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最終話

 11話


「はぁあああああああああ」

 麻耶の振るう天上桜がアークライトの振るうメスと激突する。その激突の衝撃の大きさで大きく火花が飛ぶが、お互いそんな事を気に留めない。すかさず二撃目を繰り出す。以前の麻耶であったら先ほどの一撃で吹っ飛ぶか、腕がしびれてしまう所だが怯む事無く相手をしていた。これは先ほどのチルノのダメージが影響している事も大きいが、何より麻耶が授かった「ギフト」の力が大きいといえるだろう。

「大丈夫…動きが見える!」

 先ほどまでの戦いにおいて不利であった要因として、アークライトの俊敏な動きは麻耶にとってあまりに速過ぎた為、常に後手に回らずを得ないという事が大きかった。しかし今の麻耶にはアークライトの動きがはっきりと見えるようになり、そしてその上である程度先読みする事で先手を取れるようになっていた。この事でアークライトと互角以上の戦いを出来るようになっていた。

「私は負けない!」

「黙れ黙れ黙れ!」

 アークライトは少し後退すると、メスを大きく振りかぶりながら突進してきた。麻耶は相手の間合いをしっかりと見極めると最小の動きで回避し、がら空きのわき腹へと斬撃を与える。

「花月!」

 ギフトを授かる事で多くの技を習得する事が出来た麻耶は高速二連撃「花月」を繰り出す。的確に同じ場所へ斬撃を与えた事で、アークライトの体制を大きく崩す。

「もう一撃!」

「甘いわ!」

 しかしアークライトも負けてはいない。倒れた体制から大きく遠心力を使う事で振るうメスの威力を上げて攻撃を繰り出してきた。慌てて逸らすが右腕を軽く掠ったのか小さく血しぶきが飛ぶ。

「そんな簡単にはいかないわよね…」

 ただ単純にこの場を見れば優位に立っているのは麻耶であると思えるかもしれない。だが実際には窮地に追い込まれてきているのは麻耶であった。ギフトの力を授かった麻耶がその力を行使するには多大な集中力を要している。もし一瞬でも集中を切らせば一瞬にして勝負がついてしまうのだ。かといって早期に決着をつけようとすればどこかに必ず焦りから来る隙が出来てしまう。なので麻耶は慎重に相手の隙を見つけそこを叩く、時間のかかる事を常に集中してする事を強いられていたのだ。

(早く…ミリア…)

 それはほんの小さく、けれど確かな油断だった。そして麻耶がチルノの様子を窺おうとした時をアークライトは見逃さなかった。アークライトは両手のメスを大きく上段切りで押しつぶす事を選択する。

「っ!」

 麻耶は瞬時に回避をしようとするが間に合わない事を悟る。仮に天上桜で受け止めても衝撃に耐え切れなくてダメージを負うだろう。

(どうすれば…)

 その様子を見てアークライトは勝利を確信する。

「死ね、ゴミ屑が!」

 しかし自らの勝利をもたらすと思えた渾身の一撃は空を切る事になる。

「な、何故だ…」

 目の前にいた麻耶がそこにはいなかった。狼狽えるアークライトの背中に衝撃が襲う。

「まだ終わりじゃないわ!」

 麻耶は瞬時にアークライトの背後に移動を行っていたのだ。狼狽える無防備なアークライトの背中に再び花月を叩き込む。

「貴様…一体何者だ…」

 アークライトは直ちに距離をとる。先ほどの動きはもはや自分が知る生物の動きではなかった。まるで空間転移したような、それほどありえない動きだったのだ。

「はぁ…はぁ…」

 一方、麻耶にとって先ほどの行動はかなりの賭けだった。体の動きを瞬間的に加速する事で相手の背後に瞬時に移動する「疾駆」を行う事でアークライトの攻撃をかわす事に成功していた。しかも直後に花月を放つ事で麻耶の体は限界に近かった。

 お互いが様子を見ている均衡状態が続いていたが、再度動いたのはアークライトだった。先ほどの光景を警戒し、両のメスを小刻みに攻撃する事で麻耶にかわす暇を与えなく攻撃する。

「くっ…!」

 必死に防戦するが、先ほどの無理がたたり、思うように体が動かせずに麻耶は防戦一方になる。仮に大振りに攻撃でもしてくれれば、多少の活路も見出せただろうが、そうはさせまいとアークライトの攻撃は止まらない。

「はぁ…はぁ…、しまった!」

 必死に防戦していた麻耶は気が付けば部屋の壁側まで追いやられていた。冷たい汗が麻耶の背中を伝う。

(どうする…また「疾駆」を使うしか…。でももう体も限界だし…)

 悩む麻耶だったが時は流れ続ける。アークライトの狂気の一撃が上から襲う。麻耶は一か八か覚悟を決め再び「疾駆」を使う。

(絶対に負けない!)

