014
シルフが泣き止んだ後、奥の通路を通ってクラウスが生前使っていた部屋に来ていた。
「で、魔導具は?」
『これ、この中、入ってる』
差し出されたのは腰に下げるようなポーチ。こんな小さいポーチに何が入ってると?
『クラウス、作った、アイテムポーチ。中、いっぱい、入ってる』
「作った?」
『クラウス、錬金術師。色んなの、作ってた」
そういえばリッチを鑑定した時、錬金術のスキルレベルがやたら高かった。アンデットは生前のスキルが残るのだろうか?
俺が頭を捻っていると、シルフが『アイテムポーチ』からごそごそと何かを取り出した。
『あった。これ、シルフ、好き』
取り出したのは1枚の薄くて丸いものだった。それを一口で頬張る。
「クッキー?」
『そう、グリム、知ってる?』
「知ってる…かな」
前世で食べた記憶があるだけだけど。
『グリム、クッキー、作れる!?』
口をもぐもぐさせたまま、すごい勢いで詰め寄ってきた。
「いや、材料もないしレシピもないとさすがに作れないよ」
『材料、ある、ポーチ、中、入ってる。あっち、本、いっぱい。レシピ、あるかも』
レシピはともかく、本がいっぱいか。それは興味深い。
「よし、本のある場所に行こう」
『こっち、こっち』
シルフに案内されて入った部屋には確かに本がいっぱいあった。5つの棚にぎっしりと詰まっている。
「魔法学、地理学、歴史書、モンスター図鑑……」
『グリム、レシピ、クッキー、レシピ』
「『簡単料理レシピ100』、なんだこれ」
『それ! クッキー、レシピ、載ってる!』
「へぇ」
本を棚に戻す。しかし、シルフがそれをまた取り出して押し付けてくる。
『グリム、クッキー、作って、作って』
うるさいシルフを無視して棚にある本を眺めていく。
『ねえ、グリム、クッキー、クッキー、クッキー』
「シルフ、うるさい。そのアイテムポーチに入ってるの食べてていいから静かにしてて」
『もう、全部、食べた、よ?』
「早いな」
『えへへ』
「褒めてない」
一冊、一冊何の本なのか確認してから【無限収納】で仕舞う。おもしろそうな本ばかりで読むのが楽しみだ。これだけでもここに来てよかった。
『グリム、空間魔法、使える?』
「ああ、うん。使えるかも」
【無限収納】を空間魔法だと思ったのか。リッチの空間魔法の呪文に『アイテムボックス』というのがあったから多分それだ。
さっきまでクッキークッキーうるさかったシルフは俺の周りを浮いたり、肩越しに本を仕舞うのを見ていたりしている。
『グリム、本、好き?』
「まあ、好きかな」
種族学なんていう本もあるのか。この世界には数多の種族がいるらしいからなあ。敵対した時に相手の情報をより持ってたほうが有利だし、よく読んでおいた
ほうがいいだろう。
全ての本を確認して仕舞うまでかなりの時間を費やした。本の数が500冊を超えていたのでそれも当たり前だ。
『アイテムポーチ』の中も確認しようと思ったが、いいかげん眠くなってきたので止めた。異空部屋でひと眠りした後にすることにした。
『グリム、本、仕舞う、終わった?』
「終わった。そろそろ帰る」
『グリム、家、ある?』
「ん? あ……」
そういえば異空部屋にいる時こいつの事どうしよう。連れていけるか分かんないし、連れてったら連れてったでうるさそう。
「俺は転移で帰る。シルフは俺がここに戻るまでその辺で遊んどけ」
『シルフ、一緒、行く』
「俺はひとりでしか転移で移動できない。だから無理」
『誓約、交わした。グリム、呼べば、シルフ、どこでも、行ける』
リッチが使っていた召還魔法みたいな感じだろうか?
