一件落……着!
「……それで、君の名前は甘粕正彦って言うのか?」
「そうだ、主殿」
俺の問いに笑顔で返事をする少女を今一度まじまじと見る。
きちんと整えられた黒々しい軍服。
少し飾られたカラフルな星マークが前方に来るように付いた軍帽。
この星マークは満州のマークだったか?
そして、腰に提げた軍刀は黒い鞘に納められ、白い手袋をはめている。
確かに、格好を見れば軍人らしい事は分かるのだが、日本の軍服は黒と言うより緑だった気がするし、その頭から流れる白い髪もどうだろうと思うし、それにまず女と言うのはあったんだろうか……
まぁ、俺は軍事オタクではないし、そう言う知識も乏しいからあまりズバリとは言えないが……少しばかり、俺の知る偉人とは異なる様な……。
つまり、あまりあの甘粕正彦だとは決めつけない方がよさそうだ。
そうだ、もしかすれば同姓同名とかもあるかもしれん。
「……で、えっと……甘粕さんは、軍人で?」
「ああ、そうだ。おぼろげな記憶しかないが、アタシが満州と言う地で軍人をやっていた事は確かだ」
笑顔でそう言う少女に、少しだけ頭を抱える。
自然に、さん呼びになってしまったのは、許してほしい。
こういう子供には、思わずさん呼びしてしまうのだ。
ただ、満州か……着ている服や言動から、軍人であるという事自体は嘘に聞こえないが、今時満州か……。
「……えっと……生まれは?」
「すまない主殿、実はその辺りの記憶がほぼないのだ。不思議な事に、主殿が主殿だとは分かるのだが、それ以上の事は本当におぼろげで……」
笑顔から、少し困った様な表情になる彼女だったが、どうにも嘘を言っている様には見えない。
まぁ、確かに彼女が本物の甘粕かどうかなんて、今更あまり関係のない事だから良しとするか。
日本すられていないこの場所に、甘粕正彦を知る人間が居るとは考えにくいし……。
「……そうか、それじゃあ……甘粕さん、あの建物の中に閉じ込められているこの学校の生徒達を助けるのを手伝って欲しいんだが……俺もコイツを寝かせたら行くからさ」
「うむ、承知したぞ主殿」
リーンを示しながら言った俺からの言葉を聞いて、素直に栽培園の方に移動する彼女。
その背中を少し見た後、俺は抱えたままのリーンを見る。
どうやら、少し涙が出ている所から目に入った砂は取れた様だが、緊張の糸が切れた様に眠っている。
結構な音がしたと思ったが、コイツはコイツで抱え込んでいたのかもしれないな……。
そんな事を考えていると、栽培園の方から大きな音が。
「!? ……甘粕さん!?」
「ん? どうした主殿」
涼しい顔で返事をする彼女は、まるで何かを蹴り倒した様な姿勢を取っている。
そして、よく見れば先程までそこに有ったはずの扉が消えている。
いいや、違う。
正確には、彼女が扉を蹴破ったのだ。
「……扉、蹴破ったのか?」
「ああ、いけなかったか? 鍵が開いていなかったのだ」
いや、確かに鍵は開いてなかったけどさ……こう、開けるならもっと知的にだねぇ。
それに、一応中の生徒の事とかも考慮してあげて欲しかった。
まぁ、着いて行かなかった俺が悪かったんだけどね……。
ただ、俺の頭の中で渦巻くそんな言葉は彼女に聞こえる訳はなく、そのまま彼女は涼しい顔で中に入っていく。
まぁ、でも今はとやかく言っても仕方ない。
とりあえず、リーンを寝かせて……。
「……ぅ……ふぅ……甘粕……」
「お、目が覚めたか? 目に入った砂は大丈夫みたいだな」
俺に抱かれたまま目をしばしばとさせ、ゆっくりと開いたリーンに声を掛ける。
しばらく、虚空を眺め目を慣らしていたリーンだったが、すぐに緊張を取り戻したように辺りを見渡す。
そして、辺りに転がっているレッドの兵達が目に入ったのか、驚きの表情で口を開いた。
「……お前が……やったのか?」
「あ~……まぁ、そうなるっぽい?」
「なんだ、そのはっきりしない返事は……」
俺の返答に少し不機嫌な声を出すリーンだったが、正直俺も何と言っていいのか……。
