022
ドラゴン。
強靭な肉体と膨大な魔力を持つこの世界での最強種。
様々な特徴を持つドラゴンが確認されているが、ひとつ共通していることがある。それはどんな姿をしていてもそのどれもが必ず息吹スキルを持つ事だ。
クラウスの家族はそのドラゴンらしい。
当たり前だが別にクラウスが産んだとかではない。
拾った卵を孵したら懐いてしまったそうだ。いわゆるインプリンティングというやつだろう。
俺は昔、クラウスが追われていたのは高い錬金術スキルによるものだと予想したが、このドラゴンにも原因があった。
孵ったドラゴンの種族はレイクドラゴンの希少種。
レイクドラゴンは綺麗な湖に生息するドラゴンで、人が出会う事は非常に稀だ。
それだけでも珍しいのにその希少種は水を綺麗にするスキルを持っていた。
それを知ったある貴族に謂れの無い罪を着せられ、レイクドラゴンは捕まり、クラウスは追われる身となった。
しかし、クラウスはそれで諦めはしなかった。
逃亡の中で錬金術の研究を続け、囚われているレイクドラゴンをどうにか助けようと思った。
その途中で死んだわけだ。
今、俺達は異空部屋から転移して森に出ている。
囚われのレイクドラゴン、名前を「リーヴァ」というクラウスの家族をこれから助けに行く。
【無限収納】で魔導具『召還の魔笛』を取り出す。
これは魔力によって印を付けたものを使用者の元へ転送させる魔導具だ。
クラウスのオリジナルでたぶん世界で1個しかない。
息を吸い込み、魔力を込めながら勢い良く吹く。
大気に浸透するような静かな響きを放ち、地面に光る魔法陣が描かれる。
そして中から1匹のモンスターが現れた。
種族:デモンコング
レベル:35
状態:正常
スキル:【豪腕Lv5】【硬化腕Lv5】【頑丈Lv5】【息吹Lv4】【加速Lv4】【威嚇Lv4】【嗅覚感知Lv4】【自然治癒Lv4】【火耐性Lv3】【闇耐性Lv3】
巨大なゴリラに悪魔の羽が生えたような見た目。頭からは禍々しい角が2本。胴と同じくらい太い腕を拳を握った状態で胸の前でクロスさせて立っている。俺が指示した通りのポーズだ。
2年前、何処からか迷い込んで来たこいつが俺に襲いかかって来たのが出会いだった。
もちろん返り討ちにした。
そのままフィノに食わせるつもりだったが奴の背中を見て思い止まる。このかっこいい羽を殺すのは惜しく思えたのだ。
その後も何度か襲われては半殺しを繰り返していたらいつの間にか食べ物を取って来て献上して来るようになった。立派な舎弟の完成である。
「俺達は今からこの森を出る」
「ゴッ」
こくりと頷き、背中を見せて乗れと促してくる。
「いや、お前は置いてく」
「ゴアッ!?」
「お前でかいから街の中とか入れなそうだし」
しょんぼり項垂れて落ち込み出した。
「まあ、時々戻って来るし、必要な時は笛で呼ぶから」
「ゴアァ…」
『よしよし』
ネアリアがデビルコングの頭を撫でて慰める。
フィノは我関せずだ。
一応、舎弟への挨拶も終わった事だし、そろそろ移動しよう。
腕にはめていた『翼竜の腕輪』に魔力を流す。その効果で背中に黒く透けた羽が現れる。
この羽は錬金術スキルの技巧『術式改変』で『翼竜の腕輪』内の術式を改変させる事で魔力によって羽を形成させている。
さらに、限界速度を引き上げ、音速の半分程度での飛行を可能にした。普通はそんな速度で飛べば身体が大変な事になるがネアリアがくれた精霊石のおかげで気にせず高速飛行が可能だ。
「やっぱり羽があるのはいいね」
『ネア、羽、無くても、飛べる、いらない』
「分かってないなあ、ネアは。様式美っていうのがさ。それにこの羽には飛行補助術式も仕込んであるから高速飛行も自由自在だしね」
そう言って飛翔する。
何の抵抗も感じない。さすがネアリアの精霊石だ。
デビルコングを残し、飛行を開始する。
視界が切り替わる。高速で流れる景色を動体視力を限界まで駆使して捉えていく。
この速度でもネアリアは苦もなく付いて来ている。精霊の上位種だけあってこれくらいは余裕そうだな。
《グリム、飛ぶ、気持ちいい、ね》
高速飛行中は普通に会話しても声が届かないので念話での会話にしている。
《なあ、ネア。やっぱり、髪邪魔なんだけど》
飛んでいると激しくなびく肩まである髪を持ってネアリアに念話を飛ばす。
《切る、ダメ。髪、長い、ほう、グリム、可愛い》
