レッドの国王
奴隷市 地下VIPルーム。
相変わらず大音量で音楽の鳴り響く室内に、煌びやかな光魔法が彩るVIPルーム。
俺達は、席に座ったまま会話も無く、ただただ皇女達の突入を待っていた。
会話を無くしたのは、先程のネイカさんの様に内容を聞かれる恐れがある事とと、下手な事を言えば、ここの会場の人間達を刺激しそうだと考えたからだ。
今も尚、舞台の上で奴隷オークションは続いているが、その光景もあまり心地の良い物ではない。
何度か、ネイカさんの様な女性が席に飲み物を持って来てくれたり、話し掛けに来てはくれたが、その度に軽く追い払っていたおかげか、既に女性たちは俺達を気には留めて居ない様だ。
確かに、それだけでも十分怪しいのは理解しているが、行動を起こすよりは何倍も良いことは、理解してほしい。
単に、こういう客、と思ってくれていればそれでいいのだが……。
「レディース・アンド・ジェントルマン! 今宵の奴隷市に集まった最高に幸運な皆さん!」
「……ん?」
沈黙の過ぎる俺達だったが、突然舞台の方から聞こえた魔法で拡声された声に、思わずチラリと舞台の方を見る。
それは、先程まで流れる様に次々と奴隷の紹介をするだけだった物とは、大きく異なった物だったからだ。
舞台の上には、やはり際どい恰好の女性が二人立って、こちらに笑顔で手を振りながら、右手の掌の上に浮かんだ拡声する魔法を発動させているのであろう魔方陣に、声を飛ばしていた。
「今回の奴隷市は、次の商品が最後となります。今回の奴隷は、長年ある条件の元でなければ、出すことを禁じられていた奴隷でして、丁度今日、その条件が整ったという事でご紹介させていただきます。ですが、それだけの商品です故、一つ準備が必要であり、その準備をどうか皆様にもご協力いただけたらなと思います」
そう舞台の上で話す女性の後ろでは、先程まで紹介する商品の奴隷を乗せていた高い台が片付けられ、赤い布に覆われた巨大な四角い何かが浮遊する魔法で運ばれ、舞台の上に置かれた。
先程までの奴隷とは一際違う紹介のされ方から、どうやら今回の目玉商品とでも言う物だろう。
ただ、これが最後の商品という事は、奴隷市は既に終わりが見えているという事だ。
皇女達は何をしているのかと言う疑問に焦りながらも、俺は舞台の上を見つめた。
「この奴隷は、嘗てはるか昔、ベルでは有名な物語の中で、伝説の魔法使いが、赤い国に勝利した際に、赤い国から奴隷としてベルに送られたとされる人物」
「……赤い、国?」
伝説の魔法使いと言う聞き覚えのある単語もそうだが、赤い国と言う単語を聞いて、思わずそう言葉を漏らす。
赤い国……そう問われれば、俺にとって浮かぶのはあるひとつの国家の名前。
むしろ、それ以外には浮かびようがないとも言えた。
そんな、ある名前を浮かべながら、俺は舞台に居る女性の話に耳を傾ける。
「かつて赤い国で最も強く、最も賢く、最も人間を率いるに長けていたとされていた人物。かつて、あの物語がベル国内で流行した際は、この様な売り文句で数々の偽物の奴隷が売られてきましたが、今回は紛れもない本物だと断言致します」
「……先生」
「ん? どうした、サチコ」
そう呼ばれて、サチコの方を見ると、危ない恰好の女性が大きめのナイフを三本差し出して来た。
「どうぞ、お使いください」
「……お使いくださいって……一体何に?」
「それは、商品を見てからのお楽しみです」
にっこりと笑いながら、ナイフを俺に手渡した女性は、そう言ってテーブルから立ち去り、そのまま壁際でステージの方を向いて立ち止まる。
見れば、周りの貴族たちだけでなく、この場にいる奴隷や売れ残った奴隷にもナイフを手渡されており、貴族がナイフを手で遊びながら微笑む姿だけを見ると、こういう風習なのかと納得してしまいそうな錯覚に陥る。
最後の商品だからなのか、ステージを中心に客席を包み込む円を描く様に、先程まで会場内を歩き回っていた女性たちがこの部屋の壁際にずらりと並んでいる。
ただ、その中にネイカさんは見当たらない。
壁際に並んだ女性たちの手には、俺達に渡された物と同じナイフが握られていた。
「……先生……どうしたら……」
困惑したように、周りを見渡すサチコを見つめながら、俺はナイフ三本を掴む。
「危ないから、これは俺が持ってるな。大丈夫、何かのパフォーマンスか何かさ」
