024
転移でリーヴァが捕まっていた部屋へ戻ってくると当たり一面は血で染まり、縄でぐるぐる巻きの死体が山のように転がっていた。
『グリム、おかえり』
後ろから抱きつかれそうになり、咄嗟に避ける。
「ただいま」
『むー! 避ける、ダメ!』
「外ではくっつくなって前に言わなかった?」
以前その所為でモンスターからの対応が少し遅れた事を思い出す。まあ、俺が未熟だったのも否定できないけど。
「ギュアアァ」
ネアリアと戯れているとある程度元気になった様子のリーヴァが近付いてきた。
その前足、特に鋭い爪は血で赤く染まっている。
そして、ステータスを見るとレベルが上がっている事に気付く。元気になったのはそれによるところもあるのだろう。
「あれ食べなくていいの?」
転がっている死体を指してリーヴァに聞いた。
「ギュア! ギュア!」
ブンブンと首を振り否定を訴える。
モンスターは人を食べるものだと思っていたがそうでもないらしい。確かにおっさんが多いし不味そうである。
とりあえず死体を片付けようと一ヶ所に集め、マジックアイテム『セイントクロス』を取り出す。『セイントクロス』は魔力を込めた分だけ死体を魔素へ変換させる事ができる。
このマジックアイテムによって死体は片付けられた。ついでに死体の山の中にフィラーサの死体も混ぜて一緒に始末する。
しかし、死体は全て片付いたのに血はそのまま残ってしまった。この部屋はある事に使おうと思っているため血の海のままでは都合が悪い。
どうしようか迷っているとリーヴァが近付いてきて魔力を高めるのが感じられた。何をするのだろうと見ているとリーヴァの周りの水が徐々に綺麗になっていく。これを見てエクストラスキルにある【水質浄化】の効果だと気付いた。
しばらくして血で染まっていた水が透き通るほど綺麗な水になった。
隣でそれを眺めていた俺に褒めてくれと言わんばかりに鼻先を押し付けくる。
「すごいね。ここまで速攻性があるなんて驚いたよ」
褒めながら撫でると、嬉しそうに喉を鳴らしていた。
リーヴァから手を離し、【無限収納】であるものを取り出す。
それは縦長の大きな箱のような形状をした棺。
「もう分かってると思うけど、君の主は死んだ。この中にはその主、クラウスの遺骨が入ってる」
棺を開け、横たわるクラウスの遺骨を見せるとそれに寄り添い、悲痛な鳴き声をあげる。
俺はネアリアとフィノを連れ、その場を離れる。
今はそっとしておいたほうがいいだろう。
部屋を出て暗い通路を歩き、外の岩場へ着く。
『グリム、何、する?』
岩を触って材質を調べている最中にネアリアが不思議そうな顔で近付いてきた。
「あの部屋にクラウスの墓を作ろうと思ってたんだけど、水でいっぱいだから埋めるのはちょっと向かない気がするからさ。だから、石を積んで祭壇みたいにしようと思って」
『ネア、手伝う、いる?』
「うん、ネアは俺が言った通りに石材を切って」
『ネア、了解』
石材を選び、ネアリアの魔法でカットしていく。
フィノは俺の肩に戻って寝ている。
ネアリアの魔法で切り出した石材をリーヴァのいる部屋に運ぶと、未だ棺の側に寄り添うリーヴァが目に入った。
声をかける事無く、部屋の中央に運んできた石を積み、祭壇のような物を組上げていく。
「こんなものかな。ネア、棺を持ってきて」
『わかった』
飛んで行ったネアリアは棺と共にリーヴァを伴ってきた。
「ここにクラウスの遺骨を安置する祭壇を作った。そして…」
【無限収納】で1つの水晶の形状をした魔導具を取り出す。
「この魔導具『守護者の水晶』を使って結界を張る事でここら一帯を人の入れないようにする」
具体的には入って来てもいつの間にか外に出てしまうようになる。
そして、ここら一帯とは隣接するベニアスも含まれる。
つまり、今ここで結界を張れば現在も街で日常を過ごしているであろう人々は着の身着のままで結界の外へ弾き出される事になる。知る知らないに関わらずリーヴァを苦しめていた事に変わりないからどうなろうが知った事ではないけど。
『守護者の水晶』はクラウスの未完成作品だったものを俺が完成させた。
しかし、それはクラウスは結界の生成に難儀していたのに対し、俺は守護魔法を直接応用可能だったためそこまで難しくはなかったというだけの事。魔導具に関して言えばクラウスは発想、技能共に天才と言われるに相応しい人物だった。
それに俺は錬金術スキルは持っていても魔導具の作成に必要不可欠な技巧『錬成』を習得できていない。『錬成』はLv5までに習得できなければそれ以降に習得する事はない。従って俺は天才どころか落ちこぼれもいいところだ。
あの女には間違いは3つだと言ったけどこれを含めれば4つだったかな。
ただし、作る際に『錬成』で魔石に術式を定着できないというだけで技巧『術式構築』で術式そのものを構築するすることはできる。
