023
暗く広い食料庫と思われる部屋に芋虫のようにぐるぐる巻きにされた洞窟内にいた警備兵達が転がされていた。
俺は確か仮眠室に置いてこいと言ったはずなのに何故食料庫に?
その疑問は明らかについ先程食い荒らさせたと思われる食料庫の一角を見て納得がいった。
うちの馬鹿姫の食い意地の悪さはどうやっても直らないだろうなと、諦めを込めた溜め息を吐きながら転がっている警備兵に近付いていく。
そして、全員の頭の上に『シールド』を張り、『シールドムーブ』でそのまま一斉に顔目掛けて勢い良く落とす。狙い通りそれぞれ短い呻き声と共に全員起きた。
「こ、ここは?」
「自分達はいったい何を…?」
「おい! 何だこの縄は!?」
「クッ! 動けんッ!」
起きたのはいいけど全員が芋虫みたいに動く様は気持ち悪いとしか言いようがないな。
それに…
「うるさい」
『集氣』で地面を踏み砕いた大きな音で騒ぎ出した警備兵達が静まり、こちらに視線を集める事ができた。
「き、貴様何者だ!? ここはビレーネ領の最重要施設、その警備を任せれている我々にこんな事をしてただで済むと思うなよ!」
偉そうな雰囲気の男が唾を撒き散らしながら喚き出した。
その男のほうへ歩み寄り、見下ろす。
「うるさいって言ってんの」
そう言うと同時に偉そうな男の縛られている足を『集氣』を使って両方一遍に踏み砕いた。
「グッ!? ギ、キ、サマ…!」
痛みでうまくしゃべれなくなっているようだ。
「次に許可なくしゃべった奴は今度は首がこうなると思ってね」
踏み砕いた部分をさらに足で踏みつけるとグシャっという感覚の後、偉そうな男が白目を向いて痛みで気絶した。
他の警備兵達は顔を青ざめる者とさらに睨み付けてくる者がいたが、どちらも言う事を聞かないと本当に首が潰されると理解したのか一様に黙り込んだ。
「今からする質問に答えろ。誰も何も答えない場合はひとりずつ首を踏み砕いていくからそのつもりで」
その後の尋問でだいたい聞きたかった事は知る事ができた。
《ネア》
念話でネアリアに呼びかける。
《グリム、用事、終わった?》
《まだ。俺はこれから外に行かないといけないから、ネアは気絶させて縛ってある警備兵を全員リーヴァのいる部屋へ運んでリーヴァに好きにしていいって伝えておいて》
ここにいる奴は俺を見てるから始めから消すつもりでいた。
しかし、よく考えてみたらリーヴァを傷だらけにした奴等だろうし、それを俺が殺してしまうのは気が引けた。
やられた分はやっぱり自分でやり返したいはずだし。
《む、グリム、注文、多い》
《話は変わるけど、後でもらっていこうと思ってた食料庫の食料が誰かに食い荒らされてるみたいなんだけど》
《グリム! ネア、運ぶ、任せる! グリム、早く、外、行く、用事、済ませる、良い!》
《じゃあ、よろしく》
念話を切って外へ繋がる通路を歩く。
外に出ると外していた『認識阻害の仮面』をまた顔に装着して『翼竜の腕輪』で飛翔する。
すぐにベニアス上空に着き、領主であるビレーネ家の屋敷と思われる建物を見つけた。
ビレーネ家は最近爵位が上がって今は子爵。
というのもリーヴァが綺麗にしている水を水路に利用しての街の観光地化、加えて王家への霊水の定期的な献上が大きいそうだ。
霊水は傷を癒す治癒ポーションと魔力を回復させる魔力ポーションの上位版である治癒ハイポーションと魔力ハイポーションの材料になる。普通、霊水があるのは魔素濃度の濃いモンスターがひしめく危険な場所にしかないため、安全かつ定期的にそれを供給すればそりゃ出世もする。
それだけに飽き足らず、霊水を闇市に流し、私腹を肥やして方々への賄賂に使っている始末。
クラウスの事もある程度わかった。
まず、クラウスが着せられた罪というのは『悪魔召還』だった。それも高位悪魔であるメフィストフェレスの召還を行ったとされているらしい。
確かにクラウスは召還魔法が使えた。しかし、そのスキルレベルは俺が【鑑定】で見た時点でLv2だったはず。高位の悪魔どころかそもそも悪魔召還なんて成功するはずがない。明らかに捏ち上げだ。