そう言って、サチコを落ち着かせるも、どうしてもそわそわした様子を捨てきれないサチコ。
だが、無理もないだろう、こんな不気味な光景を見れば、誰だって怯えてしまうはずだ。
なにより、それをパフォーマンスだと断言させないだけの雰囲気が其の会場内には溢れていた。
客も店員も含めて大きなナイフを持って、奴隷の登場を待つなんて、悪趣味にも程があるだろう。
「ですが、本物だと言うからには、先程申した様にそれ相応の準備が必要なのです。そう、彼が出て来るには、赤が必要なのです。血の様な、真っ赤な赤が。赤の中でこそ、彼は最も輝きを放てるのですから」
そして、そう言いながら舞台に居る女性も同じナイフを手にして、掲げる様に喉に当てた。
動きを合わせる様に、壁際の女性も喉にナイフを当てる。
その動きに、一切の躊躇や演技は見えない。
そんな動きを見て、俺は思わず息を呑んだ。
「ッ……」
「それでは、この奴隷の購入を望まれる方は、カーテンが開いてからご希望の金額を仰ってください。赤の国、レッド国王、スカイ・ブラウローテ!」
舞台上の、女性のその一言から、一気にその四角い物体に掛けられていた真っ赤なカーテンが剥がされる。
「生きていれば、ですがね……」
「主殿、サチコを!」
「ッ……サチコ!目を閉じろ!」
舞台上の女は、小さく呟いた後、喉元に向けたナイフを振り上げる。
そして、その動作の途中掛けられた正彦の言葉で、俺は跳ねる様にテーブルから立ち上がり、座ったまま固まるサチコの顔を包む様にして抱きしめる。
耳に腕を回して、耳も聞こえない様に塞いでやる。
「この場で俺より格の低い全ての生物に命ずる、自害しろ――」
そして、俺がサチコを抱きしめた一瞬後に、俺の耳に響いたのは、そんな男の声と、何かが肉を貫くような音、それから水の様な物が何処からか吹き出す様な音だった。
それがなんなのかは、想像は付いてしまうが敢えて何も考えずに、そのまま目を瞑り続ける。
抱きしめたサチコは、小さく震えているが、どうやら目は瞑ってくれているらしい。
鼻に広がる鉄分の匂いまでは誤魔化せなかったが、このまま目を瞑ってもらっていれば、直視するよりは格段にいいだろう。
「……サチコ、そのまま、椅子から降りて地面にしゃがむんだ。目を瞑ったままだぞ? 耳も自分の手で塞いでてくれ。できるか?」
「は……はい……」
パニックになりかけているサチコの耳のすぐ近くでそう言ってから、俺はゆっくりと目を開けてサチコをゆっくりと放す。
サチコは、俺の言いつけどおり、目を瞑ったまま地面にしゃがみ込み、自分の耳を塞いでくれていた。
それを確認した俺は、なるべく視界に余計な物を映さない様にしながら、全てが赤に塗り替えられた部屋の中央に位置する、ステージの方を見た。
そこには、つい先程まで赤いカーテンの内部に隠れていたであろう、カーテンから浮き出た四角形と同じ形をした黒い牢屋が真っ赤に染まったステージの中央に座している。
牢屋を構成する鉄の格子は、とても太く、かなり頑丈な物に見えたが、前方につけられた扉が開かれている様を見ると、もはやその格子は意味を成していない事が伺えた。
同時に、その牢屋の前に佇む若い男がその牢屋の内部に居たであろう人物だという事も。
若者らしい短い髪型をした、茶色の髪を携えたその人物は、一見するだけではただの青年。
だが、俺がその威容を感じたのは、彼の着ている黒い軍服と赤く輝く瞳からだった。
その瞳は、人間の物とは異なる様な赤い耀きを放っており、何かを見つめると言うよりは標準でターゲットを捉える様な目つきをしている。
まるで、蛇や獣と対峙しているかの様な異様な威圧がそこにはあったのだ。
そして、真っ赤に染まった室内を見渡した後、俺達に視線を向け、薄く笑ってから青年は口を開いた。
「……二人……いや、三人か……一人は確実にラッキーみたいだけど……残りは実力か? それとも、もう一人もラッキーか? おい、あんま固まってんなよ。萎えるなぁ……」
「……」
唐突な言葉に、俺は誰に語りかけているのかすら理解できずに沈黙を返す。
そんな俺達の態度に何かを感じたのか、少しだらける様な口調になりながら、青年は言葉を続ける。
「まぁ、いいや……なら、悪いんだけどさ、一つ答えろよ。甘粕大尉ってのは、どっちだ?」