さらに言えば魔石に定着された術式なら『術式改変』で改変可能だし、『術式修復』という技巧で破損した術式も修復する事も可能だ。
今思えば俺は錬金術を学ぶ事でどれだけクラウスが偉大な錬金術師だったかを理解し、それと同時に尊敬の念を抱いていたのだと思う。
だからこそ遺骨をあの洞窟で集めて保存していたし、クラウスの家族を助ける事もそれほど抵抗を感じなかったのだろう。
「この魔導具は何日かに一度、魔力を補充する必要があるし、人は入って来れなくなるけどモンスターとかは来るかもしれないからそれらからここを守る必要もある。その2つをリーヴァに頼みたい」
「ギュア」
頷くことで了承した事を伝えてくる。
それを確認し、『守護者の水晶』に魔力を流し込んでいく。
結界は【守護魔法Lv6】で習得した呪文『指定結界』をそのまま術式に組み込んだもの。
『指定結界』は結界の大きさ、形状、効果を自由に指定し、その場に張る事ができる。
『守護者の水晶』に充分な魔力が溜まった。
結界の大きさはナヴィレ湖とベニアスを含めたここら一帯。形状は霧。効果は結界内にいる人を結界の外に弾き、近付いて来る場合は惑わし、外へ誘導する。
指定を完了させ、結界を発動すると辺りから霧が発生し出した。
これで人はここへは来れないようになったはず。もちろん『守護者の水晶』を発動した俺は例外である。
ベニアスの街のほうから感じていた氣力が次々に移動しているのが感じ取れる。
結界はうまく発動したようだ。
これでもう貴族にリーヴァが利用されるような事はないだろう。
だが用心するに越した事はない。
「ちょっと動かないでね」
無手だった右手に1本のペンが現れる。
これは『魔刻筆』という魔導具で、術式を生物の身体に直接定着させる事ができる。
元々この魔導具は空中に文字を書けるだけという効果で、クラウスが遊びで作ったような物であった。それを『術式改変』で記した術式を定着させられるように改良させたのだ。ただ無機物にはどうしても定着させる事ができなかったし、効果の強い術式を定着させると身体のほうが耐えられなくなってしまうという欠点がある。
今からリーヴァに施す術式は魔力を流すと俺にそれが伝わるというものとデモンコングのように『召還の魔笛』で召還可能になるものだ。
それをリーヴァに確認してから左右の前足に術式を定着させる。
リーヴァに術式を施してから『守護者の水晶』を祭壇に作った設置場所に置く。
魔力を流すのも理解できているようなので大丈夫だろう。
一応『プロテクト』を水晶にかけ、少しの衝撃では壊れないようにしておいた。
「ギュア、ギュアァ」
作業を終えるとまたリーヴァが鼻先を押し付けてきた。
どうやら撫でられるのが好きらしい。
鼻先や長い首を撫でながら改めてその身体を見て至る所にあった傷が全て癒えていたのを確認する。
翼も所々裂けていたので治って本当に良かった。
やっぱり翼を傷付けた馬鹿だけでも俺の手で消しておけば良かったかもしれないとも思ったが過ぎてしまった事はどうしようもないので忘れる事にする。
「ギュア」
しばらく水面に反射した光で輝く美しい翼を眺めているとリーヴァの魔力が高まっていくのを感じ取った。
フラフラ漂っていたネアリアも魔力を感じて近寄ってきたので一緒に見ているとリーヴァの目の前に水が集まっていく。
いや、集まっているのではなくあれは虚空から溢れてきているように見える。
しかも、その水は足下の【水質浄化】で綺麗になった水よりも透き通り、尚且つ純度の濃い魔力をで満ちていた。
おそらくあれが霊水と呼ばれる水だ。
『グリム、あれ、美味しそう』
ネアリアが生成されていく霊水を物欲しそうに見ながら呟いた。
魔力の塊である精霊からすれば、あれほど魔力で満ちた水は余程御馳走に見える事だろう。今にも飛付きそうになっているし。
「それは俺達にくれるって事でいいの?」
「ギュア」
くれるらしい。
くれるというなら是非もらっておこう。ぶっちゃけ欲しかったし。
ネアリアも目を輝かせて喜んでいる。
【無限収納】で樽を1つ取り出しそこに霊水を生成してもらう。
樽に半分程溜まった辺りで溢れるのが止む。まだ全快とは言い難いリーヴァの体調ではこれ以上魔力を使わせるのは良くないと考え俺が止めさせたのだ。
「ギュアァァ…」
申し訳なさそうに項垂れている首を撫でる。
「充分だよ」
『リーヴァ、ありがとう! ネア、すごく、感謝!』
そう言うと首を撫でていた手に頭を擦り付けるように甘えてくる。
ドラゴンは気性の荒い事でも有名だが、産まれた時からクラウスと一緒にいたからかすごい懐きようだ。
可愛かったのでつい蜂蜜の壷を取り出して与えてしまった。
「ギュア!」
喜んで蜂蜜を舐めているし良しとしよう。
「じゃあ、俺達はそろそろ行くよ」
リーヴァを撫でていた手を離し、少し距離を取る。
「ギュアァ……」
寂しいという想いがいっぱいに込められた双眸で見つめられる。
「またすぐ会いに来るよ」
