029
《ルディア、左!》
《教えるな》
《あぅッ》
目隠しをした状態でクイックバットの襲撃を受けているルディアに、クイックバットが向かってくる方向を伝えるという暴挙に出たネアリアの頭へチョップを落としてしてお仕置きする。
氣力だけを便りに位置を把握できるようにするのが目的なのに教えたら意味がない。
スキルレベルの低い嗅覚感知スキルではだいたいの位置は分かってもそれだけでは飛んでいるクイックバットに攻撃を当てるのは難しい。
よって、氣力を感じ、正確に位置を掴まなくては視界を閉ざされた今の状態ではまぐれ当たり以外素手で倒すのは無理だ。
ちなみに、今のルディアの装備は俺が作った軍服風の物ではなく、能力も付いていなければ防御力も低いただの服に着替えさせている。あっちの装備ではこの程度のモンスターの攻撃は全くダメージにならないのだ。
傷付いても俺が治せるし、何より痛みが伴わなくては成長しないとは多くの英雄達もよく残している教訓の1つである。
現にルディアは傷を負いながらも最初よりも攻撃が当たるようになっているし、逆にクイックバットからの攻撃は受けなくなってきた。
と思っていたら3匹だったクイックバットが6匹に増え、数の多さに翻弄され始めた。
左右から同時に来た攻撃を両手で捌くがその隙を狙って背後から2匹が牙を剥き出しにして迫っている。
これは避けられないと思いながらネアリアがそれを伝えないように睨みを利かせる。
迫ってきた2匹はそのまま近付いていき、もう少しで噛み付かれる、まさにその瞬間、ルディアの尻尾が振るわれ、その2匹を地面に叩き付けた。
地面に叩き付けられた2匹は魔石と素材を残して消える。
これは氣力感知スキルを習得できたのかもしれないと【鑑定】で見てみるが習得はまだのようだ。
しかし、今のは確かに僅かでも攻撃する時に溢れる氣力を感じての行動だったように見える。氣力感知スキルの習得も近いだろう。
残りの4匹の内の1匹がルディアの頭上から襲いかかる。
それをギリギリのところで躱すがクイックバットの爪が肩を掠め、服が破れた部分からは血が滲む。
「……」
傷を気にした様子もなく、周りを飛び交うクイックバットの氣力を探る事に集中している。
見えないため、無闇に動かず、クイックバットが攻撃してくるのに合わせてカウンターで仕留める作戦らしい。
ルディアには攻撃してくる時に氣力が膨れ上がる事は教えていない。ここまでの30匹近いクイックバットとの戦闘の中で自分でそれに気付いての作戦だろう。
また2匹が同時に襲ってきたのを左手は防御に使い、右手で1匹を掴み取るとそれを地面に投げつけ、素早く踏み潰した。
邪魔にならないよう、クイックバットが消えた事で残った魔石と素材は『スフィアシールド』で包んで『シールドムーブ』を使ってこっちに引き寄せる。
残り3匹。
数が半減した事で激高したのかルディアへの攻撃が激しさをまし、壁際に追いつめていく。
しかし、壁を背にした事で後ろからの攻撃がなくなり、クイックバットのほうが不利な状況と言えた。
正面からの噛み付きを右手の甲で防ぎ、噛み付かれるがその甲を噛み付いているクイックバット諸共壁に叩き付ける。
叩き付けられたクイックバットは潰れ、同じやり方で残りの2匹も仕留めた。
クイックバットの魔石と素材を【無限収納】で仕舞い、肩で息をして疲労し始めてきたルディアにネアリアを伴って近付いていく。始めての迷宮に視界を塞がれての連戦では余計に体力の消耗が激しいはず。
『促進』によって回復は速いが戦闘中ずっと『練氣』で身体能力を底上げしているので一回の戦闘で消費する氣力の量が多いためにその疲労感は凄まじい。そして、精神的な疲労は『促進』を使っても溜まり続けるのだ。
「休憩する?」
ルディアに傷を『ヒール』で癒しながら問いかける。
「いえ…まだ…やれます」
肩でしていた息を整えながら絞り出すように答えた。
目隠しで縦長の瞳は見えないが、強い戦意で溢れているのだろうと予想できる。
「敵の氣力は感じられるようになってきた?」
「はい、まだ薄々ですが」
思った通り、もう一歩といったところか。
ならその一歩を手伝う事にしよう。
