斬られるかもね」
「そんな物騒な事、笑いながら言わんでくれ……」
苦笑いを返しながら、俺はマレスの部屋から退室する。
そして、廊下に出てから後ろで扉の閉まる音を聞いてから、一度深呼吸する。
「……頑張ろう」
そして、気合を入れる様に小さく呟いてから、俺は自分の部屋に戻った。
魔法学校 中庭
「あっ、サチコ!」
「ん……? あっ、チープちゃん。昨日ぶりだね」
中庭に響いた幼い声に、優しい声でサチコは言葉を返す。
そんなサチコの前に駆けてきたのは、サチコとは優に10は歳の離れて居そうな緑色の髪の少女、チープ・ライスフェルトだった。
チープは、微笑むサチコの前まで来ると、びしっとサチコの顔を指さして再び口を開く。
「サチコ! 昨日どこ行ってたの! サチコいないからお風呂は入れなかった!」
「あ、そっか……ごめんね、チープちゃん」
「それに、寝るのも大変だった! 怖かった!」
「うんうん、ごめんね。怖かったよね」
「む~っ」
「本当にごめんね。でも、今日はまた一緒だよ」
少し怒った様な表情のチープに、サチコは優しく謝りながら頭を撫でる。
そして、頭を撫でられて落ち着いたのかチープはふて腐れた様な表情から笑顔になり、再び口を開く。
「サチコ、どこに行ってたの?」
「えっとね、先生と一緒にチープちゃんのお父さんのお店までお出かけだよ」
「お出かけでお泊りだったの?」
「えっと……いろいろあってね」
「ふ~ん」
チープからの問いに、丁寧に答えるサチコだったが、聞いた本人であるチープの表情は興味なさ気である。
ただ、そんなチープの態度は今に始まった事ではなく、サチコもそんなチープに対して何も気にはしないし、むしろかわいいとすら感じていた。
そんな二人を見ていると、サチコの立ち位置が、友達と言うより母親に見えてしまうのは仕方のない話だろう。
「先生ってネーガルのハゲ?」
「えっと……ダメだよチープちゃん、そんなこと言っちゃ。先生は別の先生だけど」
「いいの、ワタシはネーガルなんて嫌いだから」
「もう、本当に口が悪くなっちゃうよ?」
「で、ネーガルじゃないなら誰? サチコは誰とお泊りしてきたの?」
サチコの注意を余所に、無理やり話題を続けようとするチープにサチコは小さくため息を吐くが、それは呆れと言うよりもあぁ、かわいいなぁと言う様な溜め息だったのは言うまでも無い。
「えっとね、甘粕誠先生って言う新しい先生なんだけど……」
「えっ!? 新しい先生来るの!?」
「あれ、チープちゃんこの前の結婚式で見なかった? あの時新郎だった先生だよ」
「しんろう……って何?」
「えっと……お嫁さんの反対って言ったら、分かる?」
「お嫁さんの反対……お父さん?」
「うん、それでいいや。まぁ、でもあの時はチープちゃんお肉に夢中だったから見てないかもね」
「ぅ~……ワタシも新しい先生見たい!」
「そうだね、なら授業始まったら一緒に挨拶しにいこっか」
「うんっ!」
サチコからの言葉に、チープは元気よく返事をする。
そんなチープの様子にサチコは優しく微笑みながらチープの手を握り、口を開く。
「なら、今日はお部屋に帰ろう。きっと、散らかしちゃってるだろうし」
「散らかしてなんかないよ! ただ、物がじゅうりょくに従っただけ!」
「……重力って言葉、使いたかったんだね」
そんな微笑ましくゆるゆるな会話を繰り広げながら、二人は生徒用の宿舎に戻って行った。
その後ろ姿は、どう見ても親子と言える程に凸凹な二人だが、そんな二人が良い友人関係である事は、彼女たちの会話を聞いた人間に説明はいらないだろう。
そんな二人の周りには正しく、平和と言える時間が流れていたのだから。




