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「おい、そこの君。その身なりは少々迷宮を舐め過ぎではないか?」


 初めてのボス戦を前にワクワクしていると俺達の前にいるパーティの内の1人、金髪で少し態度のでかい男、というにはまだ少年よりの普人族が話し掛けてきた。

 【鑑定】は知りたいと思えば年齢や性別もステータスに表示する事が可能なので見てみるとまだ14歳となっている。

 迷宮都市には探索者になる前に迷宮探索に必要な事を学ぶ探索者育成所があり、そこには15歳になる前にも入る事ができる。

 探索者育成所では迷宮についての知識を教える他、迷宮の3階層までを実技の授業で使う。

 この話し掛けてきた奴もおそらくその実技の授業中なのだろう。


 それにしても、薄暗い中で見えにくいとはいえ、仮にも探索者を目指す者が俺が着ている装備の価値に気付かないとは愚かしい。

 そもそも迷宮内で見ず知らずの他人にこんな話をしてくる事自体なってないと言わざるを得ない。

 迷宮で他人と関わり合いになる事は望ましくないと教えられていないのだろうか?

 それは不要なトラブルを招く事に繋がる。

 例えば、倒したモンスターの魔石や素材目当てにどんな手を使っても横取りしようとする者もいれば、ポーション類などに毒を盛られたりなんて事がパーティ内でも起こり得るのが迷宮なのだ。

 他にも、警戒心の強い者だと声を掛けただけで攻撃される事もあるが、これは防衛目的であるために問題にはならない。

 だからこそ、ここでは不干渉が助け合いになる。


「おい! 聞いているのか! せっかくこの僕がわざわざ忠告してやっているというのに」


 …こいつは馬鹿か?

 あからさまに関わりたくないと無視しているのに。


「ちょっとやめなよ、アラム。迷宮内で過度に他人と関わるのはダメって言われたじゃない」


 後ろにいたパーティメンバーと思われる尻尾のある少女が喧しい少年を止めに入った。

 うん、この少女のほうが分かっているようだ。


「しかし、いくら1階層だからといって丸腰で、しかも、あまつさえこんな顔の潰れた蜥人族の奴隷を着飾らせて迷宮探索なんて道楽も大概にして欲しいよ。どうせ、探索者になれたのも親のコネか何かを使ったのだろう。同じ貴族として嘆かわしい限りだ」


 どうやらこいつは俺を貴族と思っているようだ。勘違いも甚だしい。


 止めに入った少女は溜め息混じりに呆れた顔をしていた。

 それもそのはず。迷宮都市にはいかなる国の権力も介入できず、国の問題を持ち込む事も禁止されているのだ。例え一国の王の要請でも試験を受けずに探索者になるなど無理なのは常識である。

 こいつはそんな事も知らずに探索者になれるつもりなのか。

 これとパーティを組まなくてはいけない他の者が憐れに思えてくる。


 そうこうしている内に前のボス戦が終わったようで、鋼鉄の扉が重々しく開いた。


「チッ、いいかい? 同じ貴族として忠告しておく。これ以上貴族としての品格を下げるような行いを続けるつもりなら、このアレクサラサ帝国伯爵の子息であるアラム・ペペロンが引導を渡してやるからそう思え」