『氣動法』で目隠しをしたままのルディアの背後に回り込み、なるべく氣力を大量に垂れ流した状態で、『性質変化』を使った手刀を首目掛けて本気で斬り飛ばすよう殺気を込めて放つ。
「ッ!?」
さすがにクイックバットとは比べ物にならない程の氣力が溢れ出ている攻撃なだけに反応できたようだが、それだけだった。『練氣』と『促進』しか氣操術スキルの武技を使えないため、俺の攻撃速度に対応できるはずもなく、手刀はルディアの首に到達した。
「氣力感知スキル習得おめでとう」
「……」
呆然しているルディアの首へ放たれた手刀はその首を斬り飛ばしてはいない。
当たる瞬間に『性質変化』を解き、元々速さだけで力を入れていなかった手刀は首に当たるだけでダメージは一切与えなかった。
【鑑定】で見ていたルディアのステータスにはスキル欄にしっかりと【氣力感知Lv1】と追加された。
腰が抜けたのか、ストンッとその場に座り込んだルディアから目隠しを外し、再度外傷の有無を確認する。
外傷は特になし。本当にただ腰が抜けているだけのようだ。一向に休もうとしなかったから丁度良い。
現在の時刻は昼食時。一旦、異空部屋に戻って休憩ついでに昼食にしよう。
まだ自分で立てない様子のルディアを連れて異空部屋へ転移して来た。
疲労と共に流れた汗と血、土埃などで汚れているルディアをネアリアに洗ってくるように指示する。ルディアを買ってきた初日から2人はいつも一緒にシャワーを浴びていたので、もう手慣れたものだろう。
その間、俺はフィノと一緒だった。シャワー室に3人はさすがに狭いのだ。
『ネア、グリム、一緒、良い。最近、ずっと、一緒、違う』
異空部屋にいるため、念話からいつもの話し方に切り替えたネアリアがまた面倒な事を言い出した。
「シャワー室に3人は狭いって」
『グリム、部屋、広さ、変える、できる』
…ネアリアに正論で返された。
その後もあれこれ理由を付けてみるが、結局最後はネアリアに押し切られる形で一緒にシャワーを浴びる事になった。
「グリム様」
シャワー室へ向かおうとしていた俺をルディアが呼び止めた。
「先程は申し訳ありませんでした。私がスキル習得にもたついていた所為でグリム様の御手を煩わせてしまう事に…」
「ルディアには早く強くなってもらいたいからそれを手助けするのは主として当然でしょ? それにルディアは俺が思ってたよりも才能あるみたいだから、さっきのはついね」
「私などにはもったいない御言葉です」
そうは言いつつも褒められて悪い気はしないのか表情筋が少し緩んだのが分かる。
立てないルディアはネアリアに運ばせる事にし、俺はフィノを連れて一足先にシャワー室へ来ていた。
さて、広くするにしてもただ広くするだけでは面白くない。
とりあえず、2人が限界だった広さを20人は入れそうなくらいにする。
シャワーの数を3つに増やし、室内の半分に檜製浴槽を創り出す。その浴槽内に溢れるお湯は浴槽の檜の芳香を香り立たせ、室内を満たした。
かなり良い出来だ。
これならネアリアも満足するだろう。もし、文句を言おうものなら何日かお菓子を与えるのを止めれば良い。あれにはそれが一番効果的だ。
ただ、そんな心配は杞憂だった。ルディアを運んで来たネアリアはシャワー室と言うよりは浴室と言ったほうが適切な変わりようを見て大興奮している。
直様、檜の香りが立ち込める湯船へダイブしようとしたが身体を洗ってから入れと止め、俺も自分の身体を洗うためにシャワーの前に立つ。
「グリム様、宜しければ私に御身体を洗わせて頂けませんか?」
腰が抜けていた状態から立ち直ったルディアが俺の後ろに立っている。
「うん、いいよ」
ルディアの手が石鹸を泡立たせる。
「失礼します」
俺の身体を泡でいっぱいのルディアの手が割れ物でも扱うように丁寧に洗っていく。
ネアリアと一緒に入っていた時にお互いを洗い合っていたらしいので、その手際は慣れたものだった。
「…ここは触れても宜しいのでしょうか」
滑らかに動いていたルディアの手が身体のある部分で止まる。
「ああ、それね。大丈夫、大丈夫。少し触れた程度じゃ特にどうにかなるって事はないから」
それでも細心の注意を払いながら洗い、他の所を洗っている時もちらちらと気になるように見ていた。
そんなに気になるのだろうか?
