君のためにもう一度
「こう考えると……なんか、うん、感想言い難いな」
電車で1人、金髪4人組は意識的に無視して電車の中にいるのは僕1人だけだ。
死んだことを思い出し、フラッシュバックした僕の過去。今思い返して見れば、早く朱里と妹を連れて家出すればよかったのだ。
「……だから家出用のキャリーバッグとかあったのかなあ」
――この世には理屈で説明できることが全てではないのだ。どうしてこの世にもう一度幽霊として生まれたのかわからない。もしかしたら家出をしたいという思いから、キャリーバッグが生成されたのかも。
死んだ自覚の無かった1度目の僕は本気で家出をして1人で昼まで過ごしていた。
だから自分で用意したとでも思い込んだのだろう。
「……まぁ、そんなことはどうでもいいんだ」
今ならはっきりとわかる。何故死んだ僕がこの世にもう一度幽霊として顕現しているのか。
――それは、朱里を助けるためだ。
僕の世界を色づけてくれて、僕のノイズを取り除いてくれた。例えそれが一時的なものだとしても、たしかに僕は救われていた時期があったのだ。
――だから、
僕は、君のためにもう一度、ここまで戻ってきたのだろう。
今度は君を救うために。
■■■
さて、朱里を助けるに当たって2つ予測できることがある。
1つはループの条件。恐らく、朱里を助けることができない程の精神的苦痛か肉体的苦痛を朱里が食らった瞬間にループが発生するのだ。
つまり、電車に乗って朱里と離れている今は物凄くループする可能性が高い。一周目は離れていたら寝て起きてループした。そこからも、そう推測できる。
そして2つ目。幽霊である僕が干渉できるものである。人間等の生物に触れることはできないが、無機物になら触れられる。――そして唯一、朱里だけになら干渉できる可能性がある。
朱里にだけ見えているなら、朱里にだけ触れられてもおかしくはない。
揺れながら進む電車の中、反対側の窓から見える家並と空、そして雲の形を見ながら、僕は決意を固める。
「……さて」
瞬きをする。
「さっさと救われろよ、朱里」
――ループが、始まる。
■■■
ループにより戻った時間軸は、丁度朱里と出会う場面だった。
進んだ時間は巻き戻り、世界は至って通常運転だ。
違う点としては、死んだことを自覚したからかキャリーバッグが消えた。つまり手ぶらでの家出である。
「……ついていってもいい?」
「ん、いいよ」
――まずは、精神的苦痛の原因を見極める。
「あ、ここに神社なんてあったんだ」
「入る?」
肉体的苦痛は死なら、精神的苦痛はなんなのか。
答えは神社に入ればわかる。肉体的苦痛は中学校で起こったのなら、結末を見れる2つ目のループ場所はこの神社。
僕は先に神社に入り、朱里のことを手招きする。
他の人間は僕が見えず、朱里は1人のように見えるはずだ。
「……だから、くるはず」
――原因が。
そして、朱里が神社の門を潜り、中に足を踏み入れると――、
「あ……あは、きて、きてくれたんだね」
神社の裏から出てきたのは、油で髪がベタついた、太った男だった。
見た目と言動、まさしく不審者と呼ぶに相応しい風貌である。気持ち悪く動く手と指は本能的な不快感を与えてくる。よくもまあここまで人は気持ち悪くなれるものだ。
「……ッ、たすけ……」
「いくぞ!」
朱里の助けを求める声は、こいつが原因だったのだ。あの時は僕が共にいなかったから、襲われるという精神的苦痛でループが起こったのだろう。
――だが、今は僕がいる。
相手が誰かを確認した瞬間、僕は朱里の手を引いて神社から逃走する。
不審者は逃走した朱里に対して奇声を発していたが関わっている暇はない。即、神社から出て――向かうは中学校だ。
「どこいくの!?」
「中学校! てかアイツ知ってる!?」
「私に……いっつも気持ち悪い手紙送ってきてた人だと思う! 読んでなかったから知らなかったけど、アイツの父親かアイツがここの神主なんだと思う」
「あんな神主いてたまるか!」
早朝の空気を切り裂いて、僕と朱里は足を回転させて駆ける。
幽霊なんだから浮遊などできても良いのに。
そして驚くことに意外とあの不審者――早い。
僕が朱里の手を引いて、朱里の可能なぎりぎりで走っている点もあるが、不審者との距離を離せないのである。
「その……脚を……ッ、別のことに使えよ……!」
悪態をつき、そして見えてくるのは静寂の中学校だ。
フェンスをよじ登り、敷地内に2人は着地した。
小さい砂埃を手で分散し、再び走り出す。
「朱里! 屋上に行って! 鍵とって僕も行く!」
「え、あ、うん!」
屋上は下手すれば朱里が自殺してしまう可能性がある場所だが、逆に自殺をするほど精神が揺れる場所でもある。
――そこで、朱里を救えれば。
僕は鍵の保管がしてある職員室――の前に、朱里が不審になった原因である教室に向かう。職員室と同じ階なので時間はとらない。
そして、教室のドアを思い切り開き、目に飛び込んだのは――、
「……なるほど」
そこにあったのは、落書きや刃物による傷をつけられた机とイスがあった。
赤の他人のこの惨状を見てあの挙動になった可能性もあるが、それより高いのは、これが『妹の席』であるからだろう。
――なんとなく、自殺の理由がわかった気がする。
「屋上……屋上。――これだ」
僕は屋上の鍵をみつけ、手にとってまた走り出す。
朱里を屋上に行かせたのは、先の理由ともう1つあるのだが――、
「あかりちゃぁん……な、なんで、逃げるの……」
来た。紛うことなき天性の不審者が。震える声すら聞いている人間に不快感を与えるところを見ると、最早不審者に天性の才能を持っているとしか思えない。
僕は走り出し、階段を駆け上がる。
あの不審者はこの中学校に入ったことを見ていても、目的が屋上とは知らないだろう。虱潰しに朱里のことを探すはずだ。それだけでかなりの時間が稼げる。
「朱里! 鍵持ってきたぞ!」
「おぉ、ちょーはや」
屋上の扉の前で待機していた朱里と合流して、僕は屋上の扉の鍵を開ける。
室内からうって変わって、外特有の冷たい空気が肌を刺す。
重々しい音を立てて扉が閉まり、屋上にいるのは僕と朱里だけだ。
「にしても、よくあんな早さで対応できたねえ。凄いね」
「……朱里」
――朱里を、助けるのだ。
「アイツにバレないように、下に降りる方法とか……どうしよっか」
あくまで建設的な話し合いをしようとしている朱里の立ち位置を見れば、なるほど、さりげなくフェンス際に移動している。
――ループして、初めてきづけるほどに違和感がない移動。隠すことが上手いのか、上手くならなければいけなかったのか。
わからない。けれど、僕のやることは一つだ。
「朱里」
「どーしたのさっきから、私の名前ばっかり」
苦笑する朱里。僕はフェンスと朱里との間の立ち位置に移動して、そして、今度は目を見据える。
伝えるのだ。しかと目を見て、救ってくれた存在を今度は僕が救うために。
「――僕は、お前に自殺なんかさせないからな」




