開戦前の敗北
ベル国内 奴隷市場
正彦とサチコの二人とそんなやり取りをしながら、俺達は奴隷市場の地下から足早に抜け出す。
結局サチコは、あのやり取りの後から気絶したままだったが、地上に上がってきて目に入った光景から、ある意味それで良かったと思ってしまう。
「……やっぱり、地下だけなんて甘いことは無いか……」
自然とそんな言葉を口にしながら、正彦の後に続いて奴隷市場の建物を出口に向かって進む。
なるべく、その惨状を直視しない様に視線を逸らしながら進むも、あちらこちらに散らばった遺体はどうしても目に入ってしまう。
地下と違い、酷い鉄の匂いは無かったが、ここで地下と同じ様な事が起こったのは言うまでも無い。
確かに、ここに居るのは、奴隷と言う身分の人間を買いに来たであろう、俺の中では善人とは呼べない人間達ばかりだったが、そんな人間であってもこんな無残に殺していいなんて道理は無い。
不思議と、怒りが湧いてくるのは、まだ数日しかいないこの国に対してどうしてか愛国心が湧いてきたからなのか、それともただ単に人の死を軽視するあいつ等に対してなのかは分からなかった。
「こんな惨状じゃ、皇女様の部隊も無事じゃないんだろうな……だから、突入できなかったんだろうし」
独り言の様に呟いた言葉は、どうしてか他人事を言う様に冷たい言葉選びになってしまっていた。
それでも俺の中ではかなり言葉を選んだつもりではあり、何より唐突過ぎる展開にどういう言葉を選んでいいのか分からなかったのだから仕方がないと自分の中で決着をつけておく。
自分がこうなるかもしれなかった、と考える事も出来たが、そこを大きくとらえられないのは俺の人生観と俺の時代の日本人らしさという奴のせいなのかもしれない。
あらゆるものを規制し、知らぬ存ぜぬで安全を見続けてきた自分としては、どうしても越えられない壁と言うやつなのだ。
そして、建物の中を抜け、出口を開いて見えた光景も、結局のところ惨状と言う言葉に当てはまる物だった。
だが、その場には、これまで死だけに満ちていた空間と違い、二つの生存があった。
「! 皆さん、よくぞ御無事で! お怪我はありませんか?」
建物の外に出た俺達を、驚きと安堵の表情で出迎えてくれたのは、皇女メリーとガレスだった。
二人の服と鎧が汚れている事から、この惨状に後から辿り着いた訳では無く、その中を生き抜いた事を読み取るのは容易かった。
ガレスの鎧に至っては、あらゆるところが砕け、もはや半分以上鎧の意味を成しては居ない程だ。
「ええ、俺達は特に無いですよ。サチコが気絶してるくらいで」
「そうですか……よかったです。本当に」
皇女に言葉を返してやると、本当に安心したように大きく安堵の息を吐きそう言う。
そんな皇女の後ろに着いてくるように歩いてきたガレスも、俺の顔を見ながら口を開く。
「しかし、よくそれだけで助かったな。貴様らが無事だったことだけが、今回僕たちの得た勝利か……」
苦虫をかみつぶす様な顔で言うガレスの言葉に、俺も内心大きく同意していたが、連中に言われた言葉が再び蘇る。
さらに、連中の俺達を見逃す様な退散の仕方……やはり、どうしても引っかかってしまう。
「正彦様、誠様、サチコ様、本当に御無事でよかった。こうして、再び姿を見れた事に最大の喜びと感謝を感じています。本当にありがとうございます」
皇女は、そう言いながらティアラを取り、俺達に大きく頭を下げる。
そして、再び顔を上げてから、優しい表情を浮かべ言葉を続けた。
「すぐに御礼を差し上げたいところなのですが、とにかく一度城に帰りましょう。馬車は用意してあります。こんな所に皇女の私が居るのを見られては大騒ぎですから」
「……確かにそうですね」
皇女の言葉の真意は、考えずとも理解できた。
そりゃ、こんな場所に皇女なんて人物が居れば、それこそただの騒ぎでは済まなくなる。
というか、実際ただの騒ぎではないのだが、こんな所で余計な煙を立てて事を大きくするのは危険だろう。
昼間に皇女が話していた内容ではないが、下手をすればこの騒ぎの首謀者が皇女なんてレッテルを張られかねない。
同時に、ただでさえ奴隷賛同の貴族に喧嘩を売るこの国の倫理で見ればちょっとおかしい皇女なのだ。
餌をばらまき、レッドとの接触と言う事実を煙に巻いてしまう事の方が恐れるべき事態だった。
「さあ、こちらです。クリケット親衛隊長、サチコ様を受け取って差し上げて?」
「わかりました」
そう言った皇女を先頭に、俺はガレスにサチコを預けてから馬車の場所まで静かに進む。
既に、日の昇った後であったため、夜歩いた時と比べれば広場からの裏路地は明るかったがそれでも薄暗い印象を受ける。
そんな裏路地の向こう側には、日の照ったいつも通りの日常が始まりかけた繁華街が見えていた。
そんな光景に、俺はこの路地の薄暗さが、別世界と別世界との境界線の様に感じていた。
「少しいいか?」
「?」
突然、裏路地を進む俺の後ろからガレスが囁きかけてくる、
男から囁かれるなんてあまり気分の良いものじゃないが、今は茶化す気分ではない。
「今回の事は、他言無用で頼みたい。ラインハル卿であってもだ」
「……と言っても、知らせが行ってるんじゃないのか?」
「いや、知らせと言っても皇女様の雑用を頼むと言う程度の内容だ。詳細は知らないはずさ」
「待て……そんなの聞いてないぞ」
「今言ったからな。まぁ、ラインハル卿の事だからどう言っても怒りを買うだろう?」
「心の代弁ありがたいけど、知ってるなら何か対策してくれよ。俺は今朝もアイツを怒らせたんだからな」
「安心しろ、貴様が魔法学校を首になった時は城で拾ってやる」
「もし慰めで言ってるなら、全然嬉しくないからなそれ」
「なら、謝罪だと思っておけ。とにかく、他言無用だ。いいな?」
「……わかった」
ガレスの言葉に、俺はとりあえずの返答を返す。
ただ、もしマレスの説教を乗り切れたらの話だがな……。
サチコが気が付いたら、サチコにも伝えないとな。
そんな事を考えながら、俺達は皇女の用意していた馬車に乗り込み、城に急いだ。




