救える言葉
「僕は、お前に自殺なんかさせないからな」
「――ッ!」
単刀直入に、一切のお世辞を挟まず、僕は傷口に素手で触った。確実に触れてほしくない話題であろう場所に、土足で踏み込む。
朱里は目を見開いて驚き、そして段々とバツの悪いような表情になっていった。
「……私、そんなにわかりやすかった?」
「いやぁ……多分そんなことないと思うぞ……」
事実、朱里の嘘はループという一種のチート技を駆使してやっと見抜けるほどの技術。それ自体は褒めることのできる技術だが、どうしてそれを習得できたのかを考えると一概には褒められない。
そんなことを考えながら朱里の方へ目をやると、朱里はのらりくらりとした表情をして、それとなくフェンスに近づき――、
「――させないって、言ったぞ、僕は」
フェンスに手をかける朱里の、空いている手を僕が掴んだ。
先程まで見えて――否、僕に見させていたバツの悪そうな表情は消え去って、代わりに顔を出したのは、冷たく冷え切った双眸だった。
「……なら、どうやって私を止めるの?」
――冷たい目。何にも期待していないような、失望した暗い瞳。
冷えた空気の中、僕は感じ取る。
――ここが分水嶺である、と。
■■■
早朝の空気の漂う中学校の屋上で、僕と朱里は互いを見つめ合う。
片方は必ず救うと意気込んだ目で。
もう片方は何もかもを諦めたような目で。
――なんと言えば、朱里を救えるのだろうか。
言葉だけで、どう言えば死んでほしくないと伝えられるのだろうか。
時間は有限、リミットは刻一刻と迫ってくる。
「……君を助けたいんだ」
至極真面目に、朱里を見据えて僕は言う。
そう言われた朱里は目を伏せて、僕の握った手を振りほどいて一言、
「……ごめん」
――世界が繰り返した。
■■■
「どうやって私を止めるの?」
「――ッ!」
視界が明滅するような錯覚、遅れて僕は理解する。
世界が繰り返した。――朱里を、救えなかった。
恐らく、朱里の心に突き刺さる言葉を見つけなければ、それ以外を伝えた瞬間に『救われる予感』が朱里の中で霧散してしまうのだ。
今度は、言葉を変えて、しかし気持ちの伝わる言葉を。
「……君を、救いたいんだ」
――世界が、繰り返す。
「君とまだ一緒に居たいんだ」
――繰り返す。
「君と――」
――繰り返す。
「君のために――」
――繰り返す。
「君が――」
――繰り返す。繰り返して、ループして。
何度も何度も、やり直し続けた。
その度に手をほどかれて、ぬくもりが消えて、その度に救えなかったことを痛感する。
「……どうやって私を止めるの?」
――何度目、だろうか。僕は何度やり直す機会を貰えば、幼なじみを救えるのだろうか。
だが、挫けてはいけない。生きている僕を助けてくれたのだから、例え死後でも恩は返さなければいけない。
――救わなければ。助けなければ。
どうにかして、なんとかして、言葉を選んで選別して。
何を言えば。
何を、何を、何を何を何を何を何を何を――
「――君が好きなんだ……!」
「……ッ」
喉から絞り出すように、言葉を捻り出す。
歪んだ顔で朱里を見つめて、必死な声でそう叫んだ。
もう、手のぬくもりを失いたくない。
もう、君の悲しい顔を見たくない。
いっそ祈るように飛ばした言葉。
それを受けて――朱里が酷く、複雑な顔をしていることに、僕は気がついた。
同時に、更にあることにも気付く。
――ループが、起こっていない。
初めて、ループが起こらなかった。
繰り返す世界は定例通り時間を進め、時計の針は逆転の兆しすら見せず当たり前のように一定間隔で時間を刻む。
ループは、起こらない。つまり、つまり、
「――あかり」
――朱里は救われたのだ!
「だから……」
「……ね、そういうのは」
救われた、筈なのに。なのに朱里が僕の手をほどく。
ゆっくりと手をほどいて、あまりに優しい手付きだったから、僕は素直に従ってしまって。
「私を救うためじゃなくて……本心で言ってほしかったな」
「――!」
小さく僕の胸が両手で押される。体勢が崩れるがせいぜいよろけるのは1、2歩だ。
「朱里!!」
そのよろけた瞬間に、朱里はフェンスを飛び越えてしまった。また、風が鳴る。警鐘が鳴る。
見たくない。もう見たくなかった。ループが起こらなかったということは、朱里が救われたということなのに。
なんで。どうして。救われた筈なのに。
『……本心で言ってほしかったな』
飛び降りる直前に見せた、朱里の悲しそうに笑う顔。その『悲しい』は最初に見せた悲しいではなく、どこか嬉しさを含んだ悲しさだった。
世界が逆行する兆しを見せる。
そして、繰り返す直前に僕は気付いたのだ。
「……嘘で、僕は朱里を救ったのか」
――世界が、また繰り返した。