 まだ言うか。しつこい奴だ。


 去っていく少年の言葉を全て無視して、今にも魔法を使おうとしているネアリアの首根っこを掴んで抑える。


《グリム、離して。ルディア、貶した、あれ、殺せない》


 ネアリアの短絡的なところは今に始まった事ではないが、困ったものだ。先程の止めに入った女がどんな気分だったか少し分かるような気がする。


「申し訳ありません…私の所為でグリム様まで侮られる事に…」


 俯いて済まなそうにしているルディアにネアリアが飛んでいく。


《ルディア、悪くない! 悪い、全部、あいつ!》


 こんなに頭に血が上っているにも関わらず言い付け通りに念話を使う辺り、少しは成長していると言えるだろう。


「ルディア」

「…はい」

「俺は森で長い間生活してたから犬ッコロの遠吠えなんかは馴れてるし、気にするだけ馬鹿らしい。だから、ルディアもあれくらい聞き流せるくらいになってね」

「…はい、承知致しました」


 何ていうか、軍服風の装備だから今みたいになっているのはどうもしっくり来ない。一番は自信の無さなんだろうけど。

 形から入らせるのも良いかと思い、バボルに覚えさせた敬礼を教えた。

 今はまだぎこちないがそこそこ様にはなっている。


 そんな事をしながら暇を潰していると、ボス部屋の扉が開かれた。

 あの煩い奴がいたパーティが全滅したかボスモンスターを倒したようだ。

 中は6人パーティで戦っても充分な広さがある何も無い部屋になっている。

 数秒後、部屋の中央が光り出し、ボスモンスターが産まれ出る。




種族:ビッグスライム

レベル:3

状態:正常

スキル:【物理耐性Lv2】【再生Lv3】【強酸生成Lv2】【魔力感知Lv2】【温度感知Lv2】




 大きさは俺の半分程度。

 ウネウネとゆっくり動いている。

 ボスモンスターはその階層の最高レベルで固定されているため、ビッグスライムのレベルが1階層の最高レベルなのは俺の運が悪い訳ではない。


 とりあえず、このボスモンスターで氣操術スキルがどういうものなのか見せる事にした。


 歩いてビッグスライムに近付く。

 それに反応して核と粘液だけの身体がよりウネり、黄色い液体を飛ばしてきた。

 避けたそれは地面に落ちると煙を上げて気化している。当たったら結構な火傷を負いそうだ。


 ビッグスライムの身体の粘液も強酸であるため、普通の鉄で出来た剣などでは倒す前に剣のほうが駄目になってしまう。よって酸でも溶けない武器か魔法で倒すのがセオリーだが今回は氣操術スキルを見せるのが目的。


 避けながら近付いていた歩みを『氣動法』に変えて反対側のすぐ目の前まで肉薄した。

 右手の掌をビッグスライムの身体に触れると同時に威力を落として収束させた『貫氣』を使う事でビッグスライムの体内にある核だけを体外に弾き飛ばし、すぐに手を引っ込めた。さらに『氣動法』で弾き出した核に追いつき、それを掴んで『練氣』で上げた握力で砕いた。


 砕け散った核は身体の粘液と共に魔素へと還り、水色の魔石とプルプルした物体を残した。物体は「ビッグスライムの粘液溜」という接着剤の元になる素材だ。

 

 今のを一通り見ていたルディアは信じられないものを見たような顔で驚いている。


「今のが…氣操術スキルですか?」

「そう」


 驚愕だけだったルディアの感情が次第に歓喜へと変わっていくのが分かる。


「次の階層からはルディアにも戦ってもらうから」

「ハッ!」


 短い掛け声と共に敬礼で応えるルディアの表情はやる気に満ちていた。

 その調子で早く俺以上の攻撃力に成長して欲しい。そうでなくては買った意味が無いのだから。


 今、俺達がいるボス部屋の中央にはボスモンスターのビッグスライムを倒した事で次の階層へ転移できる魔方陣が現れた。

 入り口でも使ったこの魔方陣は俺達の魔力を使う事なく各階層へ送ってくれるので割と助かる。魔力をそれぞれが負担する仕組みだったら保有魔力量が少ないルディアは生きていられるかすら危うい。普通はそれほどに転移というものは消費する魔力が大きいのだ。

 この便利な転移魔方陣は様々な錬金術師達が研究しているが、未だに転用どころかその理論さえ明らかになっていないオーバーテクノロジー。入り口で散々見たが俺も何も分からなかった。

