決着の使い魔
魔法学校 栽培園入り口。
隠れながら移動を繰り返し、学校の敷地を約半周して俺達はその場所に到着した。
そして、建物の目の前に鎮座する見張りを建物の影の茂みから眺める。
見張りは一人だが、そこから伝わる警戒心からどうやら生徒がここに居るのは間違いないらしい。
先程の会話を聞いてから経った時間からするに、そろそろ俺達の不在が知れてもおかしく無い頃だ。
大男の影が無い事実から、どうやらまだの様だが……。
ただ、これ以上時間を掛けられないのは事実か……。
「……いけそうか?」
俺は、見張りの視界がこちらに向いていない事を確認しながらリーンに質問を飛ばす。
そして、正門の方に居る一人の敵に目を向けていたリーンは小さく頷きを返してくる。
移動してくる間に、手筈は考えてあった。
シンプル、かつ迅速な正面突破だ。
正直、リーンのサーベルだけが頼りとも言えてしまうのだが、光や音の出てしまう魔法が使えないのは知っての通りだ。
「それじゃあ――行くぞ」
そして、一気に茂みから駆ける。
「っ……!?」
茂みから出た時に発生した音から、見張りがこちらを向くがその意識はまだ戦闘に入っていない。
「ふっ!」
小さく息を吐き出す様な掛け声とともに、リーンが剣を振るう。
的確な急所を斬り裂いたその一閃で、断末魔すら上げることは無く見張りは倒れる。
そして、そのまま俺達は栽培園の扉に駆けよる。
身を隠す物がない為、敵の視界に入れば一発でアウトと言えるだろう。
リーンは扉に触れ、何かを探り俺は背後を警戒する。
「……くそっ……鍵が掛かっている」
「まぁ、普通はそうだろうな……俺達の時も鍵は掛けられたし」
リーンの呟きに、俺は言葉を返す。
だが、やはり力で破ると、内部に敵が居た場合気付かれる。
どうするか……なんて問いの答えはすぐに出た。
俺達は、すぐ傍で力尽きているローブの人物に目を向ける。
あの人物を探れば鍵を持っていてもおかしくない。
どちらがそう言う訳でもなく、思考が一致していた俺達はその遺体に歩を進めた。
左右や後方に、警戒しながらゆっくりと進む。
「……どうやらベルにも、ずいぶん勇敢な輩が居た様だな」
だが、あと一歩と言う所でどこからかそんな声が飛んできた。
その声が大男の声だとは理解できたが、どこからの声かは理解できなかった。
「っ……! 下がれ! 甘粕!」
一瞬後に、リーンの叫び声。
だが、その叫びを理解する前に空中から落ちてきたソレは俺達の間を裂く様に地面に突き刺さる。
いいや、言葉通り間を引き裂いていた。
その物体は、俺とリーンを繋いでいた手錠を鎖の部分で真っ二つに粉砕していたのだ。
チラリと視界を向けたところ、降ってきた物体が巨大な斧だと理解して、冷やりと寒気を感じる。
「おや、手元が狂ったか……だが、手錠が有ろうとなかろうと、ベルの教師など脅威ではないか」
そして、その声が上からの物だと理解した俺は視線を向ける。
だが、上に向く俺の視界と反対に落下してくるそいつを俺は捕えられないでいた。
唐突に上がった土煙に、一瞬目を塞ぐ。
そして、目を塞いでから俺は目の前にそいつが落下してきた事を把握した。
すぐに、目を開き、目の前に落下してきたそいつを見る。
見れば、リーンは目に砂が入った様で強く目を瞑ったままもがいている。
「リーン!」
そんなリーンに駆け寄ろうとした瞬間、偶然耳が捉えた風音に俺は飛び込む様にリーンを押し倒した。
地面に倒れ込む様にしながら、俺はその風音が地面から抜いた斧を横凪に払った大男の一撃から起きたのだと知り、息を呑む。
あんな大斧をまるで木の枝の様に軽々振るう大男に、絶望に近い物すら感じていた。
同時に、再びヒヤリとする感覚。
それが、大男が振り上げた斧による物だと知った時、俺に出来る事など何もなかった。
「オラァ!」
大男の叫びと同時に、俺達に振り降ろされる斧。
それは、まさに必死の一撃。
触れた物全てをミンチにする程の威力を放つ攻撃。
避けなければ、死ぬと分かりきっている攻撃。
だが、俺達はその倒れこんだ様な体勢から動くことが出来ない。
迫る一撃に、俺は目を瞑るしかできなかった。
だが、次に聞こえたのは金属と金属がぶつかる様な甲高い音。
大男が斧を外した?