 再びの「疾駆」で体は悲鳴をあげているが、再び麻耶はアークライトの背後を取った。今が好機と花月を叩き込むべく天上桜を握り締める。

「これで…どうだ!」

 麻耶の高速二連撃がアークライトの背中に直撃する。決まったと安心する麻耶だったが、突然体に衝撃が襲い、反対の壁側まで弾き飛ばされた。

「ゲホゲホ…一体…」

「どうして、こんな事になっているかだって? そんな事も分からないのかい? だからお前は屑なんだよ!」

「あなた…」

 そこには先ほどのダメージは一切受けず、勝ち誇ったアークライトが立っていた。

「そんなはずは…確かに花月は決まったはずなのに…」

「確かに先ほどの攻撃は当たっている…。だが…私の体には受けていないのさ!」

「そ、そんな…」

「貴様の先ほどの一連の動きは確かに驚異的だった。恐らく私では対処はできないだろう。しかしね…『どこから』『どこへ』攻撃されるかが分かれば対処は可能だ! 先ほどの攻撃は一度受けているからね。背中に受ける瞬間メスを入れていたのさ。おかげで完璧に防いでみせたよ…」

「そ、そんな…」

 あの背後に回った瞬間、麻耶には2通りの選択肢があった。背中を攻撃するか、脇を攻撃するか。だが、体が限界の中で「疾駆」を行ったことで焦りが生じ、範囲の広い背を選択せざるを得なかったのだ。同じパターンを取ってしまった麻耶の判断ミスだった。

「ほんと…馬鹿よね…私達…」

「クックック…確かに。お前は馬鹿だな…いい加減楽に…ん?」

 アークライトは麻耶に止めを刺そうと踏み込もうとするが前に進めない。ふと足元を見るとそこは――

「これは…まさか…」

 恐る恐るアークライトは後ろを振り返る。そこにあったのは


「させないよ、これ以上麻耶を、お姉さんを傷つける事は!」


 体が輝きに満ち、自信満々の笑顔とそして確かな心の強さを持ったチルノが立っていた。

「言ったわよね…馬鹿な私『達』って…」

 チルノの力で脚を氷漬けされたアークライトは必死に足掻くが、足元はビクともしない。

 麻耶は壁に寄りかかり

「遅いわよ…ミリア…」

 と愚痴をこぼす。ミリアは申し訳なさそうに

「ごめんなさい、でも間に合ってよかったです」

 と笑顔で答えた。麻耶は一瞬もう少し文句でも言ってやろうかと考えたが、あの笑顔を見ては何も言えなかった。

「ミリア…だと?」

 麻耶とミリアの会話にアークライトが反応を示した。ミリアは今が好機とアークライトに語りかける。

「そうですよ…、久振りですねお父様…」

(そっか…やっぱり親子だったんだ…)

 麻耶の予想通りミリアとアークライトは親子だったのだ。チルノとリンクしている影響かチルノの口からミリアの声がするのは何だか不思議な光景だと麻耶は思えたが、今まで出一番ミリアの声が穏やかに思えたのは、久しぶりの親子の対面だからなのだろう。

「ミリア…本当にミリアなのかい…?」

「ええ、私はミリア・シューワンです。あなたの…娘ですよ」

 その言葉を聞くとアークライトは小さく、そして徐々に大きな声で笑い始めた。

「ふふふ…そうか、そうだったのか。やはり私は正しかったのか! 私の実験は成功していたんだな…」

 アークライトは嬉しそうに笑い続けた。ミリアはそれを悲しげに見つめ、だけど心を確かに持って話し始める。彼女はその為に今この場に立っているのだから。

「いいえ…私はあなたを否定するために…あなたを止めるためにあなたの前にこうして現れたんです! お願いですお父様! 目を覚ましてください! 私はこんな事は望んではいません! 確かに私はもっと生きていたかった! もっと色んな世界を見てみたかった! でもそれはこんな形でじゃない!」

