奴隷市
それから、ベル城で日が沈むの待った俺達は、日暮れとともに出発し、ある場所に向かっていた。
その場所は、トースタの繁華街からいくつも路地を入った小さな広場。
ちょっとした公園ほどもあるその広場だが、いくつも路地を進んだ先に有るせいで、普通ならば絶対に目につかないであろうと断言できる。
そんな人目につかず、本来活気とはかけ離れたそんな広場に、今夜だけは活気がある事は、広場から少し離れた俺達の居る路地からでも分かった。
何人かの話し声や足音、そして扉を開閉する音などが響いてくる。
俺からすれば、どす黒い活気だが、この国でその活気はきっと当たり前の物なんだろう。
あまり良い例えかは分からないが、本当に動物を殺さない人種が日本に行って、笑顔で肉を頬張る俺達を見て不快に思うような感じだ。
俺達がここにたどり着いた事を考えると、そろそろ皇女達は城を出発した頃だろうか。
そんな考えを浮かべながら、俺達は薄暗い路地を少しだけ明るい広場の方に向かう。
「……先生、待ってください」
「ん……ああ、サチコ大丈夫か?」
暗い路地の中を進むのが少し怖いのか、怯えるような声でそう言うサチコの方を見る。
そこには、少し濃いベージュ色のドレスを身に纏ったサチコと正彦が居た。
これが、貴族がお忍びで使う服らしいが、闇夜に紛れる為なのか、かなり暗い色合いだ。
ちなみに、俺も貴族の服を纏っているが、こちらは逆にかなり派手で洋風な貴族の服だ。
皇女曰く、お忍びが気付かれた際、女を逃がす為に注目を集めるための服らしいが……。
はっきり言って、ダサいし俺に似合っているとは思えなかった。
「ほら、サチコ、手に捕まれ」
「ぅぅ……すみません……」
そう言って、サチコに手を差し出すとサチコの小さな手が俺の手を掴んでくる。
少し冷たい様なそんなサチコの温度を感じながら、俺はそのまま手を引いた。
そして、少し進んだところで一度路地を曲がると、広場に出る路地の切れ目が目に入った。
同時に、その切れ目の所に立っている男がこちらに鋭い視線を飛ばす。
「……貴族か?」
「ああ、奴隷市を見に来たんだ」
「女を連れてか? 変わったやつだな」
「ダメなわけじゃないんだろう? 通してくれ」
男の言葉に、そう言葉を返すと男はその切れ目から退く。
そして、歩を進めるごとにその広場全体がだんだんと目に入る。
一見見れば、何人かの貴族の様な男女が井戸端会議でもしているかの様に会話をしているだけの光景。
だが、その全ての人物の傍にミライと似た様な恰好をした少女や少年、男性や女性をまるで犬でも扱うかのように鎖やロープを首などに巻き付けて連れている。
中には、老人とも思しき奴隷を連れている貴族もいる。
相当失礼にあたるかもしれないが、最初にイメージしたのはドッグラン。
犬を連れる様にして奴隷を連れ歩くその貴族たちの姿は、犬を遊ばせて会話を楽しむ飼い主の様にも見えた。
大きく違うのは、奴隷がただただ寂しそうにぼろ布一枚の姿で主人と思しき貴族の後ろにポツンと立ってじっとしている事だろう。
そんな光景に、思わず怒りが込み上げてくるが、今は抑え、歩を進める。
男の横をそそくさと過ぎようとした所で、再び男が口を開く。
「奴隷市はあの建物だ」
そして、その広場に面した建物の中でもひときわ大きな建物を顎で示す。
男が示したのは、現在位置から広場の対角線上に位置する大きな扉の付けられた小さな倉庫をイメージさせる様な建物だった。
その周りの建物も明かりがついているのだが、どうやらダミーか別の施設だろう。
「ありがとう」
そう言って、俺達はその建物に向かって歩を進める。
そして、広場を突っ切る様にして建物の前まで来ると、俺はその前に設置された両開きの扉を開けた。
「……」
「……」
「……」
そして、飛び込んできた光景に思わず三人揃って絶句する。
最初に感じたのは、異臭。
それは、何日も風呂に入っていない人間の汗臭い匂いを少しだけ凝縮した様な匂い。
次に感じたのは、その建物の内部の広さ。
外見は、小さな倉庫の様なイメージだったのだが、内部はかなり広い。
高さや横幅は外見のままではあったが、その奥行はまるで牛の飼育小屋を思わせる様な感じだ。
最後に感じたのは、その異質さ。
本当に、牛の様に区切られた木の四角い枠の中に枠木に鎖でつながれた人間が居るその光景。
その全てが奴隷なのだと察知するのに、それ程時間は要らなかった。
「いらっしゃいませ。今回は、どの様な奴隷をご所望ですか?」
思わず、立ち竦みに似た感覚を覚えて立ち尽くしていた俺達にそんな言葉が掛けられる。
見れば、そこには外の男とは大きくイメージの異なる弱々しそうな初老の男が立っていた。
もっとごついおっさんが出てくると思ったが……。
「あ、いえ……これで」
俺は、話し掛けてきた男にそう言って金貨を一枚人差し指と中指に挟んで、顎に当てる。
それを見た初老の男は、納得した様に頷いて俺達に背を向ける。
「こちらです」
そして、そう口を開き俺達を催促する男に着いて俺達も歩き出す。
今やったのは、いわばVIPの合図。
城に関わる程の大貴族が美人な奴隷や強い奴隷を優先的に買うための別室に行けるのだ。
今回の事を成功させるためには、この別室に行くことが最初の条件だった。
「こちらへ」
そう言って案内されたのはその倉庫の様な建物の脇に目立たない様に設置されたドア。
男はそのままドアを開くと、中には細く薄暗い廊下が続いており、先には黒いカーテンの様な物が見える。
そして、俺達が中に入ると男は静かにドアを閉じた。
「……すごかった……ですね」
「ああ……」
「先生……本当に助けられるんでしょうか」
「……きっと、うまくいくさ」
サチコからの言葉に、返事をしながらその廊下を進む。
そして、前方にあった黒いカーテンをめくる。
「いらっしゃいませニャー、ご主人様―」
「な……!?」
「きゃっ……わ……わわ……!?」
「む……な、なんだ」
カーテンをめくった途端、左右から現れた何かに抱きつかれ、思わずそんな声を上げてしまう。
横で、サチコと甘粕も同じように驚きの声を上げている事から、同じように抱きつかれたんだろう。
「三名様、ごあんなーい」
だが、俺達の反応など意にも解さない様に、俺達に抱きついたままの何かはそう言って、俺達を誘導する。
突然過ぎて何が抱きついてきたのか理解できていなかった俺は、驚きながら声の方向を見る。
そこに居たのは、健康そうな色の肌、柔らかそうな胸、そして整った顔をした美しい……というか、可愛らしいに近い女性。
それも、危ういレベルの水着のみを身に着けた半裸の女性だった。




