初めてのおつかい
マレスの屋敷
朝日が照り始めたばかりの、まだ鳥すら鳴いていない早朝。
多くの人間が、未だ夢の中に居るそんな静けさと平和の時間。
この時間だけは、世界中全てが平和なんじゃないかと感じる程の時間。
そんな時に、その音は屋敷の中を響いた。
「起床ォ!」
「ぅお!? ……な、なんだ!?」
突如として鳴り響く、金属と金属がぶつかる様な連続した音。
頭の中で突貫工事でも始まったかの様な音に、俺は思わず飛び起きる。
「な、なんだ!? 火事か!? 地震か!?」
未だ鳴り響くその音に、混乱しながらベッドから起き上がりワタフタと廊下に飛び出す。
すると、部屋の中より大きな音量になったその金属音に思わず耳を塞ぎながら、広い廊下の左右を見渡した。
「起床ォ!」
「ッ……あの馬鹿……」
そして、響いた掛け声にその音の正体を察すると、俺はその声の方向に駆けだす。
柔らかいカーペットが敷かれた廊下を、裸足とパジャマのまま何度か曲がり、音の大きくなる方へ。
そして、最後の角を曲がった所で、その音を発する馬鹿は居た。
「正彦!」
「ん? おお、主殿。おはよう」
「おはようじゃない!」
手に鍋の様な物とお玉の様な物を持った正彦が、爽やかな笑顔でこちらを見ていた。
可愛らしいパジャマを着て、白い髪をだらしなく伸ばしたその姿は思わず見とれてしまいそうな程に魅力的だったが今はそんな事は無視だ。
「お前、この! 朝から何をやってるんだよ!」
「ああっ……何をって、朝の号令を」
「軍隊かよ!」
正彦から二つの調理器具の様な物を奪い、言葉を飛ばす。
コイツ……軍人だったのは聞いたが……こんな……。
「ん? もしかして、ここは朝の号令を行わないのか? それでは、皆ベッドから出られないだろう?」
「はぁ……軍隊では、朝の号令があるまでベッドから出てはいかんのかもしれんが、ここでは自由に出ていいんだ。それに、今何時だよ……まだ、朝日が昇り切ってないぞ」
「ふむ……正確な時刻については分からんが、太陽の位置から見て5時半と言った感じだな」
「そんな所は真面目に答えなくていい……ところで、この器具何処から持って来た」
「あ、それについては使いの人間がくれた。調理場まで探しに行こうとしたんだが、迷ってしまってな。そしたら、何処からともなく使いの女が現れて、用件を聞いてきたので鍋とお玉を所望したんだ」
そう自信満々に語る正彦。
ああ……この軍隊ノリ心配はしてたんだよなぁ……昨日はあんまり見なかったから安心してたが、今日になって炸裂か。
「とにかく、朝の号令は禁止だ禁止。分かったか?」
「うむ、承知した」
笑顔で返事を返され、思わず溜め息を吐く。
そして、部屋に戻ろうと振り返ったところで俺の足は止まる。
「……私の安眠を妨害するとは……いい度胸ねぇ誠」
「……え……あ、違うぞ! 俺は何もやってない! これは正彦が!」
どす黒いオーラを纏ったマレスと、呆れた様な顔をしたリーンがそこには立っていた。
リーンはもう起きていたのか執事服だが、マレスは可愛らしいパジャマだ。
「……言いたいことはそれだけ?」
「聞けよ! 手に持った鍋とお玉を見て疑ってるのかもしれんが、俺は実際何もしてない!」
「そうじゃないわ……正彦がやったのはどうでもいいの。私が言いたいのは、正彦の保護者は誰? って話」
「な……」
その質問に、思わず硬直する。
詰んだ、俺は完璧に詰んだ。
それも、すんばらしいくらいに理不尽に。
「それじゃあ、選びなさい。短いけど苦痛は大きく誰もが震えあがるお仕置きか、長いけどある程度の苦痛で済んで人によってはご褒美なお仕置きか」
「……何それ……」
「はい、選ぶ。3、2、」
「ちょっと待って! 具体的にお願いします!」
「1」
「長い方で! 人によってはご褒美で!」
思わずそう言ったが、人によってはご褒美ってそれすんごい物が来る場合があるんじゃないか……と後悔が走る。。
というか、そっちを選択した俺は意外とMだったのかもしれない。
そして、俺の返答を聞いてマレスはにやりと笑った。
「なら、今晩から正彦とベッドを共にしなさい。それも、お互い抱きつく様に手足を絡めて。期間は正彦のその馬鹿が治ったと私が判断するまで。文句は受け付けない」
「……え?」
その言葉を聞いて、思わず正彦の方を見る。
ニコニコと笑ってこちらを見るその様は、恐らくかわいいに入る部類の中学生だ。
そんな子供と……ベッドを共に……?
