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奇襲と奇襲

 中心街トースタ 奴隷市付近の路地裏。


「甘粕達の居場所から、奴隷市の本会場の位置が判明しました。合図さえあれば、奴隷市への突入はいつでもできます」


 暗い路地の中、響いたガレスの声に皇女は小さく頷く。

 そして、横に立つガレスの顔を見つめ、口を開く。


「ありがとうございます、クリケット親衛隊長。さて、これからが正念場ですね」


「……しつこいようですが、やはり皇女様はお城に戻られてはいかがですか? いかにベル国内とはいえ、合法と言う名目で城の管理が全く及んでいない奴隷市に踏み入る訳ですから……ここから先は、何が起こるかわかりません」


「もう、親衛隊長。それは言わない約束ですよ。私が、城から命令を飛ばすことは簡単ですが、それでは意味がないと思うのです」


 ガレスからの警告に、すこし笑いながら答える皇女メリー。

 その言葉に、ガレスは口を閉ざす。

 それは、これ以上この場で皇女を説得しても無意味であろうと言う小さな諦めを秘めた沈黙だったが、皇女は気にしない様子で口を開いた。


「第一、今回の作戦は、絶対に失敗の許されない作戦です。我々が敗北した時、最初に失われるのは私達の命ではなく、無力な弱者の方々や協力してくれた甘粕様達の命です。そんな状況で、私は城で呑気になどしてはいられません」


「……分かりました。これ以上は何も申しません」


 皇女の付け加える様な言葉に、ガレスはそう言葉を返す。

 そして、皇女は少しだけ申し訳なさそうに微笑んだ後、言葉を続ける。


「今回の闘いだけで、奴隷と言う文化に勝利できる訳ではありません。奴隷に対する扱いが過激な物になって行ったのも、今に始まった訳でもないのは事実です。ですが、だからこそ、この時に変わりゆく必要があるのです。レッドとの事もありますし」


 レッドの名前を出した途端に、少しだけ皇女の言葉に曇りが生じる。

 それは、それだけレッドとの関係が芳しくない事を示しているのは言うまでも無い。


「先ほど親衛隊長の言っていた様に、奴隷の流通経路や今回の様な奴隷市については、合法と言う名目で城の管理も行き届いてはいません。むしろ、見て見ぬ振り状態だったのです。本来異常な事ですが、それが事実なのです。もし戦争になれば、レッドがここを突いてこないはずが無い。戦争になる前に、少しずつ、その芽を摘み取りましょう」


「でも、それにしてはちょっと行動遅かったにゃんね~」


「ッ――」


 皇女の言葉の直後に響いた声に、素早く剣を抜き、皇女を庇うガレス。

 そして、その声が何処からの物かを探る様に辺りを見渡す。


「どこをみているにゃ? こっちにゃよ」


 だが、ガレスの視界がその姿を捉えるより先にそんな言葉が降り注ぐ。

 そして、声の方向を反射的に向いたガレスの視界に、少し危ないコスチュームを身に纏った女が路地の端に立っている光景が映る。

 そんな女に剣を向けながら、ガレスは皇女を背中にかばう様にしながら口を開いた。


「誰だ貴様。名を名乗れ」


「……う~ん、名乗ってもいいんにゃけど。名前なんて聞いてどうするにゃ?」


「それは形式上の質問に過ぎない。貴様が、ここで今聞いたことを忘れて立ち去るのなら、無意味な質問になるだろうな」


「ふ~ん、やっぱりベルってヌルいんにゃね~」


「……なんだと?」


 女の言葉に、冷静に言葉を返すガレス。

 そんなガレスの様子を見てか、小さく笑った女はそのまま真っ直ぐこちらに向かって歩きだした。


「貴様、それ以上近づくな。近付けば――」


「近づけば……なんなのにゃ?」


 ガレスの言葉を遮る様に放たれた女の言葉に、ガレスは剣を握る腕に力を込める。

 だが、それも目に入らないと言った様子でこちらに歩いてくる女。


「皇女様、だっけにゃ? レッドどうこうの考察は悪くないと思ったにゃけど、そこまでの考えが及んでいながら、なんでこんな簡単な事に気が付かなかったのか本当に謎にゃね」