 もっと調べてみたい衝動に駆られるが今は次の階層へ行くのが先と自分に言い聞かせて2階層へ転移した。


 転移した先は1階層の時とほぼ同じ部屋。

 どの階層でも始めはこの部屋に転移する。

 安全エリアと呼ばれるこの部屋はモンスターが入ってくる事はない。そのため、この先へ進む前に所持品の確認や怪我の治療をするのに都合が良い。

 そこで驚いているパーティのように。


「馬鹿な…僕等が来てからまだ5分も経ってないんだぞ…」


 そう漏らしたのは怪我を治療されている1階層のボス部屋の前で喧しく吠えていた自称貴族少年。傷口を見るにビッグスライムの強酸を食らって火傷を負ったようだ。

 あれを食らうようではこの先、これの死亡する確率は高い。こんな場所で治療する前に帰ったほうが身のためだ。

 しかし、その治療しているほうに目が止まった。

 ボス部屋の前で自称貴族少年を止めようとしていた少女だ。今は頭に被っていたヘルムを脱ぎ、晒されているショートの茶髪からは犬耳が生えていた。




名前:ココ

種族:犬人族

レベル:6

状態:正常

スキル:【嗅覚感知Lv3】【加速Lv2】【剣術Lv2】【魔力感知Lv1】【回復魔法Lv2】




 犬人族、というより獣人と呼ばれる他の動物の因子を持つ者達はそのほとんどが保有魔力量が少なく、魔力の扱い、つまりは魔法が苦手である事が多い。

 その上、回復魔法は他の魔法に比べて特に扱いが難しい。

 その回復魔法を前衛のできる者が使えるというのはどのパーティでも重宝される。

 このココという名の犬人族はそれに加え、嗅覚感知スキルと魔力感知スキルでの索敵まで可能ときているかなり将来有望な人材である事が分かる。

 探索者になれば様々なパーティから引く手数多だろう。


「そうか…何か卑怯な手を使ったんだな…」


 珍しいものを物色していると自称貴族少年が何かぶつぶつと呟き出した。


「この貴族の風上にも置けない恥さらしめッ!」


 腰に差していたショートソードをに手を掛けた。

 狙いは俺。

 それに反応してルディアが割って入ろうとするが、はっきり言って邪魔でしかない。

 ショートソードが完全に抜かれる前に『氣動法』で移動し、指2本を文字通り目の前で静止させた。


「それ抜くつもりなら殺すけど」

「ひっ」


 ショートソードに掛けられた手が抜け落ち、尻餅をついて顔を真っ青にしている。


 危なかった。もう少し俺が動くのが遅れていたらこのパーティ全体を標的にネアリアが魔法を放って消し飛ばすところだったのだ。

 せっかくの犬耳を消し飛ばすなんて勿体ない真似させるか。


「き、貴様、こ、この僕にこんな事をしてーー」

「すみませんでした!」


 まだ何か喚き出したのでこの喧しいのだけ殺そうかと思い、手を伸ばしかけたところで先程の犬人族の少女が割って入って頭を下げた。必然的に俺の前にはその犬耳が差し出される形となっている。


「以後このような事がないようにしますので、どうか許して下さい!」


 その身体は震え、長めの毛で覆われた尻尾は足の間で少し丸まっている。

 別にこの犬人族の女が謝る必要はないのではと思ったが、よく考えるとパーティメンバーが問題を起こせば連帯責任として探索者育成所のほうで罰が下るのかもしれない。


 敵対しないなら殺す価値もないし、そこで腰を抜かしている馬鹿なんてどうでもいいんだけど、これはチャンスとばかりに手を伸ばそうとしていた方向を変えて目の前の犬耳を掴む。


「ひゃっ、あ、あの」

「君の素敵な犬耳に免じてこの件はお互いなかったという事でいいよ」


 犬耳を触られながらも俺の言葉に少しほっとしたように固かった表情が若干マシになる。


「ああ、それと余計なお世話かもしれないけど、回復魔法が使えるならもっと人体構造について学んだほうがいいんじゃない? 身体の構造を理解しているのとしていないのとじゃ回復の効果が全く違うから」