以前切ろうとしたところ頑にそれを拒んでうるさかったので髪は長いままにしている。
《ちゃんと前向いて飛ばないと危ないよ》
《ん、わかった》
ネアリアに前を向かせ、さらに速度を上げて目的地へ飛んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
何やら今日は外の様子がいつもと違う。
様子を窺おうと首を持ち上げるが、動く度に首や足にはまっている鎖が鳴り、その不快な音が疲労と相まってさらに動く気力を削いでくる。
もうどれくらい経っただろう。
思えば捕まるまでの自分は幸せすぎた。
自分のレイクドラゴンという種族は卵を産んでも育てる事は無く、親の顔を知る子はほとんどいない。
しかし、自分には親が、家族がいた。
卵の時に拾われ、大切に辛抱強く孵るのを待っていてくれた者がいた。
殻の外から時々聞こえる自分に呼びかける声の主に早く会いたいとドキドキしていた気持ちを今も昨日の事のように覚えている。
殻を突き破って初めて見たあの優しい笑顔を絶対に忘れる事はない。
主であり、親である、家族との日々を、大切な思い出を胸に死んでいくのだろう。
以前はまだ逃げる事を諦めなかった。もう一度会いたい人がいたから。
今はもう何もかも諦めた…どうでもいい。
従魔の契約を結んでいたから分かる。
主はもうこの世にいない。
死んでからも苦しんでいた魂も何年か前に解放され、安らぎの中へ旅立って行った。
もうすぐ自分もあそこへ行けるだろう。
やっと会えるのだ。
また以前のように優しく頭を撫でてくれるだろうか?
また美味しいごはんを作ってくれるだろうか?
ああ、会いたい。早く、会いたい。
産まれた時のように笑顔で迎えてくれるといいのだが。
もう直ぐだ。もう直ぐ、あなたのもとへーーーー
「へぇ、本当にドラゴンなんだ」
人の声がした。
声のしたほうへ視線を向ける。
新しい見張りが珍しがって見に来たのだろうと思った。
しかし、違った。
もうこの世では見る事の出来ないと思っていた優しい主の姿がそこにあった。
低い背丈に黒い髪と紫色の瞳。
よく見れば再会を待ち焦がれた主とは似ても似つかない容姿だった。同じなのは種族が普人族であるという事くらいだ。
しかし、何故だろう。
この普人族の少年の顔に主の面影が重なる。
そして、鼻孔をくすぐる懐かしい匂いは主のものと同じだ。
その身に纏う人とは思えないほどの莫大な魔力にも僅かだが主の波長を感じる。
その不思議な人物の手が鼻先に触れ、優しい手つきで撫でられる。
「助けに来たよ」
その手の暖かさに自分がまだ生きている事を強く感じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
グレミネア王国。
広大な領土を持ち、それを活かした食料生産と芸術分野に優れた人材が多い事で有名な大国だ。
この国の南に樹海シュヴァルドウッドが位置する。
そして、俺達が向かっているのはビレーネ領のナヴィレ湖という大きな湖。そこにクラウスの家族であるリーヴァが捕らえられている。
マップを見ながら飛行を続け、もうすぐナヴィレ湖が見えてくるところまで来ていた。
《グリム、でっかい、湖、見えた》
前にいるネアリアが前方を指差して念話で知らせてくる。
その指の先を見ると確かに大きな湖が見えていた。
《本当にでっかいな》
シュヴァルドウッドにあったものとは比べ物にならない。
そして、遠くからでも分かるほど水が澄んでいて魔力を帯びているのが見て取れる。リーヴァのスキルの力かな。
湖の真上で止まる。
ナヴィレ湖のすぐ側にはビレーネ領の都市ベニアスがあり、よく見ると湖から水を引いてそれで水路が街に張り巡らされている。さしずめ水の都といったところか。
要するにリーヴァのスキルで綺麗になった水で生活しているのだ。
マップを確認する。
どうやらリーヴァは湖の中央にある中がほとんど洞窟になっている小島にいるようだ。
見張りと思われる兵士も中に50人、外に50人ほどいる。まずはこの警備兵の無効化からだな。
【無限収納】で魔導具『認識阻害の仮面』を取り出して顔につけ、魔力を流してから急降下でリーヴァがいる小島に降り立った。
『認識阻害の仮面』の効果でまだ誰も気付いていない。
まず辺りにいた5人を殴って昏倒させ、ネアリアに縄で縛らせた。縛るというか芋虫のようにぐるぐる巻きにしていたけど、まあいいか。
