すり抜ける疑問に、答えはない
「……クソゲーだろこれ、ゲームマスター誰だよ」
「……? ついてっちゃだめだった……?」
「ん、あぁ、別にいいよ」
――何が原因でループが起きたのか。
そのことに思考を割き、僕は朱里からの質問に思考を挟まずすぐさま了承した。
そして、僕の中で固まった方針は、
「――道変えてみっか」
朱里に聞こえぬ声量で呟き、今度は右のカーブに行くことにした。
右のカーブを進んでゆけば、見えるのは僕達が通っていた中学校である。
校庭が広く、端に大きい紅葉の木が植えられている。が、今は閉まっている。
「ね、学校、入ろうよ」
「え」
突拍子のないその発言に、僕は驚きの声を漏らした。
前回は初見の神社に躊躇なく入り、今回は中学校に忍び込み。
幼なじみ故、性格は良く知っていると思っていたが、こんなに好奇心旺盛だとは知らなかった。
――やはり、まだまだ知らない一面があるのだろう。
朱里の行動はまたしても速く、フェンスに足と手を引っ掛け、なんとか登って学校の敷地内に侵入した。そんなに苦労するほど高いフェンスではないのだが。
僕も学校と外を区切るフェンスを乗り越え、中に入る。
「朱里ー」
「ん?」
「閉まってるんじゃね、鍵」
やはり、中学校とはいえどもここは公共機関である。泥棒対策や不審者が入らぬようにしっかりと防犯してあるはずだ。その防犯の最たるものが施錠であるのに、どうして鍵が開いている筈があろうか。
「あ、開いてる」
――開いてた。
中学校の昇降口の鍵はかかっていなかった。こんなガバガバで大丈夫なのだろうか。
「入ろー!」
躊躇なく朱里が校舎内に入っていく。
前回と違って今度は朱里が先に進んでいく状況となっていた。
少し年季の入った中学校は、朱里が一歩進む度に、ギシギシと年季を感じさせる音を響かせる。
だがそんな些末なことより、
「……中学校に誰も居ないって、なんか変な感じするな」
それが忍び込んだ末に僕の胸に生まれた、率直な感想だ。
朱里は時折教室に入っては室内に展示されている作品を見ていた。
――ここまでくると不法侵入のオンパレードだ。どうせならどこまでもいってやろうと、僕も段々と乗り気になってくる。
今僕たちがいるのは3年生の教室がある2階。
廊下に張り出されている作品は俳句。
教室のロッカー側に展示されているのはテーマ無しの、400字詰め原稿用紙1枚の文章である。
僕も後を続いて中に入り見ていく内に、2人で面白い文章の作品を報告し合う、なんてことが始まっていた。
「見てこれ。『いぬとねこどっちが強いのか』ってテーマだよ」
朱里は笑いながら僕に手招きする。
その文章はいかにも中学生という感じの作品であり、方向が迷いに迷った挙げ句、結論として猫は液体だから強いと書かれていた。
「なんか……中学生って感じするな」
僕も笑いながら感想をこぼす。僕も面白い作品を見つけようとなんとなく目を流す中、1つ、気にかかった作品を見つけてしまった。
――『ぼくのかぞくについて』というテーマの、まだ読みにくい字で綴られた1枚の作品。
僕は立ち止まり、その作文を静かに読み始めた。
内容は、親への感謝を綴っただけのような、ただただ家族を褒めるだけの内容だった。
――親なんて碌な存在じゃないのに。
僕は立ち尽くし、親を良い存在だと思っているこの相手にやるせない気持ちを持ってしまう。
「……あ」
すると、少し先で朱里が小さく声を漏らした。
今の校舎は人が居ないから、小さい声でもよく響く。
「なんかおもろいのあったの?」
「……あ、そうじゃなくて……先行こっか!」
「……?」
――朱里の態度が急に不審になってしまった。
何を見つけたのだろうか。
だが、その態度の急変した教室の中を覗こうとした直前、階段を数段登った朱里が先で僕に「行くよー!」と言っていたせいで脚が止まり、確認する気にはならなかった。
「……まぁ、気にするもんでもないか」
そう呟きながら僕は朱里についていった。
■■■
――これはまじでやばいことをしていると思う。
僕の目の前で屋上の扉を開く朱里を見て、僕はそう思った。
最終的に着いた場所は屋上への入口だったが、今度こそ流石に鍵がかかっている。ここらで冒険も止めになるかと思っていた僕の隣で、しかし朱里は僕と真反対の意思を持っていた。
