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地下での攻防

 奴隷市 地下VIPルーム

 

 舞台の上に立ち、俺達を見下ろす様に眺める男の言った言葉に、俺は息を呑む。

 甘粕大尉、男は間違いなくそう言い放ったはずだ。

 そして、それが意味する事は即ち、俺のご先祖様、甘粕正彦を階級付きで呼んだ際に発生する単語に違いない。

 確かに、事実として同姓同名や別の意味の単語があるのなら、他にもその単語が発生する余地があるだろうが、この場において、それが原無意味について論議する方が無駄な時間だ。

 男の外見からうかがえる年齢は、17、18歳と言った程度だろう。

 だが、その外見に似合わず、男からは若さと言う物を感じない。

 まるで、長年生きてきた老人と向き合っているかの様な感覚すら感じる。

 年輪を感じさせる、と言うのだろうか、その顔には若さ特融に出る油断や青々しさと言った物は無く、まるで若い青年を金属で象ったロボットの様な感覚だ。

 温かみや、人間らしさと言う物をまるで感じない。

 だが、それでいてそいつは、はっきりと掴めない。

 まるで、本当にそこに居るのか疑わしい程に、薄らとした気配しか発していない。

 例えるのなら、液晶に映った青年。

 そこに居るのに、そこに居ない。

 本来はここに居ないのに、あたかも居る事が当たり前であるかの様に、青年は立っている。

 圧倒的な威圧と、居るのか居ないのかはっきりとしない気配。

 矛盾とも言えるその二つを、青年は兼ね備えていた。


「アタシだ」


 そして、俺達と青年の間にピンと張りつめていた沈黙の糸を掻き消したのは、正彦の一言。

 その声に、俺が思わず正彦の方を向くと、正彦は普段と変わらぬ無表情のまま、男を見据えていた。

 だが、普段とあまり変わりのない正彦だったが、その光景は俺にとってみれば、前方に立つ青年と同じ印象を受けた。

 液晶の中に居る、人間。

 そこに居て、そこに居ない。

 それが当たり前。

 もちろん、それは感覚の話で、何かの魔法が効いているとかそう言うのではない。

 ただ、俺の声はここには届かないと言う、そう言う俺の勝手な感覚だった。

 

「ああ、お前か……へぇ、ちょっと意外な感覚だな。真逆じゃねえか」


「……真逆? 何を言ってる? アタシには言葉の意味が掴めんな」


「ああ? 総統閣下って言葉を聞いても、何の事だか分からねえってことか?」


「ああ、知らん。アタシの記憶の中に、そんな言葉は残っていない」


「……へぇ……だそうだが? ゲッベルス」


 青年は、静かに正彦を見下ろしたまま、そう言って何かを口走る。

 それは、俺に向けられた言葉でも、正彦に向けられた言葉でもない。

 そして、その言葉に反応する様に、俺達の後方に位置するこの地下の部屋への入り口となっている扉が、蹴破られる様に勢い良く開き、大きな音を立てた。

 

「っ……な、なんだ……?」


 唐突な音に驚き、振り返ると開いた扉と一人の黒服の女性が目に入る。

 その光景から、女が扉を蹴破った事は容易に判別できたが、俺はそこに居る者が、女であり人間である、とは少しの間理解できなかった。

 言い換えれば、あれは人間ではないと本能が告げているのだ。

 視界に入れただけで、肌から汗が滲み、妙な寒気と震えが手足を襲う。

 先程の、青年を見た時の感覚と大きく異なるのは、この人物は液晶の向こうに居る人物ではない。

 こちら側に居る、目に見えた通りにそこに実在する人物だった。

 つまり、それは脅威なのだ。

 それも、俺では太刀打ちできない程の。

 