それに今の領主は先代の娘で、先代はリーヴァを捕らえたその少し後に病で急死したと言っていた。
あやしすぎるだろその娘。
白で統一された大きな館に入ると中は様々な美術品が飾られ、廊下ですれ違う多くの使用人が忙しそうにしていた。
『認識阻害の仮面』の効果で誰も俺の事には気付いていない。
俺はその中で燕尾服を着た老齢の執事を見付け、後ろに付いて歩いている。この爺さんは領主の専属執事で大抵いつも領主の側にいるとの事。付いて行けばたぶん領主のもとへ案内してくれるだろう。
しばらく行くと執事の爺さんは他の部屋よりも装飾の凝った扉をノックして中へ入って行く。俺も後に続いて扉を閉められる前に中へ入る。
中にはこれも意匠の凝った机に赤い髪の女がいた。
名前:フィラーサ・ビレーネ
種族:普人族
レベル:26
状態:正常
スキル:【召還魔法Lv5】【魔力感知Lv4】【錬金術Lv4】【水魔法Lv3】【算術Lv3】
賞罰:『悪魔召還』『親殺し』『グレミネア王国子爵』
おおかた予想通り、『悪魔召還』も元領主が死んだのもこいつがやった事のようだ。
執事が何かが書かれた紙の束を渡してから部屋を出て行った。
フィラーサという名前だとわかった赤毛の女はその紙を読んでほくそ笑む。
「ふふ、これでまた儲かったわ」
頃合いだろうと『認識阻害の仮面』に魔力を流すのを止める。
「ふーん、裏金ね」
「ッ!?」
後ろから声をかけるとすぐに座っていた椅子から飛び退いて机を越えて扉の近くへ下がった。
それなりに身のこなし方を知っている動きだ。
「…どこの手の者かしら?」
「どこだと思う?」
わざと挑発するように戯けて見せる。
「他国からの暗殺者…いえ、その仮面どこかで…」
少しずつ扉に近付きながらも注意深く俺を警戒していた目がつけている仮面を見て見開かれた。
「まさか…それは、クラウスの…」
錬金術スキルを持っていたから分かるかと思ってつけたままにしていた『認識阻害の仮面』は俺がクラウスの関係者だと気付かせるのに十分役立ったようだ。
「なるほどね。あの男の敵を取りに来た弟子といったところかしら? でも、変ね。確かその『認識阻害の仮面』は印象を少し薄くさせる程度の効果だったはずよね。存在を全く認識させないなんてもうアーティファクト級の魔導具じゃない。さすが天才ともてはやされていただけはあるわね」
「いや、これの術式は俺が改良した物だよ」
「…へぇ、天才の弟子は天才ってわけ」
「ところで、話に意識を向けさせて逃げようとしてるところ悪いけど、この部屋には結界を張ったから逃げられないし声も外には届かないよ」
扉のノブに向かっていたフィラーサの手がそれを聞いて止まった。
何やらぶつぶつと呟いてからこちらを一層睨みつけてくる。
「どうやら本当のようね。錬金術の腕に加えて魔法の腕も一級品だなんて、あの憎たらしいクラウスよりも可愛げがないのね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
強い憎悪を含んだ視線に笑顔で返す。
「口が減らないお嬢さんだこと」
「これでも一応男だよ」
「あら、ごめんなさい? あんまり可愛らしい顔をしているものだから」
明らかな挑発。
口の減らないのはお互い様だと思う。
「それで? あなたは私を殺しに来たという事でいいのかしら?」
「まあ、そうかな。本当は話をする間もなく死んでもらう予定だったんだけど、ちょっと気になる事があったから聞いておこうと思って」
「なにかしら? 天才に興味を持ってもらえるなんて光栄だわ」
「聞きたい事は1つ、悪魔召還したのに何でばれてないの?」
ほとんどの国の政府はステータスを確認できるマジックアイテムで定期的にステータスの確認を貴族に義務付けられている。
大抵は免罪符というマジックアイテムでステータスの賞罰に表れる罪を消すらしいけど、この女のステータスにははっきりと表示されている。
賄賂とかで政府の役人を買収するにしてもさすがに悪魔召還を行った人間を見逃すなんてリスクの高い事をするだろうか?