「……何が、言いたいのですか?」


 突然、自身の事を呼ばれて、そう言葉を返す皇女に、女は笑みを浮かべたままガレスの剣の間合いギリギリと言った位置で足を止めた。

 そんな女に、ガレスは剣を突き付けたまま一歩も引かない。

 重々しい緊張感に支配された闇の中、女はそのまま口を開き、言葉を続けた。

 

「何がって、そんなの……とっくの昔から、レッドがここに居る事に決まっているにゃ」


「ッ……皇女様ッ」


「ぇ……きゃっ」


 そんな、女の言葉が放たれるが先かと言ったタイミングで、ガレスに突き飛ばされる皇女。

 唐突の出来事に、その真意を理解できずにいた皇女の耳に響いたのは、凄まじい破裂音。

 同時に、金属と金属の交わる様な音だった。


「っ……」


 その音に、驚きながらもガレスの方を見ると、ガレスと女が剣を交える形で立っていた。

 あの一瞬で、女は剣を抜く動作すら見せず、あの間合いを詰め斬り込んできたのだと理解する事で精いっぱいの皇女を余所に、ガレスと女は口を開く。


「おお~、お兄さん良い反応にゃね~」


「……貴様……何処の人間だ」


 剣を間に挟む形で、ガレスと女が言葉を交わす。

 そして、笑みを浮かべた表情を変えないまま、女は口を開いた。


「そうにゃね。いいにゃよ、名乗ってあげるにゃ」


 目の前に居るのが、女だと理解する事が困難な程、圧倒的な気配を放ちながら女は口を開く。


「レッド軍、総統閣下親衛隊、ネイカ・ヴァルテック……覚えておいてもらえるなら、感激にゃ」


「……目的は何だ。皇女の命を狙っている様には見えないが」


「にゃ? どうしてそう思ったにゃ?」


「人を殺す時に、貴様はわざわざ宣言してから斬りかかるのか? 僕の知るレッドの兵は、そこまで礼儀正しい物ではなかったはずだ」


「おお~、確かにそうにゃね~、次からは気を付けるにゃよ」


「……目的を、言う気は無い訳か」


「なら、目的言ったらここから動かないで居てくれるのかにゃ?」


「……馬鹿を言うな」


「そう言う事、にゃッ!」


 そこまで言葉を交わしてから、ネイカが手にした剣に力を込め、ガレスの剣ごと薙ぎ払う。

 だが、払われた剣を躱す様に、後ろへ跳ねたガレスは、ちらりと唖然とする皇女を見てから剣を構える。

 

