019
異空部屋に戻り、身体を洗ってから食事をとった。
因みに今回の料理で待望のスキル、【料理Lv1】を習得することができた。
悪食スキルのあるフィノは本当に何でも食べるようで、肉も野菜も関係なく食べていた。
試しに普通の食べ物以外も与えてみようと折れたミスリル製の剣を【無限収納】で取り出した。
魔銀とも呼ばれるミスリルは魔素を多く含んだ鉱石である。これでつくられた剣などは使用者が魔力を流すことで切れ味が上がるという特性を持つ。
この剣もマジックポーチに入っていたものだが、折ったのは俺だ。どれくらい切れ味が上がるのか魔力を大量に流してみるとポッキリ折れてしまった。
ネアリアが言うには魔力の量に剣が耐えられなかったらしい。
そんなわけで既に剣として使用不可能なためフィノに与えることにした。
剣を食べろと差し出すとばりぼり食べ始めた。食べた物を糸にできるならこれでミスリル製の糸が手に入るはず。
「それ糸にできそう?」
ばりばりミスリルの剣を食べているフィノは頷いて肯定した。
糸ができるならまずは服を作りたい。汚れは一切ないけど穴やほつれで服の意味をなさなくなっている状態なのだ。
「ピュイ」
フィノが食べ終わった。
さっそく糸を出すように指示するとフィノの口から白く輝く糸が吐き出されていく。
よく見ると物を飲み込む場所とは別の器官から糸を出しているのがわかる。
「もういいよ」
服を作るのに充分な量を出してもらったところで止めた。
これだけあれば3着分くらいにはなるだろう。
『糸、綺麗』
ネアリアがミスリルの糸を見て呟いた。
「こういうの好きなの?」
『ネア、綺麗、きらきら、好き』
「そっか」
ミスリルの糸を手に持ち裁縫スキルの技巧『指編』を使う。
目にも止まらぬ速さで指が動き、ミスリル糸を魔力を込めてどんどん編み込んでいく。
「出来た」
完成したそれをネアリアの髪に付ける。
作っていたのは網目が花のように見える髪飾りだ。マジックアイテムのようで、アイテム名が『魔銀糸の髪飾り』となっていた。魔力回復速度が上がる効果がある。
アイテムポーチに入っていた手鏡を渡すとすごく嬉しそうに見ていた。
「ピュイ! ピュイ!」
そんなネアリアを見てフィノが自分にも何か作ってほしいと訴えてきた。
もちろん最初からネアリアだけでなくフィノにも作るつもりだった。ミスリル糸を出してくれたのはフィノなのだから。
ネアリアに小さいサイズの精霊石をつくってもらい、それを組み込むようにまた『指編』を使う。
編まれていく糸は次第に輪の形を成していった。これもマジックアイテムになり『魔銀糸の首輪』というアイテム名が付いた。能力が全体的に少し向上するらしい。精霊石の効果もしっかりと反映されている。
フィノの首にはめると似合うかと問う視線を向けてきた。
「よく似合ってるよ」
「ピュイ!」
ネアリアの髪飾りと同じ網目で表現された花の模様が入った首輪はフィノの可愛らしさをより引き立たせている。
『グリム、ありがと』
「ピュイ!」
ふたりにお礼を言われ、俺が作った物で本当に嬉しそうにしているのを見ると悪くない気分になった。
最後に自分の服を作っていく。
ミスリル糸を布にする際、色を変えられる技巧『染色』で白から黒にした。
作ったのは長袖のシャツとズボンを3着ずつ。さらに余裕があったので下着も同数作った。
『魔銀糸のシャツ』
防御力:B
耐久:B
能力:【防刃性能】【耐水性能】【耐火性能】【状態耐性】【サイズ調整】
『魔銀糸のズボン』
防御力:B
耐久:B
能力:【防刃性能】【耐水性能】【耐火性能】【脚力上昇】【サイズ調整】
『魔銀糸の下着』
防御力:D
耐久:C
能力:【サイズ調整】
相変わらずのぶっ飛び性能である。下着にまで能力が付いている。
さっそく着てみるといままでのぼろ服とは比べ物にならない着心地だった。
髪も黒なので、全身黒ずくめスタイルだ。
『グリム、服、もっと、可愛い、する、良い』
「俺はこれでいいよ」
