真昼間の襲撃
学校長マレスの屋敷 甘粕の部屋
朝の涼しげな気温と鳥のさえずりが耳に響いて、俺は少しだけ意識を覚醒させる。
薄く目を開き、目に映る見覚えのない眩しさに少し呻くも、昨日マレスの屋敷に泊めてもらった事を思い出しぱちぱちと瞬きをしながら目を開く。
「……あれ……」
そして、目に映った光景に俺は小さく疑問の声を上げる。
本来、ベッドに寝ている場合目を開けて映る物は天井か横向きの壁だろう。
だが、俺の目に映ったのは壁と何人ものメイドとにやりと笑みを浮かべたマレスだった。
「おはよう、よく眠れたかしら?」
「俺は昨日……立って寝たんだったか?」
「いいえ、ベッドで寝ていたわ。もうちょっと寝てればよかったのに」
「……」
マレスの一言に思わず黙ってしまう。
このお嬢、本当に油断ならない……。
なんてことを考えながら、俺は自身の現状を確かめようと右方向に何故か置かれた鏡に目を、向ける。
そこに映っている俺は、昨日風呂上りに借りた寝巻のままいつも通りの髪型で特に代わり映えが無い様に思えたが、その俺の両手首と両足首に青い光が纏わりついて空中に大の字に拘束されている現状だけは隠しようがない異常だった。
もはや、魔法やらいろいろ初体験しすぎてあまり驚かなくなってきているが……。
「……質問を換えよう。なんで俺は空中に拘束されてるんだ?」
「あー、昔からのしきたりよ。結婚する前の男を拘束して花婿衣裳に着替えさせるの」
「嘘吐け! 一瞬考えただろ!」
「考えてないわよ。昔からの伝統よ? 貴方達も知ってるでしょ? このしきたりはやっぱり外せないわよねぇ?」
「「「はい、お嬢様」」」
マレスからの言葉に、声を揃えて返事をするメイド達。
感心するくらいのご主人様への信仰に少しだけビビる。
やっぱりまともに反論する余地はない様だ……。
どうあがいても、着替えさせられるんだろう。
「というか、このメイド達はどこに居たんだ。一晩過ごして全く見なかったぞ」
「知らないの? 本物のメイドは、必要な時以外姿を見せないのよ? その辺を歩いてる姿が見える時点で二流メイド」
「マジで!? って言うか、すごい勢いであらゆるメイドに喧嘩を売った気がするが……」
自信満々に言うマレスの後ろで、爽やかな笑みを浮かべるメイド達。
確かに、その雰囲気はまさにメイドという感じだが……。
「という訳で、無駄話してる時間はないわ。さ、貴方達やってしまいなさい」
「「「はい、お嬢様」」」
「おい、ちょっと待て何を……」
そして、続けられたマレスの一言でこちらに近付いてくるメイド達。
唐突な動きに、一瞬だけ体を強張らせたがもはや抵抗しても何もないだろう。
俺は、無抵抗のままメイドに囲まれる。
「失礼いたします、甘粕様」
そして、目の前のメイドがそう口を開いたと思った途端視界に布の様な物が当てられ暗転する。
「な……」
思わず声を上げるが、その声が終わるより早く目から布が外される。
そして、飛び込んできた眩しさに俺は目を瞑る。
目覚めた時と同じように、目をゆっくりと開いて目を慣らし辺りを見る。
「あれ!?」
そして、視界に飛び込んできた光景に思わず大声を出す。
「何ぼさっとしてるのよ」
先程と同じように前方に立つマレスにそう言われて、俺はキョロキョロと辺りを見る。
既に、拘束は解かれており楽な格好だ。
だが、俺は周りに広がる光景に驚きを隠せない。
「俺……さっきまで部屋に居なかったか?」
「そうね」
「で、何で目を開いたら学校に居るんだ?」
「ふっ……一流のメイドが成せる技よ。メイドは主人を待たせたりしないの」
そう、俺は既に学校の中庭に立っていたのだ。
マレスの自信満々な言葉が真実なら、最早すげえを通り越して怖いんだが。
あの屋敷から学校まで、全力疾走してもあの一瞬じゃ無理だ。
魔法と言う線も考えたが、それにしても早いだろう……いや、実際はよく分からんが。
まさか、俺だけ時間を一瞬に感じる魔法か薬でも打たれてないだろうな……。
「それより、アンタのその花婿衣裳、割と似合ってるわね」
「え……? おお……」
そう言われて、俺は自分の体を見る。
すると、そこには先程の寝巻ではなく白いインナーに黒いローブと言う魔法使いらしい服が着せられている。
タキシードを想像していたが、それとは少し違うようだ。
「……これが」
「魔法学校で行う結婚式だから、魔法使いのローブよ。教師用のね。ここでは、それが正装だから。これはアンタの分、大切に使いなさい」
なんだ、そう言う事か……。
まぁ、確かにそう言うのはあるかもしれん。
日本ではタキシードや和服が正装なように、ここではこれが正装なのだ。
郷に入れば、郷に従えって言うやつだ。
確か、昨日戦った男もこれに似たやつを着てた気がする。
服はあのすこし汚れたスーツしか持っていなかったし、実際ありがたい。
「……それで、リーンは?」
「まぁ、待ちなさい。ほら、あそこ」
そして、マレスは中庭のかなり離れた位置を指さす。
見れば、そこには沢山の人が集まっており、談笑したり駆け回ったりしている。