そんな疑問が浮かぶが、それはあり得ないと自分が一番分かっていた。
ここは、芝生のど真ん中で、あの斧を受けられるような遮蔽物は無いのだ。
抱きしめているリーンが弾いたと言う事も無いだろう。
つまり、俺達にとってその斧は必中の一撃だったはずなのだ。
だが、俺に迫った一撃はいつまで経っても俺の体へは襲い掛からない。
恐る恐る目を開け、静かに上を見る。
すると、少し頭上に男の斧が見え一瞬ぎょっとするもその斧はその場所で静止している。
まるで、見えない壁に遮られて居る様に。
「っ……防壁……だと」
大男の驚きの呟きに、俺ははっとしてリーンに声を掛ける。
「大丈夫か? リーン」
「ぐ……ぅ……すまん……目を開くのは……無理そうだ」
どうやら、尖った砂が目に入った様で目を開けずにもがくリーン。
そんなリーンを抱き上げて、俺は立ち上がる。
「大丈夫だ、今は休め」
「そうさせて……貰おう……」
そして、そう言って男に向き直る。
男の斧は、俺の周りに張った壁に未だ遮られている様で、俺が立ち上がるのと同時に上昇していく。
「……ほう……がっはっはっはっはっはっ、まさかベルにこれ程の人材が居るとはな。久しぶりに、血がたぎるわ」
そう言いながら、再び軽々と斧を持ち上げる大男。
そして、先程の轟音でこちらの存在に気が付いたのか、あちこちにばらけていたローブの人物が俺達を囲む様に駆けつける。
「ベルの戦士、いや教師か? 名は何と言う?」
「……こういう場合、名乗るのは弱い方からって決まってないか?」
「ほぅ……貴様は、女を抱いて両手が使えずとも我等より強いと?」
「だって、実際俺まだ何もしてないのに、そっちは斧使って手が出ないんだろ?」
「……ふっ……もうよい、惜しいが名前を聞くのは止めだ!」
相当短期なのか、斧を叩きつけてくる大男。
そのタイミングに合わせて、俺達を取り囲んだ男達も剣を振るってくる。
だが、その全てが俺の周囲に貼られた見えない壁に弾かれ、停止する。
詠唱した覚えのない防御魔法だが、発動しているのだからそこはどうでもいいだろう。
事実、無意識の内に防御魔法を発動する事案は本にも書かれていたし不思議なことは無い。
ただ、防御魔法には今の俺には都合のいい法則が一つある。
「……いいことを教えてやるよ。防御魔法ってのは、使用者がある程度リラックスするか防御魔法を無効化、貫通するアタック等の魔法が無い限り、解けないんだよ。その法則のせいで、子供が防壁魔法を発動させて問題になる事がたびたびあるくらいにな」
「っ……そんな……この装備には……魔法無効化の魔法を付与してあるはずなのに……」
俺の後方のローブの男が、困惑する様にそう呟く。
「付与魔法についてはまだ詳しく知らないからあまり言えないが、付与魔法詐欺って言うのがあるんだってな。おまえら、騙されたんじゃないのか?」
「ぐ……ぐぅぅっ……だが、防御ばかりではこちらが負けないのは同じ事!」
そう言いながら、斧に体重を掛ける大男。
確かに、それは事実だ。
均衡を保っている、と言える状況だろう。
「だけど、俺がこのまま粘り続ければ、ベルの軍人の仕事になるだけな気もするが? もはや、レッドの軍隊でも奇襲を掛けられる程の余裕はないだろう?」
「ハッ……こちらには生徒が居る! 逃げ出した学校長は置いておいても、結局貴様も防御魔法ばかりで手が出せないのなら捕虜と変わりはない! 貴様の前で、生徒を嬲り殺してやればその余裕も消えるだろう? おい、生徒を連れてこい!」
そして、大男は俺に斬りかかる一人の部下を栽培園の入り口に向かわせる。
どうやら、外から向かわせる所を見るに栽培園の中に敵はいないようで、生徒達は本当に無事なんだろう。
内部に敵が居る場合は、合図を出すだけでいいはずなのだから。
そこだけは安堵を得たが、同時にその言葉を引き金に俺の中で何かが弾けた。
「……生徒を出したからには、覚悟を決めろよ?」
「……あ?」