 ミリアは涙を流しながら思いを伝える。自分を愛してくれた父の心へ伝わるように思いを込めて。

「ミ、ミリア…」

「そんな風にさせてしまった原因の私が言う事は間違っているのかもしれない…。でも、でも! だからこそお父様を苦しませてしまった原因である私だからこそ伝えたい! もう辞めて! もう苦しまないで! 私は幸せだった! 普通の人からしたらずっと短い時間だったけど…それでも私は幸せだった! だから今度がお父様に幸せになって欲しい! 誰かを傷つけるんじゃなく、誰かに幸せを贈れる様な…。そんな昔のお父様に戻って欲しいの!」

 ミリアは叫びすぎたのか胸を苦しそうに掴む。部屋は静寂に包まれた。麻耶はミリアを見つめ、何と声をかけたら良いか分からなかった。

「…がう」

「はぁ、はぁ…え?」

「お前は違う!」

 アークライトは静かに呟き、そして大きく否定をする。

「お前はミリアじゃない! 貴様はミリアを語った偽者だ!」

 アークライトはゆっくりとした足取りでミリアに近づいていく。足元は氷漬けにされ動けないはずだったが、力づくで動き始めた。無理やり動いている為足元からギチギチという嫌な音がし、血が噴出している。

「ふざけおって…ミリアの名を語るなど万死に値する!」

「お、お父様…」

 一歩ずつゆっくりとした足取りでアークライトは歩いていく。そしてミリアの目の前にたどり着くとメスを大きく構えた。

「はぁ…はぁ…」

「うう…お父様…」

 ミリアは動けなかった。自分の思いが届かなかった悔しさと、ここまで愛しの父を変えてしまった自分の愚かさに動くことが出来なかった。ミリアはただ涙を流し後悔する。

「ごめんなさい…私が生まれてきてしまって…ごめんなさい…」

「ハァ…ハァ…」

 アークライトは何も言わずメスを振りかざす。だが麻耶が瞬時に間に入り、その攻撃を防いだ。体は限界だが、そんな事は関係なかった。

「あなたは…自分の愛した娘にここまで言わせて何とも思わないのか!」

「っ!」

 メスの威力に体が負けて押し込められそうになるが、気力で盛り返す。それほどまでに麻耶は頭にきていた。

「あなたが愛した娘でしょ! こんな非道な事をしてまで生き返らせようとした娘でしょ? どうしてそれなのに娘かどうか分からないの!?」

「……たら………のだ」

「え?」

「ミリアだったらどうすればいいのだ!」

 一層力が込められ、少しずつ麻耶は押し負け始めた。

「もしミリアだったら私はどうすれば良いのだ!? 私は、私の人生はミリアを生き返らせる事に全てを費やしてきた。隣人に手をかけ、良くしてくれた友人に手をかけ、まだ幼い少女までも手をかけてきた。それなのにそれを否定されたら私はどうすればいいんだ! だからミリアと認める訳にはいかないんだ! そうでないと…私は!」

 アークライトは涙を流し絶叫した。それは確かにミリアの言葉から蘇った後悔と良心から来る涙だった。そしてミリアを認めてしまう事が自分の今までの全てを否定してしまう葛藤の思いだった。

「だから私は認めぬ! これからも実験を続け、いつかミリアを生き返らせてみせる! だから貴様たちは邪魔なんだ!」

「ぐっ…この大馬鹿者!」

 麻耶は最後の力を使って上に振り払った。その衝撃でアークライトのメスは空中に弾き飛ばされ、残されたのは無防備になったアークライトだった。

(お姉さん、この剣でお父様を貫いてください!)

「え?」

 ミリアの声が急にして一瞬戸惑うが、ミリアの声に後押しされ、

「ミリアに頭下げてきなさい!」

 アークライトの体に天上桜を突き刺した。


 *

(ここは何処だろう…)

 私は闇の中を歩き続けていた。ミリアを失い、生きる支えを無くした時からこの闇の中をひたすら歩き続けている気がする。

(時折聞こえてくる声は一体…)

 闇を歩く永劫とも思える時間の中でここ最近は人の声が聞こえるようになった。私はその声を聞くたびに相手に呼びかけるが反応など無い。

(いつまで歩き続ければいいのだろうか…)

 時折私はまるで夢を見るかのように幻覚を見る事があった。そこでは私が多くの人を手にかけて残虐非道な行動を行っているものだった。

(ち、違う…! これは私じゃない…!)

