マレスの独り言
魔法学校、校長室。
ガチャリと扉の開く音と共に、室内に入って来た幼い外見の少女。
彼女は、マレス・ラインハル。
魔法学校の学校長と呼ばれる人物だ。
彼女は、何かを警戒でもするかのように部屋の外を一瞥した後、ゆっくりと扉を閉め小さくため息を吐く。
つい数秒前まで浮かべていた笑みをスッとしまう様に真面目な顔になり、その部屋の奥にある彼女にとっては少し大きな椅子に腰かけた。
「……私も……とんだ拾い物をしたものね……」
無意識とも取れる内に彼女の口から漏れた言葉は、ギィと言う彼女が椅子に体重を預ける音でかき消される。
誰に話し掛けている訳でのないので、掻き消えたところで不自由はないのだが、彼女にはそれが少しだけ気になった。
言ったはずの独り言が聞こえない、という独特の不快感を感じて彼女は少し顔を歪める。
それは彼女の独り言が、もはやただの独り言ではない事を意味していた。
脳内の考えを纏める時に、いつも考えを口走ってしまう彼女にとって独り言は、考えをノートにまとめる様な行為でもあった。
だからこそ、それが掻き消えると言うのは、ノートに文字を書いた途端鉛筆が折れた時の様な一様に言えない不快感があるのだ。
だが同時に、彼女はそれを人に見られることを良しとして居ない。
それどころか、一種のコンプレックスの様にすら感じているくらいだ。
先程の部屋の外を確かめる行動は、それでも止められないその独り言に対するモノだという事実は、最早考えずとも導き出されるだろう。
「……使い魔……久しぶりに聞いた単語だけど、無理も無いわよね。今じゃ一般的に物語の中の存在なんだし、その物語だって今考えれば何でもない物語なんだもの」
静かに呟くと同時に、部屋にある豪華な木製の本棚に目をやり、そこに並ぶ本を眺める。
「あれ、あの小説……図書館に戻したんだったかしら……まぁ、でもそこは問題じゃないか……」
目的の本が無かったのか、退屈そうにそう呟くと本棚から目を逸らし、椅子をくるくると回転させる。
そして、約一周と半分回ったところで、扉に背を向ける形で停止し、背後の窓から見える広い中庭を眺める。
目線の先には、先程まで闘いの最中となった場所。
言いつけどおり、ポチが食したようで遺体はもう転がっていない。
遺体が無いことを見たおかげか、少女は少しだけ上機嫌な顔になると目線をずらす。
そして、ずらした目線の先に映った生徒と話しをする男を見ながら呟く様に口を開く。
「……レッドの兵士を約9人を一人で壊滅……さらに、使い魔を名乗る少女……普通に考えて、リーンと結婚したとしても、皇女の一声で取られるだけねぇ……無理やり中断にしなかったら、今頃城まで一直線だったことを考えれば感謝の一つも欲しかったくらいだけど……少し振り回したのも事実ね」
もちろん、男に聞こえている訳はなく、男は生徒と会話をしたままだ。
「……でも、皇族に隠し事をした不敬の罪だ、なんて言われたくはないし、下手に口止めするくらいなら知らなかったで通したほうが楽そうね。どうせ、レッドのお偉いさんの口から大まかに広まるんだし……と言う訳で、私は彼らを拾っただけ、使い魔? 彼の実力? しーらない……うん、そうしよう……」
男の様子を見たまま納得した様に呟いた彼女は、男から視線を外し、彼の使い魔を名乗る少女へと目を向けた。
こちらに背中を向けたまま、生徒と会話している少女を見ながら、彼女は再び言葉を続ける。
「まぁ……言われても、皇族になんかあげないけど」
そして、彼女がそう呟いた瞬間、目線の先の少女が振り返り、迷いなくこちらをまっすぐ見つめてきた。
お互いが米粒大にしか見えない程に距離が空いていると言うのに、少女はこちらに目を合わせ、まるでこちらが誰か気が付いた様に笑顔で大きく手を振ってくる。
