マジで結婚する五秒前
学校裏、館への山道。
俺は図書館からの帰り道リーンに呼び止められ、共にマレスの屋敷に向かって朝通った山道を歩いていた。
特に会話がある訳でもなく二つの足音だけが既に日も暮れ真っ暗な山道に響く。
別に、話す予定も無かったので口を開かなかったのだが、やはり無音だと勝手に思考してしまうのが人間だ。
そして、そんな俺の思考に浮かんで来るのは横を歩くコイツとの結婚の事で……
「……なぁ……」
「なんだ?」
そんな浮かんできた思考を振り払う様に、口を開く。
別に、唐突に決まった事だし恥ずかしがる要素などないのだが何故だか落ち着かない。
対するリーンは、全く気にしていないのかもしくは完全に諦めているのかいつも通りの声色だ。
「実は、今日図書館に行っていたんだが」
「ほう……つまりマカ・タステンに会った訳か」
「ああ、会った会った。あの、サファイアの髪の大人しい子だろう?」
「そうだ、彼女は薬学の授業で僕が担当だった事がある。あまり会話はしなかったが、居眠りの常習犯でな。手を焼いたのを覚えている」
少しだけ、懐かしむ様な声でそう語るリーン。
どうやら、少し微笑んでいるらしい。
コイツのこんな声聞いたこと無かったな。
というか、マカが図書館に居るのは最早当然の域の話なんだな……。
「確かに、そんな雰囲気ではあったな。実際、俺が読書していたら隣で寝てたし」
「そうか。どうだった? 起こすのに手間取っただろ」
「いや、起こしてない。どうせ時間はあったんだ。それに、すぐに起きてくれた」
「ほう……あ、話の腰を折ってすまない。で、何か言いたかったのか?」
「ああ、そうだな……実は、魔法の本を読んでいたんだ」
別に、特別折るほど腰のある話でもなかったのだが、リーンの言葉に俺は最初に思い浮かんでいた話題を口にする。
すると、リーンは感心する様な声で口を開いた。
「ほう、貴様も一魔法教師と言う自覚が出て来たか? 休みが終わる前に自覚を付けておくのは良い事だ」
「お嬢様は止められないんだろ? 仕方ないさ……それで、思ったんだが。俺はどの範囲を教えればいいんだ? 今日読んだ本は、比較的広範囲の事が書いてあったが浅く広くって感じで上級魔法から初級魔法までいろいろ書いてあったんだ」
「……つまり、何が言いたい? 僕には質問の意図が見えないな」
「え?」
リーンの言葉に、思わず疑問を口にしてしまう。
だが、学校ともあれば何かしらのカリキュラムがはずだ。
一階生はここまで、二階生はここまでとかそう言う……範囲の様な物が。
「こう、一階生の最中に習う範囲があるだろう? 決められてる物が」
「ああ、そう言った物は魔法学校には無い」
「カリキュラムが、無い? じゃあ、なんで一階生や二階生があるんだ? 進級制だろう? 習う範囲が決まってないと生徒は困ってしまわないか?」
俺は、思わず言葉を漏らす。
カリキュラムが無いのならば一階生、二階生と言った括りの意味があまり無いような気がしたのだ。
範囲が決まっていなければ、一階生でやった内容を二階生で繰り返す事になりかねないし、二階生にやる内容が極端に高度になる場合もある。
それこそ、生徒に優しく無いような気がするが……。
「ああ、そう言う事か。何と言ったらいいのか分からんが……ここの進級システムは、別に一階生を一年学んだら二階生の試験を受けて二階生へ、という訳では無い。どの階級を受けるかは生徒自身の選択だ」
「へ~……確かにそれなら説明が通るか」
「一年に一回、冬季の終わりに階級更新試験がある。その時に、生徒は自分が合っていると思う階級を申請して受験する。もちろん、教師によっては一階生全員を一年で四階生まで上げた方だっている。教師時代のお嬢様だが……」
「うわぁ……マジかよ……」