「どうしたにゃ? 騎士なのに、皇女に逃げなさいとかなんとか言わないのかにゃ?」


 そう言いながら、再び斬り込んできたネイカの剣に同じように振るった剣を交え、火花を上げるガレス。


「生憎、それは言うなと何度も言われている」


「っ……」


 ガレスの言った言葉を聞いて、はっと我を取り戻した皇女は、急いでその場から立ち上がり、一気に広場の方向に駆ける。


「にゃっ、待つにゃ!……ッ」


 同時に、ネイカが矛先を皇女に向けるが、その行動をガレスの剣の一閃が遮る。


「貴様の相手は僕だ。皇女を追うなら、僕を倒してからにしてもらいたい」


「……あ~あ、知らないにゃよ? 私を誘ったからには、絶対最後までシて貰うから、覚悟するにゃ」


「なら、その最期を次の一撃で着ければいい話だ」


「そう、なら安心にゃね。例え、向こうにもっとヤバいのがいるとしてもにゃ」


「……何?」


 その言葉で、思わず視線を逸らすガレスだったが皇女を捉える様な猶予すら与える気はないと言う様にネイカは斬り込んでくる。


「ほら、よそ見なんてしないにゃ。こんないい女を誘ったのはそっちにゃよッ!」


 そんな言葉と共に、ガレスに向かってネイカの一閃が迫る。


「ぐぅっ……」


 間一髪のところで、その一閃を弾いた後の一瞬だけ、ガレスは路地に目を向ける。

 だが、そこに皇女の姿はもうない。


「残念、愛しの皇女はもう居ないにゃね」


「……せやぁッ!」


 ネイカから浴びせられた言葉に、答えを返すようにガレスは剣を振るう。

 当然の如く、弾かれるその剣だったがその事に対して気を止めている様子はない。

 むしろ、それこそが狙い通りという様な表情だった。

 弾かれた一撃の勢いのまま、剣を持っていない方の腕を掲げ、ガレスは叫ぶ。


「リアクション!」


 そして、その腕から無詠唱で放たれたのは、黄色に輝く玉だった。

 その玉は、上空まで上ると、大きな音を立ってて爆ぜる様に散る。

 咄嗟に、ネイカの追撃を警戒する様に構えるガレス。

 だが、ネイカは、そんな行動をするガレスに対して追撃を加える様な様子は見せない。


「エコー系爆発初級魔法……なるほど、それがさっき言ってた合図かにゃ」


「せッ――」


 ネイカの言葉に、言葉を返さずに突きを繰り出すガレス。

 言葉はなかったが、その行動から、それが事実であることを悟るのは容易だった。

 首を一直線に刈りに来たガレスの突きの軌道に、剣を交えて打ち上げる様に弾きながら、ネイカは口を開いた。


「……でも、残ってる兵が居るといいけどにゃ」


「っ」


 そして、放たれた氷の様な言葉にガレスの剣に力が入る。

 流れる様な速激を得手とするガレスの剣に、その力は余計な力となって現れてしまう。

 それも、弾かれた剣を次の一撃に持っていく為の僅かな時間に、その力は大きく作用した。


「そこにゃ」


「な……」


 同時に、踏み込んだネイカの一閃がガレスの首を捉える瞬間に、ガレスの剣はまだ空を切っている。

 一瞬、死を覚悟し、無意識に動きを止めたガレスだったが、ネイカの剣は薄皮一枚の所で停止した。


「さっきの言葉、大部分は正解にゃよ。少なくとも、ネイカはここに戦争をしに来たんじゃないにゃ。この行動で、納得して貰えたらうれしいんにゃけど」


「……なら、一体何故レッドがここに居る」


 剣を突き付けられたまま固まるガレスは、ネイカに言葉を返す。

 そんな言葉に、ネイカは浮かべた魅惑的な笑みを深めて口を開く。


「そうにゃね~……ちょっと違うかもしれないにゃけど、約束通り大事な物を取り返しに……ってところかにゃ」


「取り返しに……だと?」

 

 ネイカからの言葉に、思わず疑問を返すガレス。


「知らなくても無理も無いにゃよ。むしろ、知ってたらそれはそれで、驚きにゃ。お偉いさんの事情、って言ったら分かりやすいかにゃ?」


「……なるほど、少なくとも僕が知らないことなわけか」


「そうにゃ。別に、ここで大人しくしてくれるなら、この先は次に持ち越しって言うのもアリにゃよ?」


「そうか……なら、余計に引き下がれなくなったなッ」


 ネイカからの言葉にそう言って、剣を突き上げるガレス。

 まさに、不意打ちの様な一撃だったが、最初から知っていると言わんばかりにスッとネイカは距離を取って回避する。


「いいにゃ、欲しがりな子は好きにゃよ……ちょっとだけ、本気出したくなったにゃ」


 そして、そんなガレスの態度に色っぽい声でそう返すネイカ。

 口角を色っぽく吊り上げながら、そう笑うネイカの目に、本格的な殺意がチラリと浮かぶ。

 その目から読み取れるのは、今までのこの女の剣はただの脅し。

 剣を取り出し、数回振るってやればこっちの危険度は伝わるだろうと言うとてつもなく軽い威嚇。

 だが、ここからは違う。

 チラリと見えただけの殺意であっても、そこからは最早殺し合いだ。

 もう、剣を交えるなんて言う高尚な考えはネイカの中には無い。

 ここから先は、剣激がぶつかる事はあれ、その軌道に割り込む剣はないだろう。

 肉を切らせて骨を断つ、という言葉通り、この場においては先に致命傷を与える事だけが重要なのだから。

 殺し合いの場において、相手の剣を弾くなど、愚の骨頂なのだから。

 その感覚は、対峙したガレスにも伝わってくるほどだ。

 故に、それ相応の対峙をしなければガレスに次の一瞬はないだろう、


「行くにゃよォッ!」


「シィッ!」


 同時に、風を切って放たれた初激の一撃。

 その一撃に、一切の容赦はない。

 全ての一撃が必殺、故に、その剣の軌道が交わることは無い。

 月明かりに照らされたその路地裏でその殺し合いは始まった。

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