その服装から、どうやらみんな生徒の様だが……。
「春期休暇中に、残ってた生徒達よ。別に、集めた訳じゃなかったけどね」
「……なるほど」
だが、俺の視線はある一点で止まる。
そこに有ったのは、黒い服の中で輝く様な白い服を着た女性。
その女性は、離れてみても十分に目が留まるほどの魅力を放っていた。
「……あれ? 本当にリーンか?」
「うわー、新郎がそう言うこと言う? 生徒皆に同じように言われてるのよ、あの子」
「唐突に決めたのは誰だ!」
「男なら、そんな小さい事気にしない気にしない」
「ぐっ……お前、絶対敵を作るぞ」
「もう素敵なくらい居ま~す」
そう言って、人ごみのほうに歩いていくマレス。
くっそ……なんかペースが乱される。
そんな事を考えながらも、俺はマレスの後に続いて歩き出す。
「あ、あの……甘粕先生!」
「ん……?」
そして、人ごみに近付いた俺を呼ぶそんな声に俺は声の方向に視線を向ける。
すると、そこには少しだけおめかししたサチコの姿があった。
「ああ、サチコじゃないか。昨日ぶりだな」
「はい、昨日ぶりですね。甘粕先生、御結婚おめでとうございます」
「ああ、ありがとう。と言っても、唐突に決まった事で俺もあんまり実感沸いてないんだけどな……」
「でも、私お二人はお似合いだと思いますよ」
何と言うか、悪気のない言葉が何故か心に刺さる。
騙してるみたい、というのか……謎の罪悪感が……。
そもそも、全てあの学校長……ではなく住民権を持ってない俺が悪いんだったな……。
「どうしたんですか?甘粕先生」
「い、いいや……何でもないんだ」
心の痛みにダメージを受けている俺に心配の言葉を掛けてくれるサチコ。
本当、いい子なんだよなぁ……。
そして、そんなやり取りをしているとサチコを呼ぶ声が離れた位置から聞こえてきた。
「あ、友達が呼んでる。すみません、私はこれで」
「ああ、ありがとうな」
そう言って去っていくサチコに、お礼を言って見送る。
サチコは、少し離れた位置に居る緑色の髪の少女の位置に戻っていた。
かなり歳の差はありそうだが……あれが友達か……。
何となく、サチコの友達を見れて安心した俺が居た。
いや、別に友達居ない心配をしてたとかじゃなく。
「おい、貴様。やっと現れたか」
「……この声は……」
そんな背後からの声に、俺は振り返る。
そこに居たのは、勿論予想通りの美人な女性。
真っ白なウェディングドレスに身を包んだリーンだ。
やはり、その美しさは男が十人いれば十人とも美しいと言うであろうと自信を持って予想できる程だ。
……不思議といつも通り不機嫌な目線を除けばだが……。
「いつも通り不機嫌そうで……」
「当たり前だ、皇女様が今にも参られるかもしれないのにいつまでも会場に現れないとは何事だ」
「ど、どうどう……悪かったって……これでも、焦ったんだぞ?」
「焦っても事実ギリギリなのだから意味がないだろう」
「そんなに早く来るのか?」
「そうだ、もう見えられる頃だろう」
リーンが、そう言いかけた時俺達の前方の門の向こうから馬の蹄が地面を蹴る様な音が聞こえた。
「ほら、噂をすればだ」
そして、その音を出迎える様に周りの生徒達は門の方に駆けていき、丁度門から伸びる道を作る様に左右二つの人ごみに別れて馬車の登場を待ちわびる様な歓声を上げていた。
程なくして、門の向こうから凄まじい勢いで真っ黒の馬車とその馬車を引く真っ黒の馬が学校内に駆け込んできた。
何と言うか、黒い色に少しだけ違和感を覚えたが、まぁ……皇女様の馬車なんてどんな色でも変わらんだろうと勝手に脳内で納得をしていた。
「すごいな……あんな真っ黒の馬車に乗るって事は結構変わった趣味の皇女」
「……違う」
「え……?」
俺の言葉に被せる様に、リーンが言った言葉に俺は疑問を飛ばす。
そして、ほんの一瞬してから俺達と生徒達を囲む様に爆発が起こった。
「なっ……なんだ!?」
咄嗟に、現状を把握しようと辺りを見渡す。
「囲まれた」
「……何?」
俺のすぐ横でリーンの呟いた言葉に、口だけで反応しながら一つの爆発の方向を見ると爆発の起こった地点には黒いローブの人影が立っていた。
そして、俺達を囲む様に起こった爆発の位置全てに、同じ様な人影が立っていることを把握するのに、さほど時間は必要なかった。
生徒の中から、ちらほらと疑問の声が上がり、その小さな疑問の声はだんだんと大きくなっていく。
このまま、パニックかと思われたその時――
「全員、動くな」
場を凍りつかせる様な野太い声と共に真っ黒の馬車の扉が開いた。
のっしりと言う効果音がまさに合う様な動きで馬車の中から現れたのは、身長二メートルはあろうかという大男。
片腕には、人間の持つ者とは思えない程の大きさの斧を掴んでいる。
「大人しくすれば、殺しはしない」
大男は、言いながら斧を乱暴に肩に担ぐと俺達を囲む様にしているローブの男達に何か手で合図をする。
そして、付け加える様に大声で指示を飛ばした。
「全員、拘束しろ。ベルの皇女が来るまで待機だ」