「あら? どうしてわかったのかしらね」
フィラーサの魔力が高まっていくのが分かる。
「まあ、いいわ。結界が張ってあるならこっちにとっても好都合。あなたはここで死んでもらう事にするわ」
俺とフィラーサの間に魔法陣が現れ、その中から何かが出てくる。おそらく召還魔法だ。
「質問の答えがこれよ」
魔法陣から出てきたのは黒いタキシードに身を包み、同じ漆黒の長い髪に頭から伸びる2本の角、顔には道化師のような仮面をつけた悪魔だった。
『ケケッケケケッケケケケッッケッケケケケケッケッケッケケケケ!』
仮面を通して聞こえる不気味な笑い声はネアリアの声のそれに似ている。
「クラウスがメフィストフェレスを召還したように見せかけられたのはね、私が召還したからよ」
フィラーサの口角が釣り上がる。
「メフィストフェレスがその能力から何て呼ばれているかご存知かしら?」
「確か、偽りの道化師だったかな。なるほど、そいつの力でステータスを誤摩化したと」
「ご明察の通りよ。さらに付け加えればあなたの師にかけられた呪い、あれは私とメフィストフェレスとの契約によるもの。あの男を殺し、魂を貶めるのに協力するだけで私は魔力だけを対価に高位悪魔を使役できる。まあ、呪いに必要な触媒を集めるのはお金と手間が掛かったけど」
やっぱりクラウスがリッチになったのは偶然ではなかったようだ。
「聞いてない事まで随分ベラベラとしゃべってくれるんだね」
「あの世で師に会うのに土産話は多いほうがいいでしょう?」
そう言うとメフィストフェレスの手に派手な意匠のレイピアが現れる。
「じゃあ、そろそろ…死になさい」
『ケッケケケケケッケー!』
メフィストフェレスのレイピアが俺の首目掛けて迫る。
「知りたかった事に答えてもらったし、俺もお返しにあんたの勘違いを3つ教えてあげるよ」
迫り来るレイピアを『シールド』で受け止めながら続ける。
「詠唱なしで魔法を使うなんてどんな手品かしら? それとも魔導具かマジックアイテム?」
「ただの守護魔法だよ」
「嘘おっしゃい。守護魔法ごときでメフィストフェレスの攻撃を防ぐなんてできるわけないじゃない」
「まあ、本物ならね」
「…これが偽物だとでも言いたげね。残念だけど私の召還は成功したわ。それに悪魔との契約に嘘はつけない。それは悪魔も同じ、私はちゃんとメフィストフェレスと契約したのよ? だいたいメフィストフェレス以外にステータスを偽装するなんて真似ができるのかしら?」
「本物っていうのはちょっと語弊があるかな。言い直すよ。確かに完全なメフィストフェレスなら俺の『シールド』は紙切れ同然だっただろうね」
フィラーサの表情筋がわずかに動いたのが分かった。
「これは確かにメフィストフェレスだけど、爪の垢程度の力しか持たない不完全な存在でしかないよ」
「どこにそんな証拠が」
分かり易いように証拠を見せるべく、レイピアを防いでいる『シールド』を消す。
それと同時に『性質変化』で手刀に斬撃性を持たせ、目の前にいた不完全なメフィストフェレスの頭上から股にかけて身体を両断した。
両断した身体が黒い霧となって消滅する。
「これが証拠。高位悪魔がこの程度で消えるわけないでしょ?」
目を見開いて驚愕しているフィラーサに告げる。
「嘘…嘘よ、こんな…だって、私はメフィストフェレスと契約を…」
呆然としているフィラーサを尻目に、ある紙の束を取り出して書いてある内容を読む。
「メフィストフェレスの力そのものは中位悪魔のそれとそう変わらない。しかし、メフィストフェレスの恐ろしいところは力の大きさではなく、その狡猾さと力の性質にある。事偽る事に関して言えばこれの右に出る悪魔はなく、より高位の存在にさえ見破る事は困難だという。そして、この悪魔の最も厄介かつ恐ろしいところは嘘が許されない契約においても偽装が可能な事にある」
フィラーサの見開かれていた目がさらに大きく開かれる。
「やっぱり知らなかったみたいだね。まあ、普通は知らないよ。こんな情報どうやって調べたんだろうね、クラウスは」
クラウスの名前を聞いて、動揺で溢れていた目に再び憎悪が宿ったのを見るにクラウスはこの女に相当憎まれていたらしい。
「あんたが召喚したものを見て理解したよ。何でメフィストフェレスについてこんなに調べてたのか。クラウスはあんたを助けようとしてたんじゃないかな」
高位悪魔との契約が完全に成立した者の魂は闇に堕ち、徐々にその人格は契約した悪魔に侵食されていくらしい。
これは、クラウスが記した資料に記載されていた。おそらく自分が呪われた事も気付いていたはず。
とんだお人好しもいたものだ。
「馬鹿にして…ッ! あの男はいつだってそう! 私を下に見て、いつも自分は誰よりも先を見ているような態度! 気に入らない…気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない! あの男の才能も、優しさも、作る魔導具も、その弟子も、何もかも気に入らない!」
半狂乱になって叫ぶフィラーサへとゆっくり歩いて近付いていく。
「2つ目の間違いは俺は別にクラウスの弟子じゃない。3つ目、よってあんたを殺しに来た理由はクラウスの敵討ちなんかじゃない。むしろ、俺個人としてはあんたに感謝してる部分もある」
この女が事を起こさなければ俺がネアリアやフィノに出会う事もなかっただろう。
「なんなのよ…あの男の弟子でも無い無関係な奴が何で私を殺しに来るのよ!」
話しながら近付いていき、距離が半分を切った。
そして、終わらせるべく『氣動法』で肉薄し、『性質変化』を用いた手刀をフィラーサの首目掛けて振るう。
「単に邪魔なんだよ。クラウスを殺したあんたに生きていられると」
ネアリアにとっても、俺にとっても。
目の前にはさっきまで喚いていた女の首のない胴体。
すぐ側に宙を舞っていた首が落ち、転がった。
『見氣』で完全に死んだ事を確認してから死体を【無限収納】で仕舞う。
「終わった、終わった」
部屋に張っていた結界を解き、待っているであろう食い意地の張った姫を思い浮かべ、【異空部屋】で転移した。