「気になる?」
「あ…いえ、申し訳ありません」
気になるかどうか聞いただけで謝らないで欲しいんだけど。
それに奴隷紋など以外で身体に刻印があったら珍しいと思うのも仕方ない。
「こっちの右手の甲のはネアとの誓約の証。ネアにも同じ場所にあったと思うけど」
「はい、それはネアから聞きいております」
まあ、右手はあまり見ていなかったしネアリアから聞いているのかもとは思った。
知りたいのは左胸と両脚にある魔刻のほうだろう。
左胸にある心臓をモチーフにした模様と両脚にある風をモチーフにした模様が魔刻だ。魔刻とは『魔刻筆』で描かれた身体能力の上昇などの効果を付与させる刻印である。
例えば、俺の左胸の心臓をモチーフにしたものは体力の上昇を。両脚の風をモチーフにしたものは身体を軽く感じさせ、敏捷性が上昇する。
魔刻はマジックアイテムや魔導具のように自分の魔力を消費して使うものとは異なり、漂う大気中の魔素を吸収して常時その効果を付与させ続ける事ができる。
これはこの世界の人の声帯から発想を得たものだ。この世界の人の声帯は呼吸で口から肺へ空気が送られる際に魔素を取り込み、取り込んだ魔素を特殊な魔力に変換して発する言葉に混ぜる事で聞いた相手の脳にいかなる言語でもその言葉の意味を伝える事が可能になる。
ネアリア達精霊の声もこの原理と同じものだ。
モンスターは声帯のつくりが違うため、人のように言葉として伝える事はできない。しかし、リーヴァやバボルのように高い知性を有するモンスターは人の言葉を理解する事がある。
この声帯の原理を応用し、魔素の変換を声帯の代わりとなる様々なモチーフの模様を用いる事で付与させる効果を変えられるのが魔刻だ。
魔刻の利点は魔力を消費せずに身体能力の上昇などの効果を付与できる点とその効果が常時発揮される点にある。
だが、それには当然リスクもあった。魔刻は腕や脚に1つずつ、身体全体で多くて3つが限界、それを超えると魔素の吸収に身体が耐えられなくなる。魔素は二酸化炭素のようなもの、過剰な吸収は毒にしかならない。
洗われながらルディアに魔刻の説明をすると、俺の身体の魔刻を見る回数が多くなってきた。
「ルディアも欲しいならやってあげようか?」
「…宜しいのですか?」
「うん」
元々そのつもりだったし。
「じゃあ、そこにうつ伏せに寝そべって」
指差した先に浴槽と同じ素材の寝台を創り、ルディアを寝かせる。
【無限収納】で『魔刻筆』を取り出し、魔力を込めて背中に筆を走らせる。
モチーフは翼。風を切り裂き、何者にも追いつかせない速度で飛ぶドラゴンの翼だ。
「はい、完成」
壁の一部を姿見にし、立ったルディアに背中の魔刻を見せた。
「ドラゴンの翼をモチーフに効果は敏捷性と跳躍力の上昇。身体も前より少し軽く感じると思うよ」
「……」
ルディアは姿見に映る魔刻が刻まれた自分の背中を瞬きも忘れて凝視している。
気にいらなかったかな?
本当は自分にやりたかったが、繊細さが求められる魔刻を背中に刻むのは無理だった。
竜人族の戦闘の才能ある者には翼が生えて産まれてくるので、一般的にも翼は力の象徴となる事が多い。力を求めるルディアなら気に入ると思ったけど…
「…私の…翼……グリム様に頂いた、私だけの…」
やっと開いた口から漏れた言葉を聞くに気に入らなかったわけではないようだ。良かった、良かった。
だが、魔刻はついでで本命はもう1つ
ある。
姿見を凝視するルディアを再び寝台に座らせ、【無限収納】で『魔義眼』という黒い球体の魔導具を取り出す。
分類上、これも魔導具と言ったが実はそんな温い物ではない。「ブラインドリザードの魔石」と「イーヴィルアイの眼球」を練成し、クラウス渾身の術式を施されたそれは包有する魔力だけを循環させて効果を発揮する一種の永久機関を体現した代物だ。クラウスが数多く作った魔導具の中でも5本の指には確実に入るだろう。
その効果は魔力の可視化。簡単に言えば『見気』の魔力版だ。
ただし、『魔義眼』は魔力を色でその性質を見分ける事が可能になる。火魔法を使う前に高まる魔力なら身体から赤いオーラが溢れるように見えるらしい。つまり、視界に入っている敵から次にくる魔法の属性が事前に分かるという事である。
そして、これを移植するにはそれなりの知識と高いスキルレベルの回復魔法か治癒魔法が必要となる。俺ならギリギリそれが可能だ。
迷宮に入る前に移植しなかったのは氣力感知スキルの習得の邪魔になる可能性を危ぶんでの事。故にこのタイミングでの移植になった。
座っているルディアにフィノの麻痺針で目の周りを麻痺させ、潰れているほうの目に『リジェネーション』で細胞を再生させながら眼球が再生しないうちに『魔義眼』と視神経をつないでいく。少しのミスも許されない作業でも明鏡止水スキルの効果で平常心のまま施術が完了し、ついでに顔の傷も全て治した。
移植した『魔義眼』はルディアの遺伝子情報から元の眼球を再現し、違和感の無い自然な眼球へと変化する。
「ゆっくり目を開けて」
『キュア』でルディアの麻痺状態を正常に戻し、見えるかどうか確認を促す。
「見えます…グリム様の御顔がはっきりと」
視力的には問題なし。
「ネア、ちょっと来て」
『なに? なに?』
湯船に気持ち良さそうに浮いていたネアリアを呼び、ルディアに姿見が見えないようにしてもらう。
「見えます。それにネアから翠色の靄が溢れているのも」
魔力の可視化も概ね良好のようだ。
これで粗方ルディアの治療という名の改造が終わった。
昼食の後は1人で2階層のボスモンスターに挑んでもらうつもりだが、今ならたぶん余裕だろう。
武器がまた強化された事に満足して、俺達はゆっくりと温かい湯船を楽しんだ。




