021
シュヴァルドウッドに来てから6年の月日が流れた。
もはや見飽きた修練室の中央。
そこに佇む『修練の魔導鎧』に魔力を流し込む。すぐに動き出した鎧は持っていた剣を薙ぎ払った。
霞む。その表現が当てはまるように俺は消えた。
『氣動法』を使って避けたことで残った残像を鎧は切っていた。6年前よりも速さは確実に上がっている。
後ろにいた俺を感知していたようで空ぶった剣をそのまま後ろに薙いだ。それを状態を反らすだけで躱す。続く攻撃も全て紙一重で躱していく。
魔力で動いている鎧に見切りスキルは通じない。氣力感知スキルも意味をなさないのでかなりやりずらかったけど、そういう相手との戦いにもこいつのおかげで随分慣れた。
縦に一線された攻撃を左肩を引いて躱し、前に出ている右手を突き出して鎧の腹部に掌を当てる。
瞬間的に増大した氣がその場所で爆発し、鎧の腹部が砕けて後ろへ吹き飛んだ。
武技『氣爆破掌』、『集氣』と『貫氣』を複合して放つそれは外部と内部を同時に衝撃が襲い、威力も相乗するように上がる。
「…また壊れた」
この6年で壊した回数は千を超える。
腹部に開いた穴に飛び散った欠片を集めて入れる。数秒待つと鎧全体が発光し、腹部に開いていた穴が完全に塞がって元通りになった。
異空部屋は汚れを綺麗にするだけでなく壊れた物の復元機能も備えている。魔力の消費量は群を抜いて高いようだけど俺の保有する魔力量からしたら微々たるものだ。
『グリム、終わり?』
端で見ていたネアリアが浮いて近付いて来た。
6年経って俺は身長が160センチを超えるくらいまで伸び、ガリガリだった身体も細いには細いけど、大分まともになった。
しかし、ネアリアは全く変わらない。精霊というのはそういうものらしい。すでに50年は生きていると知った時は相当驚いた。
「うん、終わり」
『今日、なに、する?』
「今日はね、そろそろ昔の借りを返しにいこうかなって思ってる」
それだけで何の事か察したネアリアが満面の笑みを浮かべる。
「嬉しそうだね」
『ネア、嬉しい』
何がそんなに嬉しいのやら。
「ピュイ!」
巣にいたフィノもやって来た。
6年前と比べ、大きさはたいして変わらない。しかし、銀の体色はより美しさが増し、神秘的な輝きを放っていた。
可愛さも倍増している。
床を這って来たフィノを肩に乗せてひと撫で。
「じゃあ、行こうか」
転移で森の深部へやって来た。
ここまで来ると昼でも数メートル先が見えないくらいに薄暗い。
まあ、6年もこの森にいたことで暗い場所でも普通に見えるスキルを習得した俺には特に不自由ない。氣力感知スキルがあるので見えなくても問題ないけど。
それに深部に近くなるほど高くなる木のせいで日の光が遮られているが、悪いことばかりじゃない。高い木に実っている果物は低い木に実っている果物よりも甘くて美味しい。
ネアリアが特にこの辺の果物が好きで、今も飛んで取って来たアプルを食べていた。どうせなら俺の分も取って来て欲しかった。
『こっち、から、行かない?』
口にアプルを含んだまま聞いてきた。
「近くに転移したからね。その内あっちから来るよ」
そう言って【無限収納】でアプルを出してフィノに食べさせながら自分も齧る。
アプルを食べながら少しの間待っていると木々の向こうからこちらに向かってくる大きな何かを氣力感知スキルで捉えた。
「来たみたいだ」
『ふふ、ネア、楽しみ』
「一応、言っておくけど手は出さないでね?」
『…ネア、わかってる、よ?』
怪しいもんだと思ったけど口にはしない。
バキバキと木々を倒しながらそれが迫って来る音がする。
