究極の選択
中心街トースタ ベル城
俺達を乗せた馬車は、人目につかない裏道を遠回りしながら中心街トースタを抜けた先にある皇女の城にたどり着いた。
ただ、正面から出入りする訳にもいかない為か、馬車が止まったのは昼間俺達が城に入った場所ではなく、ぐるっと城を半周した位置にある城の裏口だ。
正面と比べれば、目立たない場所に位置する小さな入口の前には、何人かのメイドと一人の騎士、そしてその騎士に手を繋がれたミライが立っていた。
見慣れない騎士に、一瞬警戒する俺と正彦だが、皇女とガレスが何の反応も示さないのを見ると、どうやら今回の件を知っている人間らしい。
「お帰りなさいませ、皇女様」
馬車が停止して扉が開くと、声を揃えたメイドの声が内部の俺達を出迎えてくれる。
そして、ガレスが皇女を先導する様に手を引きながら馬車の外に出て、続く様に俺達も外に出る。
「皇女様、こちらを」
「ありがとう」
メイドの一人がそう言って差し出した厚いローブを身に纏い、汚れた服と顔を隠してから、皇女はこちらに振り返る、
「皆様、今回は本当にご協力ありがとうございました。預かっていた皆様の衣服は、こちらです。魔法学校に帰られる前に城内で着替えて行ってください」
皇女の言葉と同時に、メイドが俺達の衣服を渡してくれる。
未だに眠るサチコの衣服も、持って来てくれたようだ。
「本当ならば、盛大に歓迎したいところなのですが、今回はあのような不測の事態が起きたためそうも参りません。私も、これからいくつか足を運ばないとならない場所もありますし」
申し訳なさそうに言う皇女だったが、その言葉は理解に苦しむものではないし、当然とも言えるモノだ。
あんな事態が起きて、皇女が暇なわけがない。
これから皇女が何をするのかは想像できなかったが、忙しくなってしまうのは当たり前だろう。
「クリケット親衛隊長、貴方も装備を整えたらここで待機して彼らが城内で着替えを終えたら、魔法学校まで送り届けてください」
「承知しました」
皇女からの言葉に、ガレスは短く返事をしてから姿勢を整える。
そんなガレスに、優しい表情を浮かべてから皇女は城の裏口に向かって歩を進めた。
そして俺も、皇女の言葉を聞いて、ようやく帰ることが出来ると言う安心を感じていた。
マレスの怒りを受ける不安ももちろんあったが、考えたところで受ける怒りが変わる訳では無いのであえて無視する。
「ところで……さっきからミライと一緒に居る騎士は……誰だ?」
皇女が動き出し、話が終わった事を悟った俺は、隣にいるガレスにずっと気になっていた疑問を飛ばした。
「ん? ああ……シャル、どうして貴様がこんな所に居る?」
「え? いや、どうしてってガレス親衛隊長が呼んだからですよ!」
「なに? 僕が呼んだ? ……確かにそんな事もあったかもしれないな」
「かもしれないって……ぅぅ……自分だって暇ではないのに……皇女が居るからって正装で来たのに……というか、何があったのか自分だけ説明受けてないですし……まぁ、自分は親衛隊じゃないので首は突っ込みませんし、荒波は立てたくないので今見た光景は忘れますが……」
「……女……か?」
甲冑を身に着けたシャルと呼ばれた騎士は、甲冑の中からそんな言葉を言いながら俯く。
ただ、甲冑の中から聞こえた声がまさかの女の声で俺は驚きを隠せない。
「落ち込んでいるよりも用件を話せ。僕は疲れていて貴様に何を頼んだのか覚えていない」
「ぅぅ……はい。親衛隊長が昨日、突然自分の所にこの女の子の住民登録を頼むと言い残して行ったのを覚えておられますか?」
「ああ、確かに頼んでいたな。それで、済んだのだな?」
「……済んでいないです。というか、無理ですよこの子……何聞いても答えてくれません」
「……そう言えば、そうだったな」
涙声で話す騎士に、そう言葉を返すガレスだが一切その騎士に同情する様な表情を浮かべない辺りちょっと冷たい感じもするな……。
ただ、そんなガレスの態度に言葉を返す騎士を見ると、どうやらガレスのこの態度に慣れているらしく、きっといつもこんな感じなのだろうと言う印象も受けてしまう。
俺ならこんな上下関係は絶対嫌だが……。
「シャル、正装はもういい、兜を取れ。僕の横に居るのが、その少女の親だ」
「あ、は、はい」
「え……!?」
ガレスの言葉に、兜に手を掛けた騎士を余所に、俺は疑問の声を上げながらガレスを見るが対するガレスは素知らぬと言った感じに俺と合わせた視線をそらしてしまう。
一応、ガレスの横に俺以外の人物が居ないかを見渡すも、勿論俺と正彦以外には人影一つありはしなかった。
「えっと、お初にお目にかかります。魔法国家ベルにて国民管理を担当させていただいております。シャルロットと申します」
「あー、これはどうも……甘粕誠です」
兜を外し、中から現れた茶色いショートヘアーの可愛らしい顔の騎士、もといシャルロットはそう言って俺に頭を下げる。
外見年齢は、20代と言った感じだろう。
そんなシャルロットの礼儀正しい態度に、思わず俺も頭を下げ名乗っていた。
「えっと、今回はお子様の住民登録を行わせていただきたいのですが……」
「いや……お子様って言うか……」
思わず小さくそう言葉を返すが、いつの間にか俺のズボンを掴んで俺を見上げるミライを横目で見て、口を閉ざす。
同時に、今の現状を理解するために、俺は思考を巡らせる。
えっと、もしかしなくても俺はミライの親にされかけているのか?
