010
大熊が腕を振り下ろしている光景からすでに見慣れた絨毯のある部屋に視界が変わっていた。
「ハアハア、ゲホッ」
ジャイアントベアの爪がかすめたことで腕にパックリと開いた切り傷が出来ている。血が流れ出ているこの傷にまず『ライトヒール』をかけて塞ぐ。開いていた傷がジュクジュクと疼き、切れた組織と組織が繋がっていく様は少し気持ち悪かった。
背中に感じる痛みも癒し、他に異常はないか調べる。
「はあ……」
身体を治すと安堵と共に溜め息が出た。しかし、まだ身体の震えが止まらない。状態が恐慌になっている。ジャイアントベアが持っていた威嚇スキルの影響のようだ。
『キュア』をかけるが治らない。『キュア』は状態異常を治す呪文だが心までは癒せないらしい。
試しに病気用の『ヘルス』をかけてみると若干マシになった気がする。何度かかけていると状態が正常に戻り、震えも収まった。
状態異常は治ったけど、思い出すと身体がまだ震えてくるようだ。近付かれる毎に身体の自由が効かなくたっていったのを考えると威嚇スキルは近付くことで効果が大きくなるのかもしれない。
近付かれる前に逃げることもできた。でも、恐怖に支配されたまま逃げたらもう二度とあのジャイアントベアの前に立つことが出来なくなる気がしたのだ。だから、今は勝つことが出来なくて逃げるしかなくても、せめて恐怖に負けないよう笑ってやった。さぞむかついたことだろう。
マップに表示されている奴はさっきの場所辺りをまだウロウロしている。俺を探しているように。
上位種。俺の覚醒種と同じように種族名の横に表示されていた。上位、つまりは普通の奴よりも強い個体なのだと思う。今の俺じゃ手も足も出ない強さだった。それでも収穫はある。強者を見れたこと自体もそうだけど、恐慌という状態異常の危険性を知れた。敵に囲まれていたりもっと危ない状況で知らずにかかっていたら転移も出来ずに死んでいた可能性もある。状態異常の耐性は上げておいたほうがいいことを学べた。
感謝と共にあの熊は絶対いつか殺してやろう。
今は無理なのでマップに表示されているジャイアントベアに印を付ける。これで奴がどこにいるか常に把握できる。
もっとレベルを上げてから会いに行こう。
習得可能スキル一覧を開く。状
態異常に関するスキルは毒耐性や麻痺耐性などがあるのに恐慌の耐性スキルがない。しかし、代わりになりそうなスキルがあった。
明鏡止水:心の乱れを抑えるスキル
スキルポイントを消費し、【明鏡止水Lv1】を習得する。さらに、残りのポイントでスキルレベルを2に上げた。
ジャイアントベアにやらたことで感じていた恐怖や動揺が静かにゆっくりと落ち着いていくのが分かる。うん、これで威嚇スキルに対抗できそうだ。
スキルポイントの割り振りを終え、ブーツを脱いで立ち上がる。
調理室へ向かい、今日狩ってきたモンスターを解体していく。
フォレストウルフを解体いてから最後にチャージボアを出す。
血を抜き、肉を切り分ける。この時に切り分けながら肉に『キュア』をかけていく。
『毒付与』の能力を使うと当然その死体にも毒は残る。『キュア』をかけることで毒を抜くことはできるけど、切り分けた肉にいちいちかけなくてはならない。めんどくさいのだ。
チャージボアの解体が終わると解体スキルのスキルレベルがLv2に上がっていた。
石畳の上に撒き散らされた血とその匂いが消えたのを確認し、シャワー室に行って身体に着いた血を洗い流していく。
人とはどんな事にも慣れる生き物だ、と前世の世界で誰かが言っていた。
初めは身体を洗うことに特別な感覚があったのに今では習慣になっている。前世でそうだった事も関係しているかもしれない。
身体を洗い終わって調理室に戻る。
囲炉裏に火を着け、大量に仕舞ってあるホーンラビィの肉を取り出して焼いていく。焼いた肉にレモードの実を絞ってその果汁をかける。レモードはアプルと同様、森に自生していた果物だ。甘さよりも酸味が強く、かけると肉の味だけの時よりも食べやすい。
前世の記憶で唐揚げと呼ばれる肉料理にかけて食べていたのを真似してみた。ただ複数人で囲んで食べる時にそれをやるとひどく嫌がられるみたいだ。俺は1人だし、他にも自生していたものを採取しているが調味料になりそうな物はこれくらいしかないのでかけまくっている。いつか塩やコショウも使って食べてみたい。
肉を食べながらハードカウの皮を取り出す。
口をもぐもぐさせつつも手は皮から革に加工し、形作っていく。さすがLv9、片手間でも出来てしまう。
『硬牛のレザーグローブ』
防御力:C
耐久:B
能力:【防刃性能】【耐水性能】【耐火性能】【耐久上昇】【技巧上昇】【サイズ調整】
見た目は黒い革製の手袋。ブーツと同じようにはめるとサイズがぴったりになった。
足を守る装備があるなら手も守れる装備があったほうがいいと思って作ってみた。
手を握ったり開いたりしてみるが、何も着けてない時と同じように動く。革製なのにありえないくらい柔らかさだ。これもLv9の効果か。
次の日、外に出る前にブーツとグローブを装備してからマップで外の様子を確認する。昨日のジャイアントベアはアプルの木が生えている辺りにいた。今日はそっちのほうへは行かないほうがいいな。
ジャイアントベアがいるほうとは逆の森の奥へ行ってみることにした。
外に出て、周囲を警戒しながら進んで行く。まだ行ったことのないエリアだ。また上位種とか危ない奴がいるかもしれないので慎重に慎重を重ねるよう心掛ける。
何かが後ろからつけて来ている。
数は5、マップで確認するがこれまで見たことがないモンスターらしく正体は分からない。後ろにいたその集団は俺を囲むように散らばり始めた。完全に囲まれたところで足を止める。
どこから何をしてきてもいいようにさらに周囲を窺うと徐々に強くなる気配を感じる。これは魔力?