しばらく待つと目の前の木をなぎ倒して巨大な黒い陰が現れた。
種族:ジャイアントベア(上位種)
レベル:38
状態:正常
スキル:【豪腕Lv6】【頑丈Lv5】【気配遮断Lv4】【加速Lv5】【嗅覚感知Lv5】【威嚇Lv4】【自然治癒Lv3】
「ガアアアアアアアァァァァァァァァァァッ!」
6年前に俺をボロクソにした上位種のジャイアントベアが牙を剥き出しにして威嚇している。
俺の匂いを覚えていたようで安心した。
威嚇に何の影響も受けないことに業を煮やし、丸太のような腕で俺を潰しに来た。
だが、残念。その攻撃が届く事は無い。
ジャイアントベアの腕と俺の間を遮るように半透明で球体の壁が俺を覆って防いだ。
この6年で守護魔法も随分と威力の高い攻撃を防げるようになった。
尚も押し潰そうとジャイアントベアが腕に力を入れるがびくともしない。
『シールド』を展開、怒りで隙だらけの顔面へ『シールドバッシュ』をぶち当てる。その効果で顔を仰け反らせさせる。
俺を覆っていた『スフィアシールド』を消して、『練氣』で底上げした廻し蹴りをジャイアントベアのどてっ腹へと叩き込む。
俺の3倍はありそうな巨体が勢い良く吹き飛ぶ。
しかし、あまり効いていないだろう。毛皮を傷付けないように吹き飛ばすだけに押さえたし。
予想通りジャイアントベアは吹き飛んだ先からすぐに突っ込んできた。
その顔にははっきりと憤怒の感情が表れている。
今度は腕を振るうのではなく、鋭い爪を真っすぐに立てて突きを放ってくる。その重量と速度が一点に集中し、さっきの攻撃よりも威力を有しているのが見てとれる。
そんな攻撃もできるのかと関心しながら『シールド』のような壁を展開した。しかし、これは普通の『シールド』とは違い、表面が鏡のように光を反射している。
それがジャイアントベアの突きを止めた。そして、突きを繰り出した腕が突きと同じ速度で弾かれる。
【守護魔法Lv5】で習得した呪文『ミラーシールド』。物理ダメージ、魔法ダメージを鏡のような『シールド』で跳ね返す呪文だ。
自分の突きのダメージをそのまま返されてその腕を負傷しながらもジャイアントベアは倒れも逃げもしない。
その目に宿るは俺を殺すという強い意志。
右手に氣力を集中させる。ただ留めるだけでなく、薄く纏わせるように操っていく。ここまでは『集氣』とそう変わらない。
だから、変化させる。手刀の形にした手に纏わせた氣力を6年前は使えなかった武技『性質変化』を使うことで性質を打撃から斬撃に変える。
「ガルアアアアァァ!」
今度は負傷した腕とは逆の腕で突きを放ってきた。
俺みたいな貧弱そうなガキに自分という強者が負けるなんて認められられ無い。そういった一撃だ。
だが、お前は負ける。
『氣動法』で駆ける。
すれ違い様の一閃、ジャイアントベアの首が飛ぶ。
吹き出る血しぶき。
倒れる巨体で砂埃が舞い、飛んだ首が落ちて来る。それを片手で掴んで無限収納で仕舞う。
「あー…疲れた」
『性質変化』は氣力の消耗が特に激しい。
『お疲れ、グリム』
ニコニコしたネアリアが飛んで来て抱きつかれる。
「くっつくな」
『やだ』
言うと思った。
ネアリアは無視してジャイアントベアの首から下を仕舞う。
こいつの毛皮はさぞいい素材になってくれるだろうなあ。
「ピュイ」
「ああ、肉は食べていいよ」
肩にいたフィノがそわそわしていたのは早く食べたかったからか。
相変わらず食いしん坊である。
『あいつ、まずそう。ネア、お菓子、良い』
こっちの食いしん坊は注文がうるさい。
「とりあえず帰ろう。用は済んだ」
『そう、だね』
「ピュイ」
俺達は異空部屋へと転移した。
