013
洞窟の中はシルフの言っていた通り真っ暗でほとんど見えない。ただシルフが発する淡い光が足下を照らしているので転がっている石に躓くことがないのは幸いだった。
左へ右へ通路を通り、奥へ進む。まるで迷路のようだ。本当に迷ってないんだよね?
「迷ったりしてないよね?」
『シルフ、風、読める。だから、迷わない』
よく分からないけど、迷ってはいないらしい。
「一応、確認しておきたいんだけど、氣力を使ってアンデットになった友達を倒せばいいんだよね?」
『倒す、だめ。死の力、祓う、だけ』
「祓うって、どうすればいいのさ」
うーん、と唸ってシルフは考え出した。方法知らないのに祓えとか言ってたのか。
『生の力、クラウス、包む、死の力、祓える、たぶん』
「たぶんかよ」
洞窟を進むに連れ、次第に魔力を感じるようになった。この奥に何かいるのは確かみたいだ。
『クラウス、いるとこ、もう少し。着いたら、グリム、シルフ、後ろ、隠れてて』
「はいはい」
子供扱いはめんどくさいから流すことにした。
俺の手を握るシルフの手に力が入る。
『シルフ、もう、ひとり、寂しい、嫌。グリム、絶対、守る」
「……はいはい」
友達が死んでひとりになって寂しかった、か。誓約を交わしたのも寂しいのが嫌だったからなのかもしれない。
その後は無言で通路を進み続け、天井が突き抜けた広い場所に出た。
『着いた』
目的の場所はここらしい。特に何もないし、奥に通路がまだあるけど本当にここでいいのか?
『来る。グリム、シルフ、後ろへ』
シルフが手を離し、前方から隠すように俺の前に立った。
あの奥の通路からアンデットになったクラウスが出て来るのだろう。
しかし、俺の予想は外れていた。
少し離れた空間が歪み、何もない場所から黒いローブを着た骸骨がいきなり現れたのだ。
種族:リッチ
レベル:20
状態:
スキル:【錬金術Lv7】【魔力感知Lv4】【闇耐性Lv4】【空間魔法Lv3】【召還魔法Lv2】【闇魔法Lv1】
『クラウス……』
どうやらあれがクラウスのようだ。
リッチ。スケルトンよりは確実に格が上のモンスターだろう。
『見氣』を使って見ると、黒いオーラが纏わりついている。
『シルフ、クラウス、押さえる。グリム、死の力、祓う、集中する』
「あれをひとりで押さえられるの?」
『シルフ、強い、負けない』
リッチの魔力が高まった。
何かするみたいだ。
耳鳴りのような音がリッチのほうからした後、地面の所々が点々と光出す。その光から20体ほどのスケルトンが現れた。
たぶんこれが召還魔法だろう。
「増えたよ?」
『大丈夫』
今度はシルフの魔力が高まる。
『テンペスト』
右手をスケルトン達に突き出し、呪文と思われる言葉を口にする。
スケルトン達のいる中心にこれまでに感じたことのない大きな魔力の揺らぎを感じた。次の瞬間、爆発のような暴風がスケルトンを包む。
暴風の中では雷も発生してスケルトンの身体をバラバラにし、蹂躙してく。
暴風が収まるとそこにいた20体のスケルトンは全滅していた。
シルフはすぐにリッチに手を向け、今度は別の呪文を紡ぐ。
『エアリアルブラスト』
リッチに向けられていた手から竜巻が発生した。竜巻はそのままリッチへと向かっていく。
竜巻がリッチに直撃する寸前、また耳鳴りのような音が聞こえた。よく聞くと魔力のこもった音だ。
そして、リッチの姿が消え、別の場所に現れた。竜巻は何もない空間を通り過ぎ、壁に当たる前に霧散した。
『転移、クラウスの。厄介』
スキルの空間魔法だ。呪文に『転移』がある。
その後も何度か狙ったが、全て躱される。
「さっきのスケルトンを倒した魔法じゃダメなの?」
『テンペスト、だめ。おっきく、なって、覚えた、呪文、まだ、制御、難しい。クラウス、消し飛ぶ』
消し飛ぶのか。ならしょうがない。
「俺がやる」
『だめ! あぶない、グリム、後ろ、いて!』
シルフが俺のほうを向いた。
そこを狙ってリッチからまた魔力のこもった音がした後、闇を凝縮したような矢が放たれた。『ダークアロー』という闇魔法の呪文だ。
『ッ!?』
シルフがすぐに気付いた。
向かってくる魔法はなかなかの速度で、間に合わないと思ったのか両手を広げ、自分を盾にしようとしている。
