反撃のチャンス
男の一声で、その場に居た俺達を含む人間は拘束された。
抵抗する事は出来たが、生徒に危害を加えられかねないと判断し大人しく拘束された。
結果的に、丁重とまでは言えないが拘束された生徒達はただ学校のどこかに連行されるだけだった。
連中は本当に抵抗しない人間を殺す気はないらしい。
生徒の中にも強く抵抗する者はおらず、ひとまずは安心したが生徒と教師を一か所に固める事を恐れたのか、俺とリーンは生徒達とは別の外れにある物置小屋に連行された。
目を開けていても、閉じていても変わらない様な暗くほこり臭い空間の中で俺とリーンは地面に腰かけていた。
リーンの白いドレスは恐らく汚れてしまうだろうが、この物置小屋では立っていようと座っていようとあまり変わらない。
さらに、俺の左腕とリーンに右腕を繋ぐ様に止められた石の手錠のせいで立っていては満足に動けないでいた。
手と手が触れ合う程の長さしかない鎖にずっしりと重い石。
持ち上げるのだけでも大変なのは分かっていただけるだろう。
「……間違いない。連中は、隣国レッドの軍隊だ。馬車からは読み取れなかったが、あの大男はいろいろと有名なレッドの幹部だ」
「……レッド?」
唐突に、沈黙を破ったリーンの言葉を俺は繰り返す。
隣国、という事はそのままの意味で国の名前になるんだろうが。
レッド……赤?
「ああ、魔法国家レッド。軍事に特化した魔法国家で魔法はもちろん近接戦闘も得意とする軍隊を持っていて、その戦闘力は正面衝突では最強と言われる程だ。貴様の国までは、噂は及んでいない様だが」
噂どころか、国名すら聞いたことは無かったが、それを言うならベルもそうだった為今は無視する。
「なんでそんな隣国の軍隊がここに……? 戦争中なのか?」
「いや、正確には戦争中ではなく戦争直前と言うやつだ。かなり昔からな……ただ、今回の件で最早直前とは言えなくなったのも事実か……」
「何が原因で戦争直前に?」
「それは知らない。僕の様なただの一執事兼教師が、そんな事情を知るはずが無いだろう。お嬢様なら別かもしれないが」
まぁ、確かにそれは無理も無い話だった。
昨日知ったが、ここにはネットもテレビも無い。
魔法通信という電話の様な物はあるらしいが、基本的な通信手段は手紙らしい。
つまり、一個人が得られる情報などほとんどないのだ。
「……この状況は、好転すると思うか?」
「さあな、だがそれは僕らの仕事ではない。軍人の仕事だ」
まぁ、そりゃごもっとも……。
ただ、ここで助かるのを待っているのはどうにも腑に落ちない。
「でも、お前お嬢様のピンチだぞ? お前執事だろ?」
「ああ、執事だ。だが、軍人ではない。僕らが出て行って何になる? こんな石の手錠を付けられた状況で出て行けば、的になるのが良いオチだ。それに、下手な抵抗は生徒に危害が及ぶ原因になるだろう。」
「お前、マレスがこんな状況で大人しくしてると思うのか?」
「お嬢様は聡明な方だ。生徒に危害が及ぶ馬鹿な真似をする訳ないだろう」
マレスが聡明かどうかは置いておいて、たぶん大人しくしていないと思う……めんどくさい方向に怒りそうだから言わないけど……。
「それにお前、この状況ってこっちの軍隊にとっては奇襲だろ? 皇女が来たらそれこそ相手の思う壺だと思うが」
「ベルの軍隊は、確かにレッド程ではないがそこまで無力ではない。貴様が下手に出るよりは格段にマシだ」
ああリーン、どこまでもまっすぐ真面目な教師よ。
確かに間違ってはないんだけど、その真っ直ぐさはへたれとも取れるぜ。
男だったら思わず殴っちゃいそう。
というか、コイツ男になりたいとか言ってたな。
確かに、俺の選択は教師として言えば頭の悪い選択かもしれないが、男として見れば何もしないなんて男が廃ると言う物だ。
「……なぁ、リーン。お前、男になりたくて執事の格好してたんだろ?」
「……何だ、この非常時に……」
「非常時だからさ。お前は、男にどうしてなりたい」
「それは……父や兄への……ちいさな反抗さ」
「……反抗?」
少し恥ずかしそうにして、そう答えるリーン。
よし、これは釣れる。