戦闘するにはシルプルな服のほうがいいと思うし。
まあ、しかし、ネアリアの服に比べて簡素過ぎるのも事実。
着替えたぼろ服のポケットに入れていた精霊石とミスリルの糸を取り出して再度『指編』を使う。数秒で翡翠色の精霊石を中心にネアリアの髪飾りやフィノの首輪と同じような花の模様をあしらったネックレスが出来上がった。
アイテム名が『精霊石のネックレス』になり、精霊石の効果も向上している。
『グリム、似合う、大変、良い』
「ピュイ!」
ふたりにも好評だ。お揃いの模様も気に入ってくれた。
服はこれでしばらく大丈夫なので、次にジャイアントベアの毛皮でクッションを作ろうと思う。
俺とネアリアは絨毯と毛布で適当に寝ていればいいけど、フィノは寝返りで潰してしまう危険がある。そのため、フィノ専用の寝床を作ったほうがいいと考えた。ついでに自分達の枕も作るつもりだ。
『グリム、何でも、作れる。ネア、すごい、思う』
「ピュピュイ」
俺が作業している傍らでネアリアとフィノは会話の練習をしている。余程フィノと話せるようになりたいらしい。
それならばと【無限収納】で水色の石をひとつ取り出す。
この石はリンク結晶といって奴隷契約の触媒に使われたり、付けた者同士で念話が可能になる『念話ピアス』の材料になるなど繋がりを強固にする性質を持っている。
ミスリルの糸はさっき使い切ってしまったのでフィノにまた出してもらい、『指編』を使う。
完成したのはリンク結晶を組み込んだ指輪だ。
アイテム名は『コネクトリング』、効果は様々な繋がりを強化させることができる。
「ネア」
フィノが何を言っているのか理解しようと一生懸命になっているネアリアを呼び、作った指輪を渡した。
「ちょっと付けてみて」
『これ、グリム、作った、ネア、の?』
「うん」
目をキラキラ輝かせて指輪を眺めているところを見ると喜んでくれたようだ。
指輪をはめたネアリアは俺が作ったもので着飾り、整った顔も手伝ってまるでどこぞのお姫様のように見えた。
しかし、いつものようにニコニコしていた表情が指輪をはめた瞬間ーーーー能面のごとく、表情が消えた。
「……ネア?」
『ん?』
こっちに顔を向けたそこには普段のネアリアが浮かべる明るい笑顔があった。
さっきのは見間違い?
顔を伏せていたし陰り具合でそういうふうに見えただけというのも十分にありえる。
『なに? なに?』
「いや、それ気に入ってくれたのかなと思って」
『グリム、作る、ネア、全部、お気に入り』
「そっか」
笑う仕草、柔らかい雰囲気。うん、いつものネアリアだ。やっぱり見間違いだったのだろう。
「それより、フィノと話してみなよ。さっきよりは分かるようになったと思うよ」
『ほんと?』
「うん」
すぐにフィノに話しかけに行った。もらった指輪を見せているようだ。
さっきよりも盛り上がっている様子を見るに意思疎通は問題なくできているらしい。
『グリム! フィノ、言ってる、少し、分かる!』
「よかったね」
実に嬉しそうなネアリアを尻目にクッション作りを再開する。
生地を縫い合わせていく。中に詰める物を何にするか考えていなかったことに気付き、悩んでいるとフィノが寄ってきた。
「ピュイ」
俺の肩に登り、空中に白い糸を吐き出した。それを掴んでみるとふわふわした綿のような糸だった。
クッションの中に詰めるには丁度良さそうだ。
意思が通じているだけに実に察しが良い奴である。
縫い合わせた生地の中にさっきの糸を吐き出してもらい、かなり出来の良いクッションが完成した。
「はい、これはネアの分」
『これ、熊?』
ネアリアの分は材料と同じ熊の顔をデフォルメしたクッションにしてみた。
『可愛い、ふかふか』
渡された熊クッションに抱きついて感触を楽しんでいる。
「次はフィノのだけど」
ここで言葉を切って、いつも寝ている辺りを見る。そして、想像する。
