奴隷の少女
中心街トースタ 市街地
店を出た後、俺は待機していた馬車に購入した物を積み込んでいた。
物自体はそれほど多くはなく、手間取る様な作業ではないはずだったが、馬車の中にあまり余裕がないため、工夫して積まなければならなくなったのだ。
「……よいっ、しょ」
なるべく、箒などの袋に入っていると余計にサイズが大きくなる物を一度袋から出し、それだけで座席に立てかける様に置き、ちょうどいい大きさになった布袋を座席に並べる。
これで、横に俺が座って座席から落ちない様に支え続ければ解決だろう。
サチコと正彦は対面の椅子に座って貰えばいいはずだ。
「よし、これでいいか。おーい、サチコ、正彦、終わったぞ?」
そんな事を呟いて、馬車の近くに居る二人を呼ぶ。
「待ってくれ、主殿」
「……? 何かあったか?」
遅れて聞こえた正彦の言葉に、俺は馬車の外に出る。
すると、二人は少し離れた建物と建物の間の路地の様な場所を見つめていた。
「……どうした? 二人とも」
気になって、二人に近付いて聞いてみる。
すると、サチコがこちらを向いた。
「あ……すみません……なんでも、無くて……」
「……?」
何故か、悲しそうな顔でそう言うサチコに少し疑問を持っていると、正彦がその路地の中を指さした。
「主殿、あれを見ていたんだ」
「……あれ? ってなんだ?」
そう言われて、その指の先を見ると確かにそこには何かがあった。
布の様な、ぼろきれの様な何かが丸まってそこにはある。
「……布?」
だが、よく見ればその布からは細い手足と紫色の髪がはみ出ていた。
「……子供……?」
それは、男女までは分からないが、確かに人間の子供であった。
俺は、気になってその方向に近付く。
すると、俺の腕をサチコが力強く掴んだ
「だ、ダメです……あれは……」
「え……何でだ? どう見ても人間だろ? あれ」
「え……えっと……それは……」
「……ちょっと行ってくる」
何か言いたげなサチコの様子は気になったが、あの子供を放置する気にはなれなかった俺は、そう言ってサチコの手を優しく解いて、その方向にまっすぐ歩いて行った。
そして、その布きれのすぐそばまで来てから、俺は膝を着いて口を開いた。
「ねぇ、君大丈夫?」
なるべく優しげに、声を掛けるとその布きれが小さく動いて、中から小さな二つの髪と同じ紫色の瞳がこちらを覗いた。
手足を縮こませて布にくるまる様にしながら、路地裏の壁に背中を預けた格好でその子供は居た。
一応、意識はある様で安心する。
だが、子供はこちらを見るばかりで何も喋らない。
「どうして、こんな所に?」
「……」
「お父さんとお母さんは、どこかな?」
「……」
「もしかして、口がきけない?」
「……」
何度か声を掛けてみるが、何の反応も無い。
肯定も否定も無いことから、口がきけない訳では無さそうだし、反応があった事から耳は聞こえて居そうだが……。
もしくは、分からないのか……?
「えっと……君の名前は?」
「ぁ……ミライ」
「……ミライちゃん……か」
そして、名前の質問を飛ばした所、初めて俺の言っている言葉が分かった様な顔をしてから子供は小さく口を開いた。
その声から、女の子である事を悟った俺は、そう返す。
すると、少女は小さく頷いた後視線を俺の少し後方に向けた。
「……?」
その支援にあわせて振り返ると、そこには心配そうな顔のサチコと少し真剣な顔の正彦が立っていた。
「えっと、甘粕先生……その子は……多分奴隷です……」
「……奴隷?」
サチコからの言葉に、俺はそのまま言葉を返す。
聞いたことが無い訳じゃない。
だが、俺の知る現実ではまず耳にしない言葉だった。
「はい……それも……多分、主人や商人から逃げてきた奴隷です。こんな所に奴隷が居るなんて……不自然なので」
「……ベルには、奴隷の制度があるのか?」
「え……あ、はい。昔から、ベルには奴隷が居ます。先生のご実家の方では居なかったんですか?」
「……ああ、そう言う言葉はあったけどな。ここまで露骨なのはさすがに無かった」
そう言葉を返してから、再び奴隷の少女を見る。
「なるほど……ミライちゃんは、逃げてきちゃったのか」
「……?」
「えっと、先生……その、奴隷は『名前』とか最低限の単語しか分からない様に教育されていますから……」
「……なるほど、言葉が通じないのはそう言う事か……」
まぁ、でもそれは奴隷を作る上で大切な事だろう。
そう言う教育をすれば、こうやって逃げ出した奴隷が出ても逃げ出した先で奴隷は生きて行けず、元居た場所に帰るしかなくなるからだ。
確かに可哀想だが、ここで手を差し伸べる事がこの少女の為になるのかと言うと正直分からない。
どういう理由で、この子が逃げてきたのかもわからないし、この子がどういう子なのかもわからない。
もし、主人を殺して逃げて来たなら、助けたこちらも殺されかねないし、危険なのは事実だ。
さらに、不用意な助けはその子の為にならない。
魚の取り方を知らない飢えた小熊に、魚の取り方を教えるか、魚を取ってあげるかと言う様な感じだ。
可哀想、残酷だ、で差し伸べた手が逆にさらなる残酷を産む事もある。
人間に、クマの様な魚の取り方は出来ないし、魚を取ってあげるだけでは、小熊が魚を取れない事は変わりないのだから。
サチコが、さっき俺を止めたのもこういう理由だろう。
そう考えれば、本当にいい子だ。
「そっか……ミライちゃん、またね」
「……」
そして、俺はそう言って立ち上がる。
恐らく、またねと言う言葉すら理解できていないらしく、ミライは俺を見つめるだけだ。
自分でも、酷い奴だとは分かっているがこれは俺だけで解決できる問題ではないのだ。
「行こうか、正彦、サチコ」
「動くな」
そして、そう言って振り返った途端俺の首筋に冷たい何かが当たる。
リーンに何度かやられたせいで、無意識の内に動きを止めていた。
同時に、俺達の後ろに何人もの兵士が立っている事に気が付く。
「主殿……」
「待て……まだ抜くな」
今にも斬りかかりそうな正彦を止め、兵士に目を向ける。
その装備は白と赤の綺麗な装備で、話の通じない奴らには見えなかったからだ。
「えっと、何か御用で?」
俺は降参する様に両手を上げながら、俺に剣を突き付ける兵士に言葉を飛ばす。
すると、俺の首に突き付けられた剣から、僅かにだが力が抜けた。
そして、一瞬遅れて俺の両腕に手錠の様な物がハメられる。
同じように、サチコと正彦も手錠をはめられた様だ。
二人とも、不安そうに俺の目を見ながら抵抗せずに手錠をはめられていく。
そして、俺達三人に手錠をはめ終えた所で、俺の喉元から剣が外され、俺に剣を突き付けていた男が口を開いた。
「貴様達三人を、奴隷交友罪にて連行する」
「奴隷、交友罪……?」
「口を開くな。そこの奴隷も連れてこい」
「はっ」
俺の言葉を一蹴しつつ、兵士は後ろに待機して居た兵士に指示を送る。
そして、指示された兵士は抵抗しないミライを乱暴に担ぎ上げる。
その様子に少し腹が立ったが、今は抵抗しない方が吉だと結論付け何もしない。
それから、俺達は兵士達によって連行された。