「ふざけないでください……甘粕」


 落ち着いた女らしい声で、そう言って腰に添えられた剣に手を置く女。

 唐突に苗字を呼ばれたが、それは俺を指していないと言う事と、その言葉が何処に向けられたモノかは、とても簡単に理解が出来た。

 そして、同時にその女が酷く怒りに震えているという事も。


「なんだ、さっきから。どうやら、アタシを誰かと間違えている様だが、残念ながら人違いだと思う。流石にこれ以上見知らぬ殺気を向けられるのは、いい気分ではないのだが」


「ッ……」


 何気ない、正彦の一言だったが、女にとってその言葉は十分逆鱗に触れた様で、苦い顔をしながら女はこちらに一歩、また一歩と歩み寄ってくる。


「主殿、すまない……」


「え……」


 そして、その距離がお互いの持つ剣を丁度合わせた距離になる寸前のところで横の正彦からそんな言葉が掛けられる。

 同時に、二つの剣が抜かれる様な鋼の擦れる音……。

 思わず、その言葉の真意が分からず、視線を横に向けようとした俺が捉えたのは、縦に薙ぎ払われた二つの剣がぶつかる瞬間だった。

 片方は、振り降ろす一撃。

 それを放ったのは、先程突如として現れた女の剣であり、故にその一撃は斬撃と呼べる物のはずだ。

 だが、その一撃が放っている風を切る音は、まさしく巨大な棍棒を振るったかの様な風音であり、その一撃が人智の斬撃を越えた領域なのは最早言うまでもない。

 同時に、振るわれたのは迎え撃つ一撃。

 こちらは、正彦の剣から放たれた一撃だが、地面から天までを斬り裂く様に向かってくる一撃とは真逆の方向に放たれていた。

 以前目にした、彼女の一撃からその威力が異常性を秘めているのは既知の事だが、向かってくる一撃を迎え撃つという姿勢から、今回の一撃はさらにその上を言っている事はとても簡単に察することが出来た。

 以前見た彼女の一撃は、既に斬撃の領域を越えた爆発とも呼べる一撃を成していたが、今回はその上の威力、つまり想定できない威力だ。

 そこから想定できたのは、そんな二つの一撃が交じり合う地点の至近距離に居る俺とサチコが無事でいられる保証はないという事。

 だが、そんな琴に気が付いたところで既に、時は遅い。

 立ち尽くす様な恰好で無防備な俺の真横で、間髪を入れずに響いた音は、剣と剣が交じり合う音なんかではなく、まさに爆発だった。


「ズゥ……ッ」


 小さくうめき声をあげた俺が、最初に感じたのは浮遊感。

 だが、同時に何かに強引に引き寄せられ、俺は抱えられる様な感覚に陥る。


「おい、ボーっとしてんなよラッキーパンピー二人組」


 すぐ横から、そんな声がして目を開くと、俺達は先程まで舞台の上で俺達を見下ろしていた男に抱えられていた。

 見れば、俺を抱えている反対の腕には、気絶したサチコが抱えられていた。


「おいおい、片方は気絶かよ……本当、こいつはラッキーだったんだな」


 サチコを見下ろしながら、そう言う男は続いて俺に視線を向け、口を開いた。


「おい、意識があるなら礼でも言えよ。まぁ、パンピーには刺激が強い光景なのは理解するけどさ」


「ッ……」


 思わぬ助け舟に一瞬呆けるもその言葉を聞いて、辺りに視線を向ける。

 すると、俺達のいる地点から対角線上の場所で、剣を交えた正彦と女が目に映る。

 同時に、あの一瞬で俺達を抱えてこの男がこの場所まで移動したと言う事実も。

 みれば、先程の一撃のせいなのか、彼女たちの居る一角の地面や天井、付近の座席などが跡形も無く消え失せていた。

 どこかに吹き飛んだ様子はない、つまり、粉々に砕けた訳だ。

 たった、一撃が交わっただけで……。


「ここで……殺すだけです」


「なるほど、人違いであっても関係なし、という訳か」


 そして、剣を交えた形で固まっていた二人が、口を開き押し問答の様な言葉を飛ばし合う。

 恐らく、その言葉に言葉通り以上の意味は無いだろう。

 それだけ、生のままに二人は殺意をぶつけ合っているのだから。

 故に、そこからの追撃は早かった。

 交わった剣を離すことなく、女の腕が正彦の顔面に撃ちこまれる。

 だが、対する正彦もその一撃を易々受ける気はないと言う様に、空いた片手で一撃を掴む。


「本当に覚えていないと言うのなら、貴方はどうしてここに居る。どう生き、どうここに入った。まさか、私達がこの場所で待った年月を生きたとは言わないですよね」


「生憎、その質問にもアタシは知らないとしか答えられない。そもそも、言っている意味が分からないんだからな」


「シラを切らないでください。貴方は、自身の行動と言動がかみ合っていない事に気が付いて居ないのですか?」


「ほう……事実、アタシにはシラを切ると言うのは最も不得意な分野だ。剣を振るわれてシラを切る程に頭を使った闘いは得意ではない。だが、知らぬ事は知らぬし、知らぬ知らぬで斬られる程に自殺趣味を持ったつもりは無い」


