軽い忘れ物に気付いたときのように
だから、どうして、何故、なんのために。
「あ、途中までついていっていい?」
それから、どうやって、何があって、何を以て。
「……おーい?」
「――ッ!」
――瞬きの合間に世界がループするのは心臓に悪い。
つい数秒前の感情をそのまま引き継いで何もなかった世界に戻るのだから。
僕の精神を安定させるために脳内に飽和していた、どうでもいい思考が段々と単調になると同時に小さくなっていく。
それによって視界の靄は晴れていき、目の前に現れるのは見慣れた幼馴染の姿。
「あのー……聞いてる?」
少し此方を案じるような顔で、朱里は僕へ声をかけてくる。
僕の視界には、朱里の丸メガネとその奥の黒瞳が映り込んだ。
――どうやらいつの間にか俯いていたらしい。朱里が僕を下から覗き込んでいる。
そのメガネに反射する青空を見て、僕は1度深呼吸をした。
「……いいよ、ついてきても」
深呼吸し、朱里の目を見据えて僕はそう言った。
そして、わかったことがある。
――このループは、僕が朱里と関わることで起こっている。
朱里がわかっているかわかっていないかは僕にはわからないが、必ず。
「いくか」
僕は細道を選んだ。
学校を選んで自殺されるなんてこと、もう二度と見たくない。あの音も、脳内に鳴り響く警鐘も、もう二度と味わいたくない。
――人の死など、二度と。
遠ざかりたい。今はただひたすらに、人の死が起こる場所から。
それが、ループを終わらせると根拠もなく信じて、僕は進む。
細道に入り、益体のない会話を交わしながら2人は進んでゆく。
そして、
「あ、神社なんだ、ここ」
――ここが分岐点である。
「入んないからな?」
「えーなんでよ入ろうよ」
「……時間がないんだよ、僕は家出してるからな」
「うぇ! 家出してるの!?」
珍しく驚きで大きな声をあげる朱里を見て、引き止めるネタを見つけたと、そう思った。
家出しているのは本当なので罪悪感もない。
その大きな声に頷けば、朱里は直ぐ様神社から視線を外して、僕の隣に立つ。
「まぁ……また今度でいっかぁ」
そう呟いて、朱里はなんとか納得してくれた。
分岐点は無事クリアだ。
早朝独特の雰囲気を味わうデジャヴを感じながら、僕は一本道を進んでいく。
家出してどこに行くかは決めてある。
「ねー、家出ってどこいくつもりなの?」
丁度質問が朱里から投げかけられた。
タイミングが良いなと思いながら、僕は口を開く。
親元から離れ、僕の向かう場所は、
「親戚の家だよ。ここから電車で1時間半くらいの」
「お金は?」
「お前は僕が無銭で乗る奴だと思ってるのか」
「うん!」
「このやろー……」
呆れたようにボソリと言葉を零せば、それを聞いて朱里が楽しそうに笑った。
スタートがどうであれ会話の終着点がおふざけになるのは最早お家芸の域である。
――そして、それが今の僕には救いになる。
手の震えも、どうやらようやく収まってきたようで。
「私はお金持ってないからなぁ……駅までかな」
「そうだな」
それまで2人は無言で、だが気まずさはなく歩みを進めていった。
細い道から大通りに出て、早朝ながらも少しずつ車が見えるようになる。
そして車道に沿うように鉄道も走っており、この大通りを進めば駅があると一目でわかるような配置だった。
つんざくような冷たい空気を軽く感じながら、僕は大通りを右に進む。
先程の細道はカーブしており、結局は僕の目的のT字路の右方向の道と繋がっているのだ。
「もうちょいで駅だね」
朱里が呟く。そしてその内容の通り、もう駅が見える範囲。
朝だがそこそこ車も道を走っている。――せいぜい数分に一台程度だが。
「……なんか、久々に会えて嬉しかった」
「ん? まあ、確かに最近会ってなかったもんな、僕ら」
「ね」
コロコロという小さい音は、車が横を通る度にかき消されていく。
歩いて、歩いて、一歩ずつ。
僕は瞬きをする度に、一瞬身構えてしまうが、幸い何事もなく駅に着くことができた。
これで、僕の目的が叶う。ひいては、朱里との関わりも終わる。
遠ざかった。死から、自分も、朱里も遠ざけた。
――果たしてこれでループは終わるのだろうか。
「……やってみねえとわかんねえな」
僕にだけ聞こえるような小声で、不安を零す。
そんな僕の感情の吐露には気付かず、朱里は後ろで手を組んで、前に立って僕に振り返ってきた。
「ついでだし私も駅内までいって見送るよ」
「ん、ありがとう……?」
「なんで疑問形なの」
変わらず微笑しながらの返事である。
僕はキャリーバッグの中に入れてあるスイカを取り出し、朱里は駅員に「駅に入るだけなんですが……」といって色々事情を話す。
優しい駅員だったようで無料で駅に入れてもらえることになった。
僕はスイカをかざし、ピッという機械音が響かせる。
何故か駅員が驚いた顔をしていたのがひどく印象的だ。何故驚いたのだろうか。
「存在感薄くて見えなかったんじゃない?」