闇の矢がシルフに迫り、爆ぜた。
「戦闘の途中で敵から目を反さない。鉄則でしょ」
『え?』
両手を広げたシルフの前に半透明の盾が現れ、『ダークアロー』を防いでいた。
『これ、なに?』
「守護魔法。俺の魔法」
『ダークアロー』を防いだ『シールド』を消す。
『生の力、操る者、魔法、使えない。なんで、グリム、使える?』
さらに追加でリッチが放ってきている『ダークアロー』を防ぎながら答える。
「へえ、そうなんだ。まあ、何事にも例外はあるよ」
『それに、詠唱も、してない。精霊でも、呪文、口にする。しないと、魔法、使えない』
ゴブリンメイジもそうだったな。それにリッチが魔法を使う時に聞こえる耳障りな音、あれも詠唱じゃないかと思う。
「俺は最初から何の動作もなしに使えたんだけど?」
『シルフ、混乱』
「さて、そろそろ終わりにしよう」
『ダークアロー』を防ぎながら、『スフィアシールド』でリッチを捕獲した。
『魔法、同時、使用、すごい』
魔法は同時にいくつも使えないらしい。詠唱が必要なら当然か。
捕獲したリッチが何かの詠唱をした。空間が歪み、リッチが消える。しかし、すぐに同じ場所に現れた。転移で逃げようとしたな。
それにしても『スフィアシールド』は転移でも出れないのか。
『ダークアロー』で壊そうとしているが、びくともしていない。
問題はこの後。シルフは氣力で包めと言っていた。なので、言葉の通り氣力で包んでみることにする。
『クラウス、もう、出れない?』
「たぶんね」
リッチを捉えた『スフィアシールド』に近付き、『流氣』で氣力を中に流す。徐々に氣力で中が満たされていく。
『グリム、呼吸、荒い。大丈夫?』
「ハアハア……氣力が減ると疲れるんだ」
氣力が流れていくほどにリッチの動きが遅くなっていく。中が氣力で満たされると完全に動きが止まった。
黒かったローブが白くなり、リッチが放っていた黒いオーラ、シルフの言う死の力が消えていく。
『グリム、もう少し。がんばって』
「……わかって、る」
そろそろ俺の氣力が尽きそうになっている。
数分後、ぎりぎりまで氣力を振り絞って何とか全部消すことに成功した。
『やった! グリム、偉い!』
「そりゃ、どーも……」
氣力を限界まで使わされ、立つことさえ億劫になっていた。
そのまま寝そべっているとシルフが抱き起こした。
リッチだった骸骨が光り出す。その光が胸の辺りから上へと登っていく。俗に言う成仏というものだろうか。
『クラウス! シルフ、一緒、いて、楽しかった!』
光に向かって叫ぶシルフの瞳から、涙が溢れ出す。
『シルフ、クラウス、死んで、寂しかった。けど、もう、ひとり、違うから!』
俺をより一層強く抱きしめた。
ここに来る前に見た泣き顔と違い、涙は流れていても眩しいほどに笑っている。
『ひぐっ、だから、心配、いらない。ゆっくり、眠って!』
詰まりそうになる言葉を懸命に紡ぐ。
『シルフ、クラウス、忘れない。ずっと、忘れない、から…』
シルフの涙が、声が胸に響く。
前世の俺が死んだ時も、こうやって誰かが泣いてくれたのだろうか?
今まで気にも留めていなかった事が心に刺さるようだ。
『さようなら、クラウス』
シルフの言葉を待っていたようにゆっくり登っていった光が天に届く柱になった。
流れていたシルフの涙を光の粒子が近付き、拭った。まるで。もう泣くなと伝えるように。
光の柱がリッチだった骸骨から離れ、天へと消えていく。それを俺達は静かに見ていた。
登っていく光から残滓が零れ、俺の頭にふってくる。頭に当たると霧散し、何処からか声が聞こえた。
『ありがとう。シルフをよろしくね』
それは空耳だったのかもしれない。でも、俺はそれを聞いた事もないクラウスの声だと思った。
「なあ、シルフ」
『ぐすっ、なに?』
「俺が死んでも……今みたいに泣くの?」
シルフの腕に力が入り、さらに強く抱きしめられた。
『グリム、死なない。シルフ、守る、ずっと、守る』
俺の頬を伝うシルフの涙がとても暖かいものに感じた。
「……そっか。じゃあ、死なないね」
『うん』
その後、シルフが泣き止むまで抱きしめられたまま、しばらくじっとしていた。