ある意味、外見的には、俺の生徒です、とも言えそうなこの少女と……?
これから……毎晩? コイツの軍隊ノリが治るまで?
って言うか、私が判断するまでってつまりマレスの裁量かよ……。
「永遠とは言わないわ。少なくとも、私の安眠を妨害した責任は取ってもらう」
最後に飛んできた言葉に、思わず膝を着いて泣きたくなる衝動に駆られるが、抑える。
ああ……俺、寝られるかな……。
いや、変な意味だけじゃなくて……あっちもこっちも……。
「あら、不満? 今ならまだ短い方と変えてあげるわよ?」
「……ちなみに……短い方はなんだったんだ?」
「ネーガルで童貞卒業」
「やったあああああああああああ、正彦と添い寝ばんざああああああああい」
思わず、万歳してしまった。
でも、そんな地獄と比べたらこっちなんてマジで天国だ。
ご褒美とは言わないが……。
「で、今日は私とリーンは仕事があるから、アンタ達街に行ってきなさい」
「……街?」
万歳をする俺に唐突に掛けられたその言葉に、俺は思わず疑問を返す。
「そうよ、街。ベルの中心街のトースタって街があるの」
「……ほう……トースタ?」
変な名前……でもないか……。
むしろ、覚えやすいな……トースターみたいな。
「ここから、東に馬車でしばらく行ったところよ。皇女の城もそこにあるけど、今日は城に用はないわ」
「……ああ、ならなんで行くんだ?」
「お金はあげるから、おつかいをしてきなさい? あと、アンタ達の道具も買ってきていいわ。箒とか杖とか」
「あ、ああ……わかったが……俺は街について何も知らんぞ……」
「その辺は、暇な生徒でも連れて行きなさいよ。 アンタが言えばホイホイ案内してくれる子多そうだし。馬車は、メイドに言えば出してくれるわよ」
そう言って、マレスは振り返りそのまま廊下の向こうに歩いていく。
曲がり角に、その姿が消えたのを確認して俺は小さく息を吐く。
「……なんで……こんな」
「災難だったな、主殿」
「お前のせいでな……」
そんなやり取りをしつつ、俺達は自分の部屋に向かって歩き出した。
そして、馬車の中……。
「ごめんな、サチコ。こんな事に付き合せて」
「いえいえ、私も丁度買い物をしに行こうとしていましたから」
俺は、対面するようにして座るサチコとそんな会話をしながらサチコの天使の様な微笑みに涙しそうになっていた。
校庭でファイアーボールの練習をしていた彼女だったが、俺達を目に入れた途端子犬の様に駆けてきて、俺から話を聞くと二つ返事で了承してくれたのだ。
もはや、天使だよ、天使……。
「それに正彦ちゃんと昨日、街に行こうって話していましたし」
「……正彦ちゃん?」
サチコからの言葉に、俺は少し奇妙な表情になりながら隣に座る正彦を見る。
なんだ、仲良いのか、この二人。
「昨日話してた生徒って、サチコなのか?」
「ああ、そうだ主殿」
俺の隣で、無言だった正彦が笑顔で言葉を返してきた。
「……なぁ、サチコ変な事聞かれたり言われなかったか? 軍隊ノリって言うか古臭い感じの言葉とか」
「え~っと……よく分かんないですけど特にそう言うのは無かったと思います。でも、正彦ちゃんすごい話を聞くのが上手くて」
「……ほう」
話聞くのが上手い……か……。
そう思いながら、横の正彦を見るがニコニコとするだけで無口だ。
というか、俺の前だと基本最低限しか喋っていない様な気がする。
まぁ、これも使い魔だからなんだろうか……。
もしかしたら、俺の横でニコニコとしている正彦とは違う一面があるのかもしれないな……。
そう考えると、すこし気になるが……。
そんなやり取りをしている俺達を乗せたまま、馬車はガタガタと音を立て、草原の中を進んで行った。