使い魔を召喚して、ワンパンしました。なんて言えば早いんだろうが中々ふざけた回答とも取れてしまう。
戦場へ行って返ってきた兵士が、魔法で空を飛んで敵のヘリを落としました。なんて言ったら、事実であっても上官はとりあえずぶん殴るだろう。
リーンが殴ってくる事はないにしても、さらに不機嫌になるのは必至だ。
そもそも、使い魔と言う単語が通じるかもわからん。
あの本に書いてあった使い魔召喚の魔法は、英語の教科書の隅に書いてある“有名魔法使いの小説の一節”みたいな書き方だったし、それ以前に俺の想像だと、使い魔って言うのはドラゴンとか大蛇とかそう言うモンスターみたいなものだと思っていたから、召喚されたのが甘粕正彦を名乗る少女だなんて召喚した自分でもなかなか信じられない。
仮に、もし仮に、彼女が甘粕正彦ならいろいろ問題も生じるだろう。
よくは知らないが、タイムパラドックスや過去改変とかそう言う事になるはずだ。
第一、甘粕正彦が女だなんて歴史と言う勉学を収めているすべての人間の頭をぶっ叩くような事実だ。
いや、これは話が逸れたか……ただ、長々と思いを巡らせて結局何が言いたいかと言えば、一体どう答えるべきかわからんのだ。
「……ペイン系の魔法で見せられている幻、ではない様だな……」
この現状を幻だと思ったのかサーベルを握ろうとしたリーンだが、扉が破られた栽培園の前に、既に何人かの生徒が解放されて居るのを見て力を抜く。
すこし心配したが、俺の言った通り生徒を解放してくれている様で安堵する。
そうだ、彼女自身に説明して貰うのが一番早いだろう。
「皇女の親衛隊が、到着した……ようには見えないな」
「ああ~……実はな……甘粕さ~ん!」
「なんだ? 主殿」
「……甘粕?」
俺の呼びかけに、ひょっこりと顔を出す少女。
同時に、リーンは俺の呼んだ名前に疑問の声を上げる。
「実はな、彼女は甘粕正彦。えっと、俺の使……ひっ」
俺の言葉は、自然と首筋に当たった剣先によって中断される。
目を向ければ、俺に抱かれたままのリーンが何故か殺気を纏っている。
「貴様……既に子供が居たのを黙っていたのか」
「違う違う違う! ちょっと待て! すごい誤解だ!」
「何が誤解だ! 貴様娘を持ちながらにして僕に結婚を迫ったのか!」
「娘も持ってないし結婚も迫ってねえ!」
「ならば、あの少女は何だ! 僕が納得する答えを言ってみろ!」
「使い魔だ! 使い魔! 納得したいなら最初から最後まで聞け!」
「……使い魔? ……ほう、聞いた事はあるな」
俺からの言葉に、少しだけ納得する様な言葉を返してきたリーン。
一応、使い魔と言う単語は通じる様だ。
というか、結局こんな目に遭うなら、先程素直に言っておけばよかったかもしれない。
だが、そのままリーンは言葉を続けた。
「だが、あれは物語上の物だろう? 実在するとは聞いたことがない。下手な嘘はつくな!」
「いや、事実だ! 剣を下げろ! 俺がお前を抱き上げてる事思い出せ!」
俺の返答に納得してくれたのか、しぶしぶ剣を下げる。
そして、俺もこれ以上抱えているのも辛かったのでリーンを降ろす。
コイツ……あのまま寝ててくれた方がどれだけ楽だったか……。
「というか……使い魔なら助けてくれよ……」
「む? 今のはスキンシップではないのか? 彼女の刃に力がこもっているとは感じなかったが……」
キョトンとしながら言う彼女に、俺は小さくため息を吐くも物語上の物、という言葉を思い出して再び俺は彼女を見る。
俺達のすぐ前で微笑みながら立っている彼女は、確かに恰好だけなら軍人と言えるが、どこか物語めいているのも事実だ。
先程の化け物じみた一撃や、扉を片足で破る少女とは思えない力。
というか、俺の中では軍人自体が既にどこか物語めいている訳だが……そこは置いておこう。
「夫婦漫才はその辺にしときなさい」
「この声は……」
「お嬢様……」
そして、そんなやり取りの最中、後方から聞こえた声に俺達は振り返る。
そこには、真っ赤なドラゴンに乗って地面に降り立つマレスの姿があった。