「じゃあ、転移したら呼ぶから待っててよ」
『シルフ、了解。待ってる』
もちろん嘘である。
悪いけど俺はひとりでゆっくりしたい。
シルフから『アイテムポーチ』を受け取り、異空部屋へ転移した。
すでに見慣れた黒い絨毯。異空部屋に戻ってきていた。
シルフは呼ばずにまず身体を洗おうと眠いのを我慢してシャワー室へ向かう。脱衣所で服や靴を脱ぎ、シャワー室の扉を開ける。
『グリム、ここ、部屋、なに?』
「ん? ここはシャワー室、風呂だよ」
『お風呂? シルフ、それ、知ってる。でも、ここ、水、ないよ?』
「水っていうかお湯がここから……シルフ、何でいる」
眠気で気付くのが遅れた。
いつの間にかシルフが後ろに立っている。
『グリム、転移した、場所、シルフ、行ける、思った。行きたい、思ったら、来れた』
なんだそりゃ。
そしてどや顔をやめろ。
「来れたのは分かった。でも、なんで裸でここにいる」
そう、シルフはワンピースのような布を纏っていたのに今は裸で立っている。
『グリム、前の、部屋、服、脱いだ。だから、シルフ、真似した』
「……そうなんだ」
もう何か色々どうでも良くなって来た。眠気でぼうっとした頭で考えるのがめんどくさくなった。
『お風呂、入るなら、良い物、ある』
「良い物?」
シルフは飛んでシャワー室から出て行ったかと思うと、すぐに戻ってきた。その手には白く四角い物が2つ握られている。
『身体、洗う、これ、使う、良い』
そう言って片方手に持った物を見せる。
『髪、洗う、こっち、使う、良い』
今度は逆の手に持っている物を見せてきた。
「石鹸?」
『当たり、グリム、物知り』
頭を撫でるな。
そして、身体を隠せ。
「アイテムポーチから取ってきたの?」
『そう。クラウス、作って、くれた』
錬金術師の作った石鹸か。匂いは同じなのに、よく見ると少し色に違いがある。
「精霊は身体洗う必要あるの?」
透けてるし。
『精霊、汚れ、付かない。でも、身体、洗う、気持ちいい』
それは同感。俺も最近、身体洗う良さを知った。
シルフのことは気にせずにとりあえず身体を洗うことにする。ボタンを押し、お湯を出す。
『これ、水、違う、温かい』
「お湯だからな」
『魔導具?』
「みたいな物かな」
ボタンが付いている壁に石鹸を置く台を想像してつくる。
『グリム! なんか、出てきた!』
「ああ、うん。石鹸置くとこつくった」
『これ、グリム、魔法? すごい!』
魔法じゃなくてスキルだけど。魔力を消費してるから魔法みたいなもんかな?
『シルフ、グリム、洗う』
半分眠った状態でシルフに洗われていく。ちなみに石鹸の使いごこちはとても良いものだった。
『次、グリム、シルフ、洗って?』
「シルフ、お前精霊でも一応は女なんでしょ? 子供でも男に洗わせるってどうかと思うよ」
『おとこ? グリム、おとこ?』
「見れば分かるだろ」
シルフが俺の身体を凝視してくる。
『本当、グリム、男。びっくり』
「俺は今さら気付いたシルフにびっくりだけど」
『グリム、顔、女の子』
自分の顔なんてよく見た事がないので、どう反応すればいいか分からなかった。
『シルフ、グリム、男、気にしない。早く、洗って?』
気にしろよと思いながらもシルフを洗っていく。身体が大きい分、俺のほうが洗うの大変なんじゃないかと気付いたのは洗い終わった後だった。
『身体、お湯で、洗う、気持ちいい。シルフ、気にいった』
「よかったね」
脱衣所に出ると俺の服しか置いていない。
シルフの服がないことを聞いてみると、精霊は服も身体の一部らしく、光が集まったと思ったら服、というか布を巻き付けたシルフが立っていた。滴っていた水も奇麗に乾いている。
『グリム、身体、水、飛ばせない?』
「無理。これで拭いて髪はそのうち乾くのを待つ」
身体をいつもの木糸で作った大きい布で拭き、服を着て絨毯の部屋へ戻る。
服を着ているうちに先に戻っていたシルフが座って自分の目の前の床をバシバシ叩く
『グリム、こっち、来る、座る』
「もう寝たい」
『髪、乾かさない、ダメ』
シルフの魔法で暖かい風が濡れた髪を乾かしていく。
それが思ったよりも気持ち良くて寝そうになるのをシルフに起こされ、また寝そうになるとシルフに起こされるというのを繰り返した。
髪が乾かし終わるとすぐに毛布をかぶって寝る体勢に入った。シルフも同じ毛布に入ってくる。1枚しかないのでしょうがないか。今から作るのもめんどくさい。
でも、抱きつくのは余計だと思う。
『グリム、寝た?』
「寝た」
『うそ、起きてる』
「……なに?」
『グリム、まだ、子供、なんで、森、ひとり、いる? それに、ここ、空間、違う、部屋、分かる。ここでも、ひとり、なんで?』
「そんなこと聞いてどうするの?」
『シルフ、グリム、もっと、知りたい。相手、知る、絆、深まる。クラウス、言ってた』
絆……俺とシルフを結ぶ誓約は果たして絆と言えるのだろうか。
「村で奴隷として売られそうになったからあの森に逃げてきた」
『人、親、いる』
「親は俺が生まれてすぐ死んだらしいよ」
『寂しい、なかった?』
「生まれてからずっとひとりだったし、寂しいとかはよく分かんないかな」
シルフの抱きしめる力が強くなる。でも、不思議と嫌悪感はない。
『でも、もう、ひとり、違う。シルフ、グリム、心、繋がってる』
怖かったはずの女なのに、シルフの声が温もりが俺をひどく安心させる。
精霊だから?
たぶんだけどそうじゃない。
『シルフ、グリム、心、好き』
シルフの言う心の繋がり。
シルフの心を感じるような感覚。
それは優しい風、全てを包む暖かいものだった。
「…早く寝なよ」
『うん、おやすみ』
前世の記憶を得てから拭えなかった不安や恐怖を和らげてくれるようなシルフの風を感じ、俺は眠りに就いた。




