皇女の想い
中心街トースタ ベル城内
城内の豪華な赤いカーペットを道なりに進んだ先。
いくつもきらびやかな扉を潜り、階段を上がり、進んだ先に有る一段ときらびやかな扉。
その扉の先に有ったのは、巨大な壁画の前に置かれた二つの玉座のある巨大な部屋。
そんな部屋に、俺達は通されていた。
なんでも、詳しい話をするにはここが都合がいいらしい。
「申し訳ありません。庭でお話しできる内容には、どうしても限界がありますので」
目の前の二つの玉座の片方に掛けた皇女メリーが、そう俺達に申し訳なさそうに言う。
確かに、城付近と言っても外でぺらぺらと重要な事を喋るのは危ない。
俺達の連行の仕方やら何やらを見ても何か事情はありそうだ。
そう軽く納得して、俺達が言葉を待つとメリーは口を開く。
「それでは、先程のお話の続きを……皆さんに手伝っていただきたい事は、ある奴隷売買組織を捕まえる為の工作、いわば潜入です。」
「……潜入?」
思わず、そう言葉を返してしまうが、その言葉に軽く頷いた後メリーは言葉を続けた。
「はい。今夜、ベル最大の奴隷売買組織が主催している大きな奴隷市場が開かれると言う噂が立っています。そこに、奴隷を購入する客の振りをして潜入してほしいのです。と言っても、普通にしていただければいいのですが……」
「……えっと、それってすごく危険な事なんじゃ……」
「こちらも、最大限お守りしますが、危険が及ぶのは事実かもしれません。ですが、貴方がたにしか頼めないのです」
「俺達にしか頼めない? こんなに兵士が居るのにか?」
「どうしても、兵士の方々は少し顔や体格で警戒を持たれてしまい、目をつけられれば、こちらの突入のチャンスは無くなります。なので、一般人と見分けのつかない方々を探していたのです」
「……まぁ、それは分かるが、それでも俺達である必要性が分からないな」
確かに、軍人は鍛えているせいで体格や外見、雰囲気などが一般人と違ってしまうのは仕方のない事。
だが、それだけの理由で俺達がそんな危険な仕事をさせられるのは納得がいかない。
「それに関しては、貴方がたが奴隷交友罪を犯した人間だからです」
「……さっきから分からんのだが、奴隷交友罪ってなんだ?」
何度も出て来ているが、結局未だにわかっていない。
罪と言うからには、何かしらの悪行なんだろうが……。
俺がそう考えていると、皇女は目を丸くして俺を見ていた。
「奴隷交友罪を……ご存じでない?」
「あ、ああ……法律は、好きじゃなくてな」
そうか、この国では当たり前の事なんだろうな……。
サチコも、知ってるくらいだし……。
俺の言い訳が可笑しかったのか、メリーは小さく笑った後言葉を続けた。
「奴隷交友罪は、ベルの奴隷制度の一つです。この法令は奴隷文化の始まりと、ほぼ同時にはあったと言っていい程に古い物です。奴隷に、主人以外の人間が接する事を禁止した法令でして。この法令の意味は、奴隷の脱走を防ぐ為の物でした」
「優しい人間が居れば、そっちに奴隷が逃げるから……ってことか」
「はい。今も昔も奴隷を購入するのはほとんどが貴族で、貴族に酷いことをされる奴隷に一般市民が優しく接するのを嫌がったんだと思います。この法令があるせいで、今の貴族以外の市民は、逃げ出した奴隷を見ても誰も声を掛けません。確かに、貴方達を連れてくる際の様な事をしていてはそんな方々が出てこないのは分かります。ですが、あれは貴族の目を誤魔化す為の物なので、どうかご納得いただけたらと」
「……でも、それなら皇女の権限で法なりなんなり書き換えれば早い様な……」
「法令を変える事は、強制的には出来ません。恥ずかしながら、私は皇女ですが私の一存で法令を変えられる程、皇女としての信頼を得られてはいませんし、さらに、奴隷文化は法令を変えただけで無くなる程、浅い物ではない事を理解しています。……多少、手荒に出なければならない事も」