「……まさか……私に気付いて……なわけないか、背中に目が付いてる訳でもないだろうし」
少女の行動に少し驚きつつ、彼女は椅子を半回転させて机に向き直り机に並んだ書類掴む。
そして、思いにふけるのを止めた彼女は、そのまま庶務に取りかかった。
魔法学校、中庭
夕暮れに包まれた中庭で、俺はベンチに腰かけていた。
僅かな時間とはいえ、囚われの身を経験させてしまった事を後悔しつつ生徒に声を掛けていたがここの生徒は、魔法を習っているせいか結構胆が据わっている様で驚いた。
レッドの連中に何もされなかったからだとは思うが、第一声がレッドの連中を倒した俺やリーン、正彦への賞賛だったり、俺のクラスになりたいと言うお願いだったりで、泣き出すとかそう言う生徒はほとんど居なかった。
何と言うか、頼もしいと感じてしまう程の反応に拍子抜けを受けたくらいだ。
「やっぱり、日本とは大違いか……」
「……なんだ? 故郷が恋しくなったか?」
「……恋しくならないから不思議だよなぁ」
真横から聞こえたリーンの呟きにそう言葉を返し横を見ると、リーンがコップに水を持って来てくれていた。
呟きを聞かれて少し恥ずかしくはなったのは、秘密だ。
「……ほら、水だ」
「ありがとう」
お礼を言って、リーンから水を受け取る。
すると、リーンはそのまま横に座ってきた。
既に、格好はドレスではなく執事服だが、一度女のドレスを見てしまった後だと以前は中性的に見えていた恰好だったのに、どう見ても女に見えてしまうから不思議だ。
「……何をジロジロ見ている……」
「……いや、正彦はどこ行ったかなぁ、と」
「ああ、彼女なら生徒達と共に話していた。どうやら、少しばかり話上手ではある様だな。教育者としてどうかはわからんが」
「……アイツも、一応教師枠なのか」
「僕は知らん、ただ少なくとも生徒ではない」
「……まぁ、それもそうか……ただアイツ、生徒と話してから一気に人間っぽくなったな」
先程までの正彦は、まるで俺の従者の様にピシッとしていたのに生徒と話してからは少しだけ砕けた様子になっていた。
地が出て来たという事なら、安心できる性格だから気にはしないが……。
そこまで話したところで、俺とリーンの間に少しだけ沈黙が流れる。
少しその沈黙をくすぐったく感じるのは……数時間前に、結婚を予定されてたからだろうか……。
沈黙の原因は、ただ単に話題が無くなっただけかもしれんがな。
「……なぁ、甘粕……」
「……なんだよ」
そんな沈黙を破る様に、少しだけ大人しい声でリーンが言う。
聞きなれないそんな声に、ちょっとビクッとしつつも俺は口を開いた。
どうやら、リーンも沈黙に俺と同じようなことを思っていたらしい。
「……えっと……だな……これは、甘粕が二人になったからなんだが……えっと……お前を……だな」
「……なんだ、そのはっきりしない喋りは……」
「っ……うるさい! いつもの貴様だってはっきりしないだろう!」
「いや、そこまでじゃない自信はある」
「と、とにかく! ……貴様をこれから誠と呼ぶ。強制だ、許可は得ない」
「え……あ、あー……なるほど」
少し不機嫌な声でそう言ったリーンだったが、唐突に誠なんて呼ばれて少し俺は慌ててそう返す。
なんで、変な気分になってるんだ俺は……。
「それから……だな……」
そして、俺の返答を聞いて、リーンはそのまま言葉を続けた。
「……今日は、助かった……ありがとう、誠」
「……」
少しだけ、照れながら言うリーンに俺は返す言葉が見つからず沈黙を返す。
「ま、正彦を呼んでくる。屋敷に戻るから、支度をしておけ!」
俺がそのまま何も言わずにいると、リーンはそう言って会話を区切り校舎の方に歩いて行った。
俺はその背中を見ながら、少しだけ水を飲む。
顔の赤さが治るまで……ゆっくり飲もう……。