『ゴブゲ、ラゴ!』
それはいつもの聞き慣れたゴブリンの鳴き声とは違う、音の響きに魔力が籠っている。
ゴウッという音と共に後ろから魔力の籠った何かが来ている。数秒後、2つの炎の塊が俺のいた場所へ飛来し、爆ぜた。
「ゴグゲッ!」
1匹のぼろぼろで錆だらけの剣を持ったゴブリンが声を上げて飛び出しす。それに続いて同様の剣を持った2匹のゴブリンがそれぞれ別の方向から走って炎が燃え上がっている場所に近付いて来た。
燃え上がっていた炎が小さくなり、完全に消えるとそこには地面が焦げただけで何もなかった。
「ゴゴ?」
「ゴゲゲ?」
炎が消えた場所にあると思っていた子供の焼けた死体がどこにもなく、首を傾けて不思議がっている。
さらに木の杖を持ったゴブリンも出てきた。
その様子を俺は『氣動法』で炎の塊を避けて木に登っていたまま観察している。同時にゴブリン達に鑑定をかける。
種族:ゴブリンウォーリア
レベル:8
状態:正常
スキル:【繁殖Lv5】【剣術Lv3】【体力上昇Lv2】
種類:ゴブリンメイジ
レベル:8
状態:正常
スキル:【繁殖Lv3】【火魔法Lv2】
普通のゴブリンとは違うらしい。特にゴブリンメイジのほうはスキルに火魔法がある。さっきの炎の塊は『ファイアボール』という呪文みたいだ。殺すならこいつらからだな……別に欲しかった火魔法を持っていたのがむかついたとかじゃない。戦略的にそうしたほうがいいからだ。本当に。
木の上からゴブリンウォーリア3匹とゴブリンメイジ1匹を『スフィアシールド』で閉じ込める。いきなり現れた『スフィアシールド』に動揺している内に『ホーンドナイフ』を取り出す。
閉じ込めなかったゴブリンメイジの後ろに『氣動法』で移動した。急に現れた俺に反応する前にゴブリンメイジの首目掛けてナイフを突き刺す。
「ゴ、ガッ」
すぐに引き抜いて『氣動法』を使って木の上に姿を隠す。首を刺したゴブリンメイジはちゃんと死んでいる。
何が起こったかわからないゴブリンウォーリア達はさらに動揺していた。
残ったゴブリンメイジは魔力を練って魔法を発動しようとしているのが魔力感知でわかる。わざわざ魔力を練らないと魔法を使えないのか?それにさっきの魔力の籠った声が魔法を発動するのに必要なのだとしたら、モンスターの使う魔法は相当不便なものだ。俺は何の予備動作もなく使えるし。
準備が出来たのか両手を前に突き出してさっきのように魔力の籠った声を発している。
こっちはスキルレベルLv3の呪文だ。一撃で破られることはないはず。
突き出した両手の前に炎が集まり塊になっていく。そしてさっきの大きさになると手から離れ、『スフィアシールド』にぶち当たって爆ぜるが罅すら入ることはなかった。
「ゴギュアァァァァァァ!」
爆ぜた『ファイアボール』の炎が『スフィアシールド』の中を火の海にした。ゴブリンウォーリアは逃げることも出来ず、焼かれて死んでいる。
「うわぁ……」
あんなに狭いところで使って破れなければそうなると思ってたけど、実際に見るとかなり悲惨な光景だった。
その後は最初にゴブリンメイジを殺したやり方で殲滅した。




