馬車での帰り道
俺達はその後、城内で着替えを終えて、城の裏口に控えていた馬車に乗り込んだ。
目を覚ましていたサチコは、あまり昨夜の事を覚えていないらしかったため、適当にぼやかしながら説明しておく。
あまり、トラウマになられても困るしな……。
全員が乗り込んだところで、ガレスの一声で馬車が発射する。
「はぁ……もう一度皇女様をお目にかけたかったです」
「まぁ、また何かお礼が貰えるみたいだし、その時会えるだろう。そう落ち込むことは無いさ」
目覚めた時に、既に皇女が居なかったことが少しガッカリだったのか、ため息を吐くサチコにそう言い慰める。
元々愛国心が強かったのか、それとも今回の件で強めてしまったのかは分からないが、強めてしまったのなら喜んでいいのか複雑な気持ちだ。
それに、無傷とは言えあんな姿の皇女を見なかった事は、ある意味救いだったのかもしれない。
今のサチコが見たら、騒ぎ出して騒ぎになったり、最悪また卒倒しかねないからな。
「そう言えばこの子……ミライちゃん、でしたっけ?」
「ん? ああ、そうだ。ミライがどうかしたか?」
「いや、えっと、連れてきて良かったのですか?」
「あー……」
俺の隣に大人しく座っているミライに目を向けながら、サチコがそんな疑問を飛ばしてきて思わず次の言葉を探す。
そう言えば、説明していなかったな……。
ただ、どう説明すればいいのか……仮に俺と正彦の子供になった、なんて言ってサチコの口が柔らかいと言いたい訳じゃないが、生徒の間に広まられても困る。
ただ、俺の思いつく無難な返答は明らかに妙な物だ。
サチコに通用しても、マレスに通用するとは限らない。
そもそも、ミライを押し付けてきたのはガレスなんだから、そこら辺の誤魔化しくらい手助けをしてほしいものだが、ガレスは前方で馬を操っているのだから言葉など届く訳がない。
少しだけ、ガレスに怨みの籠った視線を飛ばしてからサチコに視線を戻し、頭に浮かんだ返答を返す。
まぁ、この場だけでも誤魔化せればいいだろう。
「実は……」
「実はなサチコ、彼女はアタシと主殿の子供になったのだよ」
「えっ」
「な……」
俺の発言に割り込む様に、正彦の発した言葉に俺は固まる。
確かに、嘘ではないのだからここで大きく否定をするのは別の誤解を与えそうだし、何よりミライが可哀想だ。
事実、コイツは俺と正彦の子供なのだから。
だけど、そんな直球ドストレートに言う必要も無いとは断言できる。
何と言うか、もうちょっとオブラートに包んでだな……。
「正彦、そう言う事は一応前後を説明してだな……」
静かに微笑む正彦にそう言葉を飛ばすが、その言葉を聞いたサチコはあまり驚いた様子はない。
むしろ、ちょっと納得した様な顔をしている。
「なるほど、養子に貰った訳ですか」
「え、あ、ああ……言い方的にはそうなるかもしれないな」
そして、納得した様な表情のままそう言葉を返してくるサチコに、俺はすこしだけ言葉を詰まらせながらもそう言う。
養子、か……そう言う言い方もあったのは分かっていたが、この国では割と一般的なのだろうか。
まぁ、ただ俺の返答が曖昧なのは、事実ミライはまだ養子とは言い切れない。
ミライにも、本当の親が居るかもしれないからだ。
それが分からない以上、言葉を正しくするなら、今は里子という形になるのかもしれない。
「じゃあ、甘粕ミライちゃんになるんですか?」
「あ~、まぁ事実そうなるが、そこは大きく捉えてもらわないでいい。ミライの気持ちもあるだろうし」
というか、唐突に押し付けられた俺の気持ちもあるだろうし……。
いや、別に突き返すつもりはさらさら無いんだが、これからいろいろ困る事も出てくるだろうし、今断言してしまうのは良くないだろう。
まずは、マレスを納得させられるかだが……。
「よかったね、ミライちゃん」
そして、俺とのやり取りを終えてから、サチコは前かがみになりながらミライの頭を撫でる。
そんなサチコの反応を見ていると、下手に誤魔化さなくて良かったとも思えた。
それに、正彦が俺の言葉を遮る様に喋った事も、少しだけ嬉しい。
今朝の正彦なら、きっと黙っていただろう。
そんな正彦が、普通に喋ってくれたことは俺としてもとても喜ばしい事だ。
ただ、あまり饒舌になられても困るが……。
名前に反応してか、サチコの方を見て目を細めながら撫でられるミライは、何と言うかとても愛らしかった。
言葉もまだ分からない、人と接した事も多くはないだろう、これから教えて行かないといけない事もたくさんある。
だが、ミライは昨日の騒動の中で、俺達が唯一救えたと言える存在だ。
手放してはいけない事だけは、確信できていた。
「しかし、こういう養子の様な物は、この国だと結構普通なのか?」
「まぁ、ちょっと珍しくはありますが……それでもたまに聞きはします。違和感はありませんよ」
「そうか……なら、いいんだ」
「だって、正彦ちゃんと先生は、夫婦になったんですよね?」
「ん……んん?」
俺の疑問の声と同時に、馬車はマレスの屋敷からすぐの所で停止する。
そして、同時に馬車の扉が開かれ、明らかな憤怒に満ちた視線が俺に突き刺さった。
「許可のない外泊、それも生徒と一緒に、さらには私の命令を半分無視、しかも帰りは皇女の馬車、夫婦になったと言う発言……」
「あ……え……っと」
馬車の扉の前に小さな体で仁王立ちするその少女を前に、俺は言葉を発せなかった。
なんて言うか、ここで仮に100%の弁明をしてもきっと無意味だと断言出来たから。
言い換えれば、どう転んでも死、みたいな……。
「ゆぅーーーーーーっくり話を聞かせなさい? 甘粕先生」
にっこりと笑いながら、滲み出る程の怒りを纏ったマレスからこれから何が始まるのかは想定できたが、それが愉快な事でない事だけは断言出来てしまう事実に、俺は絶望した。