大男は、俺の言葉に疑問を飛ばす。
俺は、大男に詰め寄る様にして口を開く。
「教師にとって、生徒の重さはそんなに軽くないって言ってるんだ」
瞬間、俺の視界が白に染まる。
そして、同時に流れる様に頭に浮かぶ見覚えのない模様の様な文字。
その文字を、読み上げる事は出来なかったがそこに込められた意味は理解できた。
守りながら攻めるには、人間の腕は少なすぎる。
ならばどうするか……。
必要な腕を喚べばいい。
圧倒的な守りの者には、圧倒的な攻めの腕を。
そして、次に口にするべき単語が浮かんできて俺ははっとする。
それは、一度本で読んだ魔法。
説明書きからふざけた魔法だと思っていたが、こんな所で世話になるとは思ってなかった。
そして、俺の頭の中を文字列が流れ終え、視界に色が戻る。
それを合図に、俺は口を開く。
「イッヒ・リーベ」
やはり、声は潰れたラジオのノイズの様な音。
だが、その声は確実にそう言った。
同時に、小さく風が吹いてから何かが俺の目の前に現れた。
赤く輝くの円形の何か……。
それは、空中に突如として現れた何かとしか言えないもの。
だが、そこから溢れ出る様にして現れた黒い人型から、俺はその光の意味を理解する。
それは、使い魔の召喚のゲートなのだと。
「な……なん」
大男の驚きの声より先に、その黒い人型が手に持った何かを振るった。
そこから生じた爆発としか言えない攻撃に大男が面白い様に吹き飛ぶ。
同時に、その爆発から発した衝撃波によって、俺達の周囲に居たローブの男たちすらも次々に吹き飛び、壁に激突していく。
その一撃が、その黒い人型の何かの持つ刃による物だとは、目の前で見て居なければ信じられなかっただろう。
刃で放つのだから斬撃、と言う前提を覆された錯覚すらある一撃。
その黒い人型の放った一撃はもはや、斬撃と言うよりも爆発だったのだから。
俺も、目の前に張られた防御魔法が無ければ無事ではないだろう。
そして、目の前で立ったままのその黒い人影は小さく息を吐いた後、口を開いた。
「……我……ワッチ……ワタクシ……私……アタシ……ふむ、アタシ、アタシだな」
それが、少女だと察知できたのは最初に発した声を聞いてからだった。
まさに、圧倒的な風貌で立つその少女は、真っ黒な服と帽子をかぶり、その服と相対的な白い髪を流れる様に纏った少女。
その少女は、自分の一人称を確認する様に呟くと、納得したように何度もアタシと呟きながら大男に近付く。
「な、何だ……お前は……」
大男が、怯えた様にその少女を見て言う。
牙を抜かれた様なその様は酷く滑稽で、正直写真があるなら撮ってやりたいくらいだった。
そんな怯える大男に、少女は笑いながら刃を振り上げる。
「アタシの名は甘粕正彦、主殿に召喚されし使い魔だ」
そして、そう言い放った後、少女はそのまま刃を男の首筋に振り降ろす。
「ッ……」
何も言わずに大男は絶命した。
そして、それを見届けてから少女は思い出した様にこちらに目を向ける。
「さて、主殿、これで十分か?」
くるりと振り返り、笑顔をこちらに向ける少女。
正面から顔を見るが、整った顔つきで中学生程度の外見だろうか……。
そこに、先程男達に向けていた威圧の様な雰囲気はない。
主殿と俺の事を呼んでいるのは間違いない様だが……。
この子が……甘粕正彦……?
その名前の人物を想像した俺は、最早言葉が出ない。
甘粕正彦、それは下手をすれば歴史の教科書に載るほどの人物。
大物かどうかは置いておいて、とにかく結構有名と言えるはずの名前。
そして同時に、俺のご先祖様だ。
ただ、俺の知識では……彼は男性のはずで……。
「主殿?」
すごく純粋な目でこちらを見て俺の返事を待つ少女。
そして、俺は一度辺りを見渡して周りに散乱して瀕死の状態に陥っているローブの男達に目を向ける。
確かに、俺は生徒を出されて怒りはしたが……これは……なんと言うか……
「ちょっと……やりすぎ?」