 手触りの良い犬耳をいじりながら少しでも長く触るためにちょっとしたアドバイスと怯えているのを和ませようと笑って見せる。

 怯えている状態とリラックスした状態では断然後者のほうが尻尾や耳の触り心地がよくなるとは偉大なる先人達が残した文献を読んで得た知識である。


「あ、あり、ありがとう、ございましゅ」


 頬が紅くなり言葉も噛み噛みになっているが丸まっていた尻尾が左右に振れているので怯えはなくなったのだろう。

 それにしてもこの耳は実に良い。

 暖かいし柔らかいしで、俺もこういう耳だったらいつでも触り放題なのになどと考えてしまう。

 もういっその事、金を貯めて獣耳の奴隷でも買おうかな。


「じゃあ、そろそろ俺達は先に行かせてもらうね。探索者になれるよう頑張って」

「は、はいっ!」


 俺の突然の行動に自称貴族少年も他のパーティメンバーも唖然としていて、俺達が2階層に足を踏み入れてもまだ立ち直っていないようだった。


 2階層は1階層と比べて大きな変わっている様子はなく、同じように広い洞窟を進んでいるような感じだった。

 敢えて違いを挙げるならこっちのほうが少し薄暗い程度だろう。


「ルディアさぁ、さっきの事だけど」

「はい…差し出がましい事をしてしまい、申し訳ありませんでした」

「分かってるならいいんだ」


 ルディアに求めているのはそういうのではなく武器としての物理的な破壊力なのだ。

 しかし、ルディアにはまだ守護魔法を見せていなかった事もあるし、そこは俺の落ち度でもあった。

 ビッグスライムとの戦闘の時に見せるのも良かったが、あまりにも単調で鈍い攻撃だったために防ぐ気がまるで起きなかった。だから、ビッグスライムにも責任はあるはず。


「今から俺の盾を見せる」

「盾、ですか」

《グリム、盾、魔法。ネア、知ってる》


 何でばらすかな。こういうのは何も教えないで見せるから面白いのに。

 俺が白い目で睨むと何の事か全く理解していないようで、ネアリアは首を傾げて不思議そうにしている。


 気を取り直してルディアに守護魔法を見せるべく獲物を探しているとあっちから飛んできてくれた。




種族:クイックバット

レベル:3

状態:正常

スキル:【加速Lv2】【鋭牙Lv2】【吸血Lv1】




 見た目は少し大きい蝙蝠。

 しかし、その鋭い牙で噛まれ血を吸われると体力まで奪われるらしい。その吸われた体力は還元され、クイックバットを強化するという厄介な効果もある。

 加速スキルにより飛行速度もそこそこ速く、鈍いスライムだけの階層の次という事もあってそれはより強く感じられる。


 飛んできたクイックバットは前に出ている俺に牙を立てようと向かってくる。

 速い事は速いが目でも充分に捉えられる程度だ。まあ、目で捉えずとも氣力感知スキルで何処にいても把握できるけど。

 クイックバットが向かってくるのに合わせて『シールド』を張り、ついでに『シールドバッシュ』で顔面にぶち当てると「キキッ」という鳴き声を上げて吹っ飛んでいった。

 吹っ飛んだそれの進行方向に『シールド』を張り、『シールドバッシュ』でもう一度こっちに戻ってくるように飛ばす。

 『シールドバッシュ』による衝撃ですでに気絶しているクイックバットをキャッチし、ルディアに見せてやる。


「こんな感じ」

「あれが魔法の盾…本当にグリム様は凄いです」


 ビッグスライムの時ほど驚いていないようで、ちょっとつまらない。ネアリアが先にばらしたせいだ。


 掴んでいたクイックバットを始末すると紫の魔石と「クイックバットの羽」という素材に変わった。

 その2つを【無限収納】で仕舞い、代わりに帯状の布を取り出してルディアに渡す。


「この階層から戦ってもらうって言ったけど、まずはそれで視界を塞いでクイックバットの位置を氣力を感じ取る事で把握できるようになってもらう」

「ハッ!」


 言われた通り目の上からに布を巻く事で片方しかない視界を完全に塞ぐ。


《ルディア、頑張って》

「ピュイ」


 ネアリアと今さっきフードの中から出てきたフィノからの激励にルディアは頷き1つでそれに応え、薄暗い通路を俺が指示する通りに1人先行する。


 さて、今度はどれくらいで氣力感知スキルを習得できるかな?



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