全く羽音なんて聞こえなかったが……きっと何かの魔法だろうか……。
というか、今まで何処に居たのかと小一時間問いただしてやりたい気分が俺の中で沸き起こるが、マレスがまともに話をするとは思えなかった為、諦める。
そして、マレスはそのまま歩いてこちらに来ると、いつものニヤリと笑った表情を浮かべて口を開く。
「甘粕、リーン、そしてよく分かんないけど新入りの貴方。よくやったわ」
「よくやったって……お前な……」
「大変だったのはわかってる。レッドの軍隊なんて、私でも相手にできないわ。でも、代わりにそれなりの対価は得られたわよ」
「……それなりの、対価?」
俺が言葉を返すと、マレスはそのまま静かに俺を指さし、口を開いた。
「まず甘粕、アンタにはベルの永住権が与えられるわ。国家防衛に貢献した褒美」
「お、う……」
その指に思わず、言葉を圧されてしまい俺は首を縦に振る。
そして、そのままマレスは指をリーンに向けて言葉を続ける。
「それから、リーン。貴方には、別途国から褒美が出るはずよ」
「褒美、ですか」
最後に、指を少女に向けてマレスは口を開く。
「……最後に、貴方」
「あ…… アタシか」
マレスの言葉に全く動じずに微笑んだまま答える少女。
「貴方、名前は?」
「アタシは甘粕正彦だ」
「ふ~ん、なら甘粕、ってどっちも甘粕か……こっちの男との関係は?」
「主殿と使い魔だ」
「つまり、彼と同じニホンから来た訳?」
「その辺については、あまりはっきりと覚えていないが、最後に居たのは満州と言う地だったはずだ。だが、そこはどうあれ私も主殿と同じ場所から来たと思ってもらっていいだろう。」
「ふ~ん……マンシュウ……ねぇ……また、聞いたことのない国名だし、使い魔とも来ると……」
そして、すこし悩む様にしながら言うマレス。
マンシュウとかちょっと変な発音になっているが、もはや何も突っ込むまい。
「……なら、貴方も永住権がよさそうね。彼と一緒に居る役目みたいだし」
そして、甘粕正彦と会話を終えると、マレスは再び俺に指を向けた。
そんな簡単に受け入れていいのかと思ったが、俺がその第一人者だったので何も言えなかった。
同時に、悪魔的な笑みでこちらを見る。
「……なんだよ……」
「喜びなさい、結婚式は取りやめよ。永住権は手に入ったし」
「……まぁ、だろうとは思ったがお前なぁ……」
「あら? なに? もしかしてもうリーンとそう言う感じに」
「いや、そうじゃないが俺達の気持ちって言うのも考えてくれよ……結構短期間とはいえ、いろいろあって仲は良くなってたんだぞ?」
「なら、むしろゼロから歩んだ方が良いかもしれないわよ? やっぱり前段階は大事よねぇ」
「な……お前がそれを言うかぁあああああああ!」
「はいはい怒らない怒らない。それに、私だけの責任じゃないわ。皇女様も事実来れなくなったんだから」
「いや、500%くらいの割合でお前の責任だからな!」
「別に、良いじゃない、もし結婚したくなったら言いなさいよ。学校経費でやってあげるから。あ、でももうすぐ新学期始まるし半年は無理ね~。」
「この……悪魔が……」
「ほら、早く生徒達の心身ケアに行きなさい甘粕先生。私も、雑務雑務で忙しいのよ。あと新入り甘粕の呼び名考えないとね」
「待てこの!」
そう言って、校舎の中に消えていくマレス。
そんなマレスに俺は腕を伸ばして叫ぶが、その言葉は気持ち良いくらいに無視され、寂しく木霊するだけであった。
「くっ……この……」
伸ばした腕を見ながら、俺は思い出す。
強制的に結婚を決められ、葛藤し、ちょっと甘酸っぱい経験もし、吊り橋効果まであり、結婚でも別にいいとすらチラリと思い始めて居たら、結婚取りやめ……確かに、急だったけどさ……別に、リーンに嫌われた訳では無かったけどさ……。
そして、俺の肩にリーンの手が優しく置かれた。
「アレが、お嬢様だ」
「すっごい納得いかねえええええええ」
俺は蘇る思い出に涙しながら、リーンと甘粕正彦と共に栽培園の中に向かった。