そう言って、悲しそうに俯いた皇女。
確かに、その通りだ。
日本で、これを言うならタバコや酒、パチンコに当たるんだろう。
仮に、日本がベルの様な王様国家であったとしても、突然今日から禁止、なんてされて文句が出ないはずはないし、それでなくなる訳もない。
奴隷を趣向品だとは言いたくはないが、それはどうしても仕方のない事なのだ。
なるほど、少し意味が異なるかもしれないが、つまり小さな革命だ。
法に合っているからと、奴隷を販売したり奴隷を飼い馴らす貴族たちに小さな粛清をする。
普通、革命は一般市民が偉い人間に行う物だが、皇女がそれを行おうとしているのだから、ますます知られる訳にはいかないわな……。
「ぅっ……ぐすっ……えぐっ……」
「ん? ……のわっ……どうしたサチコ! なんで泣いてるんだ!」
どこからか、泣きじゃくる声が聞こえたと思い振り返ると、サチコが大粒の涙を流していた。
「す、すみません……ぐすっ……でも……私……ぐすっ……感動しちゃって……」
「えー……」
今の話の何処に感動する要素があったのか分からないが……どうやら猛烈に感動したらしいサチコは、そのまま皇女の前まで歩いていき膝を着いた。
「私、サチコ・ライトスタンド、皇女様の一人頑張るお姿に感動いたしました。どうか、今回のご依頼、受けさせてください」
「ありがとう、ライトスタンドさん」
「はいっ! 皇女様」
そして、今まで見たことがない様な勢いで、皇女に忠誠を誓ったサチコ。
ああ、なるほど……これが、忠誠心ってやつなんだろうな……。
すみません……日本人にはわかりません……。
「それで、貴様はどうするんだ」
そう言って、横から話し掛けてきたリーン兄に視線を向ける。
「そう言われたって……皇女様がこういう事率先してやって良いわけ? 強い言い方すれば奴隷とか苛めてる私に合わない考えの老人全員殺す! って意味だぜ?」
「確かに過激だが、こうでもしなければ国は変わらない。それに、皇女はこの活動を通して少しでも賛同してくれる貴族が増える事を祈っているんだ。そうすれば、法令を変える事ができ、合法的に奴隷を助けられる」
「……賛同、ねぇ……マレス辺りは賛同しそうだが?」
「ラインハル卿か……確かに、彼女は皇女と付き合いも長く仲も良い、奴隷も持っていないと聞く。だが、彼女は恐らく、こんな危険な事にわざわざ頭を突っ込む程、物好きではないはずだ。どうしようもない状況ともなれば別だろうがな……」
そう言われて、先日の事を思い出す。
アイツ……学校飛び出して何かやってたんだもんなぁ……。
「……おっしゃる通りで……サチコが行くなら、俺は行く。生徒だけを危険な目にあわせる訳にはいかない」
「そう言ってもらえれば、結構だ。僕は、ガレス・クリケット」
「……甘粕誠だ、こっちは甘粕正彦。よろしくな」
「使い魔の甘粕正彦だ、よろしく頼む」
「……ああ」
正彦から挨拶に、ガレスは言葉を返すがその言葉は明らかに嫌悪を含んでいた。
そんなに、女が嫌いなんだろうか……。
「とにかく、奴隷市場は今夜だ。それまでは、城に留まってもらう」
「え……でも、俺達マレスのおつかいで買った物が街の馬車に置きっぱなしで……」
「安心しろ、貴様らの傍に居た馬車なら、帰しておいたぞ。ラインハル卿にも、知らせが行くだろう」
「そ、そりゃ、ご丁寧にどうも……」
一旦、帰れるかと思ったがどうやら俺達は帰れないらしい。
でも、多分マレスに皇女からの命令だったって言えばサチコみたいになって許してくれるだろうし……。
大丈夫……だよな……うん……。
少しだけ、嫌な予感もしたがとりあえず俺はそう信じて夜まで城に残る事にした。