朱里は無言で職員室に直行し、なんと屋上への鍵を盗ってきてしまったのだ。
西口と東口の2つの入口のうち、僕らは東口から屋上に侵入する。
「なんの執念がお前を突き動かしてるんだよ……」
「そんなもんじゃありません」
呆れた風に言う僕に対し、微笑しながら朱里は返事を返す。
屋上について何をするのかと思えば――ただ座って空を眺めるだけだった。
流れる雲の合間から青の空が垣間見える。
今日は冬にしては晴れていて、暖かい日になると予報で言っていた気がする。
「空綺麗だなぁ」
「ねー」
「それはそうとして屋上まできて何してんの僕ら」
「……日向ぼっこ……?」
「まだそれできる程太陽やる気出してねえよ」
「……ふふっ」
中身の無い会話。
けれど、双方それでも別に良いとわかっているから、こんな脳天気な会話が繰り広げられる。
「……」
――またしても会話が止まる。
いつしか座っていた体勢は寝っ転がるようになり、青空と流れる雲を見て、雲の形がなにかに見えたら相手に言うようになっていた。
羊、猫、トラック、お皿。こうしてみると色々な形の雲がある。
だが、空を見るだけでは段々と眠くなってくる。
体勢も相まって、かれこれ20分は空を見ていた僕は、いつしか眠りに――、
「……っいかんいかん」
僕は手放しそうになった意識の首根っこを掴み、現実に引き戻す。
見ればいつの間にか朱里は屋上の端のフェンスに手をかけて立っており、遠くの景色を見つめていた。
すると朱里は起き上がった僕の気配に気づいたのか、振り返って笑顔を浮かべた。
「……あ、おはよう」
「え、マジで寝てた? 僕」
「うん。ぐっすり」
「まじかよぉ」
――そこで会話が止まる。いつもなら中身のない返事が返ってくるのに。
些細な違和感。何かがおかしい、かもしれないと、掴みきれない空気感に僕は眉をひそめる。
けれど、その違和感の正体を掴むよりも早く、朱里が口を開いた。
「……ねぇ」
「ん?」
「……ありがとうね」
「……ん? 何が――」
神妙な声で、朱里は唐突に僕に感謝を伝える。
そして次の瞬間。
――朱里はフェンスを乗り越えて屋上から飛び降りていた。
「朱里!?」
手を伸ばす。だが、もう届かない。
落ちる体はぐんぐんと加速していく。
緩慢になる世界、まるでしかと目に焼き付けろといってくるかのようだ。
ゆっくり、ゆったり、朱里が落ちていくのを目撃して、落ちるその最後の瞬間まで見てしまう。
誰も居ない校舎のせいで、落ちる彼女のたなびく服の音がよく聞こえてしまう。
――だから、頭から落ちた朱里から聞こえた、卵の潰れるようなパシャッという音も辺りに響いてしまったのだ。
「……うっ……ぉ、え」
人の死ぬ様を始めてみてしまった。それも自殺。
僕は込み上げてくる嘔吐感を無視しきれずに屋上に吐瀉物を吐き出してしまう。
逆流独特の気持ち悪さが全身に広がり、膝をついて嗚咽を漏らす。
喉に不快感が広がり、思考が纏まらず、頭の中はぐちゃぐちゃだ。警鐘が脳内に鳴り響き、それが段々と纏まっていく思考を邪魔していた。
だが、それで良かった。この惨状を僕が理解したくなかったから。
「う……ぅぷ」
焼け付くような喉の感触に、またしても嗚咽と吐瀉物がセットで口からぶちまけられる。
だがむしろこれが正常である。
数秒前まで声を発し、会話を交わしていた存在が地面を赤く染め上げる、最早声も思考も命もない存在へと変わり果ててしまったのだからこれで吐かなければ人間として必要な何かが欠落していると言わざるを得ないほどでだからこそこの吐く行為は朱里への存在の侮辱だと考える必要はなくてだから感情が収まるまで泣いて喚いてぶちまけるという行動そのものが人間を示しているのであって、
「ぉ……ぅえ」
益体の無い、とめどない思考を無理矢理に続ける。
――何故、という言葉が脳内を駆け巡る。強制的に思考で塗りつぶした脳内を、何故という言葉はするりと隙間を通って僕の脳に存在を焼き付ける。
止まることのない嘔吐感と脳裏に響く潰れた音。
そして脳内を駆け巡る『何故』という言葉を持って――、
僕はまたループした。