 思わず止めようと思った時には私は再び闇の中に戻されてしまう。そんな日を幾年過ごしてきたのだろう。もはや時間という概念を忘れ、そして私に残されたのは光が在ると信じて歩く事だけだった。

(もう…歩くのを止めようか…)

 幾度そんな事を考えたのか分からない。だけど少し立ち止まって、蹲り、そして私は歩き出す。この先にミリアが待っている様な気がしたのだ。

(そんなはずはないんだがな…)

 ミリアは死んだ。だからこそ私はこんな場所にいるのだ。だけど、何故かそんな風に思えて私は歩き出すのだ。

(ん…?)

 私は闇の先にうっすら光が見えるのを発見する。それは直ぐに消え去ってしまうような本当に微かな光だった。

(なんだろう…)

 私はゆっくりその方向へ歩き出した。今まで見た事がない事で知らず知らず私も足早になり、最後には駆け出していた。

(光が大きくなっていく…)

 近づくにすれ光は大きくなっていった。今まで感じたことの無い光だ。私はそこ目掛けて走り、そして光の下へとたどり着く。

(これは…扉?)

 光の正体は扉だった。だがあるはずのノブが無いため開ける事ができない。私は戸惑いながらその扉を眺めていると、何か声が聞こえた気がした。

(誰だろう…)

 それは若い女性の声だった。正直声の主に覚えは無い。だけど、何故かその声は必死に私に語りかけているような気がしたのだ。

(君は一体誰なんだ…)

 返事は無い。それはそうだ。ここは闇の中。私だけが存在し、未来永劫変わる事の無い世界なのだ。だから会話になる訳無いのだ。

(ミリア…)

 私は愛しの娘の名前を呟いた。体が弱く、ベッドの上で生涯を終えた少女。だけど笑顔が絶えなくて、私を元気付けてくれた愛しの娘。あの子が今の私を見たらどんな風に思うのかな。

(ごめんよ…ミリア)

 私は光の扉の前で跪き、ミリアへ懺悔する。

(そうだ…あの子は私に最後に言っていたではないか…)


 あの子が旅立つ最後の時、部屋には私とミリアの二人だった。ミリアは体が痩せ細り自分で立ち上がる事も、自分で手を動かす事さえ出来なかった。そんな光景を見て私は涙が出そうになるが、必死にこらえる。私が泣いてはミリアが悲しむ。今でも笑顔を絶やさないミリアに顔向けできないと必死に堪えていた。

「ねえ、お父様…」

「なんだい?」

 私はミリアの髪を撫でながらミリアの質問に答える。ミリアはこうされるのが好きだった。

「世界は…この世界はどんな世界なの?」

「世界とはまた難しい質問だね」

 私は思わず苦笑をしてしまう。あまりにざっくりとした質問だったが、少し考えてミリアの質問に答え始めた。

「世界はね…優しさで満ちた世界なんだよ」

「優しさで満ちた世界…」

「ああ、人は支えあって出来ている。そしてその支えあうという行動の基となっているのは優しさなんだ。だから世界は優しさで満ちているんだよ」

「そっか…」

 もちろん世界はそれだけで成り立ってはいない。所々で戦争は当たり前のように存在し、犯罪もある。だけど、そんな事は知らなくていい。ミリアにとって世界は明るく輝いている世界だと思っていて欲しいから。

「ねえ…お父様」

「ん? なんだい?」

「お父様に…お願いがあるの…」

「おやおや、ミリアがお願いだなんて珍しい」

 ミリアは大人しい性格で、私に我侭は一回も言った事がなかった。だからお願いと言われてひどく驚いた。

「なんだい? 何でも言ってごらん?」

「あのね…」

 ミリアは少し口を閉ざし、私の目を見てはっきり口にした。

「生きて欲しいの」

「え?」

 一瞬ミリアが何を言っているのか分からず動揺した。だがそれでもミリアは話し出す。自分の文字通り「最後の」力で。

「私はもう直ぐ死んじゃう…。それは分かってる。だって自分の体だもん。その事でお父様がとても苦しんでしまう事も何となく分かる。だってお父様、私に甘いから…」

 ミリアは照れくさそうに笑う。だが、私はミリアの口から「死」という言葉を聞いて頭の中が真っ白になってしまった。その後の記憶は思い出せなかったが、今なら思い出せる。あの時ミリアが私に何を伝えようとしていたのか。

