続けて、続けて、続けて。
親は共働きで、いつも帰ってくるのが遅かった。
気づけば両親は不仲になっており、帰るたびに口喧嘩をしていた。
――多分、父親のほうが比較的まともだったと思う。
元々初めての口論の原因は仕事が遅くなると報告した母親が男と食事に行っていたからだ。
そこから亀裂が入り、些細な事でも喧嘩になっていくようになった。父親は怒れば物や人に当たるし、母親はヒステリックに泣き叫ぶ。
父親には何度か殴られたが、怒っていない時は母親より話の通じる人だったから、僕は母より父に頼っていた。
父親が仕事に出かけると母親は父親の仕事場に迷惑電話をかけて嫌がらせをしたり、わざと父親の食器を割ったりしていた。本人は正当防衛だと信じて疑っておらず、被害妄想を垂れ流すような人間だった。
――ある日のことだ。
父親は帰ってこなかった。話の通じない母に嫌気が差したのだろう。
何も残さず、綺麗さっぱり痕跡を断って消えていた。
感情に任せて壊した机の修理費だけがポツンと置いてあることを見たときの僕のなんとも言えない気持ちは、今でも覚えている。
口論の相手がいなくなり、家には僕と母だけになった。
母は口論の相手である父親がいなくなったことに感謝に感謝を重ねて――結果、歯止めの効かない毒親の誕生である。
「……見てこれ。飲み続けたら幸せになれるお水なんだって」
仕事先の男と繰り返し食事に行き、そしていつだったか帰って開口一番の言葉が今のものである。
ただの水道水を『聖水』と言って月何万円をそれに溶かす母を見て、思ったのだ。
――あぁ、もうダメなのだ、と。
「今流行りの病気は政府の流した嘘なんだよ。だからワクチンなんてうったらだめだよ」
諭すような口調なのが余計に異常な精神性を際立てている。
だから、それとなく流したら泣き始めたときは驚いた。
――僕はそれとなく何度か止めたのだ。
表立って止める勇気がなくても、時間をかけて接していればいつかは元に戻るだろうと。
ゆっくり、少しづつ、楽しく話せたあの母親に、戻ってくれるのだろうと。
希望を持ち続けて、持ち続けて、持ち続けて、なんとか、生きていた。
――だが、母親は止まらなかった。
「ねぇなんでご飯ないの? 作ってくれないの……!? 母さんのこと死なせたいの!?」
酒がきれるといつもこうだ。
躊躇なく僕のことを叩いてくる。
1人で何かをすれば何故言わないのかと言われ、先に言えば何故1人で考えないのかと言われる日々。
僕が元に戻ると信じていた母親は、なんと元からおかしかったのだ。それが酒と父親の不在により拍車がかかって、異常な精神が顕わになっただけ。
酒がきれたらふらふらと家を出て大量に買って帰ってくる、年金を使い潰す害虫。
――それが僕の母親だった。
■■■
そんな明るい未来の見えない家族と過ごし、いつしか世界が黒と白のモノトーンで構成されているようにしか見えなくなった。
いつも耳鳴りがして、クラスメイトに近づかれると条件反射で体がビクッと跳ねてしまう。
ノイズの被さった世界で、白と黒の世界で、どうやって同級生と仲良くなれというのだろうか。
そしてなんとなく僕の家族関係を察したのか、いつしか僕に関わろうとするクラスメイトはいなくなった。
学校に行き、授業の内容を右から左に聞き流す。休み時間は周りで飛び交う声を煩しく思う日々。
帰って母親の相手をして、機嫌を取りながら母親が寝るのを待つ。
朝は母親より早く起きてご飯を作っていないの怒られるから、段々と早朝に起きるような体になっていった。
そんな、一目でわかる狂った日常を、僕は何日も何ヶ月も、続けて、続けて、続けて。
最早頼れる存在などいなかった。世界は、ずっとこのまま僕など見捨てて回るのだろうと、いつも思っていた。
「……八幡朱里です! よろしくお願いします!」
そんな中、そのモノトーンを鮮やかに色づけてくれた存在が、朱里だった。
――世界に、朱里のおかげで色が付いたのだ。
――宝石のように光る君の笑顔に、僕はこの絶望がひっくり返るような、そんな気がしたんだ。