「心を読むな心を。というかそんな僕存在感無いの?」
「うん、ない」
「断言するんかい」
最後の最後まで、ちゃんとふざけるのが僕と朱里なのだ。
――もう、警鐘は鳴っていない。脳内で乱反射する『何故』も、聞こえない。
そして、列車が到着する。早朝、朝5時の電車である。
何を言っているのかイマイチわからない車掌の言葉を聞きながら僕はキャリーバッグを持ち上げて電車に乗り込んだ。
「じゃーねー」
朱里が手を振ってこちらを見送ってくれる。
鉄と鉄の擦れる音が微かに響き、ゆったりと電車が進み出す。
最初は目で追えるほどの遅さで流れていた景色が水でぼかしたように輪郭が曖昧になっていく。流れていく景色は電車が高速で進んでいる証拠である。
漸く、自分の全てが落ち着いてきた気がする。
冷静になれば視野が広がり、視野が広がれば思考が回る。
――1人で乗る電車、僕は冷静になった頭で思考と予想を始めた。
「なんでループが起こるのか」
まずは確定していることとして、朱里が確実に絡んでいることである。
強いて言うならば朱里の死――、
「……いや、違うぞ」
――違う。全くもって、違う。
自分と朱里を死から遠ざけようと、ループは起こり得る。
そもそも1回目は僕が寝るまでループが起こらなかったのだ。
朱里が死ぬことが原因だとしたら1度目は昼過ぎで朱里は死んでしまったことになる。だが、神社に入っただけでもループは起こったし、なんなら朱里と出会わない道を選んだ瞬間にもループは起こったのだ。
そもそもこのループが終わる条件はなんなのだろうか。ループする条件に朱里がいるのなら、当然終わりの条件にも朱里が入ってくるのではなかろうか。
「あ。……ってことは」
電車のイスの感触を味わいつつ、僕は足を組み替えながら一つの結論に辿り着いた。
――朱里と離れた今、いつループが起こってもおかしくないという、結論に。
「……ないことを信じよう」
朱里が死んでしまった理由。そこからひたすら目を背けつつ、僕は思考を区切る。
苦笑いをしながら、その希望観測をひとまずの結論とした。
タイミング良く電車も次の駅につくようだし、区切りとしては丁度いいだろう。
電車が止まり、座っている僕が感じる慣性の法則は微量だ。
僕の座っていた車両に乗ってきたのは、サングラスをかけて髪を金髪に染めた如何にもチャラですという格好をした男性たちだった。
4人で電車に乗り込み、それぞれ髪は同色の癖にネックレスだけちょっとずつ違う。個性の出し方を間違ってはいないだろうか。
「おー! 誰も居ねーじゃん! 騒ごうぜ!」
「ウェーイ!」
「「ウェーイ!」」
――うるさい。かなり。とても。だいぶ、うるさい。
他人に迷惑をかけていることを理解できてないこういう人種が、ネットやらなんやらで晒されるのだろう。やはりこういう人間は無視が1番だと僕は考え、もう目的の駅まで寝てようと――、
「……え?」
――今このチャラ男はなんと言った?
今この車両には僕がいる。なんなら僕の目の前で4人がヤンキー座りして迷惑を振り撒かれている程だ。通報したって許されるだろう。だが、この4人は僕のことを気にも留めていない。それどころか、『誰もいない』と言ったのだ。
――無視ではない。
無視であれば『無視をされる空気』というものが、確かに無視される側は感じてしまうものなのだ。だから、この4人は僕を無視ではなく――本当に見えていないのだ。
舌が乾いていくような気がした。
「……あの」
「うわっお前タバコはやべぇよ」
「それな? うわーないわー」
不快な笑い声を上げながら電車で4人はタバコを吸い始める。
嫌な予感がした。組んでいた足を元に戻して、僕はもう一度声をかける。
「……あの!」
「酒いく? いっちゃう?」
「犯罪者いまーす! おまわりさーん! なーんて! はっは!」
「そういうお前も飲んでんじゃんか!」
聞こえているが無視しているという雰囲気ではない。
僕は初対面の相手だがどうせこんなやつだと、失礼だとは微塵も思わずそのチャラ男達に触れようと手を伸ばし――、
「……うそ、だろ……」
――伸ばした手はチャラ男を貫通していた。
ワックスガチガチの金髪も、がさがさの肌にも触れない。そしてその瞬間に僕は思い出したのだ。
「……そうだ、僕死んでるんだ」
――思えばおかしなところは沢山あった。
2月に短パンTシャツの格好をしているし、学校の床は朱里が歩いたときにしか軋む音を発さなかった。
――僕がどれだけ歩こうが、決して軋む音は響かなかった。それに、朱里のメガネに反射して見えたものも青空だった。普通なら、僕の姿が反射するはずなのに。
きわめつけは駅員の反応である。
――僕が見えていなかったから、駅員は勝手に反応した機器に驚いたのだ。
「ってことは、僕幽霊なのか」
――家を出たあと、軽い忘れ物に気付いたときのような声音で、僕は自分が死人である事実を口にした。