「だけど、私はお父様にこの世界で生きて欲しい。お父様が言う優しさで満ちたこの世界で生きて、この世にはこんな事があったんだよ、こんな素晴らしいんだよ、って。いつかまた私と会えたときにそんなお話をして欲しい…」

 そうミリアは自分の事の不満などは口にしなかった。普通の少女が出来る事ができなくて不満もあっただろうが、それでも最後に思うのは私の事を案じていた。

「お父様…ありがとう…私はこの家に生まれて幸せだったよ…。私はお父様の娘で本当によかった…」

 それがミリアの最後の笑顔と言葉だったのだ。


(何故…忘れていたんだろうな)

 私は知らず知らず目を瞑っていた。ミリアとの思い出は全て覚えているつもりだったが、肝心の事は全く覚えていなかったようだ。

(私は一体何をやっていたのだ)

 私は思わず笑ってしまう。笑うという行動はいつ以来だろうか。だがこの自分の愚かさに笑わずにはいられない。

(簡単なことじゃないか)

 そう、この闇の中は自らが勝手に入っていったものだった。ミリアが望んだ事はこんな闇の中でさ迷う事じゃない。日々をしっかりとかみ締め、世界を知り、そしていつか自分が旅立つときにしっかりとミリアに報告できるように生きることこそがミリアの望んだ事だったでは無いか。

(ホント馬鹿な父親だよな…)

 そんな呟きにどこからか

「そんなことないよ…」

 と声が応えた。ふと顔を上げると先ほどの扉にノブが出来ている。恐る恐るノブを回すとあっさり回り、私は静かに扉を開いた。

 光が溢れかえるその場所は、何やら心地よい香りがした。光に目が慣れ辺りを見渡すとそこは花畑だった。後ろを振り返ると先ほどの扉は姿を消していた。

(ここは一体…)

 辺りを見渡していると一陣の風が吹き荒れて、その風が止んだ時私は体から搾り出す様に声を出す。

「ミリア…なのか」

 そこには確かにミリアが立っていた。この光景を何度夢見ていたことだろう。突然の再開に私は何を話していいか分からず立ち竦んでしまった。

 ミリアは何も言わずこちらに歩いてくる。どうしたらいいか分からず棒立ちの私の前にミリアはたどり着き、優しく抱きしめてきた。

「お父様…」

 その瞬間私は全て理解する。今まで夢だと思ってきた非道な行為は私が行ったものだったのだ。そしてミリアはそれを知ってしまい苦しんでいたのだと。

「ほんと馬鹿な親でごめんな、ミリア」

 私は優しくミリアを抱きしめた。こんな小さな体でどれだけ頑張ってきたのだろうか。

「帰ろう、お父様」

「ああ…」

 世界が割れるような音が響き、花畑も崩壊を始める。だけど私たちはお互いを離さずいつまでも抱きしめていた。


 *

「ん?」

 麻耶は確かにアークライトの体を突き刺した。だが突き刺したというのにその感触が無い。まるですり抜けたかのような感覚だった。そして一瞬記憶が飛び、アークライトは麻耶から少し離れたところで立ち尽くすといった奇妙な構図となっていた。

「一体何があったの…」

 記憶が飛んでいて少し戸惑うが、アークライトの過去のようなものが見えた気がする。もしかしたら天上桜とがミリアの思いに呼応して何かしらの作用を及ぼしたのかもしれない。