『ネア、霊水、貰い、来る、絶対!』
そんな物欲だけの奴に会いに来られたくないと思うけど。
「ああ、そうだ」
【無限収納】で『召還の魔笛』を取り出す。
魔力を込めて息を吹き込み、デモンコングを呼び出した。
「ゴッ」
いつものように完璧なポージングである。
「お前、ここでこのドラゴン守れ。名前はリーヴァだ」
「ゴアッ!」
やる気に満ちた目でデモンコングはその命令に敬礼で答える。ちなみにこれも俺が教えた。
ついでに名前もこの際付けてやるというと、巨大な腕を上げて小躍りして嬉しそうにしている。
デモンコングに付けた名前は「バボス」だ。
そこまで強いモンスターがこの辺にいるのは感じられないので大丈夫だろうとリーヴァをバボスに任せ、俺達は次の目的地へ飛び立った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私の名はルフェーム。
現ビレーネ子爵家当主のフィラーサ・ビレーネ様に仕える専属執事である。
私は今、例のドラゴンが生み出す霊水を闇市で売りさばいた事で得た利益や、所謂裏帳簿の今月分が記されたものを主であるフィラーサ様にお届けするべく廊下を歩いていた。
その途中、後ろから視線を感じたような気がして振り返ってみるも後ろには誰もいなかった。
疲れているのだろうと再び歩き出し、フィラーサ様の居られる執務室の扉の前で止まり、ノックをしてから中へ入る。
中では歳が30後半になっても尚その若さがまったく衰える事を知らない美しき主、フィラーサ様が机に向かって執務を為さっていた。
私は持ってきた書類を渡すと早々に下がった。私などがお忙しいフィラーサ様の邪魔をするわけにはいかないのだ。
思えばフィラーサ様はお若い時からとても優秀であった。
魔法学院での成績は常に上位を保たれていたし、卒業後も先代であったお父上の元で領地経営を学び、その傍らで魔法の研究にも取り組んでおられた。
しかし、天才錬金術師として騒がれ出したクラウス・ファウストとかいうどこの馬の骨とも知れぬ若造のせいでフィラーサ様の功績も霞み出した。
年頃も近かったため、お父上もよくその若造とフィラーサ様を比べる事が多く、いつもその事を愚痴のように周りに漏らしておられた。
そもそも、あのような貴族でも何でもない者と高貴な産まれであるフィラーサ様を比べる事自体が間違っているというのに。
しかし、それもそう長くは続かなかった。
あのクラウスとかいう若造が『悪魔召還』をした罪で国から指名手配されたのだ。それも、メフィストフェレスという恐ろしき高位悪魔を召還したとの事。
天才錬金術師などと言われていたのもその高位悪魔の力を使っていたのだろう。
本来ならばフィラーサ様が得ていたであろう名声を悪魔の力で横取りしていたのだ。何と汚らわしい下郎か。
それでも必ず天は正しきを照らし出すもの。
何故なら薄汚いクラウスの『悪魔召還』を見破ったのは他でもないフィラーサ様だった。
フィラーサ様は奪われていた名声を自らの手で掴み取ってみせられたのだ。この時、私には伝説に語られるどの英雄よりも素晴らしく思えた。
そのすぐ後に先代であったお父上様が急な病でお亡くなりになられ、後をお継ぎになられたフィラーサ様は父親の死という悲しい出来事を乗り越え、あのクラウスめが飼っていたドラゴンを利用した見事な街の開発を為された。
さらに王族への霊水の定期的な献上など、それらが認められ、男爵だったビレーネ家の爵位は子爵に陞爵された。
やはり天才という名に相応しいのはフィラーサ様だったのだ。
私はそんな素晴らしき主の元に仕える事ができる自らの幸運を神に感謝し、これからも一生フィラーサ様を支えていくのだ!
だがそんな私の生活も唐突に終わりを告げた。
何処からともなく発生した白い霧が街やその周囲一体を包み込み、しばらくすると私を含めたフィラーサ家に仕えていた者、それだけでなく街にいた者達全員がその霧の外にいつの間にか放り出されていた。
街に戻ろうにも霧の中に入った者はしばらくすると入った場所とは別の所から出てきてしまったらしい。
混乱する街の者達。
かく言う私もそれは例外では無かった。
フィラーサ様がどこを探しても居られないのだ。
モンスターも徘徊する離れた森の中に飛ばされてしまったのではないかと、焦った私は何の装備も持たぬまま森の中へ入った。
フィラーサ様の魔法の腕前ならそこらのモンスターなど物の数ではない事は充分に理解しているが、異常な状況の中で冷静さを失い、フィラーサ様を探す事しか頭になかった。
森の中でフィラーサ様の名前を呼び、探し回ること数時間。もう何度目かになるか分からないフィラーサ様を読んだ声の後に背後で草木が揺れる音がする。
フィラーサ様に違いないと背後を振り返った瞬間見た者は、フォレストウルフが2匹飛びかかってくる光景だった。
それを最後に私の意識は首に走る激痛と共に暗い闇の中へ沈んでいった。