「ッ……なら余計に……ふざけないでください! 何も知らない貴方が、こんな戦い方を出来るはずが無いでしょう!」


 女の絶叫と共に、再び剣が振るわれる。

 同時に、女の拳を離した正彦も、女と同時に剣を振る。

 縦、横、上から、下から、正面から、美しいとも取れる様な剣激が、火花と暴風と爆音を奏でながら舞う。

 その数は、この数秒の間ですら、30を優に超えていた。

 本当は、それだけではないのかもしれないが、俺の目と耳で捉えられるのはそれが限界であった。

 それだけ速く、重く、何より人智を越える程の必殺の剣が交わっている。

 もはや、速すぎて音を正確に聞き取れていない事は伝えずとも分かるだろう。

 だが、そんな光景を見ていた俺に届いた女の言葉から、俺の中に浮かんだのは、一つの疑問だった。

 女の方は、一体どんな事情が有ったのか分からないが、事情の内容によってはあれだけの殺気を放てるのも理解できる。

 ここで、放っている剣に一切の迷いがないのも当然の事だ。

 だが、正彦はどうだ。

 人違いだと言っている割には、彼女の剣には一切の迷いがない。

 事実、何度か女の首や急所を突き刺せそうな一撃も見受けることが出来ていた。

 だが、それは確かに妙な事だ。

 本当に、人違いだと主張する人間ならば、多少なりとも剣が疑問に揺れるのではないだろうか。

 本当に、相手を突き刺そうとばかりに剣を振るえるだろうか。

 仮に、俺があの場で本当に人違いだと言うのなら、俺は剣を振るえないだろう。

 振るったとしても、防戦一方になるはずだ。

 だが、正彦は違う。

 人違いだと言っていながら、相手を負かそうとさえ取れる剣の動きだ。

 迷いや葛藤と言った物はない、ただただ、一撃の元に相手をねじ伏せる為の剣。

 口では違うと言いながら、行動では相手を黙らせようとしているかの様な印象すら受ける。

 つまり、一言で言えば女の言う通り、行動と言葉が合っていないのだ。

 何かを隠し通そうとして居る様に見えてしまうのは当然の事だった。


「どうやら、的中みたいだな」


 俺と同じように、何か感じてかそう口を開く青年。

 少しだけ、笑うような口調のまま、青年は今なお剣を振るう二人を見ながら呟く。


「おい、ゲッベルス。そっちはとうの昔に開戦してるのかもしれないが、あんまり遊んでる時間はないぞ。今ここで、ベルとレッドも開戦させる気か?」


「……御意に」


 青年の言葉に、女、もといゲッベルスは静かに返事をする。

 そして、同時に離れた位置からでも分かるほどにゲッベルスの纏う空気が変わった。

 今までは、燃えたぎる炎の様に熱く染まっていたその殺気は、今は冷気の様に冷たいモノになっている。

 そして、高速の撃剣を交わしながら、ゲッベルスは口を開く。


「ええ、わかった。なら、貴方は覚えてないってことでいいです。例え人違いでも、これだけやれるのならさして問題はないでしょう。が、最後に聞かせてください」


 そう言ってから、一拍置く様に大ぶりの唐竹割りを放つ。

 当然の如く正彦に受けられるその一撃だが、その一撃で今まで続いていた撃剣の嵐が鳴りやむ。

 そして、お互いが顔を見合わせる様な恰好の中、ゲッベルスは口を開いた。


「貴方のその迷いのない剣は、何のために振るっているのですか」


「決まっている、主殿の為だ」


「……主殿……?」


 そう言って、唐突に疑問の声を上げたゲッベルスは、ちらりと俺の方を見る。


「……ぷっ……あっはっはっはっはっはっは!」


 同時に、弾けた様に笑い声を上げたのは、俺を抱えている青年だった。


「おいおい、ゲッベルス。これはどういう事だ? アイツも読み間違いをするのかねぇ、それともいつもの遊び心って奴か?」


「……なるほど……そう言う事ですか……どうやら、前提から間違っていたらしい」


 そう言って、意味深な会話をする二人に俺は付いていけず、何も声を上げられない。

 だが、俺を抱えていた男はゲッベルスの言葉の後に、意味深に俺に顔を近づけて言葉を続けた。


「分かるぜ、その顔。分かんねえよなぁ。でもな、これだけは言っておく。これから起こる事は全部、お前の責任だ」


「……ぅおっ」


 そんな突然の言葉に、反応できずにいると、突然男の腕から力が抜け、俺は地面に放られた。

 すぐに立ち上がると、男は俺にサチコを手渡してきた。


「守りたいものは握っとけ。次は、こんなもんじゃねえぞ? 行くぞ、ゲッベルス」


「……」


 サチコを受け取った俺に、そんな意味の解らない言葉を俺に飛ばした後、男とゲッベルスは地下の部屋から立ち去っていく。

 最後まで、理解できない言葉の嵐の中、俺は手の中のサチコの温かさを感じて、言葉を忘れた様に立ち尽くしていた。


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