「ほんと不思議な刀よね…」

 アークライトは動かない。まるで置物のようだった。だが、今までと違い禍々しい思いのようなものが消えていたのが印象的だった。

「ありがとう」

 そんな事を考えていた時、声がする。アークライトからだった。その表情は穏やかで、以前写真で見たような人の良さそうな男性の顔に戻っていた。

「君がやってくれたんだよね…。ひどく迷惑をかけた。本当にすまなかった」

「そんなお礼なんて…。私はミリアの思いに応えただけですから…」

 麻耶はお礼がされたくてここまでした訳ではない。ミリアの思いに応えたかったからただここまでしたのだ。だがこの様子を見るとその思いに応えられたようだ。

「私は長い夢を見ていたようだ…。それもひどく歪んだ夢を。だがミリアに叱られてしまって目が覚めた。本当に親失格だよ」

 麻耶にはミリアとどんな話をしたのかは分からない。だけどミリアの思いは確かに愛する父親に届いたようだ。

「そうだ、チルノは?」

 麻耶は慌てて辺りを見渡すと部屋の隅の方で倒れていた。慌てて駆け寄って様子を窺うと意識は無いものの息はあり、脈もしっかりしている。どうやら寝ているだけのようだ。

「全く…心配かけて…」

 麻耶はその様子から拍子抜けし、その場に座り込んでしまう。その様子を見たアークライトはPCの前まで歩いていくと何やら操作し始めた。

「何をしているんですか?」

 気になって麻耶はアークライトに近づいて尋ねた。アークライトは確かな意思をもって答える。

「爆破だよ」

「爆破?」

「ああ、この館のね」

「そ、そんな!?」

「私が行った全ての物をこの場で爆破する。そして私はこの館と共に逝くつもりだ」

「アークライトさん…」

「もちろん、私の罪が消えるわけじゃない。本来ならしっかりと罪を償うべきだとは思う。だけど、この施設を残すわけにはいかないし、最後はこのミリアと過ごした場所で逝きたいんだ。…私の我侭だが許してくれ…」

 麻耶は何と答えたらいいか分からなかった。確かにアークライトのしたことは許せる事ではなく、しっかりと罪を償うべきなのはわかる。だけど

「お願いします、お姉さん…。お父様の願いを叶えさせてください…」

 とミリアに懇願されたら麻耶には駄目とは言えなかった。だから麻耶は何も言わずアークライトのさせたいようにさせる事を選択する。

「ありがとう…」

 アークライトはそんな麻耶の様子を察して黙々と作業を始めた。私はリンクが切れ、再び霊体となったミリアへ向かい合う。

「終わったのね?」

「ええ、終わりました…」

 お互い何を話したらいいか分からず黙り込んでしまうが、終わった充実感からか気分は心地よかった。

「ミリアはこの後どうなるの?」

「私は…」

 ミリアは話し辛そうに口ごもった。その様子から麻耶は察する。ミリアの霊体としての寿命もあと僅かなのだと。

「消えるのね…?」

「はい…分かっちゃいましたか」

 ミリアはまるで悪戯がばれた様な気まずそうな笑顔を浮かべた。

「もともと残り短かったんですが、チルノさんに使った力の影響で私はもはや消える寸前です」

 そう言うとミリアの体から少しずつ光の粒子が舞い始めた。恐らくこの粒子が全て消えたとき、本当の意味でこの少女は天国へ旅立つのだろう。

「チルノのせいでごめんなさいね…」

「いいえ、私は何一つ後悔していません。願いであったお父様を止める事ができたし、そして何より…」

「何より?」

「お友達を助ける事ができたんですから。だから私は自分の取った行動に何一つ後悔はありませんよ」

 それは麻耶が今まで見た中で最高の笑顔だった。この笑顔が全てを物語っているのだ。なら麻耶が何を言った所でそれはお門違いというものだろう。

「ミリア…どこかへ行っちゃうの?」

「チルノ…」

 いつの間にかチルノは目覚めたのか麻耶の隣に立っていた。チルノには状況が分からず戸惑い気味にミリアに話しかける。ミリアは少し困ったような様子を見せたが、チルノに向かい合い、話し始める。

「チルノさん、私お友達はあんまりいなくて、チルノさんにお友達と言われて本当に嬉しかったです。こんな体で、しかも私は生きていなくて…。だから私はチルノさんの為に何か出来て本当に良かった…」

「何のこと? ミリアが何話してるのかわかんないよ…」

 チルノは今まで何があったのか分からないのだろう。だが、それでもミリアがとても大切な、そしてこの先何があるのかを察し、不安そうに話し出す。

「これからも一緒に遊べるんだよね…? あ、あたい一杯ミリアとしたい事があるんだよ? な、何がいいかな? 湖にいっぱい生き物がいてね。魚釣りもいいよね!」

「チルノさん…」

「あ、山もいいよね。最近、おいしいきのこが生える山があるって教えてもらったんだ。ミリアと一緒に採るのも楽しそうだよね。それと、それと…」

「チルノ…あなたもわかってるんでしょ?」

「わかんないよ!」

 チルノはまるで自分の思いを否定するかのように叫ぶ。目からは大粒の涙が流れていた。

「あ、あたい…いつも馬鹿にされてさ…友達いないんだ…。一人ぼっちなんだよぉ…。だからミリアと会った時友達になりたいと思って…。それで友達になれて…あたい色んな事したいって思った…。今までしてきた事もミリアと一緒なら…絶対楽しいと思ったのに…。それなのに…」