戻って来てすぐに調理部屋へ向かい、ジャイアントベアの血抜きをする。
かなりの巨体だったので天井を高くしなければならなかったほどだった。
解体はアイテムポーチに入っていた切れ味のいい刃物を使っているし、スキルレベルも上がっていることですぐに終わった。
肉はフィノに与え、剥いだ毛皮は早速裁縫スキルの素材となってもらう。
『黒巨熊のファーコート』
防御力:A+
耐久:A
能力:【防刃性能】【耐火性能】【耐水性能】【衝撃吸収】【腕力上昇】【自動治癒】【感覚強化】【温度調節】【サイズ調節】
性能は上々。
見た目はフード付きのモフモフ黒コートだ。
着心地もなかなか。
それに、能力の【自動治癒】は傷だけでなく、若干ではあるものの氣力の回復効果もあるようだ。
「ピュイー…」
『グリム、モフモフ』
フィノも気に入った様子で、触り心地ばつぐんの毛の上で寝てしまった。
頬ずりしてくるネアリアは鬱陶しいので引き剥がす。
『グリム、グリム』
引き剥がしたネアリアが座った自分の膝をぽんぽんと叩いて来るように催促する。
俺は特に抵抗することなくそこに頭を乗せた。
これをやっている時のネアリアは大人しくなるので面倒くさくなくていい。
ジャイアントベアの希少種を倒したことでレベルが上がったはずなので自分とついでにネアリア達のステータスを確認する。
名前:グリム
性別:男
年齢:14歳
種族:普人族(覚醒種)
レベル:25
スキル:【裁縫Lv9】【守護魔法Lv6】【雷耐性Lv8】【治癒魔法Lv6】【算術Lv4】【氣操術Lv6】【見切りLv6】【解体Lv5】【氣力感知Lv6】【魔力感知Lv6】【体術Lv5】【明鏡止水Lv5】【料理Lv5】【錬金術Lv5】【石工Lv4】【木工Lv3】【暗視Lv2】
エクストラスキル:【鑑定】【ステータス操作】【異空部屋】【無限収納】【スキルポイント増加】
スキルポイント:10
賞罰:「盗み」
名前:ネアリア
種族:風精霊(上位種)
レベル:28
状態:正常
スキル:【風耐性Lv7】【魔力感知Lv7】【雷耐性Lv4】
エクストラスキル:【精霊魔法:嵐】【未来視】
名前:フィノ
種族:スレッドワーム(希少種)
レベル:15
状態:正常
スキル:【擬態Lv7】【悪食Lv6】【体内変換Lv6】【糸生成Lv6】【麻痺針Lv5】【毒針Lv4】
もう何年か前からシュヴァルトウッドではレベルを上げるのに合わなくなっている。
それでも留まっていたのは食材に困らないのと、あのジャイアントベアへの借りがあったからだ。
これからどうしようか…。
「やっぱり森出よっか…」
『森、出る?』
「うん。行きたい場所もあるしね。ネアは行きたい場所ある?」
『ネア、行きたい、場所、ある』
「どこ?」
『クラウス、家族、捕まってる、場所』
はい?
「クラウスの家族捕まってるの?」
『そう、クラウス、言ってた、ネア、思い出した』
忘れてたのかよ。
『助ける、ダメ?』
面倒くさいとは思う。
しかし、クラウスの本や魔導具、マジックアイテムには感謝してる。
「まあ…いいか」
『やった! 早く、行こ!』
「今から行くの? 明日で良くない?」
『早く、助け、行かないと!』
忘れてたくせに良く言うよ。
「そもそも何で捕まってんの?」
『珍しい、力、持ってる、言ってた』
「ふーん。クラウスの家族ってことは普人族だよね? それとも別の種族だったりする?」
他の種族にはちょっと興味があったので、できるなら普人族以外だと嬉しい。
しかし、ネアリアはふるふると左右に首を振り、それを否定した。
『ドラゴン』
「は?」