すげえ、俺の世界の常識で考えても、それは結構な大事だな。
確かに、それを見れば事実としてマレスは有能ってなる訳だ。
ただ、そんな事をされた四階生は文句を言いたくなるだろうが……。
「魔法教師は、誰にでも勤まる物じゃない。範囲ややり方なんてものはないし、だからこそ優秀な魔法使いを輩出できるんだ。お前がスカウトされた理由もわかったと言う物だろう?」
「いや、それに関しては全然……」
「何故だ! 結構いい話をしたぞ!」
「いや、そう言われても……」
だったら尚更、俺がスカウトされるべきじゃなかった気がする。
だって俺、魔法なんて『ま』の字も知りませんでしたし……。
「ふんっ……やはり、貴様は気にくわん。そして、明日からお前が夫と思うとさらにだ」
「いや、それは……お、俺だって唐突だしまだ現実味も……」
「はぁ……お嬢様も、もう少し一般的な考えを持っていただきたい……」
そう言って、スタスタと歩き出してしまうリーン。
アイツが明日から妻か……なんて、しみじみ考えてしまう。
が、意外と今さっきの会話は仲のいい教員夫婦らしかったかもしれない。
ただ……やっぱり確認しておきたいことは……。
「おい、甘粕」
「ん……?」
俺が、そんな思考をしようとしていると前方から声が掛かった。
足元を見て、歩き出そうとした俺は顔を上げて前を見る。
そこには、少し前方で振り返ったリーンが居た。
「……た、確かに僕はお前が嫌いだ、気にくわない。出会ったばかりだし、貴様は常に何か真剣みに欠けている。魔法を知らんふりをするし、そう言って真面目な話の腰を折りに来る」
いや、魔法を知らんのはふりじゃないと突っ込みたくなったが今は口を閉ざす。
そして、黙ったままリーンから続く言葉を待った。
「でも、これも何かの縁だろう。唐突とはいえ、結婚は結婚だ。貴様を好きになる努力はする……だ、だから貴様も僕を好きになる努力は惜しむな!」
「…………」
思わず、黙ってしまった。
何と反応していいのか分からない。
暗くてよく見えないが、きっとリーンは赤面しているんだろう。
そんなリーンへの言葉は浮かばなかったが、はっきりと思った。
目の前に居るその女性を……かわいいと。
「は、早く帰るぞ! 走れ!」
「え、ええ、そんな無茶な!」
そして、慣れた様に山道を走るリーンの後に続いてなるべく早く進む。
だが、俺もリーンに追いつくわけにはいかなかった。
この、火照ったように熱い顔を見せる訳にはいかなかったからだ……。
足を進ませながら、俺は心の中で叫ぶ様に何度も言う。
そんなこと言われたら……愛がある結婚になっちまうかもしれないだろうが……。
魔法学校 校長室
小さく灯ったままの蝋燭の明かりの前で、マレスは一冊の本のページをぺらぺらとめくる。
そして、目的のページを見つけた様にあるページで手を止めると、小さく呟く様に口を開いた。
「……あの時は……バーニングレーザーなんて言ったけど……う~ん……」
そして、本を机の上に放り出すと小さく唸る様にして頭を抱えて椅子をくるくると回す。
揺れる蝋燭の炎に照らされて、そのページに書いてある一つのイラストが現れた、
それは、魔法使いの様な男が、天に向かって何か光線の様な物を放っているイラスト。
そして、椅子の回転を止めたマレスは覗き込む様にそのイラストを眺める。
「……偶然見つけたけど……似てるのよねぇ……」
そう言って、乱暴に本を閉じて椅子から立ち上がる。
「まぁ、あり得ないか……あー、やめやめお腹すいた」
遊びに飽きた少女の様にそう言い捨てて、本を本棚に仕舞い揺れる蝋燭へ近づく。
一度笑いかける様に蝋燭に向き合うと、ぱちんと指を鳴らす。
同時に、蝋燭の火が消えそれを確認したマレスは真っ直ぐ外へ出て行った。