絨毯が避けるように穴が開き、そこから木が生えてくる。木は俺の手が届くぎりぎりくらいまで伸び、先端がとぐろを巻くように形を変えてひと抱えほどある卵型になった。
木に近付いて見ると、吊り下がっている卵型は横に丸い穴が開いて中が空洞になっていた。そこにフィノの分のクッションを敷き、フィノを中に入れる。
中を探るように動き、全体を確認した後に入り口に戻ってきた。
「どう?」
「ピュイ!」
問題ないようだ。
『フィノ、巣、可愛い』
指でつついてゆらゆらとネアリアがフィノの巣を揺らしている。
「ピュ、ピュイ!」
『ん、ごめん』
中にいたフィノが揺すなと怒り、揺らすのをやめさせた。
自分の家を揺らされるのはさすがに嫌だろう。
「そろそろ寝るよ」
正直、クッションを作ってる途中から眠くて仕方なかった。限界近くまで気力を消費したせいだろう。
作った自分の分のクッションを枕に、フィノの巣の近くで寝そべる。隣にネアリアも来たところで部屋の明かりを消す。
異空部屋は周囲を照らす物がないにも関わらず常に明るい。これも自由に暗くできることを最近気付いた。
『グリム、おやすみ』
「うん」
本を読む気にもならず、毛布をかぶってすぐ眠りに就いた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
就寝からしばらく経った頃、毛布からネアリアがむくりと起き上がった。
隣で寝ている誓約上の主であるグリムの顔を覗き込み、寝ていることを確認する。起きている時の大人びた顔とは違い、無垢な寝顔に自然と笑みが溢れる。
ふわりと寝ていた場所から浮か上がる。
もう一度グリムのほうを見てから転移で外に出ていった。
転移で出た場所はジャイアントベアを狩っていた辺り。
大人ひとり分くらい浮いていたネアリアが木々よりもさらに高く浮き上がった。そして、ある方向に向かって飛んで移動していく。その速度は鳥の比ではなく、 暴風を纏って進む。
飛んでいるネアリアの表情はいつもの柔らかい笑顔からは想像もできないくらいの無表情。まるで顔だけ凍結しているように温度が感じられない。
ふと自らの指にはまる指輪に視線を落とす。
『コネクトリング』、その効果でグリムとの繋がりが強化され、フィノとの意思疎通が可能になった。しかし、Lv9の裁縫スキルで作られたそれは作ったグリムの予想よりも遥かに高い性能を有していた。
ネアリアが『コネクトリング』をはめた瞬間、あらゆる繋がりが強固となり、知ってしまう。視てしまった。これまでにグリムが歩んできた過去を。
ずっとひとりで大勢からの言葉や身体的な暴力を受け、碌な食べ物も与えられない、そんな記憶。
『着いた』
飛行を停止し、空中から下に見える村を見下ろす。
グリムがいた村だ。
ゆっくりと魔力を高める。
グリムの過去を視た時、強く感じたのは怒りよりも悲しみだった。どんな扱いを受けてもそれを当然のように思っている。そんな姿に悲しみを感じずにはいられなかった。
弱肉強食。自分が弱かったのが悪い。彼ならきっとこう言うのだろう。
自然から生まれ、自然に生きる精霊であるネアリアだからこそそれはわかっている。それでも感情はそうはいかない。
『グリム、傷付ける、いる、ネア、嫌』
最大限まで高めた魔力を一気に解放し、唱える。
『テンペスト』
それはリッチになったクラウスが操っていたスケルトン20体を軽々と屠ってみせた広域魔法。しかし、その時とは比べ物にならないほどの規模と威力であった。
村全体を指定対象に暴風と迅雷の嵐がすべてを蹂躙し、破壊していく。
しばらくして収まったあとには焦げた残骸が残るだけで、そこにあった村はたった一発の魔法で壊滅していた。もちろん、村にいた者で命のあった者はひとりとしていない。
『ん、良い、出来』
目的を達して満足したネアリアはその場で転移を使い、異空部屋の寝室に戻ってきた。
魔力のほとんどを消費して疲れたため、すぐにグリムの隣で横になる。
『グリム、おやすみ』
目の前の小さな身体を抱きしめて目を閉じた。