俺が見つけて俺が連れて来たから親だろ? みたいな?
いやいやいや、動物じゃないんだから常識的にそんなの認められるわけがないし、それに俺が親なら母親は誰になるんだ……。
というか、これ、すっごい直接的にミライを押し付けられてるんじゃ。
確かに、城が引き取ってくれるなんて甘いことは無いとも今なら考えつくが、最初のノリは完全に城が引き取りますみたいなノリだった気もするんだが……。
でも、ここで俺が断ったら、何故か俺以外とロクに話せないミライがどうなるのかなんてのは結論の難しい問題で……。
なら、ここで俺が引き取ってもいいんじゃないか? なんて考えも浮かばない訳では……。
いやいやでも……
「えっと……ご両親、ですよね?」
自問自答に入っていた俺だったが、そんな俺に掛けられたシャルロットの言葉に、再び俺は現実に引き戻される。
それは、シャルロットの手と言葉が俺と俺の横に居る正彦を指していたからだ。
そして、指さされた正彦は俺の返答を待つ様にこちらを見てくる。
まぁ、性別的に考えたらそうなるのは納得いくんだが、年齢的に考えれば20代の男と中学生程度の若者の組み合わせは普通に疑問を持つどころか、あまりに犯罪的だろう。
ここでは、そう言う年齢概念がどうなっているのか知らないが、俺の中ではアウトだ。
いや、勿論若い事キャッキャウフフってのもありだとは思っているがそう言う問題じゃない。
おいおい、余計に首を縦に振る訳にはいかなくなってきたんだが……。
さすがに、助け舟が欲しくなりガレスに目を向け、アイコンタクトを送る。
すると、今度は助け舟をくれるのか、小さくため息を吐いてからガレスはしぶしぶ口を開いた。
「これは僕の独り言だが、住民権のない人間は人間ではない。それから、時に嘘は人を救う物だ。そんな嘘は、吐いてもいいと僕は思う」
「~~~~~」
ガレスから出された助け舟、ではなくトドメの一撃に近い言葉に、俺は頭を掻きたい様な衝動に襲われながら、過去にマレスに言われた言葉を思い出す。
確かに、ミライを拾ったのは俺だし、ここでミライを見捨てるなんて何と言うか、人間として、男として、教師としてダメな気がする。
いや、ダメだ、ダメに違いない。
そんな問答をしながら、再び俺の足元で俺の顔を見つめるミライの顔を見てから、俺は正面で登録用紙の様な物とペンを持ったシャルロットに視線を戻す。
「そ、そうです。俺が、ミライの父親です……」
最早、詰みとも言える状況の中、俺はシャルロットにそう口を開いた。
もし、この状況でNOと言える人間が居るのなら俺はその人間に全幅の信頼を置きたい。
むしろ、俺と変わってもらいたい位である。
というか、この国の国民管理のずさんさに一抹の不安を感じるのは俺だけだろうか……。
その後、いくつかの質問を適当に答えてから、晴れてとは言い難い気分の中、俺は一児の父に、正彦は一児の母になったのでした。
同時に、今まで物語の中でしか見た事のない童貞で父親と言うレア人種に、俺は仲間入りしたのであった。
ただ、サチコが寝ていた事だけが、不幸中の幸いだろうか……。