 チルノはただ泣き続けた。ミリアの体は既に半分以上の粒子が無くなり、体の輪郭も消えかかっている。だが、ミリアは笑いながらチルノに語る。

「チルノさん、一つ間違ってますよ?」

「え?」

「チルノさんは一人じゃありませんよ。お姉さんがいるじゃないですか。だからチルノさんは一人じゃありません。それにこれから一杯お友達できますから…だから泣き止んでください。そうじゃないと…」

「ミリア…」

「そうじゃないと…笑ってお別れできないじゃないですか…」

 ミリアも大粒の涙を流していた。二人の少女は互いの名前を呼び泣き続ける。麻耶も泣きそうになるが、必死に堪える。麻耶が耐える事でチルノも別れを耐えてくれると信じているから。

「いつかきっと…また会えるときが来ますよ」

「本当に? 約束だよ?」

「ええ、約束です」

 ミリアは指を出して小指を立てる。チルノは必死に目の涙をこすり、無理やり笑顔をつくって指きりを交わす。それは再会の約束。遥か未来になったとしても巡り合う。そんな合図。

「またね、ミリア」

「はい、またねチルノさん」

 もう涙は無い。ミリアの体は触れる事は叶わないが確かに指きりしたという事実は残る。それだけで問題は無かった。

「よし、これで完了だ」

 アークライトの作業も完了したのか、こちらに歩いてきた。それを合図にミリアはアークライトの傍に寄る。麻耶はチルノの頭を撫で

「行こう、チルノ」

「うん!」

 チルノを促しミリアとアークライトに向かって最後の挨拶を交わす。

「さようなら」

「本当にありがとう。君たちに幸あれ」

「さようなら、お姉さん、チルノさん」

 麻耶とチルノは静かにその部屋を後にする。残されたアークライトとミリアは静かに最後の時間を過ごす。

「本当にすまなかったな…ミリア」

 穏やかな状態に戻った影響なのかは分からないが、ミリアの声も姿も分かるようになっていた。最後の最後でこんな風になれたのも皮肉な話であるなとアークライトは苦笑する。

「最後まで、一緒だ」

「はい」

 親子は手を取り、静かに目を閉じる。まるでもう離さないと言う様に…。


「麻耶、さっさと走るよ!」

「分かってるわよ! でもこっちは体ボロボロなのよ? ちょっとは心配しなさいよ!」

 既に館の崩壊が始まっていた。麻耶の体はボロボロであるのに何故かチルノは元気一杯。麻耶は理不尽だと呟く。

「外だ!」

 麻耶とチルノは転がるように外に飛び出す。その瞬間とてつもない音と共に爆発し、館は崩れ去った。館は燃え始め、とてつもない炎が館を包んでいた。

「終わったのよね…」

「うん…」

 この館の悲劇は終わった。これが最良の形であったかは分からない。だけど、あの少女の思いを叶えられた事は、自分は正しい事をしたのだと胸を張れると麻耶は思えた。

「さ、帰ろうか!」

「そうだね~」

 麻耶は自分のデジカメを取ると、今まで撮ったデータを削除した。

「いいの? それ大事なものじゃ?」

「いいのよ」

 この館の事を公表する事は簡単だ。だけどそれはしないほうがいいように思えた。この館の事は終わったのだ。だからこのデータは存在するべきじゃない。

「さあ、明日からまたスクープ探すわよ! チルノ、こき使ってやるから覚悟しなさい!」

「ええ~…」

 こうして麻耶とチルノの冒険は幕を閉じた。親と子の絆は例え形が違っても強い絆であると実感させられた。将来、自分が母となったとき自分もそんな絆を作りたいと麻耶は心に決めた、そんな日だった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] いやチルノのせいじゃないでしょ。最後まで馬鹿なことを言う主人公だな。
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