昏倒させた警備兵は岩陰に隠して別の警備兵がいるところへ向かう。
1時間で外にいる50人は全て制圧出来た。
次は中だ。
洞窟内は所々が魔導具で照らされていて、歩くには十分な明るさであった。
通路には水が流れていて両端が通行出来るように補強されている。
マップには何ヶ所か部屋のようなスペースがあり、そこへ行くと食料庫や仮眠室があった。
ちょうどいいので洞窟内で昏倒させた警備兵は仮眠室と思われる部屋へネアリアに運んでもらう。
洞窟内の全ての警備兵を制圧してリーヴァがいる一番奥の部屋へ行く。
鉄格子で阻まれた他の部屋よりも広く高い壁に天井が空いた部屋に首と足を鎖で繋がれた状態のドラゴンがいた。
その鉄格子を『練氣』で底上げした腕力で曲げ、中へ入る。
名前:リーヴァ
種族:レイクドラゴン(希少種)
レベル:15
状態:衰弱
スキル:【息吹Lv2】【嗅覚感知Lv5】【鋭牙Lv4】【鋭爪Lv3】
エクストラスキル:【水質浄化】【霊水生成】
「へぇ、本当にドラゴンなんだ」
顔の『認識阻害の仮面』を外してから声をかけた。
本で呼んで知識だけはあったが、シュヴァルドにはドラゴンがいなかったし見るのはこれが初めてだ。
だがおかしい。本には子供のドラゴンでも3メートルはあると書いてあった。目の前にいるリーヴァはどう見てもそれより身体が小さい。
それに聞いていた水を綺麗にするスキルはエクストラスキルの【水質浄化】だと分かるが【霊水生成】というのがすごく気になる。
まあ、考えるのは後にしてとりあえず助けよう。
こちらに首を伸ばして顔を向けているリーヴァにゆっくり近付いて鼻先を撫でる。
「助けに来たよ」
もっと警戒されるかと思ったが何故かすごく大人しい。それどころか鼻先を撫でていた手を舐めたりしている。
よく見ればリーヴァの身体には無数の鞭の跡が刻まれ、『見氣』を使って見た氣力は風前の灯だった。
「鎖を外すからちょっと動かないでね」
動けるような状態ではないのは分かっているけど、一応、そう言ってから鎖へ触る。
そこでようやく分かったが、この鎖はどうやら魔導具のようで装着した者の魔力や氣力を奪う効果があるようだ。
勿体ないので術式の組み込まれている魔石だけは外して仕舞い、首輪と足かせを『集氣』を使って破壊した。ここへ来る前に全ての部屋と警備兵の持ち物を確認したが鍵らしき物を見つけられなかったからそのまま頂けないのが残念だ。
すぐに治癒魔法で傷を治す。
この傷は『ヒール』だと何度もかける必要があると思い、『ヒール』よりも治癒効果の高い『ハイヒール』を発動させる。見る見るうちに傷が癒えていき、目に見える範囲の傷は全て治った。
氣力のほうは『流氣』で俺の氣力を少し流してやる。
「あー、今更だけど言葉は分かるんだよね?」
リーヴァが長い首を動かし、こくりと頷いた。
「よかった。俺はグリム、そこのクラウスの友達のネアに君の事を聞いて助けに来た」
『やっほー』
いつの間にか後ろにいたネアリアが飛んで近付き、興味津々といった目をしてリーヴァの首の辺りを撫でている。
『鱗、ネア、髪、色、似てる』
ネアリアの言う通り、治ったリーヴァの鱗はネアリアの髪とよく似た翡翠の色をしていた。
それに何より綺麗なのはその翼だ。鱗と同じ色で、透けているその翼は実に美しかった。
美しいモンスターというのもいるんだな。
「俺はちょっとしなきゃいけない事があるから、ネアはフィノとリーヴァを見ててくれる?」
『わかった』
いつものように肩にいたフィノをネアリアに預ける。
「あと、これリーヴァに食べさせておいて」
【無限収納】で蜂蜜の入った瓶を取り出してネアリアに渡す。
本で得た知識では蜂蜜がレイクドラゴンの好物だったはずだ。蜂蜜は栄養価も高いし、弱っている今の状態にもちょうどいいだろ。
『ネア、食べさせる、だけ?』
涙目で自分にもと訴えかけてくる。
ここで駄々を捏ねられるのも面倒くさいと思い、お菓子が入っている木製ボウルを取り出して渡す。
「フィノにもあげなよ?」
『はーい』
そう返事を返しつつ、受け取ったお菓子をひとりでバクバク食べ始めたネアリアの頭にチョップをキメてからこの部屋に入ってきた通路へ戻る。
迷わないようにマップを確認しながら、昏倒させた警備兵を集めた部屋へと歩いて向かった。