「兄は……ベルの軍隊に居るんだ。それも、皇女様の親衛隊と言う凄く名誉ある階位に。今日だって、皇女様の警備を兼ねて結婚式に来る予定になっている。僕も、そんな兄に憧れて軍隊を目指したかったが、僕の父や兄は女と男を区別するタイプの人間で」
「……軍に志願させて貰えなかったと?」
俺が言葉を返すと、小さくため息を吐いてからリーンは口を開いた。
相当に、悔やんでいる思い出らしい。
「ああ、父と兄二人揃って大反対さ……取りつく島もなかった」
「そこから、教師になったのか?」
「いいや、教師は後だ。最初は、執事になった。先代の学校長に誘われてな」
「へぇ……」
「……まぁ……僕も今日で女になってしまうが……」
軽く返事をした所、消え入りそうな声でリーンがそう呟くのが聞こえてきた。
おそらく、この閉鎖された無音の空間でないと聞き逃している様な小さな声。
本人も、独り言のつもりで言ったんだろうが俺にはその声はハッキリと聞こえていた。
同時に、俺の中で決心がついた。
「なら、行くぞ」
俺は、リーンにそう返事をして立ち上がろうとする。
俺の動きに合わせて、手錠に繋がれたリーンも一緒についてくる。
「うわっ……なんだ貴様、急に立ち上がるな! それに、さっきも言ったが生徒に危害が」
「拘束されたんだから生徒に危害はもう出てるだろ。確かにこれが軍人の仕事だ、だがここは学校だろう? 俺達が守らないで誰が守る」
「敵は少数と言えど軍隊だ、それもレッドのな、真正面から相手にして勝てる相手ではない」
「誰も、真正面から相手になんかしない」
「真正面から、相手をしない? なら、どう相手にするんだ」
「そんなもん、後ろから忍び寄ってこの手錠でゴツンだ」
「そんな姑息な手が通用するか!」
「やって見なきゃわからないだろう! それに、男になりたいんだろう? これくらいの度胸の無い奴が男にはなれん」
「僕は、そんな姑息な手を使う男にはなりたくない!」
「大丈夫だ、男は6割の下品と3割の姑息と1割の優しさで出来てる」
「それは貴様だけだ!」
「ほら、つべこべ言わずに行くぞ!」
「断固阻止! 貴様に従っていたら生徒に危険が及ぶ!」
リーンの抗議に俺も言葉を返し、言い合いはどんどんとヒートアップしていく。
同時に、お互いの声は知らず知らずのうちに大きくなっていき、最後にはお互いに手錠で引っ張り合う様な形になる。
「行かせんぞ!」
「くっ……兄貴が来るんだろ?! 見返すチャンスじゃないか!」
ギリギリと音を立てる手錠の鎖を引き合いながら、俺とリーンは睨み合う。
暗い部屋だが、既に目が慣れていたため自然とリーンの表情は見えた。
だが、次の瞬間、勢いよく鍵が外れる音がして扉が開く。
「なっ……」
「うぉっ!?」
その音に、気を取られたリーンが腕から力を抜いたせいで力を込めていた腕が勢いよく振り上げられる。
同時に、俺の胸元に飛び込む様に引き込まれるリーン。
突然自分のすぐ目の前に引き寄せたドレス姿の彼女の足に躓き、俺はバランスを崩し、綺麗に倒れる。
高く振り上がった手錠で繋がれたお互いの腕は、そのまま俺達が倒れるのと同じように弧を描く様にして振り降ろされる。
「うるさいぞ!何を騒いで――」
そう言いながら扉を開けて入った来たローブの人物の頭は、まさに振り降ろされる手錠の真下だったのは言うまでも無い。
そして、同時に響き渡る鈍い音。
もし、これがある番組なら男の頭から緑色の旗が立っている程綺麗にその一撃は決まっていた。
石の手錠を脳天に喰らい、倒れたローブの人物を見下ろしながら、俺とリーンは目を合わせる。
「……」
「……」
そして、お互い何も言うことなくローブの男の体を二人で持ち上げて物置小屋の奥に放り投げる。
ぐえっと言う断末魔が聞こえた気がしたが気のせいだろう。
辺りに誰もいない事を確かめてから外に出て、物置小屋の出口を閉める。
そして、数分ぶりの外の空気を吸いながらリーンと目を合わせる。
「最初の共同作業になりそうだな」
「皇女様が参られる前に片付けるぞ」
どうやらリーンも吹っ切れた様で、俺の言葉にそんな言葉を返してきた。




